似非
「……」
脅威は、去って行った。突如発生した竜巻のように、大きな爪痕を残して。
男が遺して行ったのは破壊されつくしたこの宿舎と、モニュメントにピッタリのこの樹木。そして……
「……気持ちわりぃ~」
血に塗れた、大量のきのことを。
「よかった。これでこのボロ具合がアタシのせいじゃなくなったわ」
帰ってきて早々第一声がそれか。確かにここを破壊し尽くしたのはあの男だが、キッカケを作ったのはお前だろ。
お前が余計な事をしなければ、もうちょっと原型を留めていたかもしれないのに。
「しっかしアンタ、変なのばかりに気に入られるわね~。何あの男。宿命のライバル?」
宿命……ではないが、今し方そうなったようだ。少なくとも向こうはそう思っているだろう。あの男が一体何だったのかはこっちが聞きたいくらいだ。
山だけに人里に降りてきた熊のような奴だった。空腹の代わりに破壊に飢えた、飛びきり危険な山の生き物……ってそれ魔霊生物だろ。人型の。
しかしオーマもどうやら知らない用だ。その証拠に「キノコの精霊」だの「タケノコから生まれた山の守護神」だの好き放題悪意に満ちた仇名を付けている。お菓子か。
ふと、横を見ると男が去って行った血痕が道を示す用に続いている。ご丁寧にキノコまで所々落としながら。
血がべっとりと着いたキノコは最高に気持ち悪い。形といい、色合いといい、まるで内臓の一部をほじくり返された、そんな感じだ。
僕はそんなにグロ耐性がある方じゃない。頼むから、これをさっさと片付けてくれないか。
「……ん?」
不意に、頬に変な違和感を感じた。痛みはなく、何か大きいこぶのような異物が付いている。そんな感覚だ。
それは触ってみると思っていた以上に大きく、ブニブニと指の腹に厚みを感じるほど膨れ上がっていた。
なんだこれ……よくわからんが、とりあえず邪魔だ。僕はゴミを振り払うようにその異物をぬぐおうとした。その時――――
「……ひぃぃ!?」
「ハハ、どうやらあんたも、精霊になれたようね」
頬の異物はブチっと言う千切れた音と共に簡単に切り離す事ができた。手に取ったそれを何気なく見た所、今度体が戦慄していく音が聞こえた。なぜならば――――
「ききキ、キノコォ!?」
「おーおーやはり、もしやと思いましたが、それはズバリ”カイセイダケ”ですな?」
「――――はい!?」
僕の頬から生えたキノコ見て、あの堅いおっさんがいけしゃあしゃあと割り込んできた。
カイセイダケ――――人体に寄生し体内の”老廃物”を吸い取り成長する寄生型キノコ。このキノコに寄生された者はしばらくの間”キノコ人間”と化すが、その間キノコは安定作用のある成分を体内に浸透させる。
そしてキノコの吸い取る栄養源。すなわち体内の老廃物が尽きた時、キノコは独りでに崩れ落ち、その後は軽やかな気持ちと共に体が”快晴”のようにスッキリするのだとか。
昔は漢方薬に使われていたようで、慢性的な疲れや軽い鬱に罹った場合はこのキノコを食べるのがならわしだったらしい。今でも美容品や山の幸として多くの人々に親しまれているのだと、堅いおっさんは自慢げに知識をひけらかしている。
「これでしょ? おっさんが取って来て欲しかったの。大量に生えてる所見つけたから、沢山積んできたわよ」
「ありがたき幸せ。いかにも、我ら栄光ある帝国軍人足る者、常に健康は維持せねばなりませぬからな!」
(お前かよ――――!)
そうか、そう言えばこのおっさん、ここの食糧担当だったっけ……おっさん曰くこのカイセイダケ、数あるキノコの中で一番おいしいらしい。味もよく健康にもイイ。
ちょっとキノコまみれになるのを我慢すれば、次の日から快晴のように晴れやかーな気分になるのがよいのだと、おっさんは熱く語る。
そのありがたーいキノコが僕の体から生えてきたと言う事は、つまり……また……
「……また、”ハッタリ”ですか」
「またとは何よ。単にあのフランケンがキノコ嫌いだっただけじゃない」
この場面、山賊の時と全く同じだ。単なる調味料に尾びれ背びれを付けまくり、おどろおどろしい表現と共に見る見るうちに有害物質へと変貌させていくその話術。――――つまり、ただの”ウソ”だ
そこを突っ込んだ所、一応ウソではないとオーマは弁明する。胞子が体内に侵入し皮膚から発芽するのは事実で、血管に入り込んで体の隅々まで巡るのは本当だろと。
しかしそこから先は全くのデタラメで、やれ脳みそを乗っ取るだのやれ血肉を啜るだのは創作もいい所。あの男を精神的に追い詰める為の、早い話がただの”嫌がらせ”である事は明白だった。
「だーからウソじゃないっつの。実際問題本当にそう言うキノコはあるの!」
「いやだからそれこのキノコじゃないでしょ……」
「いやはや、大魔女様の話術、見事でありました! 大魔女様の話術には嘘もたちまち真になりますわい!」
こいつも今ハッキリと”ウソ”と言ったぞ。確かに、人体に寄生して様々な病気をもたらすキノコはある。それは僕も知ってる。知ってるのだが……
堅いおっさんがその堅さ故、無自覚に僕のツッコミに援護射撃を撃つ。おっさんはバッサリと一言「そんな危険なキノコが生える所に宿舎を建てるわけがない」と言い切った。
本人はただの知識をひけらかしているだけのようだが、この天然の指摘が今、ハッキリとオーマを”ウソ付き女”と認定してしまった事を、このおっさんは知る由もないだろう。
「大魔女様もお戯れが過ぎますわい! ハッハッハ!」
「……」
もはや魔女と言うより詐欺師と呼ぶ方がふさわしいかもしれない。そのキノコもびっくりの逆プレゼン能力は目を見張るものがあるだろう。抗議団体を顧客にそういう会社を立ち上げればいいんだ。プロネガキャンセラーとして。
――――ていうか、そもそもな話だが、なんでそんなに魔法を使いたがらないんだろう。いや、ケチくさいのはわかっているが。こいつがあの雷の矢をもう一度放てば、あの男をわざわざ遠まわしに追い詰めるまでもなく、瞬時に撃退できただろうに。
「その辺どうなんすか」
「あーそれね。それちらっと思ったけど、あんたが思った以上に善戦してたからね」
「水玉ちゃん、上手く使ってたじゃない。あんた、ここいらで本当に”精霊使い”名乗っとく?」
つまり、僕がそこそこできるっぽいから、魔力をケチる為によっぽどの事がない限りは僕任せと。なんだろうその言葉。褒められているはずなのに何故かまったく嬉しくない。
あの男の捨て台詞はどことなく激励を受けた気がしたのに、この違いはなんだ……まぁ、それは速い話がこいつが楽したいだけって事なだけだからだ。このアマ様が怠けたいが為に、たった今奴隷から社畜にランクアップしてしまったのか。
これは責任重大だ。期待に応えるべくよりいっそう精霊使いとして精進しないと――――ん?
「あの、上手く使ってたって」
「はっ! しまった!」
「……もしかして、最初から見てたんすか?」
「……」
『あの~アニキィ~』
誰かと思えば裏切り者の山賊くん達じゃないか。さっき僕がやられそうな時、助けもせずただボーっと眺めてただけのデクの坊共め。
わかっていると思うが、僕は今お前らに対してゴキゲンナナメだ。言い訳があるなら今の内言っとけ。僕が拗ねてしまわない内に。
「……なんっすか」
『さっきの事なんすけど~実は……』
「へいへいへい! いらん事言わんでいーのよ!」
『いやでもだって、それは~……』
「大魔女様は少年の勇姿をずっと見ておられたのだ! 少年に金星を与える為に、あえて我らの動きを諌めてな!」
「くぉら! 言うなっつの!」
……その言い訳は予想外だった。なんで突っ立ったまま助けに来ないんだ思ったら、お前の差し金だったのかよ。
それはあれか。ここぞのピンチに駆けつけてくるヒーローの気分を味わいたかったのか。だったらもっと早く来いよ。ピンチの場面は山ほどあったわ。
『あの時助けようと思ったんすけど……ふと奥を見たら、姉さんがこう、木の向こうで”し~”ってやってくるもんですから……』
「う! だ、だって。その方がなんか劇的じゃない?」
「……どこから見てたんすか」
「え? え~っと……」
「何か、水のネットがぶわーってなった辺り?」
――――ほぼ最初からじゃねーか! 何が劇的だ! じゃあ見てたろ!? 僕がガチで溺れかけてた事を!
「折角いい感じに押してたのに、なんか自滅し出したから。ああやっぱこいつ、アホなんだなって」
ここへきてダメ出しかよ……その前に何か言う事があるだろう。僕のどざえもん一歩手前の劇的なピンチ、お前も今この場で味わっておくか? ん?
まぁ確かに、あれは僕も予想外だったがな。渦に自分も巻き込まれては世話はない。大渦の中でも、僕だけは動けるように改良せねばなるまいな。
「ま、及第点ね」
及第点……確かに、辛うじて戦えるレベルまでには成長したのはわかる。わかるんだがこいつに言われたらどこかムカっぱらが立つのは何故だろう。
それはこいつが僕に点をくれてやる立場だからだろうな。大魔女様だけあって魔法に関しては右に出る物はいない……はずだよな? ハッタリかましている所しか見たことないが。
くそぅ、上から目線でいい気になりやがって。破天荒が売りの漫才師かお前は。だったらもっと、弟子を大事にしろよ弟子を。
「この水玉ちゃんとカイセイダケがあれば、明日もまた働けるくらいには回復するかもね」
「重ね重ねありがたき幸せ! 大魔女様のご厚意があれば、帝国もこのキノコのように繁栄を極めますわい!」
キノコに例えるなキノコに。キノコはいずれ朽ちるか食われるかだろうが。
そしてオーマの帰還と共に、少々の休憩の後に兵達は何事もなかったかのように復旧作業へと戻って行った。
破壊された建物を立て直すのか、地竜がまた次々と木を根こそぎ引っこ抜いて運んでき、それを山賊が木材へと加工。栄ある帝国兵はそれを元に組立、このルーチン作業で見る見る内に土台が完成していく。
オーマと堅いおっさんは食糧係として、夫婦経営の食堂のようにキノコを使いジュウジュウと炒め料理を作っている。火をどこから調達しているのかと思えば、オーマが直々に炙っていた。
こいつ、こんな時だけは魔法を使うんだな。
「……」
竜、兵、魔の三位一体の共同作業で見る見る内に宿舎は立て直されていく。それは次々と生えてくるキノコのように。
地竜が次々と片っ端から引っこ抜いてきたせいで、辺りは見る見る内に”ハゲ山”になっていく。その光景を見た僕は、自然環境を犠牲に生活を豊かにせんとする人間のエゴを見た気がした。
時間が経つごとにその場が明るくなっていく。それは日光を遮っていた葉が軒並み刈り取られたからだ。
段々と照りつけられていく地面とその下で嬉々として働く彼らを見て、ふと思い出した。
キノコは本来日陰の暗い所で群生すると思われているが、それは実は誤解で、彼らが群生するには適度な”湿り気”と、適度な”腐敗物”と、そして適度な”日光”この三つの要素が必要なのであり、どれか一つでも欠けるとキノコは生える事ができないのだと。
「毒キノコだよ、お前ら……」
汗水たらして働く彼らを遠目で見守り、僕は体を横にダラダラと木陰にへばりつくように休んでいる。
それは僕がこの中で一番働いた――――からではなく、オーマの指示の下、オーマが僕に向けてこう言い放ったからだ。
「あんたが混ざると違法建築物が出来上がるでしょ。邪魔よ。その辺でだらけてなさい」
現場監督にこう言われては仕方がない。僕は上司の命令を忠実に遂行しているだけなのだ。木陰にへばりついている僕と、日光の下でせわしなく働く彼らを見比べ、しばらくした後に一つの結論に至った。
「……もうちょっと労ってくれても、いいよな?」
「コポッ」
――――”キノコ”と”コケ”は似て非なる物だ、と。
――――……
……
「と、言う訳で、命に別状は一切ないですね。そのキノコ」
「むしろ回復してます。まぁ、確かに気持ち悪いですが」
「あんのアマァァァ! この俺にそんな下らねえハッタリで……!」
「引っかかる方が悪いんですよ。己の無知を呪いなさい」
「ざけんな! おりゃぁ山は詳しいが植物は専門外なんだよ!」
「いやキノコは植物じゃありませんし。それに、そんな目に合ったのはあなたが独断専行で突っ走るからです」
「完全に、有無を言わさず”自業自得”ですよ」
「だ、だってよぉ……一山ぁ下ったらこう、なんか、テンション上がるじゃん?」
「いえ全く。むしろ疲れたから速く帰りたいくらいですね」
「そんなテンションになれるのは世界中探してもあなただけですね」
「けッ、インドア野郎が」
「医者が青空の下でオペをしますか? それに見苦しい言い訳は私ではなく、後ろの”彼女”にしてください」
「……げっ!」
「もぅ! ”山男”さんのせいでワタシの華麗なる作戦が台無しですぅ!」
「”帝都山岳部隊の襲撃”は、この”ドナ”ちゃんのお仕事だったはすでしょっ!」
「ああ、いや、その、あの……」
「ドナちゃんの頬をごらんなさい。ほっぺた膨らまして、完全におこですよ」
「自己中心的行動断固反対ですぅ~~ッ!」
「わわわ、すまねえって! ごめんごめん! お前を一人にすんのはアレだったから手助けをと思って……」
「ドナはそんな子供じゃありません! も~、せっかく帝都の宅急便に”なりすまして”きたのに~……」
「でもよぉよかったじゃねえか。俺のおかげで手間ぁ省けただろ?」
「お前のちっこい体じゃあんなもん、時間がかかってしょうがねーだろ」
「ドナちゃんは山男さんみたいにただ闇雲に暴れるなんてしません。ちゃんと効率的に無駄なくスマートに動くのです」
「どこがだよ。下らねーもん売りつけようとしてただけじゃねえか」
「下らないとはなんですか! このドナちゃん特製”ミニ扇風機”に向かって!」
「ドンキでよく見かけますよ、それ」
「やっぱり下らねえじゃねえか」
「むむむ、いいでしょう……ほんとは別の機会に使おうととっとくつもりでしたが、そこまで言うならぁ~……」
「――――よってらっしゃい見てらっしゃい! この手に掲げまするは小さな小さな扇風機!」
「スイッチを一度押せば爽やかな風が。しかしあら不思議、二回目を押せば~……」
「とりゃっ!」
――――カッ
――――ズドゥォォン!
「――――なッ!」
「”爆弾”ですか……!」
「少々広い場所でもなんのその、全てを灰と化す、大きな大きな”キノコ雲”と化すでしょう~!」
「どうです? 山男さんのように無駄な体力を使う事無く、スマートに短時間で”殲滅”できるでしょ?」
「……どうやら、俺ぁ逆に連中を助けちまったようだな」
「……貴方もカイセイダケを分けてもらったんです。お互い様ですね」
「狙った顧客を無駄なく効率的に、かつ全力で。これがマーケティングの基本ですぅ!」
「何がマーケティングだよ。田舎商店街のイチ娘風情がよ」
「あ、またそうやってバカにするぅ~! 言っときますけどドナちゃんの方が生涯年収は上なんですからねっ!」
「まぁまぁお二方、よいではありませんか。山男さんのおかげで山岳隊は十分機能不全です。これでいらぬ横やりを入れられる事もないでしょう」
「”英騎”も慎重な奴だよな。あんなしょぼい基地わざわざ潰さなくったって、どうにかなりそうなもんなのによ」
「不測の事態の可能性を排除したかったんですよ。山岳隊宿舎は”今”もっとも帝都に近い軍事基地ですから」
「さすが、”英騎様”はごそーめーですぅ~!」
「……しかし気になりますね」
「あ? 何がだよ」
(山男さんのおっしゃってた口の減らない女と竜を使役する連中……心当たりはありますが、しかし”精霊使い”とは……)
(……まさかね)
「どうしたんですかぁ?」
「いえ、なんでも。またあなた方が何かポカでもしないかと不安になっただけです」
「なっ!? ドナちゃんはそんな三流商売人じゃありませんッ!」
「俺もだ! 今度こそ、誰にも邪魔させねえ……!」
「はいはい、その意気があれば十分ですよ。さ、山岳隊壊滅の一報を早く届けねば……英騎達がおまちかねです」
「うっしゃあ! 今度こそ心行くまで大暴れしてやんぜぇ!」
「ドナちゃんの新商品、いっぱい試すです!」
「では、参りましょうお二方」
「帝都”壊滅”に向けて――――」
次章につづく