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三十四話 物

 


――――ザワザワ――――ガヤガヤ――――



「お待たせ。ほれ」


「あざす」


 今渡されたのは薄い金属のような素材の長い筒。この筒の中から何やら液体らしき音がするのだが、完全に密封されており中は見れない。

 しかし見れないからと言って諦める事はない。筒の上部には指が引っかかる程度の小さな輪っかがあり、そこに人差し指を第一関節手前まで潜らせた後ギュッっと手前に引く。

 するとプシュッと爽やかな音を出しちょうど一口サイズの穴が開く。そしてその穴を覗きこめば、中にある液体を確認できるのだ。


「別に気にするこたねーよ。ほれ、遠慮せずに飲め」


「いただきまーす」


 しかしこれは観賞用の品ではない。この筒の正しい用途は、穴を開けた後片手で持ち、その穴に唇をそっと当て体は斜め45度に反り返らせる。この時空いた方の手を腰に当てるとよりグッドだ。

 こうする事によって中の液体が口内にドバドバと入ってくる。それを喉の力を使って勢いよく体内に取り込む。これが筒の正しい使用法だ。

 これはどこかで見た説明だろう。薄い金属素材の長い筒。中身は液体。この二つから連想されるものは、こちらの世界でおなじみの”アレ”だ。


「缶ジュースね」


「いい飲みっぷりだな。それでこそおごりがいがあるってもんよ」


「おいしいジュースあざました。所で一つお聞きしたいのですがよろしいでせうか」


「ん? 何?」



「――――あんた誰!?」



 「あんた誰」英語で言えば「Who are you」この言葉を、男に投げかける他なかった。

 今気前よくジュースを奢ってくれたこの男は、さっき食堂で颯爽と現れ僕の窮地を救った「カッケェ」人そのものだ。

 このカッケェ人はあの奇跡の救出劇を、当然と言いたげな澄ました顔で出て行こうとしていた。その後ろ姿はエアロスミスが流れてきそうなカッケェ背中だったので、このヒーローの帰還に敬礼をしながら見送ろうと思ったまさにその時だった。

 ヒーローは出入口の扉に手をかけたかと思えばまたカッケく振り返り、僕に向けてカッケく一言、こう言い放ったのだ。


(何してんだ? いこうぜ)


(えっ)


 普通に連れのように話しかけてくるこのカッケェ人の「メシも食ったし次野球しようぜ」感に見事飲まてしまったが為に、無意識についつい後を追ってしまい、言われるがままに歩かされ、そして今に至る。

 道中ずっと、こいつの事を考えてた。そして記憶の本棚を片っ端から開き”何処かであった奴リスト”を全力で捲り続けていた。

 しかしどのデータにもこんな顔は乗っていない。第三回脳内会議の結果、このカッケェ人は満場一致で”初対面”という決議がなされた。

 何度も何度も顔を確認したんだ。その判断は間違いない。それは恋するツンデレ乙女のように、何度も何度もジロジロと……


「おいおいおいおい、俺の事知らねーのかよ?」


「しらねーも何も、絶対初対面っすよね? 違ったらすいませんって言いますけど」


「ちょっとショック……まぁ、確かに初対面だけどだな」


「やっぱり初対面なんじゃん!」


 男直々に”初対面”の言葉を聞き出した僕は、これ幸いとここから怒涛のツッコミを繰り出した。

 あんた誰? 有名人なの? 何で奢ったの? なんで知り合いのノリなの? どこ連れてこうとしてんの? ホモなの? 死ぬの?

 この質問の同時爆撃にはさすがのこの男もタジタジだ。「そんなに一辺に答えられない」と両の掌を見せたじろいでいる。

 よし、まぁこれでいいだろう。とりあえず初対面の相手には、なめられないよう一発かましとかないといけないからな。今日はこの辺で勘弁してやる。


『くぉらこのガキャ! さんざ世話になっといてなめた口聞いてんちゃうぞ!』


『すんまへんな兄さん。こいつ何分礼儀を知らんガキで』


「お、おう」


『いやーしかしさっきの兄さんかっこよかったわ~。任侠世界の親分かと思いましたわ!』


『男スマホ、兄さんに惚れました! 地獄の果てまでついていきまさ!』


「……なんだこいつ?」


「スマートホモ」


 初対面でいきなり愛の告白をかます奴に礼儀を言われたくはない。何が兄さんだ。関西弁でそれを言われると、売れっ子芸人がよくテレビでいじっている後輩にしか見えないんだよ。

 スマホはさっきの決め台詞「釣りはいらねえ(キリ」に完全にビビっと来たようだ。それは充電だけにかどうかは知らないが、まぁ確かに。あれは映画のワンシーン見たいな決まりっぷりだったな。


「ハハ、なんかおもしれ~もん連れてんな~お前」


「まぁ、おもしろいっちゃおもしろいっすね。珍妙って意味で」


『そうそう僕不思議でかわいいマスコット……ってなんでやねん~!』


(さぶ……)


 ”おもしろい”この言葉が嬉しかったのか、こいつはノリノリでノリツッコミを繰り広げようとしている。ハッキリ言ってサブイのだが、それを言うとエロ画像全拡散の刑に合いそうなので黙って置いた。

 スマホはご機嫌取りのように次々とサブイボケを繰り返している。全くの無反応の僕とは対照的に、男はそれを見てゲラゲラと笑っている。

 笑うたんびに、キレイな白い歯が光る。もしかしてこいつは、この帝都で有名な”芸能人”なのだろうか。

 「俺の事知らねーの?」この言葉は自分が有名人だと言う自覚がないと出てくる言葉じゃない。


『ほいでですな、そん時こいつが――――』


「ナハハハハ! マジ受けるわそれ~~~!」


(……)


 爽やかなで眩しい笑顔をキラキラと見せるこいつは、スマホじゃないが本当に”カッケェ”

 中身のカッケさも去ることながら、その内面をより引き立出せる見た目。その整った顔立ちは今すぐアイドルデビューが出来そうな、俗に言う”イケメン”と呼ばれる人種だ。

 悔しい事に僕自身、気を許せばこいつに引き込まれそうになる。それは内面と外見のよさ。それに加えファッションセンスも「カッケェ!」と言いたくなるものだったからだ。


『所で兄さん、その腰にぶら下げてるのはなんですのん』


「お、イイ所に気が付くじゃねえか。これはな、【六門剣りくもんけん】っつって、俺の愛剣よ!」


『ええですな、見るからに高価そうな品ですわ!』


「へへ、いいだろぉ~? でもやらねえぜ?」


(ちょっとだけ持たせてくれないかな……)


 男の腰には、僕の中二心を最高にくすぐるカッケェデザインの剣がぶら下がっている。しかも一本だけじゃない。”三本”もある。

 じゃあそれを使う時は、必然的に”三刀流”になるのか……三刀流の【六門剣りくもんけん】。その言葉の響きはマジカッケェ。マジで最高にカッケェ。

 ていうか男の存在は、シルエットそのものがマジカッケェ。長い脚を包む黒いブーツ。それに乗せられ高い身長がさらに高く引き立出せる。

 上は少し短めな黒マントをジャケットの用にファサリと羽織り、その中から見えるインナーには豪華な装飾が、無機質なマントと対比するようにジャラジャラと付けられている。その装飾からは時たま肩がむき出しで見える。どうやら、中はタンクトップなってるらしい。

 さらに頭には、マントと同じ素材に見える黒いバンダナが巻かれている。バンダナの下からはアシンメトリーヘアになっているのか、片方だけが妙に長いシャープな”青髪”がチラチラとなびく


「しゃーねーなぁちょっとだけだぜ……ほれ!」


『おおおおッ! かっこよろしいなぁ~!』


「ふふん、いいだろ。この世に三つしかない”宝剣”だぜ?」


『ええなええな。抜き身についてる四角い穴が取ってもオシャレ』


(ゴクリ)

 

 男がおだてられながら見せた剣には、ククリ刀を長くしたようなと刀身に四角い穴が六つ空いている。なんだそのシャレオツな穴は。そこに宝石をハメれば、魔法やアビリティが使えるようになるのか。

 柄も見るからにいい素材を使ってそうな、無骨で渋い木製の柄。そこにはまた無数の小さい装飾――――

 

「はいおしまいっ。今日はここまで~」


『ええ~! もっと、見せてぇやぁ~!』


――――一体、なんなんだこいつは……

 バンダナにマント。厚めの着こなしかと思えば中は身軽そうなタンクトップ系の薄着。そして腰には専用の剣が三本下がっており、デザインはまさに宝剣に相応しい長刀。顔はイケメンそのもので髪色は青ときた。

 そして頭に巻かれたバンダナが決め手となり、実に、非常にそれっぽい、某最終幻想シリーズ”盗賊系主人公像”なシルエットが出来上がっていた。

 そんな姫をさらいに来た盗賊が何故か僕の下へ颯爽と現れ、僕の窮地を救ったかと思えば眩しい笑顔で話しかけてくる。

 さらにスマホをして兄さんと言わしめ、そして初対面でも気前よく奢ってやる広い器……天は二物を与えず。あれはウソだと今ハッキリわかった。

 だってそうだろ? こいつはざっと見積もって”六物”は与えられているじゃないか……


「ん、どったの?」


「……すいません、タメ口聞いていいっすか」


「えっ良いけど。いきなりなんでよ」


『こいつ、性根腐ってるから兄さんみたいなの見ると嫉妬し出しますねん』


(言うな……)



――――嫉妬はしていない。嫉妬は。本当だ。嘘じゃない。

 ただ……心の中で”一つ”思っただけなんだ。



「とりあえず、爆発して?」


「はぁ!?」


『な、醜いやろ? 兄さんの爪の垢煎じずにそのまま飲ませたいくらいやわ』


「おいおいおいおい、勘弁してくれよ~」


(一物だけでいい。缶ジュースはいらんからそっち寄こせ……)



――――



……



 ひとしきり嫉妬した所で、少しだけ場所を移した。この盗賊系イケメンの歩くままについて行ったここは、ちゃんと座る場所があり街の喧騒から少し離れた、のごかな光景の広がる”公園”だ。

 二人してベンチに座り向かい合って語らう二人の姿は、傍から見ると完全にデートだ。僕にそっちの気があればどれほど歓喜な状況だろう。

 しかし残念、僕はノンケだ。心に決めた人は、ちゃんといるから――――


「で、あんた。そもそも僕に何の用なの?」


「奢ってもらった事は感謝するけどな、ここまで着いてこられちゃなんか勘ぐっちゃうんだよ」


「もしかして、そっちの気の人?」


『ほんまにタメ口になりよった……』


 敬語をやめると少し気が楽になり、わりかし失礼な発言がポンポン出てくる。しかしその疑問も当然。奢ってもらってハイサヨナラと思いきや、思いのほか結構な時間を過ごしてしまった。

 しかも来たのは向こうの方から。強引なナンパ師のような手口でグイグイとこられると誰だって疑いたくなる。いい加減目的を吐かないと貞操防衛モードに移行してしまうのだが、それで構わないか。


「ふふ~ん……お前さんを見てるとちょっと気になってな……」


「何をだよ」


「それだよ。そ・れ」


「コポッ?」


 そう言ってイケメンが指差したのは、同じく僕と行動を共にする”光治と愉快な仲間達”の一人、水玉だ。

 馴れ馴れしく兄さんと慕うスマホと違い、水玉はやや警戒心が強く、そしてちょっとだけ人見知りな所があるので、僕が大丈夫と言うまで自分から出てこないのだ。

 名指しで指名された水玉は少し動揺している。もしや、僕は囮で本命はこっちなのか――――と、思っているかもしれない。


「一目でわかったぜ。それ、”精霊”だろ?」


「えっ知ってんの?」


「コポッ」


「さっき街の奴等が、禁止区域で召喚獣と会話してるヤベエのがいるって噂しててよ」


「おもしれえから見に行ってやろうと思ったらさ……見つけてびっくり。それは召喚獣じゃなくて精霊の方だった。ってわけ」


「ヤベエの……」


「街の連中なら区別がつかねえな。そんな上等なもん使役させて、お前さんは一体何もんだい?」


 水玉。中身は水の精霊と言う事は知ってたのだが、この口ぶりから察するにちょっとやそっとじゃ使役できない上等な存在らしい。

 確かに便利と言う意味では上等な奴だがな。十徳ツール的な意味で。このイケメンが水玉キッカケで食いついたと言う事は、とりあえずランクは召喚獣よりかは上のようだ。


「これ、半分悪霊なんだけどね」


「え!? そなの!?」


「マジ。精霊で遊んでたらなんか一匹憑りついたの」


「で、次の日朝起きたら、なんかついて来てた」


「ん……使い魔じゃないのか?」


「しらね。なんかついて来るから一緒にいるだけ」


「え~まじぃ~?」


 このイケメン、僕を何か、高名な魔導士かと思ってたらしい。見たことない服に精霊を使役する謎の存在。なるほど、確かに文字だけで見れば隠居を決め込む無名の賢人に見えなくもない。

 だが残念。この男が僕にどんなイメージを持っていたのかは知らないが、僕は苦労の果てに水玉を得たわけじゃない。勝手に懐かれて勝手に着いて来てた。ただそれだけ。

 つまりはただの……なりゆきだ。


「なーんか……なおさらよくわかんねー奴」


「よくわかんねーで結構。僕もお前に興味はないし」


「なんか急に冷たくなったな~」


『な? クソやろこいつ』


「お前は黙ってろ!」


 そら冷たくもなるさ。こんなリア充オーラをプンプン出されたら、臭くて鼻を摘まむ指を離せないと言う物。

 申し訳ないがイケてる雰囲気を纏った奴はノーセンキュー。このイケメンが光属性とするなら、僕は相反する存在。れっきとした”闇属性”の存在だからだ。


「ななな、その水の精……ちょっと、触らせてくれよ!」


「そんなにこれが気になるのか……」


「精霊なんて俺も使役した事ねえんだよ~。なぁ~、頼むよ~」


「……どうぞ」


「コポ?」


 奢った分のお返しと言わんばかりにエサをねだる犬のようなねだりをしてくるこいつの為に、僕は快く水玉を差し出してやった。

 確かにこいつのまるいデザインは、見る人が見れば「かわいい~」を連呼しそうなマスコットポジションだ。

 僕は「ちょっとと言わず好きなだけいじれ」と言ってやった。男はその言葉に尻尾を振って喜んでいる。

……その辺が所詮はリア充だな。光属性のお前には僕の、暗黒の意思を見抜く事はできやしない


「ギューってしていいよ」


「まじっ!? やった~! お前いい奴だな~!」


「……って、なんで離れてんだ?」


「~~~~」


「なんかよくわかんないけど、まぁいいや。おいで、精霊くん」


「コポ~」


 イケメン盗賊系主人公はなんの疑いもなく爽やかに水玉を手元におびき寄せる。その姿は実に絵になる光景だった。

――――だがそれが地獄への入口になろうとは、露も思わないだろう。



(――――くらえ!)



 その瞬間、水の飛沫が辺りに飛び散った――――



――――パァン!



「おっしゃあーーー! ひっかかりやがった!」


『お前ほんま根性ねじ曲がってるわ……』


「ハッハッハ! 残念だったな! 水玉は”僕以外が触ると”割れるんだよ!」


『この兄さんに何の恨みがあるねん……』


 恨みはない。むしろ感謝している。だからこそ、これは僕からの最大限の”お礼”なのだ。

 どうせこいつの人生は今までイージーモードだったに違いない。だから、こうして人生の苦味を教えてやる事こそが、僕からの最大級の賛辞なのだ。


「ハーッハッハッハ!」


『そんなんやから友達でけへんねん』



 そして水飛沫は直に、拡散し晴れていく――――



「あー……びっくりした~」


『えっ』


「……なに!?」


「何だよ……触れないなら触れないって、先に言ってくれよォ~」



(――――無傷だとォ!?)



 イケメンはあの水爆弾を至近距離で浴びたにも関わらず、頭の頂点からつま先まで一切濡れていない。

 そんなバカな。僕は我が目を疑う。しかしそんな動揺を余所にイケメンは「割れちったぁ」とこれまた爽やかに残念がるだけ。それ以上はない。

 一体全体どういう事だ? 僕はまたツンデレ乙女の用にイケメンをじっと見つめる。そのからくりを是が非でも解き明かしたくなったからだ。


「……」


「割れちまったけど……大丈夫なん?」


「ほっときゃすぐ戻るから……いい……」


『ちゃんと答えたえれよ~』


 水玉は割れても周りの水分を吸ってすぐに戻る。と、説明した所でそれがなんだと言う話だ。このイケメンにはこれ以上知識を与えたくはない。

 僕はこいつにさっきから、何から何まで奪われっぱなしだ。金、顔、剣、性格……なればこそ、一つでいい。たった一つだけ、こっちも男の何かを奪ってやりたいのだ。


「お、戻ってきた。ハハ、自動で復活するんかお前~」


「コポッ」


「俺と似てんな、精霊くんっ」


(ん……?)


 男をツンデレのツンの方の目でじっと見つめる。すると男の体から、よく見ないと気づかないくらいの、薄らと波打つ”膜”のような物が見える。

 その膜をさらによく見てみると、何かパチパチと透明の物が付いたり消えたりしている。その正体は――――さっき食らった水だった。


「へへ、俺もよぉ~自動で発動する”組成式魔法”持ってんだよね」


「昔思い付きで作った物なんだけど、これが思いのほか便利でさ。だから常時つけっぱにしてんだわ」


「コポッ」


『おい、あれ見てみい。あの薄ら見える奴、わかるか』


「ああ」


『あれ、魔力やで』


(バ、バリア!)


 やられた……男はまさかの”バリア”が使えた。それもあの不意打ちに即座に対応できるレベルの魔法バリアを。

 スマホ曰くバリア自体はごく一般的な魔法らしい。だが、それをあんなに薄く、しかもそれでいて水を完全に弾ききる事が出来る強度。それはかなり繊細なコントロールがいる、高度な魔法使用法なのだと。


『兄さんあのバリア自動化してる言うてたな。アレを全部、自分で編みこんだんやで』


 魔法の事はわからないが、口ぶりからそれはすごい事なのだと言う事がよくわかる。

 自動で発動するバリア……そんなものがアレば、いつどこでどんな通り魔にあっても、何の問題もなく無傷で通り過ぎれるな。

 剣の次は魔法かよ。ほんとこいつ、これで今何物目だ?


「いい加減にしろ」


「えっ何が?」


『嫉妬すなって』


 男への不意打ちは予想外のカウンターを食らい、僕がダメージを追う形でゴングが鳴った。だがしかしこれは、ラウンドワンが終わっただけに過ぎない。

 判定に持ち込んで、必ずやそのチャンピオンベルトを奪ってやる……そんな闘志に火が付き、また男をツンの目で見つめる事数十秒。

……次の一手を打って来たのは男の方からだった。


「まぁいいや。精霊触らせてくれて、ありがとな!」


「えっ、終わり?」


「まあ、精霊触りたかっただけなんだ。邪魔してゴメンな!」


『兄さん、お帰りなさる感じで?』


「だって……なんか、明らかに睨まれてるもん、俺」


「……」


 嫉妬で醜く歪んだ僕の心が、何故か「はやく帰れ」とはならなかった。それはまさか、こんなにあっさり帰ろうとするとは思わなかったからだ。

 この男の爽やかに帰ろうとする姿が用意に想像できる。しかし「それでいいのか光治」と脳内会議参加者が語りかけてくる。

 ついに僕もデレる時がきたのか。そう思っていると、男を兄さんと慕うスマホがその答えを示してきた。


『おいおいおいおい、まさかそのまま帰すわけちゃうやろな?』


『お前、この兄さんおらんくなったらどうやって山賊探すねん?』


「――――それだ!」


 デレの正体。それは男がこの帝都に”顔が効く”と言う事だった。やや打算的で醜いデレではあるが、スマホの言う通りだ。

 この街に顔の効くこの男がいなくなれば、僕はこの先どうやって探せばいいのか。まるで見当がつかなかったのだ。


「ちょ、まてよ!」


「えっ何?」


「まぁ、座れ。今すぐ座れ、やれ座れ」


「なんだよ……」


 そして帰ろうとする男を強引に座らせ、今置かれている現状を説明する。内容は実に簡潔だ。

 「待ち合わせをしているがここの住人じゃないからどこへ行けばいいのかわからない」それだけを告げそれ以降は何も言わなかった。

 だが僕には勝算があった。この外見も内面もイケメンなこの男の事だ。僕がデレた目つきをすれば、きっとまた助けてくれる。そう思ったのだ。


「あ、もしかしてさっきのレール事故の?」


「はいきた。それ」


「あれお前だったの! ナハハ、派手にやらかしたな~」


「というわけだから、案内して。僕今の所不審者扱いされてるし」


「どうせ暇なんでしょ?」


『図々しすぎやろお前……』


 いいんだよこれで。こいつも中々魔法の心得があるみたいだが、僕はそれ以上の存在と共にいた。

 ”お人よしには強気で押せ”これは帝都の東大をパツイチ合格した”大魔女”様に教わった、ある意味言葉の魔法なのだ。


「ん~、何かお前おもしろいし、いいぜ! 乗った!」


「はいきた」


『お前だんだん姐さんに似てきたな……』


「で、誰探してんの?」


「山賊。こう、見るからに山賊な感じの山賊」


「山賊と知り合い……なのか?」


『兄さんそこはわいが……こんな感じの連中ですわ』


 こういう時スマホは便利だ。名前がわからなくても、姿を見せればすぐに誰かわかるのだから。そしてスマホは特技のお絵かきアプリを起動し、写真と見間違うくらい繊細な似顔絵を描き出した。

 それを男に見せると案の定、即座に反応していただき、そして兄さんらしく頼もしげな返事をいただいた。


「あー、こいつら探してんのね」


『どっかいってもーてね。わいら探しとるんですわ』


「一応ここに住んでたらしいけど」


「わかった。何とかする。ちょっと待って」


「さすが!」


――――天は二物をなんとやら。それが天の”嘘”と言う事はさっき知った通り。ソースはこの”何物”も持ってるこの男からだ。

 まぁこっちの世界でも似たような奴はいる。片やアイドルと熱愛発覚したイケメン俳優。片やその俳優と同い年であるにもかかわらず熱愛どころか女性と付き合った事が無いヤツ。

 こんな感じで例えを出せばキリがない。天は二物を与えず。それはまごう事無き嘘。異論は認めない。



――――ピポパ



「あ、もしもし? 俺俺、俺だけどー」



「――――ブッ!」


 異論を挟む余地があるとすれば、一体天は”何物まで与えるのか”と言う事だ。

 外見。内面。金。地位。道具。力。一体一人辺りの所有限界はいくつまでなのか。この男を見ているとそう思わざるを得ない。



 何故なら――――



「なんかー今ー探し人やってる奴がいてー」


「そーそー。さっきのレール事故から湧いてきた連中。てなわけで何かしらね?」


『……まさかこんな所で”弟”と会うとは思わんかったわ』


「弟っていうか……」



――――ピッ



「見つかったよ」


「はや!」


 男は、僕がどこを探せばいいのかまるで見当が付かなかった探し人を、モノの数秒で見つけ出した。

 男がやった事は至極簡単な事。”知ってる奴に聞いた”ただそれだけの単純な話。

 しかしここには僕ら二人しかいない。じゃあ誰に聞いたのかと言うと……男も”持って”いたのだ。スマホと同じ、喋る文明機器を。


「それ……」


「ん? ああこれ? 帝都が開発した【魔導話】ってーの。便利だよな」


「お前の持ってるそれと、ちょっとだけ似てるな。ハハ」


『似てるって言うか、なぁ?』


「……」


 それは昔懐かしい、二つ折りよりも前の”物”。液晶がカラーになるかならないかくらいの時代のストレート式の”物”。



「 ガ ラ ケ ー じ ゃ ん ! 」



「ガラケー? じゃなくて魔導話だって。マドーワ」


『名前がバチモンっぽい!』


「いやいやいやいや! ぽいって言うか、モロパクリじゃん!」


「バチモ……なんだそりゃ。良い物って意味か?」


「ちげーよ!」


 ここで話を戻そう。議題は「天は人に一体何物まで与えるのか」である。研究材料はこの男。

 もはや数えきれないくらいの”物”を持ったこいつの、残りの空き枠は一体いくつあるのだろう。早急に解明が必要である。

 考える内に、脳内会議参加者の誰かが一人呟いた。それは中々画期的な仮説であった。もしかして「男は人じゃないんじゃないか?」そんなぶっとんだ内容を言う奴が脳内に一人いるのだ。


「とりあえず、見つかったから案内するわ」


「いこーぜ」


 そして男はまたあの食堂の時のように、連れの感じを前面に出しついて来るよう促してきた。その言葉に無意識で動いてしまう事から、先ほどの仮説はさらに信ぴょう性を帯びてくる。

 この異なる世界でガラケーを器用使いこなすこいつは、時代が時代ならCMのオファーが来たかもしれない。それくらいガラケーの使いっぷりがよく似合う。

 異世界でガラケーが似合うこの男。ますますわからなくなってきた。もう何物とかそういう話じゃない。それ以前の問題だと言う思いを、つい、我慢できず、男にぶつけてしまった。


「あの……」


「ん? 呼んだ?」


「いや、その……」




「――――あんた何”モノ”!?」




                            つづく


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