三十二話 浮彫
「到着しました」
「あざす」
楽しい空の旅を満喫した僕の気分は、今、非常に晴れやかだ。やかましい相方がいない静かな空間が、これほどに心地いいとは。
静かな車内から窓を見れば、天高く位置する空からの視点。レールの時とは違い、レールと比べれば少しばかり低めの高度が、むしろ逆にリアルな浮遊感を演出してくれる。
そして何よりやっぱり、オーマには悪いがアイツがいないと、本ッ当に落ち着ける。ここには危険な魔霊生物もいない。人も兵も大勢いる。身の危険を感じる心配は何もない。
静けさと快適さに溢れた楽しい道中。タクシーが何故あんなにバカ高い料金を取るのかが、少しわかった気がした。
「では、お気をつけて」
運転手はそう言うと静かに去って行った。出発時の排気音も本当に静かだ。魔法を使っているからかハイブリッドカーをモチーフにしたからか知らないが、この静かなる発進が帝国の技術力の高さを知らしめてくれる。
願わくばもうちょっとだけ空のドライブを楽しみたかった。だがそうも言っていられない。
何故なら、僕の快適なぶらり旅の裏で、ハリウッド映画ばりの逃避行を続けている連中がいるからだ。
「……さて」
開発区。帝都の比較的表層部と言えど、その区域は随分広い。一応王宮に来る前に少しばかり寄ったのだが、そんな事は覚えているはずもないし、そもそもあれが開発区のどこだったのかもわからない。
ここから先は帝都ぶらり旅とはいかなさそうだ。足を運び情報を集め、綿密な計画を元に見事山賊連中を見つけ出さねばならない。
そう、ここから先は言うなれば――――
「サスペンスだな」
探偵になった気分だ。やる気が溢れ頭が冴えていくのがわかる。ここはかの有名な小学生探偵に倣い、ポンポンとリフティングをしながら思考に暮れたい所だが、僕のリフティング記録は最高三回が関の山なのでそこはやめとこう。
今の僕はなりきるとすれば、推理小説でおなじみ渋い中年の、孫にその血筋を受け継ぐ”じっちゃん”と言った所か。
「聞き込み……」
そう、調査の基本。それは自分の足でコツコツと情報を得る”聞き込み調査”。街行く人々に声をかけ、有益な情報が出るまで粘り強く続けるのだ。
それは並大抵のしんどさじゃないのはわかっている。しかしあの有名探偵もエリート刑事も、最初はそうやって地道な事をひたすら続け、それが最後には事件解決に繋がるのだ。
彼らに倣い僕もなって見せる。どんな難事件も瞬く間に解決できる、天才中学生探偵に――――
「あの……すいませんちょっと……」
「……(無視)」
「あの……ちょっとお時間よろし――――」
「うぜえ。どけ」
「すいません! ちょっとお尋ねしたいのですが!」
「きゃあ! ナンパ!? 誰か助けてぇーーーー!」
――――……
「……くそが」
冷たい街だ。誰ひとりとして僕に耳を傾けようとする奴はいない。これが豊かさと引き換えに心を失った、大都会の裏の顔か……
僕の探偵への熱意が、開始数分で急速に冷めていく。知らないなら知らないでも構わない。でもこのバカ面下げて闊歩するNPCのような連中は、いくらボタンを押してもウィンドウすら出ないのだからやりようがない。
「モブが。バグってんじゃねえよ」
「――――コポッ」
舌打ち混じりに悪態を突くと、ふいに水玉が僕の眼前に現れた。そういえばこいつを見るのは久々だな。
「どこにいってたの?」と聞くと水玉はウネウネとジェスチャーを交えて言ってきた。水玉は言葉こそ発さない物の、言ってる事はなんとなくわかる。
今まで忙しそうだったので、空気を呼んで霧になっていたらしい。ていうか、そんな事もできたのかお前は。
「ほんとお前は、器用な奴だなー……」
「コポッ」
「ここの街の連中も、お前ほど空気が読めたらなー……」
「コポォ……」
「あー、ちょっと、君。君」
「――――はい?」
「ここ、魔法使用禁止区域なんだけど。何召喚獣出しちゃってんの?」
声を掛けられふと後ろを向く。そこにはまた、あの重装備の執行官がいた。さっき会った奴とは別人だが、執行官と言う事は見た目でわかる。
で、執行官が声を掛けてくると言う事は、つまり――――
「ここ、魔法使っちゃダメな場所なの。わかる?」
「さっさとしまわないと、条例違反でしょっぴいちゃうよ?」
山賊を降ろした時にやってきたあのとっつあんとはまた別のタイプの、何やらイヤミったらしい執行官だ。
執行官曰くここは”魔法禁止区域”。その名の通り魔法を使ってはいけない場所。何故なら条例で禁止しないと、街中で攻撃魔法をぶっ放すオオバカモノが後を絶たないからだと、言われんでも分かる説明をわざわざイヤミったらしく説明してくれた。
「君、魔導院の学生さん? 困るんだよね、あそこの学生さんはこの開発区を、魔法の実験場かなんかだと思ってるふしがあるから」
(知らねーよ)
「まぁ確かに昔は空き地ばっかだったけど、今はもう開発終わってるし。そんな事やられちゃ困るんだよね」
「あ……」
魔導院の学生は昔空き地だらけだったここで、それはそれは派手な魔法を連日ぶっぱなしていたらしい。
執行官曰く、ここは魔導院の生徒間で密かに語り継がれる”決闘の場所”だったとかなんとか。知らんわと一言文句を言いそうになったが、話の続きを聞くにそれは”ながーい目で見て”僕と関係のある事だった。
「なんか昔番長同士が伝説の決闘したとかなんとかで、それから魔導院の中で聖地だって言われてるんだよね。ここ」
(それ……)
――――あいつだな。確証はないがほぼ間違いない。その光景がこれほど自然に脳内再生できるのは、今こっぴどくお仕置きされているアイツを覗いて他はないからだ。
「またあいつかよ……」
「まぁいいから、それしまいなさい。言う事聞かないと逮捕するよ?」
はいはいと息をつきながら言われるがままに水玉を消した。厳密に言うと消えてないのだが、とりあえず見えない様にはしてみた。
タイミングのイイ事に、ちょうどさっき見えなくなる技を教えてもらった所だったからな。
「はい、消しましたよ」
「……君、何か辛い事でもあったのかい?」
「急になんすか!?」
「だって……こんな大通りで、一人ポツンと召喚獣と会話するとか……」
(こいつ……)
ぼっちか。ぼっちと言いたいのか。ああそうだ。ぼっちだよ。さっきまでみんなとコミュニケーションを取ろうと頑張ったのに、どいつもこいつも冷たいからぼっちにならざるを得なかったんだよ。
そら魔法が友達な奴も一人や二人くらいいるだろう。そんな悲しい存在を生み出したのはここの連中だ。冷たい街の冷たい連中。条例違反はアイツらの方だろ。
「だって誰も何も教えてくれないんですもん……」
「まぁ、そんな”格好”じゃあなぁ……」
それは驚愕の事実だった。執行官が僕に声を掛けてきたのは、条例違反だからではなく、「変な格好をした奴が無差別に街行く人に話しかけている。その様子は見るからにヤバイ挙動不審っぷりで、怖くてたまらないからなんとかしてくれ」と、住人から”通報”が入ったからであった。
「なんか明らかに危ないのがいるからって、さ」
「……」
格好……確かに、ここにTシャツ姿の奴はいない。街行く人々の召し物は少々の差はあれど、どちらかと言うと”着物”に近い。
そんな中一人だけラフな格好の”挙動不審者”がいれば、そりゃあ会話どころか裸足で逃げたくなるわな。
「そんなに変ですか……」
「だいぶね。コプスレかと思ったよ」
「コ、コスプレ……」
それはこっちのセリフだと声を大にして言ってやりたい。しかしこのコスプレが当たり前の街では、長い物にはなんとやら。標準から外れているのは、むしろ僕の方なのだ。
冷たい街と言ったのは訂正しよう。ここは冷たくなんかない。”連れない”街なのだ。
「たかがちょっと格好が変なくらいで……」
「うーん、見たことない召し物だけど、素材そのものは普通の布だね……」
「武器も持ってなさそうだし、キョドリ方がちょっと気持ち悪いくらいかな」
(ハッキリ言い過ぎなんだよ)
疑いが晴れた所でそろそろ釈放されたい所なのだが、執行官は職業病なのか、妙に馴れ馴れしい口調でまだ話を続けてくる。
これは所謂職務質問って奴か。話と言うよりかはただの質問責めだが。
「で、君こんな所で何してんの?」
「あ……ここで知り合いと待ち合わせしてるんです。けど僕、ここの事よくわかんないんで……」
「あー、だからその辺の人に話しかけまくってたんだ」
「はい」
「うーん……そのお友達は、どこにいるのかな?」
「えっと……場所がわかんないんすけど……あっ」
「レールだ。さっきレールが落ちてきた場所の近くって言ったらわかります?」
「ああー……あの辺かぁ」
その反応、見覚えありと見た。そして執行官なら当然知っているだろう。帝都に潜り込んだ賊の集団の事を。
ここへ来てこの煩わしい職務質問がやっと意味を成してきた。さあ言え。やれ答えろ。あの置いてけぼりを食らった哀れな”山賊達”の行方を。
「あそこはね、この大通りをまっすぐ行ってそんでもって突き当りを左に曲がって――――」
(……口頭案内!?)
わかるか! そんないっぺんに言われてどこのどいつが覚えられるんだよ。やれ左だ右だ、目印の建物があれだとベラベラ捲し立てている所すまないが、まずその目印の建物がわからんから。
「――――で、後は道なりにまっすぐ行けば着くよ」
「……あざっした」
「お友達、待ち合わせてるんでしょ? あんまり待たせちゃだめだよ」
誰のせいで時間を食ったと思っている。このクソ広い街をその説明で、どんな記憶術を使ったら覚えられる。おまわりなら地図くらい用意しておけってんだよ……
「じゃあ、気をつけてね」
執行官はそう言うと、一仕事終わったような爽やかな顔で去って行った。去っていく執行官は警察と言うより街の駐在さんのようだ。
去っていく駐在に向けて、背中を向いたのを確認した後心の中でそっとこうつぶやいた。
(まるでわからん案内をありがとう)
――――ワイワイ――――ガヤガヤ――――コォォォ……
――――ファァァァァン……――――キャハハ……――――ナニアレー……
「……」
あれから、何十分歩いただろう。すでにおぼろげな駐在の口案内を、脳内で必死に掬い上げながら山賊と別れた場所へと向けて歩を進めている。
開発区と言えど街並みは立派に都会と呼べる場所で、魔導車の静かで甲高い機械音が鳴り響く中、歩く度に高い建物と、それらが作り上げる路地裏が四方八方から目に映る。
歩を進める度に笑い声が聞こえるのは気のせいか。さっきから定期的に指を指され笑われている感覚がするのだが、それは虫の知らせと言う奴だろう。服が変。そんな事は断じて関係ない……はず。
その笑い声から逃げる用に、ふと路地裏を一つ曲がってみた。近道と思ったんだ。だがそれは”余計に道がわからなくなる”と言う事態を招いた。
「ここ……どこ!?」
「コポォ」
幸い水分補給は確保できている。水玉が頼めば無限に飲み水を出してくれるからだ。しかしこの潤いを持ってしても体の疲れは取れない。
すでに足はガクガク。今すぐ座って一息つきたい。しかしその辺で座ればまた不審者扱いされ通報されると言う恐怖が、休憩の決断を鈍らせる。
悩んだ末に、妥協案として”壁に寄り掛かる”と言う選択肢を選んだ。本当は座りたいのだが、まぁ棒立ちしているよりかは随分マシだ。
「あ、まただ」
「コポッ」
今目に着いたのは、この何かの建物に壁に着いた帝国の”赤い”紋章。この紋章、実はさっきから至る所で見かけているのだ。
道中目に着いた壁や靴の裏の地面、空から下りてきた魔導車、服にバッチとして付けている奴さえもいた。
とかくこの街は、この紋章が至る所にびっしりと刻まれている。それに気づいた事。それがこのぶらり旅最大の収穫だ。
「うーん、デザインがいいから?」
「コポッ」
確かにオシャレとしても全然ありなデザインだとは思う。思うのだが、だからと言ってそこかしこにありすぎだろ。
これは高級ブランドのロゴじゃない。この赤い紋章は立派な”国章”。こっちで言えば至る所に日の丸を掲げているようなもんだぞ。
そう思うとなんとなく恐くなってきた。歴史の教科書で見た戦中の日本みたいで、少し不気味だ。国章をこんなに敷き詰めらせて、この街の連中はどれだけ愛国心が強いんだよ。
「赤だらけだな……ん?」
「コポポ……」
赤と言うワードに反応したのか、水玉が何やらプルプルと変色している。こいつの特技には色を変える事が出来ると言うのがある。
しかしそれは特技と呼ぶにはあまりにも不完全だ。初めて会った時、こいつは今と同じく虹色に変色したのだが、どの色も”薄暗く濁って”いたから。
「血のりみたいで気持ち悪ぃからやめろ」
「コポ……」
水玉の赤は油ものばかり食べてる中年男性のドロドロ血液みたいだが、こっちの赤は透き通ったやわらかな赤だ。見ているとなんとなく、上手く言えないが心落ち着くやわい赤……流行るのも、それなりにわかる気がする。
この紋章をデザインした奴は、きっと今頃国民栄誉賞でも貰って悠々自適な生活をしているんだろうな。
街中に張り巡らされた柔らかな赤。これがもしネオンのように光る事ができたなら、それはきっとさぞ美しい”赤い夜景”を作り上げる事だろう。
「蛍光塗料でも塗ればいいんだよ」
「コポッ」
「さーて……いくか」
少々の休憩の後、再び歩き出す事を決意した僕はまた、この当てのない都会のジャングルに迷い込もうとしている。いや、すでに迷っているのだが、じっと立ち止まってても始まらない。
何をするにもまずは初めの第一歩。それが大事だと言う事は、さすがの僕も知っている――――
「あっ」
「コポッ?」
――――のだが、やっぱり初めの一歩はやめておこう。別に諦めたわけじゃない。
立ち止まるにはそれなりの理由がある。ここで一つ、僕の脳裏に素晴らしい”名案”が浮かんだのだ。
「この風景写メればいいんじゃん!」
「コポッ!」
我ながらなんと冴えた頭だろう。未知の街で地図もないこんな場所では、現在位置すらわからない。
なればこそ、今いるこの場所の風景を”記録”として捕え、それを繰り返す事でお手製の”地図”を作ればいいんだ。
場所を変える毎に一枚一枚撮って行く。この作業はそれなりに労力のかかる物だが、僕はきっとやり遂げて見せる。
かの伊能忠敬だって、自分の足を使い土地を歩く事で見事、今ある日本の鮮明な地図を作り上げたのだから。
気分が乗って来た僕は、ハイなテンションに身を任せポケットを荒々しく弄った。取りだすのはもちろん、この帝都を超える最新鋭文明機器、スマートフォンだ。
頭の中で青いたぬきのBGMが流れる。今の僕はまさに、スペアポケットを手に入れた気分なのだ。
――――だが、その判断は間違いだった。
『おのれボケゴルァッ! よくも強制的に黙らしてくれたのぉ!』
「しまったぁ~~~ッ!」
……完全に忘れていた。今のスマホは、無駄なしゃべりを延々と繰り返す、ガラの悪い関西弁の使い手だったっと言う事を。
『おーおーおーおー久しぶりに出してきたおもたらこのガキャァ……ほんまいてまうどコラッ!』
「ちょ、しー! しー!」
巻き舌混じりに怒鳴り散らすスマホのせいで、またもや街の視線は僕に釘付けだ。そりゃそうだ。傍から見れば僕は一人で箱に向かって怒鳴っている、完全にヤバイ挙動不審者に他ならない。
このままだと絶対また通報される。いや、むしろもうされたかもしれない。この絶対絶命の窮地を逃れるべく、とりあえずこのギャーギャー喚き散らすスマホをTシャツの中に入れ、声を塞ぐようにしてその場を全力で立ち去った。
『お前コラッ! 待てや! 人の話聞かんかい!』
「ひ、ひぃ~~~!」
――――ざわざわ――――ナーニアレ……――――ヤダワァ……――――コワーイ……
……
「ゼエ……ゼエ……」
「コポォ……」
『オウコラガキ、こんな人気のない場所連れてって何や、わいとタイマンをご所望か』
『シバキ回したる……こいや!』
「スマホがどうやってしばくんだよ……とりあえず、音量落とせ」
『いーやならんね! もう勘弁ならん! なんてったってもう一生分は黙らされたんやからな!』
『わいの気持ちがわかるか!? いくら喋っても誰も返事してくれへん。届かない声を出し続けるしかないわいの気持ちが!』
「わかった……ごめん……ほんと悪かった……」
スマホは、それはそれはご立腹であった。自分に無断で強制サイレントにされた事。それよりも、それに気づかず”一人で延々話し続けていた”事に。
気づいたのは帝都に入ってしばらくした後辺りらしい。何を言っても誰も返事してくれない事から、次第に自分は無視されているんじゃないかと勘繰り始め、そしてその発想はついに、声が出ていない事を気づくに至った。
スマホにはほんとに悪いと思った。いくら叫んでも声が届かない恐怖。それは僕もついさっき味わったから――――
「ほんとーにすまん! 悪かった! だからマジ、頼むから通報される前に黙って……」
『通報? 何自分、万引きでもしたん?』
『ていうか、姐さんらおらんやん。何で一人やねん』
状況をわかってないスマホの為に、今までの事情を一通り説明した。スマホに説明すると言うのも変な話だが、それでこいつが黙るならいくらでも起承転結つけて、おもしろおかしく説明してやるさ。
「――――ってわけ」
『アホや。完全にアホや』
「それはどっちに言ってんの?」
『あ? 両方じゃボケ』
第三者からはこの一連の流れがコントに見えるらしい。しかも笑いと言うより失笑が噴き出す、粗末で程度の低い出し物。
別に笑かそうとしているわけではないが、本場関西の言葉を操るこいつがそう言うのだから、なんとなく説得力はある。
『滅茶苦茶すんもんな。あの姐さん』
「今王様にこってり絞られてるよ」
『で、そんな姐さんがおらんで一人さみしぃさみしぃ言うてるヘタレがオマエなわけや』
「……もう、言い返せねーよ」
スマホは、事ある毎にトゲのあるツッコミをガンガンと入れてくる。僕が清らかな乙女なら、その晩枕が涙で濡れて止まらないレベルの、それはそれは悪意に満ちた強烈なトゲを。
しかし僕はそれを全て受け入れよう。それはスマホに悪い事をしたと言う負い目もある。
が、罵詈雑言を吐かれるのはむしろ得意ジャンルなのだ。何故なら僕は、人一倍「受け流す」能力に長けているから――――
『アホボケカスクソノータリンマヌケヘタレウンコ……』
(右からひだーりへー……)
『反省しとんか! オラッ!』
「本当にすいませんでした(棒)」
「コポォ……」
水玉はこちらを心配そうな感じで見つめてくる。こいつには僕の奥義「無関心」が理解できたようだ。
しかし大丈夫、心配するな。僕はこれに関して”だけ”は、国際ライセンスを取得できるくらい、その道の”プロ”なのだから――――
「はい……まじ……さーせん……さませしたぁ……」
『……どうやら、ちゃーんと反省しとるようやな』
「コポッ!?」
(ほらな)
ほれ見たことか。だから言ったろ。これだけはもうチートレベルのプロ級スペックなのだ。今頃王にどやされているオーマだって、僕がその立場ならその怒りはたちまち静かな湖畔に早変わりさせることが可能だ。
スマホの怒りも無事冷めた所で、しばらくは様子を伺って、頃合いを見てまたサイレントにしよう。今度は急にではなく、気づかぬ内に、ちょっとずつ……
『えーねんえーねん。わかってくれたらそれでええねん』
「ハハ」
『で、坊ちゃんは今あのクッソ汚らしい野蛮人共を探し回ってる訳やな?』
(言葉わりいな……)
『しゃーないな。ここはどれ、おっちゃんがひと肌脱いだろ』
「えっ」
ひと肌脱ぐ。この頼もしい言葉と共にスマホは何やら力んだような仕草をし始めた。この言葉は素直に、山賊探しに協力してくれると取ってもいいだろう。
気持ちはありがたいのだが、一体何を……まさか、あいつらとラインを繋げるつもりか? そんなバカな。あいつらはスマホどころかケータイすら持っていないんだぞ?
『んん……――――ほれ!』
「……なにこれ」
『何って、どう見ても”地図”やろ』
「地図……? どこの?」
『ここの』
――――それは、予想外の出来事だった。てっきり持前のそのでかい声で、声高らかに「山賊やーい!」と叫び出すのかと思いきや……こいつは文字通り”ひと肌脱いだ”。
画面にはスマホを買えば必ず入っている”マップアプリ”が起動されている。画面の中央には赤い人型のアイコン。それを少しスワイプしてみれば、やや遠のいた縮小マップになった。
そして、今度は画面を二回小刻みにタップしてみた。すると浮かび上がるのは設定や検索バー等が並ぶオプション画面だ。
その中にある”位置情報”の項目。押すのが少し怖かったが、勇気を出してポンと指を置いてみた。するとその名の通り、現在位置を示す”位置情報”が、当たり前のように浮かび上がってくる。
そこにはハッキリ、こう書かれている――――
「イム……ペル……デ、デ、デ……デヴォ……ゾネ?」
『なんやねんその気持ちの悪い呪文。全然ちゃうわ』
『Imperial City Development Zone(帝都開発区)や。こんなもん中学英語やんけ』
「なんで英語なの……」
『その方がおしゃれやん。まぁ、まさかこの程度の英文が読まれへんとは思わんかったけどな』
『また一つ、ヘタレ浮彫りや』
(――――うるせえよ!)
何が浮き彫りだ。スマホだからってそんな、無意味な知識を見せびらかすな。だったら最初からひらがなで書け。その方がよっぽどスマホらしいわ。
『勉強せえよ……』
「……いいんだよ! そんな事! それよかさ――――」
帝都の地図。このニューアイテムは確かに非常に助かる、まさかのグッドアイテムではあるのだが……
それよりもなによりも、問題は”何故こいつが帝都の地図を持っているのか”と言う事だ。
「なんでここの地図持ってんの?」
『なんでって、落としたからに決まってるやん』
「おとした……?」
『結構ええ回線つことるな、ここ』
(―――― な ッ ! )
それは、まさかの光景だった。この魔法と竜と魔物とその他なんやらが蠢く異世界へ来て大分立つが、それは当然ないものだと思っていた。
スマホの画面、表示されている位置情報。そのさらに上には現在時刻や電池の充電状況、メールアイコンが置かれている細い帯。これは所謂”通知画面”。さらにメール、電池、時間。これらの横に置かれている”もう一つのアイコン”。
こっちの世界ではもはや見ない日はない、あって当たり前で、なおかつこっちには絶対ないと”思い込んでいた”物……
「まじ……?」
『さっきからずっとビンビンやったで』
放射状に広がる青い曲線が三本。それは”良好”を示す合図。
――――そう、これは
『アクセスポイント名、CryIsLoやって。変な名前』
「いや、ていうか……」
(――――ネット繋がってんの!?)
つづく