三十八話 理不尽――前編――
「ったく……」
「ひぐぅ……」
数十分にも渡る激闘の後、辛くも敗北を喫する事になった僕の今の心情は、一言で言うと「無念」の一言である。
僕の声高らかに主張する「帰る」の三文字はついに届く事無く、この悪の巣窟。通称マルボウ屋敷のど真ん中まで連れて行かれてしまった。
気持ちの上では負けていなかったはずだ。この場の誰よりも気持ちは強かった。この戦いにおける敗因は、たった一つ。”力付く”と言う点に収縮する。
『おまえさぁ、幼稚園児ちゃうねんから』
「だって……」
「あんま親分に迷惑かけんなよ」
(迷惑かけられてるのはこっちなんだけど)
「ほれ、これでも食って落ち着け」
若様が僕の前にポンと、小さな包み紙を投げ捨てるように置く。包みを開けるとキツネ色をした乾いた質感の物が入っていた。
そのキツネ色の両サイドから暗黒物質と呼ぶべきダークマターがドロリとはみ出ている。この見るからに禍々しい物は、いっそのことこれを食べて自害しろと言う敗者への情けと言った所か。
『ただの茶菓子やーゆーねん』
「茶も飲むか? ほれ」
「……」
そんなこんなで今いるこの部屋は、お屋敷の真ん中。所謂客間と言う場所だ。
畳の床に置かれた漆塗りの黒い机。その空間を包み込むようにピシッと並んだ白い障子。そしてどこかからか、数秒おきに”カッコン”と軽い音が鳴り響く。目の届く場所にはないが、これはおそらくししおどしと言うだろう。
こんな感じでヤの人らしい”純和風”の部屋に通された僕らは今、親分待ちの状況をこの渋い茶と茶に合う菓子とでごまかされている。
このもてなしの準備万端の状況に「ご丁寧にどうも」とはならず、これが最後の晩餐になるかもしれない
と考えると、この程度の菓子ではいささか心許ない。
こちとら”タマ”がかかっているんだ。せめて最後ならもっと、舌鼓を堪能できる良さげな物をいただきたいのだが。
『お前もう忘れたんか? ここ”貧民区”やで』
「大将にそこまでやれってのぁ酷だぜ。精霊使い」
「この茶がどっから取ってきた茶葉なのかがすんごい気になるんだけど……」
『ヤクの葉やったりして』
「――――ブッ」
スマホの癖に。いや、スマホだからか。妙に現実味のあるブラックジョークが焦りを倍増させる。このゆったり空間には似合わない最高潮の緊張感が、くつろぎの感覚を尽く阻害させてくる。
若様はお気楽にナハハハと笑っている。何故この状況で笑えるのかが理解できない。あのガキを一番ひどい目に合せたのは、他でもないお前だからな?
「大丈夫だって。そんな理不尽な仕打ちをする人じゃねーから」
「言ったろ? 筋を重んじる人だってさ」
「さっき小指落としてましたけどね」
「ん……まぁ、あれはあっちでなんかあったんだろ」
ここに連れてこられた時点で、十分理不尽なのだが。いつもの僕なら「用事があるならお前がこい」とバッサリ切り捨てて終わりのこの場面。組織の力と裏社会の権力に負け、おめおめとここに連れてこられた時点で十分理不尽だ。
で、その今話題沸騰の親分とガキはここにはいない。親分はこの部屋に来る途中「厠言ってくる」と言いまたどこかへ消えてしまった。どうやら便が近い人らしい。
ガキンチョの方はと言うと実はすぐ近くにいるのだ。この部屋の外。中庭の中にある鯉が泳ぐ小さな池。その水面をじっと見つめたまま動かない。
その姿はここからでも十分見渡せるのだが、何をしているのかは大体わかる。自分の姿を見て悔やんでいるのだ。ハゲ上がった自分の頭を。
『ちょっと、厳しかったんちゃいます?』
「すぐ離すつもりだったんだがな……意外と粘ってくるもんだからよ」
「ボッコボコにしてやればよかったんだよ」
「それだと俺が狙われるっての」
若様と言えど暴力を振るえば報復の対称になるのか。ハゲにするのはOKでボコボコにするのはダメなのか? ハハ、わけがわからん。それが奴らの言う”筋”って奴か?
筋を通す。筋を重んじる。奴らが口癖のように言うその言葉、ハッキリ言って嫌いだ。
だってそうだろ? そう言うのをこっちの世界でなんというか教えてやろう――――”自分ルール”って言うんだよ。
「やっぱ理不尽じゃねえか……」
『そう思うんなら親分本人に直接言ったればええ』
「何か、段々ムカついてきた……よし。ここは一つビシっと言ってやるか!」
『お、ええやんええやん。ヤクザ相手に気合い入っとるやんけ』
「あ、大将きた」
「――――すいませんでした」
『ってオイ!』
心と体は別物だ。頭では怒り心頭でも体が勝手に謝罪をしてしまう。若様は魔法組成によるオートバリアを持っている。
だがオートで作動する物は、実は僕も持っているのだ。長年の経験に裏打ちされたここぞの場面で発動する自動肉体操作術。これを僕の中で”オート土下座”と言う。
「おうおうお待ちどうさんで……頭をおあげくだされ」
「本日はお日柄もよく貧民区の親分殿に置かれましては……」
『ビシっと言うんちゃうんか……』
「ナハハ、ビシッと謝ってんな!」
この親分、本当に外面”だけ”は実に穏やかだ。身内をダーツの的の用に扱った僕に対してこの客人扱い、頭が下がる。
だが騙されてはいけない。これは奴らの常套手段。奴らはまずターゲットを自分のテリトリーにおびき寄せ、逃げられない様に仕向けてから本題へ入るのだ。
その時この親分の顔はきっと阿修羅のように豹変する事だろう。きっと下らん言い間違いを最大限にイチャモンをつけてきて、相手を非難した上で怒声と暴力をちらつかせ、そして相手を力付くで屈服させた後”オトシマエ”と称して金品を強奪するのだ。
そう考えるとスリなんてかわいいもんだ。手持ちを少々奪われる事に比べれば財産を根こそぎ奪ってくこいつらはまさにマルボウ。
今僕がすべきことは、奴らに付け入るスキを与えない事。キレるタイミングを与えない事――――
「で、今回おめえさんらを読んだのは他でもねえ――――」
(ほらきた)
「――――”英騎”の事をお聞かせ願いたい。それだけでさぁ」
(……へっ!?)
それは、予想外の言葉であった。てっきり「このオトシマエ、どうつけてくれるでぃ!」とべらんめい口調で言われると思いきや、オトシマエはガキではなく、英騎の事であった。
そして親分は、結論から言うとやっぱり怒っていた。親分が僕を見る目が明らかにキツイ。それはガキに魔法をかました事ではない――――
「あんたぁ……英騎の”仲間”ぁなんだろ……?」
「そ、そっち!?」
『て言うか、なんで知ってますのん』
「うちらの情報網、あまり舐めないで欲しいねぇ」
「精霊を使役する帝都の余所者。これは今政府連中が噂してる”召喚者”って奴だ」
「召喚者は異界からやってきた。そして到着早々、帝都中枢から直々にお呼ばれしなすった」
「帝都はちょっとやそっとのヤボ用で呼びつけたりなんざしねぇ。近年この帝都でそんな召集を受けるのは――――」
「どう考えても”英騎”の事。違うかい?」
親分の推理は、まさにその通りであった。僕が帝都どころかこの世界にとっても余所者である事。帝都に来る事になった経緯。そして到着してから今までのその他もろもろの経緯……
恐るべきは裏社会。穏やかな顔をして着々と勢力を伸ばしていたのだ。その息は、帝国中枢の内部にまで。
『ひょ、ひょえ~……』
「あ、あのガキの事で呼んだんじゃないの?」
「んん? あの子の事はあいつがおめえさんの財布を盗んだんだろ?」
「そんなの、あいつがわりぃに決まってら。ぶん殴られても文句は言えねえ」
聞いてた話と全然違う……視線を若様の方へとジロリと向ける――――若様は僕に向けて、小さく手のひらを合すポーズと取っていた。
(ま、間違えてやがったな!?)
おかしいと思ったんだ。いくら身内に手を出したと言っても、最初に仕掛けてきたのはあっち。財布を盗まれれば誰だって取り戻そうとするし、その過程で手が出るのも当たり前。スリ相手に説得で取り返すなんてどこのガンジーだ。
しかも魔法が当たり前のこの世界で、アウトローが集まるこの街の中を律儀に”魔法禁止条例”なんて守っている奴がいるものか。
やっぱり僕は、何も悪くなかった。じゃあ僕のさっきまでの怯えはなんだったのか。底知れぬ恐怖を植え付けたのは、ヤクザじゃなくこの若様の方だったとはな。
(後で覚えてろ……)
「で、話を戻すが」
「あ、はい」
「英騎……おめえさんに取ってアイツは一体何なんだい?」
(……)
何なんだい? と言われてもな……一難去ってまた一難。随分ざっくばらんで答えにくい質問をされたもんだ。
だがここはキチンと話すべきだろうな。親分の目はマジだ。適当に答えていると、今度こそ”オトシマエ”を付けられるかもしれない。
「あの……その、なんていうか」
「んん?」
「確かに、僕は知り合いを追ってこっちに来ました」
「……」
「で、その知り合いが英騎ってのとソックリなのも事実です」
「ソックリだぁ……?」
(こ、こええ~……)
親分の目つきがさらに険しくなる。その眼光はまさにいぶし銀。隙あらば湯呑が飛んできそうなくらい険しくなった顔つきが見て取れる。
しかしここは引いてはいけない。こういう場合半端な嘘は逆効果。この状況における最善策は、やはりありのままを正直に言う事。それしかない。
「えと……だから……その……」
「英騎の事……僕も聞きました。この世界を危機に陥れるテロリストだって事」
「で、その事で帝都に呼ばれた事も。王宮でも同じような質問をされました」
「確かに英騎と僕の知人はそっくりです。写真を見ればどっちがどっちか見分けがつかないくらいに」
「でも、それを踏まえた上で僕は思うんです」
「英騎は知人は――――”別人”です」
「ほう……」
『それ、言ってええんか?』
「いいんだよ」
そう、いいんだ。英騎と芽衣子は違う。これは、僕の口から断言しないといけない。彼らの言う”英騎を知る者”として。
この答えに親分がすかさず「その根拠は?」と問いかける。その質問をする親分の顔は、さらに一層険しくなっているように見えた。
この質問に僕はしばしの間を置く。口ごもったわけでも親分にビビったわけでもない。自分の考え、自分の思い。これをしっかりと答えないといけない、そう思ったからだ。
「……」
目を瞑り芽衣子の事を鮮明に思い出す。確かに双方同じ見た目、同じ顔立ち、同じ体型、同じ髪型、そして同じ”可憐”さ……共通するは数多くある。あるのだが、あくまでそれは見た目”だけ”の事。
ありえないんだ。そんな事。そんな、人々を苦しめるような事をするなんて。だって――――
(江浦くん、大丈夫?)
(あ……ありがとう)
(江浦くん、がんばれー!)
(……ありがとう)
(江浦くん、ありがとっ!)
(……どういたしまして)
――――
……
「……僕の知人は人を”救う”人間でした」
「性別の差も、性格の差も、勉強や運動の良しあしも、見た目も、そんなのあの子にとっては関係ないんです」
「誰にでも優しく、誰にでも笑顔で、誰にでも”希望”を振りまく――――僕の知人はそんな人です」
「僕も彼女のおかげで学校に通えています。彼女がいなかったら僕はとっくに登校拒否にでもなっているでしょう」
「だから、ありえないんです。そんなテロまがいの事をするだなんて」
「断言します。英騎は彼女じゃない、と」
この返事に辺りの空気が随分と張りつめたように感じた。僕自身、ピリピリとした不穏な空気を肌で理解できる。
横の若様も手元のスマホも、口にこそ出さないもののその表情からは「ヤクザ相手に……」と言いたげな感情が見て取れる。
親分の目つきは最高潮の鋭さを見せている。甚平のような着物も相まって、まるで居合抜きの構えを取る侍のようだ。
しかしこっちもそんな目つきから、一ミリたりとも目を逸らさずじっと親分を見つめている。さっきムカついてきたと言ったが、その思いが再び再燃してきたのだ。
親分が僕の出自や英騎の事を知りたがる。何故かは知らないがそんなものはどうでもいい。僕が言いたいのはただ一つ。
――――「英騎と芽衣子を一緒にするな」と言う事であった。
『え~うそんヤクザにメンチ切ってるでこいつ』
「こっちまで緊張してくるよ……」
「……」
「……」
親分と僕のこう着状態から流れる事数十秒。このわずかな時間が永遠の用に感じられるほど、互いに。いや、少なくともこっちは、空気が溶けるように感じるほど集中していた。
互いの目線がバチバチと火花をつけている。漫画ならそんな表現がされるだろうこの睨み合い。親分の服装にちなんで関ヶ原もしくは明治維新における尊王攘夷の戦いと言った所か。
時が数秒、また数秒、刻々と刻まれて行く。そして体内時計がちょうど60秒目を刻んだ頃、この戦いに終わりを告げる、終戦の鐘が鳴り響いた。
――――カッコン
「親分~! おやつ頂だ……」
「……なんだこの空気」
「おやつ、あげたらどっすか……」
「おうおうおう……その辺の茶菓子適当に食いな」
「え、あ、うん……」
「あちゃ~、間の悪い奴」
『ある意味ナイスタイミングやけどな』
さすがのガキもこの空気の異様さを察知したのか、茶菓子を適当に受け取るとそそくさとどこかへと行ってしまった。
ガキはさぞかし驚いたろう。さっきまでダサ男だなんだと蔑んでいた僕が、数分振りに会ったと思いきや何故か自分の親分と真っ向から睨み合いをしているのだから。
しかし助かった。正直言って内心ドキドキだったんだ。親分からは見えないだろうが、今僕の背中は汗がびっしょり噴き出ているのだ。
ガキの不意の乱入が少しばかり空気を緩ませてくれた。再びこう着状態に入る前に、この気を逃すまいと口を開く”物”が一人、僕らの間に割って入ってきた。
『はぁ……しゃあないな。ここはご主人様の顔を立てるとするか』
「なんだよ急に……」
『親分はん、わいを手元に持って下され』
「なんでえ……」
割って入ってきたのは僕のスマホだった。口ぶりからどうやら助太刀をしてくれるようだが、一体何をしようと言うのかはわからない。
スマホの指示の元、訳も分からず手に取る親分。そしてスマホは続けざまに言う。「画面を見ろ」と。
『わいも知ってますねん。こいつが追ってきた奴の事』
「おめえさんが? 使い魔か何かかい?」
『まぁそんなもんですわ。言うても、ほんまに四六時中こいつとずっと一緒にいましたし』
「しゃべる珍妙なカラクリ……して何を見せたいんで?」
『その英騎ってのはわいも知りませんけど、こいつが追ってるのはその物騒なテロリストやのうて』
『――――こっち』
「おっ!?」
「……?」
スマホは一体何をしているのだろうが。画面を見た親分の顔が、驚きがてら鋭い目つきが吹き飛ぶほど、大きく目を見開いて注視している。
いつの間にか若様も釣られて画面を覗き見ている。そしてやはり目を見開いた、同じリアクション――――
『わかりまっしゃろ? なんていうかこう、確かに似てるけど……持ってる雰囲気が違うって言うか』
「すげ……まじでそっくりだ」
「お、おおお……」
『テロリストの親玉にこんなこと、します?』
(一体何を見せているんだろう?)
「……こいつは一体なんでこんなもんを?」
『まぁ、一言で言うと――――』
『”盗撮”ですわな』
「――――てめぇぇぇぇええーーーーッ!!」
スマホが珍しく味方してくれると思ったら、案の定これだ。この野郎はスマホの癖に持ち主の個人情報漏えいと言う最大限のタブーを犯しやがった。
何を見せているのかと思いきや、僕が誰にも見つからぬ用念入りに作った保存先。それをわざわざこじ開けて来たあげく人前で堂々と見せやがった。
隠しフォルダに偽のファイル名をわざわざ設定して、ついでにパスも設定した、誰にも見られてはいけない禁断のフォルダ――――
「てんめ”えスマホゴラァ! よりにもよってなんつーもん見せてんだよ!」
『あんじゃいゴラァーーーーッ! わざわざご主人様のピンチひと肌脱いで救ってやってんねやろがい!?』
「救う!? 逆にピンチだよボケ! ”これ”じゃなくてもいいだろ!?」
『あ!? 逆切れか!? こんなもんを”撮影”してる己が悪いんとちゃうんかい!?』
『じゃあこれ”盗撮”ちゃうんかい!? やったらアカン事ちゃうんかい!? なんか間違った事言ってるか!? お? お? お?』
この腐れ関西弁スマホ野郎は、僕の怒りを本当に奥底から救い上げてくれる。このムカツキは先ほど親分に向けた睨み眼の推定数億倍にも上る。
本当に、なんでよりにもよってそれなんだよ……他にこう、あっただろう? 集合写真とかそんな感じの奴が。
「盗撮……?」
「こっそり撮ったのか。ハハ、スパイ見てーだな」
「ぐぎ……それ見せる必要ねーだろが!」
『顔がハッキリ映ってるのはそれしかないやろが! お前が一人でニタニタするように撮った、ベストショットがな!』
「何のために隠しフォルダに入れてると思ってんだよ! スマホならそんくらいわかんだろ!」
『あーわかるね! 誰もいなくなった頃合いを見て夜な夜なひっそりこれ見ながら一人気持ちよくなろうって腹やろ!? キモ! ストーカー予備軍ちゃうか!?』
「こ、こうでもしなきゃ絶対手に入らねーだろがぁーーーー!」
『うっさいわボケーーーーッ! 迷惑防止条例違反の分際でデカい口叩くなァーーーーッ!!』
「あの……うるさいんだけど」
「なにしてんだぃこのお二人さん」
久々にキレちまった。屋上へ行こう。これほどまでに怒鳴り声を上げたのは、一体いつ振りだろう。これなら小指を切られた方がまだマシだったかもしれない。
絶対にバレてはいけないこの所業を、よりにもよって保存媒体の手によってバラされるとは……思春期の純情な心は今、この異世界で打ち砕かれた。
機械のお前にはわかるまい。この気持ち。人間の心。そして今の僕のこの――――死にたいくらいの恥ずかしさが。
「この……もう我慢できん! いっそこのまま池に水没させてくれるわァーーーーッ!」
「おやめなすって! そりゃおめえさんの使い魔でしょうに!」
「落ち着けよ! わかった! わかったから! いったん落ち着けよ!」
『あああ誰か助けてェーーーー! 虐待やァーーーーッ!』
『こ~ろ~さ~れ~る~!』
怒り狂うと言う経験に乏しい僕にとって、これはある意味新鮮な事であった。人がキレる表現に使われる「周りの声が聞こえない」は比喩でもなんでもなく、本当にそうだったのだ。
周りの目も気にせず、しかも人の家で声高らかに叫び散らす僕は、傍から見れば状態異常のバーサーカーと言った所か。
金髪の逆毛状態に覚醒しそうな程怒りに満ちたこの精神状態。そして余計な事をして逆切れするスマホ。さらにはこの騒動を止めんと割って入るは若様および親分。
これらの各々が織りなす騒がしい音によって、舞台はあっと言う間に週末の居酒屋状態と化した。だがしかし、ここはあくまで”人の家”。この騒動を聞きつけ何事かと割って入る人物が、もう一人現れた。
「うるっせえな……」
――――さっきのガキだった。
つづく