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ツノ ――後編――

 

「う……おお!」


――――その場の全員がまさかの再登場に凍りつく。それは僕も例外ではない。あの度重なる猛撃を食らい、トドメに巨大な樹木を突き刺す勢いでぶつけたにも関わらず、男はまだ”動けていた”。

 

「やって……くれたな……てめえ……ら……」


 男は、見るからに満身創痍であった。男の得物であるストックと呼ばれた二つの棒が、本当にストックのように男の体を支えている。

 しかし棒の補助を持ってしても歩行が困難なほど男のダメージは著しく、立ち上がり二、三歩歩く度に膝を地に着けている。


「……がはァッ!」


 その場の、誰もが男に近寄ろうとしなかった。男に植え付けられた恐怖が、押せば倒れる枯れ木のような状態の男に触れる事すら躊躇わせた。

 男はフラフラと棒を頼りに、一歩、また一歩と歩を進める。向かう先はもちろん――――


(こっちに……くる……!)



――――ポタ――――ポタタ――――



「ハァ……ハァ……ボン……」


 近づく毎に男の様子が鮮明に見える。男のダメージは思っていた以上にひどい。全身の傷もさることながら、特に目を引くのが額から滝のように流れる”血”。

 先ほど樹木をぶつけた時、頭に直撃したのだろう。何針も縫わねばならぬような開いた傷が、男の頭部に大きく付いている。

 こちらに近づいてくる男に対し、僕は自然と後ずさりをする。周りで固まっているみんなと同じだ。


――――恐怖。叩いても叩いても、何度でも蘇り姿を見せる男は、生死のタガが何かの拍子に外れてしまった、未知の存在に見えた。

 それはもはや”人”なぞではない。言うなれば、そう――――


(悪……魔……)


「うぐァ……! ハァ……ハァ……ボン……」


「おめえさんの戦いっぷり……見事だったよ……まさかこの俺が……ここまで……」


「うぐッ!」


 男は僕に向けて語りかける、が、その口ぶりすらもしどろもどろの状態だ。

 勝敗はついたはずだ。互いに全霊を出し合った。それで満足じゃないのか。それが男のしたかった事じゃないのか。

 もはや何がしたいのかすらわからない男に、ハァハァと口を開き苦しそうにしている隙に、願いを込めて問いかけた。


「……もう、戦いは終わったんです。御願いです。もう……やめて下さい」


「いいや、まだ終わっちゃいねえ……だってよぉ……」


「お前にとっては、俺を撃退すりゃそれでいいかもしれんが……俺に取っちゃぁ……」


「こんな所で……黒星ぃつけられたってなったら……」


「”みんな”に……どの面下げて会えりゃぁいぃんだ……」



――――みんな? こいつ、一人じゃないのか?



「俺はぁ……まだ……やるべき事が……俺がぁ……”死ぬ”のは……全部やった後ぉだぁ……」


「だから……よぉ……ボン……おめえには……最後まで付き合って……もら……」


……呆れるほどの精神力だ。この男の脅威は怪力に次ぐ怪力。その一点だと思っていたが、真に特筆すべきなのはこの異常なまでの、勝ちへの執着心だろう。

 明らかに戦える状態ではない。そんな状態で一体何をどうしようというのか。

 僕の願いも虚しく、やはり男は終戦よりも”継戦”を選んでしまった。


「く……お……お……オオ!」


「うわァァーーーッ!」


 男は棒を掲げた。それは僕を今度こそ討ち取らんとする為に。

 周りの連中は誰ひとり動こうとしない。助けるどころか、むしろ僕から目を逸らせている。

 嘘だろお前ら……さっきまでの労いはなんだったんだよ。それはちょっと……薄情すぎないか……

 やはり、僕はその気になっていただけで、何も”積上げて”いなかった。心に落胆と絶望が一挙に染みこんでくる。深い後悔と共にギュっと目を閉じた。



――――その時



「そこのおにーさん。おべんとつけてなにやってんの?」



(……え?)



――――後ろから、見知った声が聞こえた。



「ったく~。帰ってきたと思ったらボロ基地がさらにボロくなってるじゃない」


「ホントマジサプライズにも程があるわ。なにこれ? ドッキリ?」


「んだぁ……女ぁ……」


「それはこっちのセリフ。帰ったら血まみれフランケンがなんか暴れてるなんて、一体どこの三流スプラッタかしら?」


 この、煽るように徹底した人を小馬鹿にした口調。間違いない。やっと、帰って来たか――――


「オー……マ……」


「ホントびっくりよ。戻ったらなんかおっきな木が生えてるんですもの」


「ビフォーアフターにも程があるわ。みんな軍人辞めて。造園業でも始めたの?」


「ちぃ……もう一人、仲間がいやがったのか……」


 男は突如現れたオーマに少しばかり驚いた表情を見せた。そして男は言う。「男同士の勝負に女がしゃしゃり出てくるな」と。

 その発言を受けオーマは意外にも怒る事無く、むしろ嘲笑めいた笑みを浮かべながら、またいつもの煽り口調で男にこう言い放った。


「勝負? 決着? ハハ、バカ? そんなのもうとっくの昔に着いてるじゃない」


「ひょっとして脳みそまでパックリいかれちゃったのかしら? いや、見た感じそれは元からの用ね」


 よくもまぁそんな煽りがポンポンと……口喧嘩ならあいつの圧勝だな。しかしオーマは気になる一言を発した。「とっくに勝負はついている」と。

 それは当然自分が出るまでもないと言う意味も含まれているだろう。明らかに部外者であるでかい男に、オーマは余裕の表情を下さない。

 確かに、見る限り男はもう満身創痍もいい所。ただちに病院にいかねば命に関わりそうな傷つき具合だ。

 しかし男はまだ動いている。そして戦う意思を見せる以上、男はまだ戦えるはず。

 今だって、息を切らしながらも、ほら。

 

「あんだとコラ……ぽっと出のクソアマが何ほざいてやがる……」


「てめえから先に……やってやろうか!」


 男は凄む。持前の闘争心がオーマだろうがなんだろうか分け隔てなく平等に牙を剥く。

 しかしオーマも一歩も引かない。オーマは立て続けに。さらにあおり続ける。


「ふふ、おもしろいわねこのフランケン」


「そんなかわいい”ツノ”生やして凄まれても、なんも怖くないのよ」


「あ……ツノだ?」


 ツノ……? そんなのあったかな。男の棒がツノと言えばツノっぽいが。オーマはニヤニヤと不気味な笑みを溢しながら、自身のこめかみをトントンと叩いている。そこに何かあると言いたいのか。

 ふと、血まみれの男の顔を見上げてみた。男も同様オーマのジェスチャーに釣られ、パックリと傷の開いたこめかみをその手で触る。

 不意に、男が手を振れた瞬間、ボトンと何かが落ちた。男の血で真っ赤に染められた”それ”は、オーマの言う通り、確かに”ツノ”であった。


「なんだこ……え!?」



『 う わ ァ ッ ! 』



「クスクス……」


 男と一緒に、随分と情けない悲鳴を上げてしまった。しかしこんな物、叫ばざるを得ないだろう。オーマは笑っている。他人の不幸は蜜の味と言いたげな、悪意と嘲笑に満ちた笑いを。

 男は自身に起きた異変に混乱している。男が手で傷を抑えた回数と共に、ボトボトと地面に同じ物が落ちてくる。

 それは握りこぶしを二つ重ねたような太さの、先端だけ妙に広がった、こちらの世界でもよく見る、人間に”幸と不幸”の両方を与える山特有の物――――


「うわっ! ひぃい! なんだ!? 俺の体に何が!?」


「う、うわわ……」


 うろたえる男に見計らったようなタイミングで、オーマはこう続けた。


「――――魔霊植物拡散性寄生植物オオアシバナ科チスイダケ属」


「それは”寄生ダケ”の一種で主に”人体を苗床”とし、短期間で太い茎を持った逞しい姿へと成長する――――」


「じゃ、これッ!」


「き、”きのこ”かよ!?」


「人体寄生型寄生ダケの特長は三つ。一つ、短期間で爆発的な成長が可能な事」


「二つ、生える時は群生して生える事」


「そして最後。抜けば抜くほど”増えて”行く事……」


(な――――ッ!)


 オーマの歪んだ笑いと共に、ボトボトと男の体から、”キノコ”が次々と落ちてくる。そして聞こえてくるは男の悲鳴と、それを目撃している連中の震え怯えた声。

 それは、吐き気がする程不快な光景であった。オーマの笑い声に呼応するように、男の巨体から蕁麻疹のような鳥肌が次々と湧いて出てくる。

 蕁麻疹の正体はもちろん”キノコ”。大きな苗床と化した男の巨体から次々と”キノコ”が生え始め、悲鳴を上げながらそれらを引き抜いていく男をあざ笑うかのように、次々と爆発的な速度で”生えてくる”

 何度引き抜かれようと止めどなく増殖する”キノコ”は、皮肉にも何度も立ち上がり戦う意思を崩さない男と同様、無限に復活する生死のタガが外れた生き物に見えた。

 そして僕らの悲鳴と怯え、そして男の上げる恐怖の雄叫びが、期待した通りのリアクションだったのか、オーマの口をさらに軽やかにしていく――――


「人体寄生型キノコは体内に侵入した胞子が体細胞、体液、血液、その他さまざまな栄養分を用いて発芽するの」


「主な感染経路は経口摂取。つまり、簡単に言うと食べちゃいけない毒キノコってわけね」


「キノコと言う種自体、元々暗く湿った場所を好む。そういう意味では、キノコにとって人体はある種最も適した環境かもしれない」


「ただ……キノコはただ”生えるだけ”の生き物じゃない。肝心なのはその後。本当に警戒すべきなのは、”すでに生え終わったきのこ”」


「う……くそぉ! 消えねえ! お、俺の体が……!」


「ありえねえだろ! こんな急に、ききき、キノコが生えてくるなんて! 一体どういう……」


「……まさ……か……」


 オーマは、男の気づきに時すでに遅しと言わんばかりにニヤリと不吉な笑みを見せた。案の定、こいつの仕業だったか……

 妙に帰ってくるのが遅いと思ったら、一体どこで見つけてきたのか。こんな危なっかしいキノコを……


「て……めえ……か……? てめえの仕業なのかこりゃあ!?」


 オーマは人差し指の先を少し舐め、その指を少し高い位置に掲げた。「そっちは風下のようね」と告げるオーマの足元には、少し大きめの麻袋があった。

 それはここに着いた時、あの堅い奴が果実を入れていたのと同じ袋。しかしオーマが持ってきたそれは、果実とは大きく異なる。暗く湿った色の”キノコ”が、それはそれは山の様に、元気な胞子をたくさん飛ばしそうなくらい大量に収められていた。


「……キノコは、発芽ともう一つのプロセスを持っている。それは”種の保存”」


「次なる子孫を残す為に、新たな代へと受け継ぐために、キノコは発芽後、次なる段階へと進む」


「キノコに適した環境は、湿った苗床に薄暗い場所。だから、日の光の当たらない水気の多い場所へと移動する必要がある」


「普通のキノコなら胞子を風に吹かせて移動するんだけど、それじゃあどこに飛ぶかを自分で選べないでしょ?」


「寄生型キノコはそんな不確かな方法よりも、”次の苗床”を確実に確保できる手段を選ぶ」


「それは、自由に動ける協力者に、自身を無条件に、かつ確実に目的地へと運ばせる事……」


「……ここまで言ったら、もうわかるでしょ……?」


――――なんともおぞましい話だ。僕にはそれがなんなのかすぐにわかった。

 確か、ついこないだ某大手ブログで似たような記事を見た。閲覧注意のタグに惹かれてついつい開いてしまったんだ。アリに寄生し、発芽しやすい場所まで運んでもらう寄生キノコの記事を。

 アリはそんなおせっかいな生き物じゃない。運んでと頼んだ所で無視され巣穴に運ばれるのがオチだ。

 だから、アリに寄生したキノコは別の手段を用いるのだ。それは苗床になったアリの体内の、その……


「今アンタの体内には夥しい数の胞子が循環している。それはアンタの血管に乗って体の隅々まで」


「全身から発芽し始めたのはそれが原因。そしてキノコが一通り発芽し終えたら、胞子は発芽をやめ次の行動へ移る」


「それは苗床が血肉を啜られ、生命尽きるその前に。まだ動ける内に”自分の意のままに操ろうとする」


(つまり……)


「今アンタの中のキノコは、アンタの”脳”へと移動している……!」


「な――――!」


「その額から発芽し始めたのがイイ証拠よ! そんな傷だらけの体で、胞子はさぞかし感染しやすかったでしょうね!」


「そんな脳に近い位置まで発芽が進んでたら、それはもう明らかに末期症状! ほっといたら後数分も経たずに脳が侵されるわね!」


「さあどうするフランケン男! 今ならまだ、しかるべき所で処置を受けさえすれば、何とか間に合うかもしれないわよ!?」


「勝ちと引き換えに”キノコ人間”になる!? それとも負けを認めて、一命を取り留める!?」


「迷ってる時間なんてないわよ! こうしている間にも、胞子は着々と脳へと進んでいる!」


「行くの!? 引くの!?」


「 ど っ ち ! ? 」



――――男は、迷っている。ギリギリと欠けそうなくらい強い歯ぎしりをしながら。

 よほど悔しいのだろう。ここまで来て、ここまで耐えたのに、たかがキノコの為に撤退を余儀なくされるなどと。

 オーマの言う通り、男はすでに”負けていた”。それは男の言った通り、この男にはまだ”やるべき事”があったから。

 それが何かは知らないが、とりあえず現時点で男がやるべきなのは。


「……キノコに乗っ取られて僕にトドメを刺した所で、それはあなたの”勝ち”なんですか?」


「う……ぐぅ~~~~!」



 病院へいけ。一刻も早く。



「ちくしょぉ……ちくしょぉ……」



「ちくしょォォォォォ――――!」



 ォォォォ――――……



 男は、ついに諦めた。いや、負けを認めたと言うべきか。男は、戦いに置いてはこれ以上ないくらい”最上の戦士”であった。

 勝つ為なら自分の命すら差し出す男が負けた、その敗因は。――――男にはまだ”やるべき事”があったから。

 彼もまた、やはり僕と同じだった。いや、僕の方が”同じになれた”。何故なら僕も、ついさっき男と同様”積上げてきた”モノができたから――――


「……ふぃ~」


 男は去って行った。あの怪我でさっきまでフラフラだったにも関わらず、火事場のバカ力が発現したのか、それはそれは牛の様な猛スピードで。

 そして男が去り際に放った一言。僕にだけ囁いた、僕だけが聞いた言葉がまだ耳に残っている。「お前だけは忘れない。いつか必ず決着をつけてやる」 

 その言葉は憎まれているようにも感じるし、どこか激励されているようにも聞こえた。これが漫画の主人公なら「いつでもかかってこい! オラまってっぞ!」とでも言うべきポイントなのだろう。

 しかし僕は違った。こんな事を言ったら周りの連中から叩かれそうなので、口には出さないでそっと胸に置こう。



――――うれしかった。男が僕を”倒すべき相手”と認めてくれた事が。だから、男の言葉に心でついこう返事してしまった。



「ありがとう」と――――




                            つづく


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