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未来都市

 

「大魔女様、何から何までありがとうございました!」


 山賊の出現。大きな山越え。突然の強襲者。そこに巻き込まれた人々。そして、助け合う人々。

 様々なトラブルがここまであったが、ついに全てを乗り越え、僕らは今度こそ帝都へ向けて出発を開始する。

 見ず知らず同士の人間にもかかわらず共に乗り越えた苦難により、いつしか僕らの間には”絆”と呼ぶべき感情が生まれのかもしれない。

 いざ別れるとなれば、さっき出会ったばかりの連中のはずなのに、それはどこか卒業していく先輩のように物寂しく感じられた。


「ダッハッハ、ええねんええねん。気にしなや!」


「なんでアンタが返事してんのよ」



 こいつさえいなければ。



――――ズゥン――――ズゥン――――



「おーおーこのでっかいトカゲちゃんに乗って移動するわけですかいな! ええもん持ってますなぁ!」


「もー、こいつうーざーいー!」


「……」


 このうさんくさい関西弁を操るスマホが何故当然のように会話に割って入ってくるのかと言うと、このうざったい口調に耐え兼ね通話を終了さす事で、一度は黙らせる事に成功したのだが。

 しかしそこから怒涛の着信コールで僕のポッケを絶え間なく振動させ、しまいには勝手に音量設定をいじくり音量最大のアラームを当たり一辺に鳴り響かせるのだ。

 こんな事を常にやられてはさすがにこっちもたまらない。この激しいストライキに僕らはついに折れ、常に通話状態にしといてやるから、余計な事をするなと言う条件で両者和解が成立した次第だ。

 その際、あまりやかましくするなと念を押して言っといたのだが――――


「スマートフォーン、なめたらあかんで!」


「なめたらあかん! なめたらあかん! 人生なめずにこれな~めて~」


「うるせえよ。なめてるのはお前だろ」



――――どうやら、ムダだったようだ。



「ままま、ええやないですか。きっとわしかて役に立つさかいに」


「何がどう役に立つんだよ」


「そうですなぁ……例えばこんなのはどうでっしゃろ」


「んん?」


 そういってスマホが立ち上げたのは、所謂”お絵かきアプリ”

 指でなぞった部分が線になり、画面上に簡単な絵が描けると言う退屈しのぎ以外の用途が見当たらないアプリだ。

 これまた関西弁アプリ同様、落としたはイイが画面に対し指がでかすぎて、タッチペンがないとまともに描けない事から倉庫ならぬフォルダの肥やしになっていたのだが―――― 


「いきまっせ~……よっほっは!」


「……おおっ!」


 画面にはそれはそれは、アプリとは思えないくらい器用な”似顔絵”が浮かび上がってきた。たかがアプリでこれほどの絵が描けるとは……そうか、この関西弁野郎がスマホの内部から操っているからか。


「う、うまい……」


「せや! ついでに姐さんも……ほら、笑って!」


「もう……今度はなによ」


「あーいい! いいです姐さん! ごって、ごって美人やで~!」


 掛け声がうざいものの、あっという間にオーマそっくりの似顔絵ができあがった。今現在のめんどくさそうなオーマの顔を忠実に再現した、無表情のやる気のない顔が画面に鮮明に表れている。

 こいつが自慢げに見せつけるのも少しわかる気がする。僕とオーマ。披露したくなるのがわかるくらいの、それは中々クオリティのいい似顔絵であった。


「で、それが何の役に立つわけ?」


「そらもちろん……迷子になった時とか?」


「……似顔絵描いて、意味ある?」


 この世界では、オーマは誰もが知ってる有名な”大魔女様”。対して僕は来たばかりで誰も知らない”召喚者”

 この相反する二人が例え迷子になった所で、似顔絵など見せるまでもなく――――


「……ないな」


「もーなんでんねん! わてらこれから一緒にやってくんやろ!? だったらもっと優しくしておくんなはれや!」


「……」


 全く使えない特技を頼んでもないのに披露し、その上必要以上の評価を下せとがなり立てるスマホの為に、こいつに気づかれない用そっと音量を減らしておいた。

 辺りは、再び静寂に包まれた。スマホの内部ではこいつがギャーギャー喚いているのだろうが、そんな事は僕以外知る由もない事。

 一つ気になるとすれば、こいつが声を出す時は必ず”通話”状態になると言う事だ。他に音声が出せそうなアプリはいくつもあるのに、通話モードじゃないと会話ができないのだろうか。トークだけに。


(電話料金大丈夫かな……)



 僕の不安は、それだけだった。



――――ズゥン――――ズゥン――――



「姉さん、そろそろ……」


「ほいほい。帝都が打診してきたのは確かこの辺ね」


 山賊の打診と同時に、オーマはその場で歩を止めるように指示を出した。そこは木々が途切れ、やや小高い崖になっている獣道。頂上程ではないにしろ見晴らしは十分いい場所だ。

 ピクニックならここでお弁当タイムにする事にうってつけだろう。それはいいのだが、妙に中途半端な所で止まったな。山の麓とは言えまだ完全に下りきってはいないのに。


「どしたんすか」


「ちょっとね……んじゃ、行ってくるわ!」


 オーマは地竜を降り、一人そのままどこかへと消え去って行ってしまった。山賊達は軽く「いってらっしゃい」と会釈した後、またもやオーマ待ちと言わんばかりに休憩に勤しんでいる。

 この光景を見てもちろん頭の中には「?」の文字しか浮かばないのだが、しかし僕にはどうしようもない事もまた明白である為、ここはおとなしく待っていようと思う。


「さすがにもう襲われたりしないだろうな……」


「コポッ」


 ふと、水玉が 顔の横へと近寄ってきた。暇が出来たから遊んでもらえると思ったようだ。周りの連中もだらけている事だし、魔王のいぬ間になんとやら。

 やかましいスマホもサイレントモードに気づいてない事だし、この空き時間を存分に使い一時のリフレッシュをさせてもらおうか。


「いくぞ~とりゃ!」



――――シュルルルル!



 折角だからここらで新しい技でも発明しよう。そう思い水玉を円盤状にさせ、フリスピーの要領で思い切り投げてみた。

 モデルはもちろんかの有名なハゲが使うアレだ。あの鼻のないハゲみたいに、なんでもスパッと切れたらいいな。等と思いつつ、綺麗な弧を描き飛んでいく水玉を微笑ましい目で見つめる事数十秒。見えなくなったと思ったちょうどその時。



――――後頭部に水の円盤が突き刺さった。



「のあっ! ちょ、……ええ!?」


「コポォ……」


「あれ、お前今、あっちに向かって飛んでったよな……?」


「コポッ?」


 何が起こったかわからないがありのままを説明しよう。前に向かって飛んで行った水玉が、僕の後頭部に戻ってきた。何を言っているのかわからないと思うが、事実だ。

 僕の髪は今、後ろだけポマードを塗りたくったようにテカり倒している。襟足からしたたる水滴がシャツに染みて、少し気持ち悪い。


「……ちょ、もっかい! もっかいだけ!」


「コポッ!」


 水玉をもう一度、さっきと同じ風に投げた。同じ手は二度も食わない。僕は投げると同時に即座に後ろを振り返った。


……しかし目前に水玉はいない。あるのは山の木々と少し荒れた草。そして斜めを向いた地面だけだ。

 やはりさっきのは何かの間違いだったのか。投げた水玉をもう一度見ようと、再び前へと振り返った。



――――その瞬間。



「たああああああ!」


「コ、コポ……」


「ええっ!? また!?」


 そう、まただ。またもや前に投げた水玉が、”後ろから”帰ってきた。

 もう間違いない。超スピードだとか催眠術だとかそんなチャチなもんじゃ断じてない。もっと恐ろしい物の片鱗を味わった。そんな気がした。


「なんか……こええよ!」


「コポォ……」


「あの、アニキさっきから何をやってるんで?」


「いや違うんすよ。あっちに投げたこいつが、何故か後ろから戻ってきて……」


「何言ってんすかアニキ。あっしらとっくの前から【帝都遮断領域】に入ってますぜ」


「……はい?」



――――帝都遮断領域。

 それは帝都が定めた、許可無き者の帝都への侵入を拒むべく、魔法により捻じ曲げられた空間領域を指す。

 帝都は帝国の首都だけあって、中枢にあたる重要施設が無数に並び、それ故悪しき意思を持って近寄る物が後を絶たない。

 そこで帝国は帝都の近辺を含む空間を魔法により歪曲し、不穏な輩が帝都に立ち入れぬ用空間的な”ループ”を形成する事を思いついた。

 そうすることによって、許可のない物は帝都にたどり着ける事はできずに、永遠と同じ道を辿り続ける。

 要するにこっちで言う、空き巣対策の”防犯装置”なのだ。


「てなわけでちょうどその歪曲の境目がこの辺なんす」


(先に言えよ……)


 速い話がここはメビウスの輪のように表と裏が繋がっているらしい。山賊曰く結構すごい魔法らしいのだが、どこかありきたりな感じがするのは何故だろう。

 迷いの森系ダンジョン、ワールドマップの端っこ、箱庭ゲームの終点。広い世界を演出する為にゲームがよく使う手法だ。

 この手の類の物はキーアイテムを入手する事で解除されるのが定番だ。この場に置けるキーが何なのかは知らないが。

 僕の薄いリアクションに何とか反応を持たせようと、山賊は熱を持って口を振るう。だが無駄だ。異世界人として驚くべき所なのだろうが、残念ながら据え置き機と長い付き合いの僕には通用しないのだ。


「案外チャチだったな」


「ものすごい大物なセリフを吐きますね」


「まぁよく見かけるし」


「空間歪曲をっすか!?」


 ミイラ取りがミイラになったかのように逆に山賊が驚いている。そんな彼らの為に持ち込めるなら是非次世代ハイスペックゲーム機を持ち込んでやりたい。

 たかが別世界に驚きっぱなしと思うなよ? こちとらソフトの数だけ異世界を行き来してるんだ。なめてもらっては困る。


「落ち着いたり慌てふためいたり……アニキはほんと、よくわかんない人だなぁ~」


「ふふん」


 少しばかりの優越感を感じた後、携帯機タイプなら持ちこめるなと異世界ゲーム普及計画が頭に浮かんだ。

 オーマが魔法でスマホを充電したと言う事は、魔法で電気は何とかなるのだろう。しかしアイツに任せてはダメだ。どうせ頼んだ所でまた余計な事をして、今度は博多弁でも喋り出すに違いないからな。


「じゃあ折角ですから、見ときます? 歪曲魔法の解除」


「え、今?」


「そっす。姉さんは今解除に向かっているんす。すぐそこだから案内しますよ」


 意外な事にキーアイテムはオーマ本人だった。さっきの伝達魔法とか言うので、帝都から歪曲解除の許可とその境目を教えてもらったらしい。

 オーマが降りてったのはその為か。また一人でフラフラキノコ狩りでもしているのかと思ったよ。


「ほら、そこっす」


「ちかっ」


 地竜から降り、山賊の案内で多少の雑草をかき分けたすぐ近くの所に、オーマはいた。

 オーマの足元には山には似つかわしくない、明らかに人工的に加工された形跡のある、四角い形をした石版が佇んでいる。


「あらっ、どーしたの?」


「アニキはほら、帝都が初めてらしいっすから」


「行楽気分なわけね。ハハ、遊びじゃねっつの」


 別にこっちから頼んどらん。遊びじゃないならじゃあ速くその解除とやらをやれ。そんな思いを知ってか知らずか、オーマもまるで説明する素振りを見せず淡々と作業を進めている。

 四角い石版と目線が合う様に少し身をかがめ、そのすぐ下に、無数にある小さなマス目に置かれた台形の小石をカチカチといじくりまわし、さらにその隣にある手のひらサイズの石に――――って、あれ?


「え、これが歪曲装置!?」


「そーよ。帝都のお役人が魔力を染みこませて作った、空間歪曲維持装置」


「言っとくけどこれ公共物だから。壊したらアンタ到着即逮捕よ。元はただの石だし」


「じゃなくて! これ……この形……」


 やはり、説明は受けておく物だと思った。「興味ない」その一言で済ますのは簡単だが、しかしその実、その先には”思いもよらぬ物”があったりするから。


「デスク……トップだ……」


「デス……何? 即死魔法?」


 DEATHじゃなくてDESKだ。くだらんボケをかますな。

 そう、今オーマが聞き返した言葉は、おそらくこちらの世界にはなじみのない言葉。意味する物は”机の上”と単純な物だが、それと同じく台となる石に置かれた、この横に長い長方形の石版。そのすぐ下にこれまた横に伸びた無数のマス目。隣には手のひらに包める程度の大きさの石。

 この形、この形状。はたまたオーマの扱い方。それらが全て、こちらの世界に必ずある”パソコン”に酷似していた。


「まぁなんでもいいわ。今解除したげるから、ちょっと待ってなさい」


「えーっと……うざっ! これ、使い方がややこしいから嫌いなのよねー」


「帝都の技術は目覚ましいもんがありますからねぃ」


「使う側がわかんなければ意味ないわ。えーっと……確かここを……こうして……」


 石版には帝国の紋章が刻まれている。先ほど見た山岳隊の甲冑と同じ、”真っ赤な”色の紋章が。これが意味するのは、そのままこれは帝都の所有物。と、言う事なのだろう。

 今オーマが四苦八苦しているこの石版の操作。それは確かに、普段使ってなければ扱いが難しい物だ。何せ覚える事が多すぎるからな。


「これと……これと……ああ、めんどい!」


 それは、やはり全てがパソコンに当てはまった。マス目はキーボード、石はマウス、紋章は壁紙。よく見るとその横には、アイコンらしきの小さな印が付いている。そしてその内の一つには扉が開いたような形の、小さな絵が付いている。


「……ここじゃないっすか」


「えっどこ?……これ?」


「はい」


「何かあんたに教えてもらうのもしゃくだけど……とりゃ」


 オーマは石を少しなぞった後、ちょうど二回、コンコンと石を叩いた。その仕草は紛れもなく”ダブルクリック”だった。

 そしてその次の光景を見て、なるほどなと納得した。今石版には、紋章を横切る様な横長の細い線が浮かび上がっている。オーマのダブルクリックの後に浮き出てきた物だ。

 伝達魔法で届いた帝都のからの返事。それは帝都が許した、選ばれし者のみが知ることができる、許可の証拠。


「えっと……これと……これと……」


(パスワード……)


 オーマは今必死に、マス目を順番に”一本の”指で叩いている。ブラインドタッチができないジジババ連中のように。

 もたつくオーマのタイピングが僕に考える時間をくれる。何故こんな所にパソコンが……曰くこれはこれで魔法の一種らしいが、確かに魔法を使えばパソコンでもゲームでも似たような物は作れそうだ。

 しかしこうまで酷似しているとなると……それは偶然と呼ぶにはあまりにも不自然で、それは何か、上手くは言えないが、なんらかの”意図的な”作為が感じられた。


「これ……これ……ほい! できた!」


「姉さん、ごくろうさまでさ」


「ほんと、やんなっちゃうわねこれ。あー、目が痛ーい」


 そして極めつけにオーマが入力したパスワードの後には、長いシークバーが浮かび上がっている。認証中……なのだろう。

 魔法が支配するこの世界でこんなあまりにも現実的過ぎる物。やはり何か、違和感がぬぐえない。


「さて、認証ができる間……そこのあんた。ちょっと来なさい」


「なんであんたが”これ”知ってんのよ?」


「そっすよアニキ。”これ”帝都のお役人しか知らないはずなんすけど」


「……」


 オーマは言う。このデスクトップに酷似した石版は帝都の役人が魔法で精製した特殊装置で、詳しい使い方は役人以外わからないはずだと。先ほどオーマが扱っていたのだって、さっき帝都から伝達魔法で簡単なマニュアルを受け取ったからに過ぎない。

 それ以前にこの石版は、面影はあるものの僕がよく知る電子機器ではなく、れっきとした魔法装置なのだ。

 この石版は使用者にもそれなりの魔力を求めるので、このメンツの中で言えば最も魔力が高いオーマ以外は扱えない。

 一応オーマはこれが初見ではなく過去に何度か扱った事があるそうだが、本人曰く「ややこしくて覚えられない」から、毎度取扱いの際はその都度マニュアルを送ってもらっているらしい。


「へえ、あんたんとこにも似たようなのあるんだ」


「はい。もちろん魔法は使いませんけど」


「ふーん、異世界の技術を流用してる……のかな?」


「そら夢のある話ですけど、一体どうやってですかぃ?」


「さあ?」


「あ、そう言えば……」


 ここでふと、バフールの街での出来事を思い出した。確か昔のガラケーが珍品屋に売られていたと言っていたな。

 異世界の技術を流用していると言うより、こちらの技術がたまたまこっちに迷い込んだのを何かの拍子に拾ったのかもしれない。

 携帯があるくらいなら古いパソコンの一つや二つ、何らかの拍子に紛れ込んでてもおかしくはなさそうだ。


「このスマホだって、ちょっとだけ違うけど仕組みは似たようなもんっすよ」


「えっそれが帝都の魔法装置と?」


「ねーさん確かパズルやってたでしょ。もしこれがパソコンの同じ物なら……こことここ、クリックしてください」


「クリック? ここを押すの?」


「はい。多分、似たようなミニゲームが出てきます」


 内心少し緊張していた。魔法で浮かび上がった石版の画面には、アイコンの他に画面の左端、そこに”スタートメニュー”らしきものがあったからだ。

 さすがに四窓の形はしていないものの、外見だけではなく中身もまんまパソコンのそれ。

 これが本当にこっちの世界からの流用品ならば、絶対にあるはずだ。役人の業務には絶対必要のないプリインストールソフトが。


「なに……これ……」


「トランプ……ですねぃ」


(まじか……)


 信じたくはなかったが、やはりこれは僕の知るパソコンを元に作られたようだ。どうやって真似たのかは知らないが、おそらくソフトについてはよくわかっていなかったのだろう。入ってあるデータをそのまま模倣したらしい。

 だからこそ、僕の目論見通り。スタートメニューにはスマホ同様パソコンユーザーなら必ず一度は目にする、暇つぶし用のソフトが入ってあった。


「あ、やったぁ。よくわかんないけどなんか勝ったわ」


「姉さん、さすがですねい!」



(ソリティア……)



 やはりこれは、姿かたちは違えど、れっきとした”パソコン”なのだ。



――――ズゥン……



「……」


 まさかの電子機器登場で少々面を食らったが、深くは考えないことにした。一体何がどうなってあんなところにパソコンがあるのか。そんな事は考えても無駄でしかないからだ。

 暇があれば帝都の役人とやらに聞けばいいし、何より僕はここに永住するつもりはない。元の世界に帰ったら、ああ、場所は違えど人類は同じ進化を辿るんだなぁと小学生並の感想を抱けばそれでいい。


「みんな集まった? そろそろ始まるわよー」


『はーい』


 僕らは今、地竜の頭の上に集まっている。地竜が頭を上げることによって少し見晴らしがよくなるからだ。

 眼前には山々が広がっている。山脈とはよく言った物で、万m級の高さの物もあれば、こうして秋には紅葉狩りを楽しめそうな、小さな山々もあるのだ。

 で、何故こうして高い景色を楽しんでいるのかと言うと、帝都の空間歪曲解除は行政的な役割の他に、ある意味一つの”観光名所”としても成り立っているからだと、ここの住人である彼らは口を揃えて言う。


「アニキ、向こうに小さなハゲ山があるでしょ」


「え、うん」


「あれがさっきまであっしらのいた宿舎です」


「うそぉ!?」


 宿舎は方向が……あれ? 僕らは宿舎から出発して、こっちから下りてきたよな? じゃあなんであんな反対方向に……

 ああそうか、空間歪曲でループ空間になってるんだっけ? パソコンはわかるが相変わらず魔法の理屈はさっぱりわからん。時々頭がごっちゃになるよ。


「山の景色をそっくりそのまま投影してんのよ」


「でかい鏡を置いてるようなもんっすね」


「はぁ……」


 説明する彼らの口調がどこか嬉しそうなのが鼻に突く。不覚にもそこそこいいリアクションをしてしまったようだ。

 こういう時はひねくれものの性分か、逆に彼らの期待を裏切ってやりたくなる。よしわかった。今度こそポーカーフェイスを貫いてやろう。


「……」


「あ、なんか黙った」


「脳細胞が死んだのよ。今ので」


 悪態我意に介さず。てんもうかいかいなんとかかんとか。もはやお前らに僕の心の扉を開く事は叶わず。例え何が起ころうと、この凍りついた顔は誰にも溶かす事はできぬのだ。


「お、そろそろね。じゃあカウントダウンやろっか」


「はい、ごー!」


『ごー!』


 カウントダウン。その言葉と同時に、目の前の空間がカーテンのように揺らめき始めた。どうやら本格的に歪曲空間の解除が始まったらしい。

 オーマが先陣を切って切るカウントに心で「年末か」と突っ込んでおいた。カーテンの裏から初日の出が出てきたら、一緒に「おめでとう」と叫んでやる。


『よーん!』


『さーん!』


『にー!』


「……」


『いちー!』



――――グオオオオッ!



『オオオオキタァーーーーッ!』



 カウントダウンがゼロを示す時。揺らめくカーテンの向こうから、新たな世界の幕が開いた。

 先ほどまで山々を映し出していた風景が、揺らぎと共に火の付いた紙のように、燃えるような穴が至る所で開き、広がり、それがやがては一つとなり、隠されていた”真の風景”を映し出した。

 しかし残念。沸き立つ連中とは裏腹に、その真なる光景を持ってしても僕のポーカーフェイスを崩す事は出来なかった。

 何故なら、広がる景色のその光景に――――



「――――」



――――絶句、していたから。



(う……おお……)


「ほんと、いつ見てもすごいわねー」


「大帝国の本領発揮、と言った所ですかいねえ」



――――ついさっきまで山だった景色が、まるで近未来感漂う大都市へと変貌していく。

 西洋の遺跡のような茶色味を帯びた建物が随所に並び、そして所々にかの有名な未完成の建築物の様な、そびえ立つ高層の建築物が随所に見られる。

 さらにその光景は広がりを増すごとに高く、密に、深く、山の様なに線で結ぶと三角形を成すように密集していく。

 これもある意味山脈かもしれない。違うがあるとすれば、木々の代わりに所々煌びやかに輝いている光。あれは街灯、またはネオンのような光源だろうか。まだ日は落ちていないにもかかわらずチラチラと目に映る輝きは、まるで上空から見た大都会、東京の夜の姿のよう。

 それらが尽きる事無く、地平線一杯まで広がり続ける大都市の姿は、まさに僕らが目指していたこの世界における中枢の街、”帝都”の名に相応しい。


「そういえば姉さん、帝都に来るのはいつ振りで?」


「最後にあそこを出てから、だいぶ立つわね……ま、アニマ関係で強制召集は何度かされてたけど」


「当時からそうだったんですねぃ」


「にしても……しばらく見ぬ内に随分成長したわね~。なんかビュンビュン飛んでるけど、あれは乗り者かしら」


「へい。帝都がこないだ解禁した、空を駆ける鉄塊でさ」


「へえ。いいわねあれ。着いたら是非乗りましょ」


(想像してた街並みと違う……)


 そう、僕はこの魔法の蔓延る世界で、そしてバフールの街のざわめく雑沓の街並みから、どことなく漠然と、中世ヨーロッパのような街並みを想像していた。

 確かにそんな感じの要素は見受けられる。大聖堂らしき建物やどこかの国にある傾いた塔に代表される、海外の遺跡が一挙に集まった姿はそれなりに想像の域を出ていない。

 しかし街は、街と呼ぶにはあまりにも広大であり、今し方オーマが言った空飛ぶ鉄塊が、花に集まる蝶のように、街の回りをふわふわと浮いているのがわかる。


 空飛ぶ鉄塊……そう言われて浮かぶのは、ベタベタな未来の日用品。空飛ぶ”車”に他ならない。

 空飛ぶ車(仮)は排ガス代わりに色の付いた煙を上げ、それらが至るとこに飛んでいる為、漂うアクアリウムの熱帯魚にも見える。

 まるで中世の街にそっくりそのまま現代文明を持ち運んだかのような、そしてそのまま成長を遂げ、独自の文化を築き上げたかのような――――新旧入り乱れるアンバランスな雰囲気が、今までの道のりとは全く異なる、異世界の中の異世界。そんな印象を受けさせる。


(帝……都……)


 遠巻きに見る光景ですらこうなのだから、ここから中へ入ってしまえば不思議の国のアイツのように、小さなドアから出られないのではないか。

 ひょっとしたらあそこは、迷い人を手繰り寄せる幻影なのではないか。所々に見える光が霧の用にも見え、それによりまた格段と、”別世界”感を引き立たせる。


 幻……一言で言うならばまさに”幻”。そう感じるほど帝都は、広大かつ、それはそれは幻想的な雰囲気を醸し出していた。



「で……どう? 初”帝都”の感想は」


「……」


「まさかのノーリアクション? ほんとつまんない奴」


「――――すね」


「ん? 何て」


「いや、その」


「意外と……”近未来的”なんすね」


「未来……未来ね」


 僕にどんな反応を期待していたのかは知る機会もないが、どうやら気に入って頂けたようだ。

 未来……この言葉の何が気に入ったのか、オーマの頬は見る見る内に引き上げられ、への字になった目元と共に機嫌よく語りかけてくる。


「未来……うん、うん、いいじゃない!」


「未来、そう、未来よ! あそこは全ての文明が集まった、まさに未来の姿なのよ!」


「もう後ウン百年もすれば、その辺の地方都市もああいう風にあるかもね!」


「ははは、あんたやっぱ冴えてるわー!」


 僕の反応に機嫌をよくしたか、オーマは強めの力で僕の背中をバシバシと叩いてくる。

 未来……確かに、技術レベルは最初に入ったバフールの街よりも、数十年は先を進んでいるようにも見える。

 その水準はこの世界で一番。いや、魔法がある分ヘタをするとこちらの世界よりも上かも知れない。

 古びた中世の大都市をイメージしていた僕の脳内を色んな意味で裏切ってくれた帝都は、その壮大な姿と未来と言う言葉から、どことなく将来の自分とダブって見えた。


(マジですげーな……)


「コポッ!」


「ふふふ、水玉ちゃんもはやく行きたいようね」


「よーし、じゃあ行くわよ皆の衆」


「いざ行かん、姿を現せし”帝都”へと!」



『オオオオーーーーッ!』



――――一行のテンションは最高潮。飲み会で騒ぐ大学生の如く奇声を発しながら進軍する彼らの隅で、僕は静かに佇んでいた。

 帝都。確かにすごかった。あんなものを見ては、あそこを目指してがんばってきた彼らに火が付くのはわかる。それは僕も同じ、同じなのだが。


 せっかくできたこの空気を壊すまいと、喉の奥に飲みこんだ疑問が一つ。どうしても晴れない。

 このままこのノリに乗っかってしまうと、勢い余って口を滑らしてしまいそうなのでやはりここは黙って置こう。



 盛り上がる彼らをしり目に、僕は心の中でこう呟いた――――





(山賊、関係ないよな?)



                            つづく



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