三十話 想像
――――ウイーーーン……
「たっけぇ~」
今僕らの体を天高く登らせているこれは、王宮に備え付けられた昇降機。こっちで言うエレベーターに当たる物だ。これも魔法で動かしているらしく、あのレールと同じように光の輪が上へ上へと立ち上っている。
外壁はガラス張りになっており、透明な側面からは帝都の華々しい街並みが見渡せる。そして時間が経つごとに視点が高く上がっていく光景は、地平線まで途切れる事無く見えるこの魔法と工業の融合した景色の雄大さを実感させられる。
さっき通ったあのレールやぶつかりそうになったあの高層ビル。あそこにあるのはさっき貴族が言ってた伝統区とかいう場所だろうか。美術館のような歴史の古そうな建物が ビルの合間合間に見え隠れする。
「すげえなぁ」
「王宮からは帝都全土が見渡せます故」
「こんな見晴らしのイイ所住んじゃって。民の屍を積み重ねた街。まさに”礎”ね」
「いえ、別にそんな事は……」
そしてオーマのツッコミが尽くイメージを破壊してくれる。こいつの余計なひと言のせいで、暴政を尽くす某暗黒面の帝国のイメージしか湧いてこなくなった。
大臣が黒いマスクを付けて紫の剣を振りかざしていれば、そのイメージは決定的だ。
「あの……やっぱ、”侵略”して広げたんすか?」
「い、いえ! そんな滅相もない! ここは昔から帝国に天より与えられた由緒正しい土地でありまして――――」
「ハハ、あの王じゃそんなイメージも沸くってもんね」
沸いたのはお前の一言がキッカケだがな。おかげでこの案内人が、何を言い出すんだコイツと言った顔でこっちを見てくるようになった。初見の僕に変な事を吹き込んでくれるなよ。こっちにすれば”帝国”のイメージは往々にしてそんなもんなんだ。
そして僕の中の帝国が不穏な物と察知するやいなや、案内人が道中がてら「この国が以下に素晴らしい国か」を熱弁してきた。……これはこれで中々にうざい。
そんなナショナリズムな熱弁はこっちじゃ帝国の次にアレなイメージなんだよ。そこまで言うなら”共和国に改名しろ。そして女王制にしろ。派手な飾りを頭に付けて。
「であるからして――――……この時当時の国王は――――……」
「おにーさんおにーさん、ちょっと横見てごらん」
「聞いて、ないから」
「ふわぁ……」
「……まぁ、興味があれば大魔女様から聞くとよいでしょう」
(ねえよ)
それ以前に聞いても教えてくれなさそうだ。こいつが口を開けば最後。この国が地獄と思えるくらい飛び切りのネガキャンを繰り広げられるのだが、果たしてこの案内人はそれでいいのか。
「なに見てんのよ」
「いえ別に」
そして昇降機は機械音を立て、まだまだ高く登って行く――――
「ていうか、今から何するんすか」
「謁見です。王と、賢者達による申し開きが行われます故」
「王はさっきのおっさんでしょ。それプラス【六人の賢者達】」
「六人の賢者達……」
「【元老院】って言われる帝国最高権力者達よ。くれぐれも失礼のないようにね」
「それこっちのセリフなんですけど」
【元老院】それはバフールの街で聞いた言葉。確か僕の事を元老院の管轄だとか言ってたな。そのネーミングから権力を持ってそうなのは十分伝わる。
その管轄にあると言う事は、ある意味僕はVIPな存在なのだろう。……少しだけ、優越感を感じた。
「六人いるんすか?」
「そ、六人。王政とはまた独立した、もう一つの政治機関」
「その性質は王と違って複数人から成り立つ、国政の大部分を決める帝国議会員から選出されたそれぞれのトップ」
「一応大義名分は権力を王一人に偏らせない為ってのがあるけど……速い話が、王のいちゃもんつけね」
「いちゃもん……」
その説明はわかるようなわからないような……政治にいちゃもんってあれか。アルファベット三文字の放送局でよく見る政治番組のヤジを飛ばすような連中か。
連中は総理大臣の揚げ足を取るのが仕事に見える。その難癖には素人目で見てもただのいちゃもんにしか見えず、なんていうかこう、「なんでもいいからとりあえず足ひっぱっとけ」感がテレビ画面の奥から伝わってくるのだ。
「最悪っすね……」
「何をおっしゃいますか、変なイメージを植え付けないで下され」
「元老院は帝国の繁栄にもっとも貢献した【賢者】様達です」
「そだっけ」
てへっと舌を出すこの女の、こいつの説明こそ足を引っ張るのが仕事だと言う事をすっかり忘れていた。
危うく信じかけていた。だって、こっちの政治家は汚職やら賄賂やら、しまいには国会答弁中に爆睡してるじじい共の多い事。
故に、何もせずとも勝手に悪いイメージがつきまとう、ネガティブの天然素材だからだ。
「賢者……」
しかしそんな政治屋の連中とは違って、その言葉の響きはどことなく聖なる存在を予想させる。
賢者……攻撃魔法と回復魔法を同時に使える、パーティメンバーのサブリーダー。もしくはシナリオに重要なキーマンと言うのが大体のポジションだ。
ステータス的には耐久力の代わりに魔力がバカ高い、ど真ん中魔術タイプと言うのが僕の中の鉄板だ。
その役職は老人で描かれる事はもちろん、近年では意外性を突いて若年賢者も増えてきた。そして段々と先祖帰りのように若返って行き、現代。僕の世界に置いては、何故か女体化してミニスカを履かされ、ラッキースケベを執拗にやらされるのが定番になりつつある。
その六人の賢者とやらに一人だけそんな奴がいたらどうしよう。少しの不安とあわよくばな期待が胸にたぎる。
「そんな感じの人、います?」
「いるか」
「えーっと、元ネタはなんとかの三賢者でしたっけ?」
「この一瞬の間に何がどうなって半分に減ったのよ」
「あの……早く降りて下さい」
いつの間にか昇降機の扉が開き、その奥には豪華な飾り付けのされた廊下が目一杯伸びている。
ご丁寧にこの一直線を逸れない様に、赤い絨毯まで敷かれている。この廊下だけでも結婚式場としても使えそうだが、賢者だけに教会代わりのレンタルチャーチ……と言う訳にもいかないか。
妄想が膨らんでいる間に到着していたようだ。王宮最上層。王と【六人の賢者】がいる、その場所に。
「こちらです」
「あの、その賢者も知り合いなんすか?」
「いや……王は昔の関係があるからアレだけど、元老院はあんまり……」
「しかし賢者様達は大魔女様の事をご存じですよ」
「悪名でしょそれ」
――――ゴツン! 堅い拳が頭に響いた。
「高名って言ってくれない? こ・う・め・い」
「こ、こーめー……」
「……扉、開けますよ」
ギィィと重々しい扉が開く。この無駄に大きく、でかでかと紋章が入った扉はどこか開けちゃいけない禁断の扉のような感じがした。
その禁断の扉の先を案内人より先ににズカズカと入り込むオーマは、こいつはこいつで禁断の存在だからか、この図々しい入り方がよく似合う。
オーマの背中を追い、僕は案内人の指示に従ってゆっくりと腰を低く、なるだけ音を立てないように静かに入る。
「……ひろっ」
中は、それはそれは広い空間だった。円を描く壁には全て教科書に載ってそうな、ルネサンスと言う言葉が浮かんできそうな絵画が描かれており、少々飛んだ程度では明らかに届きそうにないくらいに高い天井。そのすぐ下には黄金色に輝くシャンデリアが吊るされている。
床には廊下に敷かれていた赤い絨毯がこの部屋まで続いており、この部屋に入ると同時に一気に広くなった。別の絨毯じゃない。わざわざこの部屋の形に合せた一枚品だ。
この広く円柱状の形をした部屋。上にシャンデリア、下には赤い絨毯。横には壁画。これではまるで、中世ヨーロッパ貴族の”舞踏会場”と呼ぶにふさわしい。だがしかし――――
「相変わらず無駄に広いわね~」
「……あれ」
「どうしたの?」
「誰も、いないじゃないっすか」
「アンタどこ見てんの?」
「上よ」
「うおっ!」
――――ガクン! その瞬間、”部屋全体”が大きく揺れ、かと思えばズズズズと音を立て始めた。
よく見ると横の壁画が下にスライドして行っている。それが意味する事はそう、この部屋全体が”上へ”と登っているのだ。
「ま、またエレベーターですか……」
「まぁ今度のは数秒で終わるけど、あんたの気持ちはわかるわ。ほんと、無駄なドッキング作業よね」
「完全に税金の無駄遣い」
確かにあまり意味があるとは思えない機能だが、そこは”賢者だから”で説明が付くのだろう。そしてオーマの言う通り、少々登った所で壁画が途切れた。
その代わりに……壁と同サイズの”見慣れた物”が、目の前に現れた。
「……ええ!?」
「どうしたの?」
「こ、これが賢者ですか……?」
「なわけないでしょ。これは賢者を”映し出す”物」
鮮やかな壁画とは打って変わって壁一面に浮かぶ”黒”。しかしよく見ると、完全な漆黒ではなくうっすらと光が浮かんでいる。
このボヤっとした光の黒。そして賢者の姿を映し出すと言う説明。そう、これは俗に言う――――
「モ、モニター……!?」
「変わった名前ね。こっちでは”魔光掲示板”って呼んでるけど」
そんな、電光掲示板みたいに……まぁこれも、例に漏れず魔法で動いているのだろう。
この壁一面にぐるっと張り巡らされたモニターには、よく見ると十二個の途切れ目が見え、それはこのモニターが”六枚”あると言う事を意味している。
意外な事に、賢者の正体は”モニター”であった。いや、厳密に言うと違うのだが。
「はえー……」
「で、賢者はいっつもこの掲示板から出てくるの」
「姿は、現さないんですか?」
「シャイなのよ」
――――二人して雑談を交わしている所、割って入るようにはじまりの合図が耳を横切った。
「……コホン、静粛に」
「ではこれより、我が帝国国王陛下並びに元老院による申し開きを執り行う」
「謁見者はこの”質疑の座”へ」
案内人の掛け声と共に、ガシャンと音がした。何かと思えば見てびっくり。天井のシャンデリアが床に降りてきた。
あんな任院は言う。これに座れと。いやていうか、これ、椅子だったのか……
確かに裏面は、椅子のような背もたれにやわらかいソファーのような素材が敷き詰められている。バフールの執行院の時とは違い、VIP扱いされているのはわかる。わかるのだが、極端だな……今度のは”派手”すぎる。
「はいよっと」
「シャンデリアが椅子って……」
「では謁見の権利が無い私はこれにて……」
――――ズズズズ
「ちょ、どこ行くんすか!?」
案内人は「私の役目はここまで」みたいな感じの事を言うと、何やらスイッチを押す動作をした。
その直後、またズゥン! と大きな音が鳴り、そして先ほど同様床がズズズズと音を立て”降りて”行った。
「ちょ、ええ~……」
床が降りて行ったせいで、今僕らはこのシャンデリアの椅子に宙づりにされている状態だ。落ちたら死ぬ……とまではいかないが、骨の一本や二本は軽く折れそう。そんな高さにはなっている。
シャンデリアもとい質疑の座とやらがギィギィと揺れている。ここはなんだ? 屋内テーマパークかと言いたくなるほどのギミック満載からくり屋敷だ。
そして何から何まで派手だ。派手すぎる。それでいてオリジナリティに溢れている。
謁見と言えば床に膝を立て「ハハァー」と頭を垂れるアレだろ。この宙ぶらりんの状態で頭を垂れれば、そのまま前のめりに垂直落下式飛び降り自殺になってしまうのだが。
「もっと普通の謁見を想像してました……」
「言ったでしょ。税金の無駄遣いよ」
「あ、ほら。もう始まるわよ」
――――フッ
「おあ!?」
不意に、辺りの明かりが消えた。僕らの周囲は瞬く間に暗闇に包まれ、暗闇がモニターの淡い光をより一層引き立たせる。そうか今わかった。この部屋の正体は映画館だったんだ。
王宮の中にこんな娯楽施設、オーマの言う通り完全に税金の無駄遣いだ。その言葉に若干の信ぴょう性を覚えた頃、それは違うと突っ込んできそうなタイミングでモニターならぬ魔光掲示板が光った。
ブンッと一瞬横切るような光を発する掲示板は、あの石のパソコンのようにやはりこっちのモニターを元に作られたのか。
この異世界にちょいちょい混ざる現代技術にそろそろ親近感を覚えたい。のだが、しかしその願いは残念ながら叶わない。
何故なら、魔法と言う要素が加わる事で独自の進化を遂げた”別物”に変貌してしまったからだ。
――――ザ――――ザザ――――……
(ノイズがひどい……)
「現れるたんびに眩しいのよ。もっとこう、光調整しなさいよ」
――――ザ――――ザザ――――……
『この者が――――召喚者――――――――どう見ても子供――――いや、しかしこの奇怪な召し物は――――』
「……」
ノイズと画面いっぱいに広がる砂嵐の中から、薄らと声が現れた。暗闇にノイズ、その光景は髪の長い女がモニター越しに出てきそうだ。
そしてその音声は、段々と鮮明になっていくノイズと同時にハッキリと聞こえてくる。――――機械音声のような、抑揚のない声が。
「ヘイヘイヘイ元老院、ザーザーと聞こえにくいわ。はやく何とかしなさいな」
『――――声――――おおすまぬ――――少し調整を――――むむ――――』
「……」
『アーアー、マイクテスト――――マイクテスト――――……』
(マイクテストて……)
元老院もとい賢者は確かにこう言った。”マイクテスト”と。もう、そろそろいい加減にして欲しい。
マイクテストがわかると言う事は……マイク、ここにもあるんだな? お前らイベント会場の進行役か。
心の中でツッコミがネタ切れになりそうな頃、音声調整を終えた元老院は、ノイズのないクリアな声でこう語りかけてきた――――
「異界の者、遠路はるばる御苦労であった」
『――――御苦労であった』
「よくぞ来られたし、我が帝都へ」
『――――帝都へ』
「……」
代表の一人が語りかけると、その後を残りの五人が沿うように同じ言葉を発してくる。発する言葉は他愛もない「おつかれさま」「ようこそ帝都へ」等の建前すぎる世間話だ。
次には「みんなでいった修学旅行」と言い出しそうな、この仰げば尊し感満載の繰り返しが僕のイメージを尽く破壊してくる。
だってそうだろ? 賢者が集まる元老院……そんな言葉を聞いたら、法王のような格好で両腕を眼前で組む姿を想像するじゃないか。
「卒業式かって……」
「世間話はいいから、早く本題に入って頂戴」
「大魔女よ、汝が偶然にもこの少年を見拾って幸運であった」
『――――幸運であった』
「いや、逆に不運と言うべきか」
『――――言うべきか』
「幸運か不運か、我らにはどちらかが判断が付かぬ。故に今この場で、帝国元老院議会にかけようぞ」
『――――賛成!』
「いいからはよ入れ!」
(なんだこいつら……)
元老院は何やら勝手に話を進め勝手なテーマで議論を始めようとしている。それは僕が幸か不幸かについて。いやいや、今必要かそれ。大きなお世話なんだよ。
オーマがイラつくのが、少しわかった気がする。それは最高権力を持つが故なのか、悟りを開いた賢者だからなのかは知らないが――――
「我らと謁見する際は部屋を明るくして離れて見よ」
『元老院との約束だぞ!』
「じゃあ明り消すなよ……」
――――えらく、マイペースな連中だった。
「ゴホン。皆の者、そろそろよいか」
『おっ』
「あっ」
「げっ」
このマイペースで自由すぎる賢者達の織りなす不思議空間から、一人の救世主が現れた。
王……さっきすざましい怒号を飛ばしていたあの王が、なんでだろう。その称号に相応しい我らが指導者に見えた。約一名露骨に嫌そうな顔をしているが、そこはご愛嬌。その辺はこいつが悪い。
王はやはり国のトップだけあって、賢者達もといこのモニター共より一段上に位置している。僕らと賢者。両方を見下ろす場所に現れた王は、この場をまとめる事が出来る唯一の常識人だ。
「賢者達よ、今は召喚者たる少年の謁見の時、そんな事は後に回さんか」
『しかし王よ、聞いておくれ。我らの魔光掲示板、何やら様子がおかしいのだ』
「様子がおかしい?」
『魔光掲示板が付かん。これでは謁見の示しがつかぬ』
『至急なんとかしてくれぬだろうか』
「またか……」
王はハァとため息をつくと、現れたと思いきやすぐに引っ込んでしまった。いやいや、今から謁見なんだろ? なんだ? 急にどうしたんだ?
「あの……どしたんすか」
「掲示板がつかないんだって」
『この器具もそろそろ買い替え時だと思うのだが、王が許しを出さぬのだ』
(――――はぁ!?)
――――アホだ。完全に。もはや賢者の威厳はとおの昔に消え去った。賢者の投影機の癖に壊れかけなのかよ。
(メンテしろよ……)
「これだから元老院は……」
この心変わりはなんだろう。さっきまで元老院をボロクソに言うオーマを諌める立場にいたはずなのに、今は一緒になってクレームをつけたくなるグズグズっぷりだ。
これでは王の気苦労が絶えない。こいつら、王の次に偉いんだよな? 支えるどころかどっぷり甘えてるじゃないか。
「賢者達よ……直ったぞ」
『おおっ! さすが王じゃ!』
『よくやったぞ。褒めて使わす!』
「……どうも」
「くぉらクソ賢者! 一体いつまでグズグズやれば気が済むの!」
「そんなんだからアタシに好き放題やられるのよ! 元老院ならもっと段取りやんなさい!」
『おーこわいこわい――――やはり魔女だな――――うん、まさに魔女である――――』
賢者達は六人いる事をいい事に”こっちに聞こえる”ヒソヒソ話をし始めた。真面目系の委員長に愚痴を垂れる小学生みたいだ。
賢者とは、賢き者と書いて賢者と読むのだが、こいつらからは賢いオーラが一切見えない。お前らもしかして僕と同い年じゃないのか?
進行役は完全に王にまかせっきりなのか、今だってほら。
『じゃあ一旦明り付け直そうか』
「なんで!?」
賢者が、鼻の垂れたアホガキに見えてきた。語尾にだじょーと付けた方が似合う感じの。クレームをつけるオーマを余所に、仕切り直しと言わんばかりに再び明りをつけ、そしてまたすぐ消した。
無駄だ。完全に無駄な工程だ。驚きのピークは暗い部屋にモニターがあった所まで。そんな意外性などすぐに吹き飛ばしてしまうノーテンキっぷりの六人が、そこにはいた。
「異界の者、遠路はるばる御苦労であった」
『――――御苦労であった』
「それさっき聞いた……」
「我ら帝国を左右せんとす、帝国六人の賢者達」
『――――賢者達』
「元老院の名において、今この場で姿を現さん」
『いざ、謁見である!』
――――ブゥン! モニターの不調が治ったのか、大きな画面から今度こそ”賢者”が姿を現した。
六人は全員が同じ姿をしていた。緑の長い髪を両サイドに括り付け、灰色のノースリーブに緑のネクタイを。そしてその下には……黒いスカートと……ミニブーツ……
「……」
『さあ、これより謁見を始める』
「アホ……」
……耳には……大きなヘッドホン……声は……機械音声……
『召喚者たる少年よ、我らの事情はすでに耳に入っておると思うのだが……』
「……もういやだぁぁぁぁぁ!」
『ぬおっ! どうなされた少年!』
「もういいです! 僕ほんともう帰ります!」
「落ち着け! 気持ちはわかる! わかるけど!」
「いやだって! 絶対ふざけてるじゃないすかこいつら! 何が賢者すか!? ただのオタ集団じゃないすか!」
「同意! 完全に同意! だけどアタシらこれやる為に来たんだから!」
「ここで帰ったら意味ないでしょ!? お願い! 少しの間だけ、耐えて!」
『おっ少年、お目が高い』
『左様。これは我が領内に紛れ込んだ異界の姫君を模倣した姿でありその歌は全てを魅了したと言う――――』
「知っとるわ! だってそれ、だってそれ!」
……手には…………”ネギ”……
「 ボ カ ロ じ ゃ ん ! 」
『ぼかろ……ほう、”ぼかろ”と言うのかこの姫は……』
「もう僕マジ帰りますから! おつかれっした!」
「どうやって降りるのよ! アホ! ちょっとだけだから我慢しろっての!」
「こんなふざけた連中と話したって何も解決するわけないよぉぉぉぉ!」
もう無理だ。我慢の限界だ。あいつ等にはもはや賢者と言う言葉すら浮かばない。アレは夜な夜なスカイプで二次元談義に勤しむ類の連中だ。
賢者の正体。それは老人でも青年でも、女性でも、ましてや生き物ですらなかった。どこでアレを知ったのかはこの際どうでもいい。こんな大事な場面で、事もあろうに”アニメアイコン”を前面に出してくるふざけた連中と、話す事は何もない。
僕が用事があるのは帝国中枢であって、断じて”オタサー”ではない。お前らはツイッターでアニメ実況でもやってろ。王宮の地下の人目に触れない場所で。
『一体何が気に食わないのか……ああ、そうか』
『きっとこの”ぼかろ”の露出が足らないから――――』
「ちげぇよ! 魔改造すんな!」
「……姿を変えたのなら、一言言ってくれてもよかったのでは?」
『ハハ、王よ。ふざけた事を。貴様は堅いから許可なぞ出すまいて』
「……まぁな」
『ふふ、賢者を見くびるな』
「……」
「元老院でしょ!? 許可取んなさいよ!」
『国政に関係のない事をわざわざ王に干渉する権限はない』
「今思い切り関係してんでしょうが! ああっ危ないっ! 落ちる~~!」
「もぉぉぉぉ帰りたいぃぃぃぃ!」
賢者のふざけた態度に久々に切れた僕は、宙ぶらりんのシャンデリアの上にいる事を忘れ全力で帰ろうした。おかげで僕自身がシャンデリアになってしまったよ。
この様子を賢者達は愉快愉快とせせら笑っている。ボカロアイコンは3Dデータなのか、ネギをくるくると回している。この無駄な所に技術を投入している姿が最高に殺意を感じさせてくれる。
賢者の失笑。オーマの制止。シャンデリアがグラグラ揺れる音。僕の叫び。この四つが見えたカルテットの奥で、もう一つの声が薄らと聞こえた。
「……ハァ」
――――王の、ため息が。
つづく