交通
――――ゴォォォォォッ!
「う……」
「お、やっと起きたわね」
どうやら、案の定気を失っていたらしい。目を覚ますといつの間にかオーマが隣にいた。
何分突然の事だったので前後の記憶が曖昧なのだが、確か帝都の正門に向かうと言ってそのままエコータワーなる場所へ行き、そして紋章にものすごい勢いで吸いこまれて行った所までは覚えている。
その時は確か一人だったと思うのだが、僕が気を失っている間に追いついたのか、横でオーマが空気椅子のような体制で悠々自適に並んでいる。
そして、意識がハッキリしていくにつれ、ゴォォッ! っと高速で流れる風の音が聞こえてくる。
そうだ思い出した。確かここは――――
「ここは……えっと……」
「”拘束ロード”の中」
それを言うなら高速道路だろ。下らん言い間違いをいつまでも覚えてやがって。何がムカツクって、そのしょうもない空耳が本当に現実の物となった事だ。
僕の五体の自由を奪い、半強制的に帝都へ流される光の道。それはまさに”拘束ロード”と名づけるにぴったりだ。
「別に拘束されてるわけじゃないけどさ」
そう言ってオーマは手をグーパーと閉じて開いてを繰り返し、身の自由をアピールしている。いやいや、そんなレベルの話じゃない。
最初に吸いこまれた時、足掻けば足掻くほどドンドンと宙に浮いて行った。あの拘束っぷり、あれは明らかに魔法によるものだったと思うのだが?
「私じゃなくてタワーのよ。ま、起動させたのは私だけど」
やっぱりお前じゃないか……なんでそうやっていちいち自分の非を認めたがらないかな。びっくりするから事前に説明しろと何度も言った筈なのだが、その問いには決まってこういう返事が返ってくる。「言ってもどうせわかんないでしょ」と。
そしてそれはまさにその通りなのが悔しい。郷に入ってはなんとやら。魔法然り、この帝都への移動しかり。この世界にはこの世界独特の方法があり、外から来た僕はそれに従わざるを得ないのだ。
「で……結局これはなんなんすか?」
「お察しの通り、帝都へ続く”魔導レール”よ。帝都は物理的な道は作らず、全て魔法で賄ってるの」
「エコータワーはその入口」
「はぁ……」
この光の道はやはり魔法で出来た物だったか。そりゃそうだ。こんな吸いこみ式の門など聞いたことないもんな。
オーマ曰くエコータワーはあれ一つだけではなく、帝都の周辺にいくつか同じ物が点在しているようだ。
よく見れば確かに、今いるこのレールの他にも光のチューブが随所に見られる。この道は帝都と外を繋ぐ道。そして決まって、あの山岳隊宿舎のように何らかの”帝国の施設”のそばに置いてあるとの事。
目的はもちろん帝都の”出入り”を円滑にするために。帝都の外に出る時も同様、この光のレールを通って出るらしい。
そうか、山岳隊に物資を運ぶ定期便。あの山々を荷物だらけでどうやって登ってくるのかと思っていたが、ここを通って運んでいたんだな。
「エスカレーターみたいなもんかぁ」
「エスカ……なにそれ。なんか怒涛のラッシュ攻撃を仕掛けてきそうね」
「あ、それ全然関係ないです」
エスカレー”ト”じゃない。エスカレーターだ。それにエスカレートはある意味”お前自身”を指すんだよ。このやりたい放題の大魔女様めが。
とまぁこんな具合で下らない世間話をしながら、気の向くままにこの光のレールを流され続けている現状。全自動で運んでくれるのは楽なのだが、これは一体どこまで続いているんだろう。
あの塔から帝都まではかなりの距離があったはず。途中でトイレに行きたくなったらちゃんと降ろしてもらえるのだろうか。
「サービスエリアってあります?」
「はぁ? これ以上なんのサービスがあんのよ」
「だって……どこまで続いてるのかわかんないんすもん。これ」
「どこまでって……帝都へ続く道ってさっき言ったでしょ」
「じゃあ帝都まで後どんくらいかかるんすか」
「もうとっくに着いてる」
「――――ええっ!?」
そう言われてふと、下に目をやる。なんだこりゃ……
寝起きで気づかなかった。オーマの言う通り、帝都には”とっくに着いてた”。
このクリアグリーンの光の輪。どうやらこの魔導レールと呼ばれる光のチューブは随分と高所を通っているようだ。眼下にはあの広い街並みが、さっきよりも随分ズームアップされた状態で広がっている。
あの山で遠巻きから見た”帝都”の姿もそれはそれで異様に馬鹿でかかったが、近くで見るとより圧巻に感じられる。やはり文明水準はこっちの都会レベルはあるのか、質感こそ遺跡っぽい物の、横に広い”ドーム”らしき物や逆に縦長の”高層ビル”らしき建物が所狭しと立てられている。
しかしそんな密集地帯にも拘らず、バフールの街の様なゴチャゴチャとした印象は一切受けない。何故なら建物は、定規で図ったかのようにキッチリと”等間隔”で並べられているからだ。
そしてそのキッチリ計られた建物は、全体的に”長い”。その長さ故建物と建物の間が谷の用になっている。その下に辛うじて見える薄らとした網目。これはこっちで言う”交差点”だろうか。
と言う事は、”道路”まであるのか、ここは。
「すげ……」
「暴れて落ちないようにしなさいよ。潰れたトマトが出来上がるからね」
「た、たかぁ~……」
――――ブォォッ!
「おわ!? 危ないな!」
「どこにでもいるのねーああいうの……くぉらあんたら! この高度は航空制限違反よ!」
「今渡航中なの、見たらわかるでしょ! こんな所まで浮いてくるんじゃない!」
『すいませーん』
今、この空に浮かぶ光のレールに突進しかけた彼らは、この帝都の住人。何故ただの住人である彼らが、こんな高所まで登ってこれたかと言うと――――
――――ブォォォン!
「うわっぷ! こら~! ”霧”かけてくなっつの!」
――――遠くから見た帝都の、色つきの排ガスを出す”空飛ぶ鉄塊”に乗っていたから。
「ったくー。後ろから撃ち落としてやろうかしら」
「ヤンキー的な奴らっすか」
「ヤン……まぁ、所謂マナーのなってないヤツね」
高層ビルに道路に空飛ぶ車、しまいに僕らが今いるのは空高く連なる光の”管”。それはまさに、SF世界としても使い古された、”未来都市”そのものであった。
「ほんとすげーなー……」
「何よ。アンタんとこにもあれくらいあるでしょ」
「いや、空飛ぶ車はさすがに……こっちの車は基本的に地上しか渡れませんし」
「ふーん……遅れてるのか進んでるのかわかんないわね。アンタの世界」
工業レベルは僅差でややこの異世界が上と言った所か? 電子機器部門はこちらの圧勝の用だが。
しかし改めて、すごい街だな。”魔法”それはモンスターを退治したりラスボスが二回連続で放ってきたりと、所謂”戦闘用”というイメージしかなかった。
しかしあの手のRPG世界は、基本的に文明レベルが低いものだ。舞台設定の問題もあるが、あの世界は”魔王”という人類そのものを危機に陥れる存在がいる。
よってその世界の住人は街を発展させる暇などありはしないのだ。
――――魔法。その存在が当たり前のように身近にある環境では、こうまで変わる物なのか。
こちらの世界と似通った技術にプラス魔法が付加される事で、あろうことかこっちの都会にも負けずとも劣らぬ街並みができあがっている。
この光のレールや歪曲空間なんかもそうだ。これも文明の技術に”魔法”という存在があってこそできた物だろう。
「魔法って色々できるんすねー。こんなドデカイ街、丸ごと隠してたなんて」
「まぁ、帝都もタワーも、空間歪曲を解除しないとたどり着けないからね」
「でもなんか、隠したり遠くに道作ったり、えらい回りくどいっすね」
「そうねぇ……昔はこんなの無かったんだけど」
「ほら、近頃帝都は物騒だから」
「なんかあるんすか?」
「”英騎”よ」
英騎――――その言葉に全てが納得できた。空間歪曲もこの魔法の道も、考えればそんなもの、住人にとっては煩わしい事この上ない。あってもただ不便なだけだ。
しかしこの国は今未曽有の脅威に晒されている。そう、思い出したんだ。”英騎の軍勢”と呼ばれるテロリストが帝国に牙を向けている事を。
「警戒してんのよ、帝都も」
「あ、ごめん英騎ってアンタの知り合いだったっけ」
「ええ……いや、まぁ……」
僕は信じていない。その英騎とやらが芽衣子の同一人物である事を。しかし芽衣子の事を考えると、どうにも頭がこんがらがってくる。
僕と一日違いでここへ来たはずの芽衣子が、何故有名なテロリストと同じ顔をしているのか。そもそも帝都に呼ばれた事だってそいつ関連だ。
そして忘れてはいけないのが、僕らをここに連れてきた張本人”モノクロ”だ。
英騎と違いオーマも知らない、あの得体の知れない白黒野郎が、何故僕らの世界とこの別世界を自由に行き来できるのか。考えれば考えるほど晴れぬ疑問が沸いてくる。
「その英騎って奴……国に喧嘩仕掛けて何がしたいんすか」
「さぁ……世界征服でも企んでるんじゃないの?」
「んなベタな……」
「まぁ真意はわからないけど、とりあえず帝国を滅ぼそうとしているのは確かね」
「帝国も英騎には相当手痛い目に合ってるからね。じゃなけりゃこんなめんどくさい事しないわよ」
「それもそっすね……」
英騎の軍勢による帝国への襲撃。それは一度や二度ではないらしい。領土への侵攻はもちろん、帝国各地に幾度となく戦火の炎を付け、ありとあらゆる場所を火の海に変えてきたのだとオーマは言う。
英騎が帝国に指名手配を受けてから随分長い時が経っているようだ。しかし英騎どころか末端の戦闘員すら未だ捕えられる事はできず、今の帝国に出来る事は少ない手がかりを頼りにテロリスト共の凶行を未然に防ぐ事くらいなのだ、と。
「ねーさんはその英騎って奴知らないんすか?」
「新聞とかでよく見るけど、実際会った事はないのよねー」
「会ったらとっ捕まえて、懸賞金独り占めしてやろうと思ってるんだけどさ。アタシんちの近くにはこないのよ。何故か」
「いやそれアンタんちが危険地帯だからでしょ」
「そういやそうね」
テロリストもまさか、危険生物がそこかしこに跋扈する樹海を領土にしようなどとは露にも思わないだろう。あんな所で生活できるのはアンタくらいなもんだ。
懸賞金……指名手配されてるだけあって、それはそれは莫大な報酬なのだろう。そう言った犯罪者を捕え生計を立てる賞金ハンターがいてもおかしくなさそうだが、ただの一度も捕まっていない事を考えるとやはりそれは”そう言う事”なのだろうな。
「ねね、アタシらで自作自演しない? アンタが英騎に頼んで、アタシらが捕まえた事にしてさ」
「んで懸賞金受け取ったら即三人でとんずらこくの。どう?」
「するか」
だから芽衣子をそんな事に使うなっつーに。それにどうせ、金を受け取ったらお前は本当に”とんずら”こくつもりだろうが。分け前の貰えないとわかっている詐欺行為に誰が加担するか。
英騎の懸賞金……オーマがこう言うくらいだから、それはそれは莫大な金額なんだろう。
そうだ、懸賞金と言えばこいつも悪さばかりしているようだが、その首に懸賞は掛かっていないのだろうか。999年間コツコツ溜めた”軽”犯罪行為が、累計でひと財産築ける程に溜まってそうなのだが。
「なーにじろじろ見てんのよ」
「……ないな」
「あ、なんかムカツク。何よ。何がないのよ」
「甲斐性が」
――――ゴツン! 直後、脳天に握りこぶし大の衝撃が振り下ろされた。
「アタシが甲斐性持ってどーすんのよ! ボケッ!」
「おおお……」
ヒリヒリと痛む頭に暫く悶絶した後、その衝撃のせいか懸賞金と言う言葉で一つ思い出した。そう言えば、ウチにも懸賞が掛けられてそうな奴らが居たっけと。
で、さっきから見当たらないその賞金首達はどこへ言ったのだろう。――――と思っていると、噂をすればなんとやら。奴らがガン”首”揃えて現れた。
『どああああ~~~~ッ!』
「いい!?」
――――グオオオオオッ!
この光の道を通っているのは何も僕とオーマだけではない。
山賊。彼らももちろん同行していた。明らかに道からはみ出た、何故か背と腹がひっくり返った”でかいの”を引き連れて。
「ぬああああ! 落ちる! 落ちちゃう!」
――――グオオオオオッ!
――――……
「この……アホォ! ちょっとはダイエットしなさいよ!」
「あ、あぶねーマジ落とされるかと思った……」
――――グオ……
吸いこまれた時に何をどう間違えたのか、ひっくり返った状態の地竜がパニクって暴れながら流されてきた。こんなでかいのにこの狭い所で暴れられたら一溜りもない。危うく超高度式おしくらまんじゅうをやるハメになったろうが。
地竜……ていうか、むしろよくここまでこれたな。一人だけこの光のレールから思い切りはみ出てるのだが、その辺多少の誤差は融通が利くのだろうか。
ジタバタとひっくり返ったダンゴムシみたいになってる地竜を見て、ふと思った。
「あの、ここってもしかして”人間用”の道なんじゃ……」
「……竜用の道作れって? どこの誰がそんなもん作るのよ」
「ですよね……」
この結構な大所帯にプラスさっきまで三つ首怪獣だった巨体を乗せて、まだなお機能を維持するこの光のレールは、さすが帝都百人乗っても大丈夫と言った所だろう。
そして短い別れから再び集まった僕ら一行は、またもや行楽気分でワーキャー騒ぎ出した。
オーマはともかく、山賊達は帝都と一切関係ないと思うのだが。純粋に街の風景を楽しんでいるのだろうか……
「すっげー! でけー! 帝都でけー!」
「あれ噂の空飛ぶ鉄塊じゃね!? 超乗りてえ!」
さっき僕がやったリアクションをもう一度再現してくれた彼らの為に言う。お前らは何回か来た事あるんじゃないのか? なんでそんな、初めての遊園地のような初々しいリアクションなんだよ。
「懐かしいなぁ。帝都なんていつ以来だぁ?」
「俺らが傭兵だった頃は端っこの【開拓区】に夜な夜なたむろしてたっけ」
なるほど。彼らの口ぶりから山賊達は山賊に身を落とす前。つまり業界最大手の”傭兵”だった頃は、この帝都に住んでいた時期があったらしい。
彼らは有名になっても高級住宅地に引っ越さず、【開拓区】と呼ばれる当時あった住宅街に居を構えていたそうな。
その頃の思い出が蘇るのだろう。やれ食堂のおばちゃんがなつかしいやら、やれどこかの店の看板娘に恋をしたやら、歓楽街で酒場をはしごしたやら……彼らの思いで話を聞いていると、彼らもやはり一人の人なのだなと思い知らされる。
「あーだから僕らについてきたんだ」
「へへ、帝都直々に召集されたアニキ達に従者として着けば、あっしらもまた帝都に入れるかなと思って」
彼らは確か竜族と呼ばれる部族の出身。故に故郷はこの世界のどこか遠くにある。
しかし彼らの生涯の職であった傭兵と言う稼業が思い出と言う印をこの地に刻み、帝都を”第二の故郷”と位置付けたようだ。
「地力じゃ入れないんすか?」
「え、ええまぁ……」
「帝都が山賊に許可出すわけないじゃない」
「あ、ああそゆ事……」
そして人故に持つ彼らの辛い過去が、今再びオーマの手によってほじくり返される。まぁ、そりゃそうか。前科のある外国人を入国させないのと同じだな。
まぁ彼らは彼らで色々あるんだ。折角の里帰り、僕は初見だが懐かしい物がたくさんあるのだろう。
ここでヘマこいて、精々執行官に掴まらない様に気を付けろ。根無し草共。
「あ、じゃあ開発区寄ってく? なんならそっちまで送るけど」
『マジっすか!? あざす!』
――――グオオオオッ!
山賊達は珍しすぎるオーマの親切な提案に大喜びだ――――いやでも待て。これ、一方通行なんじゃ?
「路線変更できるんすか?」
「もちろん。アタシを誰だと思ってんの」
”自分を誰だと思っている”こんな返事をすると言う事は、それはオーマにしかできない事であり、オーマにしかできないと言う事は、つまり……
「これねー、裏技があんのよ。知ってた?」
「えっ」
「この光の輪が通り過ぎるタイミングにね、ちょいと魔法的なショックを与えてやれば……」
「――――ここ!」
――――ガクン! 直後、何かが外れたような音と共に、光のレールが急激に軌道を変える。
先ほどまで丁寧に流れていた流れが急に荒々しくなり、何かに掴まらねばレールから外れはじき出されていきそう。そんなノーセーフティ絶叫系アトラクションへと変貌してしまった。
「おわわわわ!」
「開発区だっけ? ちょっとレール捻じ曲げるから待ってて」
「おりゃ! とりゃ! ふりゃ!」
「あふっ! おふっ! おおおおーーーッ!」
――――オーマが手を掲げレールの壁に力を込める度に、ガクンガクンと目まぐるしく軌道が変わる。首が横に立てに揺れるこの感触。これは軌道を変えると言うより、巨大な金槌で無理矢理線路を曲げている事に近い。
裏技……と言うよりただの力技じゃないか。まさか、目的地までこのままガックンガックンさせるつもりじゃないだろうな。キリのイイ所で止めて貰わないと、またちょっと酔いが……
「ふぬっ! ほっ! ショラ!」
「ひぃぃ~、め、目が回るぅ~~~!」
『ね、姉さんもちっと丁寧に……』
――――グオオオオッ!
――――……
――――ざわざわ――――なんだぁ?――――事故?――――ざわざわ――――
「はい、到着」
『どうもありが……ふぎゅぅ……』
オーマがこの光のレールを無理矢理捻じ曲げたせいで、おかげで僕ら全員グロッキーだ。
そしてその副産物として、帝都の住人がやじうまのように集まっている。当然だな。普段は空高く流れるレールが、いきなり急降下で降って来て道のど真ん中に突き刺さっているのだから。
「ここ、開発区よね? アタシの知ってる頃とはだいぶ変わってるじゃない」
そしてオーマはそんなやじうまなど一切気にせず、辺りをキョロキョロと見渡している。それに釣られて僕も辺りを見渡してみる。そう、これが僕にとって、記念すべき”初帝都”なのだ。
「開発……区?」
街並みの様子は上から見た時同様、まさに”豪華絢爛”の一言であった。首を傾けないと全貌が見えない高い建物の群れ。上から見ただけではわからなかったが、実はこれら、全ての壁には一つ一つどれだけ手間暇掛けたのかと言いたくなるほどの、繊細な彫刻がびっしりと施されている。
そして地面は全てカラフルなレンガのような床で出来ており、さらには街中の至る所にアンティークな形の街灯が等間隔で並んでいる。
――――ここは【帝都”元”開発区】かって山賊達が傭兵時代居を構えていた所だ。
開発区の前に”元”が付くのは、当時はその名の通りまだ街として開発途上で、帝都にしては珍しい所謂下町のような場所だったからだ。
彼らが住んでいたのが何年前の話なのかは知らないが、街も人と同じように変わっていくものだ。それは成長なのか退化なのかは置いといて、とりあえずこの絢爛さから見て、残念ながら彼らの知る開発区ではなくなってしまったようだ。
『こ、ここが開発区……?』
「じゃ、アタシら【王宮】行ってくるから。好きなだけ地元めぐりしてきなさいな」
『へ、へい……』
そう言ってオーマはまたレールをガコガコとやり始めた。山賊達の知る地区じゃないと知りつつ置いてけぼりにしようとするオーマの姿はまさに”鬼”と呼ぶにふさわしい。そのせいか、レールをいじくり回す手がどこか金棒に見えてきた。
やじうま達がまたざわざわとどよめいている。突然やってきた正体不明の連中が正体不明のまま去って行こうと言うのだから、やじうまからしたら「なんだこいつら」と言う他ないだろう。
「ほら、何ぼっとしてんの。いくわよ」
帝都に来ても相変わらずの自己中さを崩さないオーマはやはり有名になるべくしてなったのだろう。オーマもここに住んでた時期があるそうだが、一体どれほどの悪行を重ねたのか。想像するに難しくない。
「……」
――――しかし帝都は、そんな自分勝手を許すほど甘くなかった。
――――ピピーーーーッ!
「くぉら貴様らぁーーー! そこでな~にをやっちょるかぁ!」
「うげ! もう来た!?」
甲高い笛の音とを発しながらやってきたのは、この街の執行官。しかもバフールの街のとは違い、あの司祭のようなダボダボの衣ではなく、衣の上から甲冑に身を包み、さらに腰に仰々しい剣を下げ、どちらかと言うと山岳隊に近い、明らかに”戦闘に対応した”仕様だ。
結構な重装備にも関わらずものすごい駆け足で迫って来る執行官から逃れるべく、オーマは僕の手を引っ張りまだ工事途中のレールに無理矢理飛び込んだ。
「さすが帝都ね……来るのがはやいわ」
「またんかおのれらぁーーー! 公共の場所で何を好き勝手やっとるかぁ!」
「こんな所で捕まってたまるか!」
「とんずら!」
「ひぃぃぃ~~~!」
怪盗よろしく見事な大脱走を決めた僕らは、一時の安堵の後、ついに帝都の中枢【王宮】へと向かう。
レールに乗り流されていく僕らの下にはさっきの執行官がなにやら喚いているが、もはやそんな声も聞こえないくらい瞬く間に遠くなり、そして消えて行った。
オーマは焦っていたのか、レールの流れがなんとなく速くなっている気がするのだがそれは気のせいだろうか。
――――シュゴォォォォォ……
「あーあぶな。なんで寄り道で捕まらなきゃならんのかっての」
「レール……やっぱりホントはいじっちゃダメな奴なんでしょ」
「……行きたい所に繋がってない不便な帝国行政が悪いのよ」
「んな無茶苦茶な……」
それは線路を自分の家の玄関に繋げろと言っているのと同異議と言う事を、この女はわかって言ってるのだろうか。
それ以前にこのレール、やはり公共の物だったか。裏技とか言い出した辺りでなんとなく嫌な予感はしていたが……
そしてレールの流れの中で、油の切れた歯車のようにガクガクと不快な揺れが体を揺らす。無理矢理いじくったから、完全に壊れたな。これ。
快適に住人を移動させる交通便の一つが、久しぶりに帰ってきた魔女のせいで一つダメになってしまった。帰ってきて早々さっそく帝都にダメージを与えるオーマは、ひょっとして魔霊の森に引っ越したのではなく、帝都から追い出されたんじゃ? と思えてきた。
「まぁ、後は山賊達がなんとかしてくれるでしょ」
山賊が執行官。もとい警察官と会ったら一番ダメだろ。今頃変貌しきった故郷で、道もわからず闇雲に逃げている事だろうよ。
――――今、気が付いた。山賊、逃げる。この二つのワードで連想される、いつの間にかいなくなってた奴の事を。
「ねーさん、地竜は……」
「あっ」
――――どこかで、天を震わす咆哮が聞こえた気がした。
そういえば地竜は一人だけ体がハミ出ていた。そんな中で無理矢理レールを歪めた物だから、結果――――
「……どっかに落っことしちゃったっぽい」
「なにやってんすか……」
地竜。雪崩にも崖にも楽々耐えるあの耐久力なら問題はないだろう。ないだろうが、それはあくまで身体面の事で、置き去りにされたあげく今の今まで忘れられていたとなっては、精神面は再起不能なくらいズタボロだろう。
特に帝都は今、こいつが説明した通り絶賛警戒令発動中だ。彼らがテロリストと間違われて監獄に閉じこめられてないよう祈るばかりである。
「ままま、いーじゃん。後で拾いに行きましょ」
「んなお気楽な……」
用事が、一つ増えた。事が終わったら彼ら全員に菓子折りを持参しつつ全力で謝らねばならない。その為に、こいつのこの短期間で、誠意を込めた土下座のやり方を教えねば。
「はぁ……もう……」
――――新たな使命が、この土壇場で一つ増えた。
「再会したらちゃんと頭下げて下さいよ!」
「は? 誰のおかげでここまでこれたと思ってんの。むしろ頭下げるのは向こうでしょ」
それは簡単で誰にでも出来、なおかつ今最も難しい使命が――――
「ふたっつみっつやよっついつつ~♪」
「ええと、謝罪文。拝啓、豪華絢爛な都市におわす今日この頃、いかがお過ごしでしょうか……」
――――……
「おにょれ~! 狼藉者共! まんまと逃げ遂せ追ってからに!」
「よぉ、どったの?」
「あ、貴方様は!」
「もしかして英騎の軍勢が、ついに攻めてきたんかぁ?」
「ハッ! 報告申し上げます! 先ほど狼藉者共が数名、帝都の魔導レールを改竄しこの開発区に無許可で繋げ――――」
「レールの改竄? そんな事できる魔力持った奴、いたっけ」
「いえ! おそらく外部の者と思われます! どのようにして潜り込んだのか存じませぬが、不正な手段で侵入したのでありましょう!」
「侵入者がバカ正直にレール乗ってこねーと思うけど……」
「レールを改竄できる魔力を持った奴ねぇ……」
(……まさか)
「――――パム?」
つづく