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「……」


――――あの対魔霊生物大決戦より数時間が経った。

 水玉の力を借り水の鎧を発現させたまではよかったがそこから先はいかにも僕と言った感じで、一番肝心な所。土壇場で全てが文字通り”水泡に帰す”と言う逆の意味での奇跡の大逆転を見せた。

 しかしオーマはそんな僕のダメさ加減すら見抜いており、僕を当て馬に”最小限の魔力消費”で倒せるよう陰でコソコソ策を仕込んでいた。

 オーマの思惑通り【異種金属間電位差相違放電ガルバニック・スパーク】なる技――――もとい現象を発現させ辛くも撃退に成功したものの、あれはあくまで魔法ではなくただの”化学反応”。

 細かな所まで制御できるはずもなく、水の鎧で包まれていた僕にまで電流が流れ出し、あわやチリ毛満開のアフロヘアーになってしまう所であった。

 僕が精霊を装備品に変えると言う予想外の機転を見せた事で少々面喰っていたようだが、その場の物を徹底したリサイクル精神で環境に優しい魔法作りを目指すオーマのエコロジー計画にはなんら支障はなく、全ては魔王様の手のひらで転がされていたにすぎない。

 要するにこのエコ計画における僕の役割。それは、早い話が――――


「ただの噛ませじゃないすか……」


「もーいつまでもうっさいわねー。勝ったんだからいいでしょって」


 よかないわ。お前がやれとか言い出すから本気で焦ったんだぞ。

 お前のこれまでの行動から水玉に触れなかった事に本気で嫉妬して、イヤがらせに近い感情で前線に送り込んだのだと本気で信じてたんだぞ。

 そしてそれは半分正解だろう。さっきの大決戦をもう忘れたかのように、オーマの頭の中はこいつの事でいっぱいだ。


「ほーんと、なんでアンタみたいなノーセンス野郎に……」


「――――コポポ……」


 魔法どころか一般的な身体能力にすら乏しい僕が、よりにもよって精霊を、しかも”僕だけが”扱える事が心底気に食わないらしい。

 まだ言うか。水ならお前だって出せるだろうが。魔法か召喚か。そのどちらかは知らないが、多分それはもうどえらい規模のを。


「形を変えた水の装備って発想はよかったんだけどね」


「割れたら、意味ないわ」


 そう、こいつは何故か”僕にだけ”触る事ができ、他の奴が触ればたちまち針でつついた風船のようにパンッと割れてしまうのだ。元々の素体がしゃぼん玉なので、触ると割れるというのは理解できる。

 しかしじゃあなんで僕にだけ触れるのだろう? これは僕にもわからない。力加減の問題なのか、体温や肌質の問題なのだろうか。それとも――――


「存在感が薄いから?」


……そんなメンタル的な事なのか? これ。オーマは原因を究明すべく次々と仮説を打ち出した。

 やれ生命力が低いからだの、やれとろいからだの、やれしゃぼん同然の価値でしかないからだの……

 仮説と言う名の悪口を思いつくままに話すオーマに少しばかりカチンときた為、この悪態すら魔王レベルの女になんとか言い返そうと皮肉混じりにこう言ってやった――――


「ねーさんだって、ホントはそんなに魔法使えないんじゃないの?」


「……なに?」


「だって、全然魔法使わないじゃん。魔女の癖に」


「節約とかなんとか言っといて、ほんとは使える物がそんなにないからだったりして~……」


「……ふーん、久しぶりよ。このアタシにそんな舐めた口を利く奴は……」


 ヒクヒクとこめかみを痙攣させながら話すオーマに、若干の殺気を覚える。――――やばい、ちと言い過ぎたかもしれない。

 しかしオーマはその引きつった顔とは裏腹に口調は実に丁寧に柔らかく、そしてたまにおかしな敬語を交えつつも論より証拠と言わんばかりに立ち上がった。


「いーい? アンタがやったあの水の鎧。あれはアンタの力じゃなくて、あくまで水玉ちゃんの力だからね?」


「そこんとこ勘違いすんじゃないわよ。この凡人が」


 ハイハイ、凡人で結構ですよ。御託はいいからさっさと見せろ。思わず敬いたくなるような魔王の力をな。


「アンタがさっきやったのはね。【六門属下魔導応用式第三類系統定義《 りくもんぞっかまどうおうようしきだいさんるいけいとうていぎ》】【形成伝達の法】てーのよ」


「……はい?」


 すまんもう一度言ってくれ。何言ってるのか全くわからなかった。


「だーからようするに、あんなもんなくったって……」


「アタシくらいになれば自力で~~~……」


 オーマの周りから見えない渦の様な物巻き起こっている。渦はその中心、発生源のオーマに向かって一挙に流れ集まっている。

 僕の挑発に乗って節約したいはずの魔力をまた使ってしまうのだろうか。ハハ、意外と単純なんだな。


「おりゃ!」


「おああッ!」

 

――――オーマの掛け声と共に、オーマの体の周りにバチバチと細かな音を立てる青い火花が現れた。

 火花は一瞬バチッと現れては消え、そしてまた音を立てて現れる。スタンガンのような青い火花が出たり入ったりを繰り返して連続した音を立てている。

 そしてそれらが軌道衛星のようにオーマの体を巡り、輪郭にそって不規則な火花の流れを生み出している。

 一頻り巡り終えた所で、一周を終えた火花が今度は両の腕を伝ってオーマの手のひらへと溜まってく。

 次々と到着する火花がやがては溜まり、溢れ返り、それに伴いバチバチと鳴っていた音は次第に細く細かジジジジとノイズのような音に代わり出し、ついには手のひらに収まらない程の、辺りを眩しく照らす”青い光球”へと変貌していった。

 このジジジと音を立てる光の玉は、何故だろう。なんとなくどこかで見たようなデジャブを感じさせる。

 そしてそれがなんなのかすぐにわかった。あーそうか、これはこいつの……


「どーお? 水玉ちゃんの雷バージョン」


「コポポ……ゴポッ!」


 そう、光の玉はこの水玉とそっくりだった。自我こそない物の、ガワだけはそっくりそのまま、水玉の兄弟のような、”雷”の玉であった。


「しかもツイン」


「……」


 改めて見ると本当にすごいな……精霊と悪霊の奇跡のコラボでやっと生み出されたこの玉を、種類が違うとはいえそんな「よっこらせのどっこいせ」でいともたやすく生み出す事ができるとは。

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事。今までのなめくさった言動を全面撤回したくなるほどの、密度の濃い”雷球”が、魔王の名に相応しい女の手に収まっていた。


「で、【形成伝達の法】ってーのは、よーするに……」


 解説混じりの丁寧な口調で、オーマの両手に浮く雷球がズブズブと細長く伸びていき、二つあった雷球が一つの長い棒状へと変化した。

 よーくみると雷の棒はやや”く”の字に歪んでおり、その先端からは細い糸の様な静電気が両端を結ぶように繋がっている。

 なるほど……この形、確かに”形成”だな。

 所謂これは――――


「ん~、エレクトリカル・アローとでも名付けようかしら」


 なんだその某夢の国のパレードみたいなネーミングは。しかしまぁ、あながちな違いではない。

 オーマが作り出したのは雷でできた”弓”。僕がこの水玉で作った鎧や剣と同じ事を、精霊の力を借りる事無く図工の発表会感覚で作り上げたのだ。

 【形成伝達の法】それは要するに、魔力により自然現象を人間が使う道具へと形を変えさす魔法の事のようだ。

 口で説明されるより直接やってもらった方がはるかにわかりやすいな。実績もあるし教養も豊富だ。

 もしかしたらこいつ、教師に向いているかもしれない。なんて思っているまさにその”矢先”――――


「わかった? アタシにかかればこの程度、ざっとこんなもんよ」


「ありがとーございました」


「よろしい。じゃ、これ捨てるわね」


「えっ」


「えっじゃなくて、捨てるからどきなさいよ。これ、もう用事ないでしょ?」


 用事はないが捨てるってどこにだよ。そんな核燃料も真っ青の超高密度エネルギー体を。


「よっこらせのどっこいせ」



――――バヂヂヂヂヂヂッ!



「ぬええっ!? なな、なんで!?」


 命名”エレクトリカル・アロー”がバチバチと激しい連続音を立て、三角形から平行四辺形へと姿を変える。薄い静電気でできた糸に当たる部分が、オーマの手で引っ張られた為である。

 そしてオーマの片手から、四角形の対角を結ぶような、弓同様細く長く伸びた”雷の矢”が天へと向けて先端の角度を上げていく。これは……どう見ても……その……


「は、発射するんすか!?」


「そらそーでしょ。じゃないとこれ、また魔霊生物に出くわすまでずっと持ってろってーの?」


 異世界の法則その1、名前を尋ねてはならない。その2、魔法や竜、その他こちらにはない物がたくさんある。

 と言った具合にいつのまにか作成されていた脳内メモ帳に、書き加えるべき三つ目の項目が増えた。


「いっきまーす!」


「え、ちょ、マジで撃つんすか!?」


「とりゃっ」



――――雷の矢、命名”エレクトリカル・アロー”はオーマの手を離れるとともに天高く登って行き、そして雲を貫き空へと消えた。

 放たれた瞬間、余った静電気がオーマを中心に放射状に拡散し、突然の痺れに驚いたのか地竜の背がビクっと揺れた。

 そのわずかな揺れに足を取られ空を見上げる形でしりもちをつくと、かわいそうに矢が当たったのであろう。

 気持ちよく漂っていた雲が、ちょうどそこだけを抉り取られたかのように丸いドーナツ状の形へと変貌していた。


 異世界の法則その3――――一度出した魔法は、発射するまで消せない。


 なんてことはない。エコだ節約だの言っていたが、こいつが魔法を使わない事こそが環境にやさしい真のエコロジーと言う物なのだ。


「はい、じゃあレッスンおしまいっ!」


「おーわー……」


「これに懲りて今後二度と舐めた口を効かない様に注意しなさい」


「次なんか言ったら今のアンタに当てるから」


「……さーせんっした」


 やる事やったとスッキリした顔でその場を離れるオーマの背中を確認した後、不意にオーマの真似がしたくなった。

 水玉に頼んでさっきと同じ、エレクトリカル・アローならぬ”アクア・アロー”を出してもらった。

 オーマと同じように形成されたその弓を引き、その辺の木に向けて狙いをすまし、勢いよく発射――――

 矢はオーマと同じく放射状の水しぶきをあげ、これまたオーマと同じくドーナツ状に抉れて消えた。



 ――――矢の方が。



「お前……」


「コポ……」


 水玉が「めんぼくない」と気泡で伝えている。お前が割れるんかい。初見なら誰しもがそう思うだろう。

 この使えるのだか使えないのだかよくわからん水の精は、やはりその最大の弱点。”何かに当たれば割れてしまう”という性質が最大のネックとなり、やはり一行の雑用係に使うのが一番イイと言う結論に至った。

 そしてこいつの適任職がわかった所で、ついでにこの水玉の中でコポコポとこみ上げる気泡の数から、なんとなく何を言っているのかわかるようになってきた。


「あーじゃあ……とりあえず……水頂戴」


「コポ!」


 そうしてひとしきり喉の渇きを潤してもらった所で、肌に温かな心地の良い風が流れてきた。

 全てが凍てつく万m級の高所から、ここへきてやっと人が住める環境の恵みの大地へと、確実に進行しているのだ。

 そしてラストスパートと言わんばかりに地竜の足取りがさらに早くなる。生い茂る木々は進むごとに緑身を増していき、果実の生る巨木や綺麗に咲き乱れる花がそこかしこに見えてきた。

 ついにこの長かった、山越えのゴール。すなわち――――麓は近い。


「すいません、鎧脱ぎたいんですけど」


「へへ、温かな風が吹いてきやしたね。アニキの御召し物ももう乾いてる頃でさぁ」


「すいやせんね、こんな無骨な鎧着せちゃって。さ、とっとと取っちゃいますんで腕を上げて下せえ」


 全くだ。身を守る道具にこの身を滅ぼされかけたんだからな。この鎧は最後まで本来の用途を果たさなかった。

 まぁ僕のサイズに合わなかっただけでちゃんと採寸を図ればもうちょっとマシなのだろうが。

 だとしてももうしばらくは来たくないな。だって……重すぎるんだよ、これ。


「はい、取れました。御召し物はあちらでさぁ」


 この重い思い金属の枷から解き放たれ、露出した肌を心地よい風がふんわりと撫で回す。

 凶暴な魔霊生物と寒い山の寒気。そしてこの鎧。重くのしかかった過酷な試練の数々が、終わりの実感と同時に夥しい解放感が身を包んでいく。

 嗚呼、自由って素晴らしい。自由の実感が僕のテンションを最高潮に押し上げる。沸き立つ衝動を抑えきれずに僕は服も着ずに半裸のままで、人目も気にせずその場にドサッと寝転がった。


「あ~、地竜のウロコってこんなに肌触りよかったんだな~」


 硬いウロコから感じられる確かな弾力が、今の僕にはまるで綿のように感じられた。

 例え裸だろうがパンイチだろうが、もう問題はない。あの生命のぬくもりを全て否定する死の寒気は、とおに遥か彼方へと過ぎ去ったのだ。

 ふいに、ウロコの上で寝そべっている僕に水玉が「何をしているんだ」と言いたげな様子で近寄ってきた。

 ここで改めて、水玉をじっと見つめてみた。最初こそ珍妙以外の何物でもなかったこいつが、この温かな空気の中では、透き通った気持ちの良いひんやり感を与えてくれそうな、小さなプールに見えたのだ。


「なな、折角だから飛び込んでいい?」


「コポ……」


 返事代わりの気泡はYESと答えている。しかもこいつは僕以外には触れない。他の連中には味わえない爽快感を僕だけが味わう事が出来るのだ。

 故に大きく飛び込んでも問題はない。こいつ目がけ高所から飛び込もうが、蹴りをいれようがバシバシと叩こうが、割れて水をまき散らす事などまずありえないのだ。

 やはりこいつは有能だ。僕にこんな優越感を与えてくれるとは……ふふ、精霊には好かれてみるもんだ。

 この一時の解放感を満喫すべく、腰布以外は裸のままハイなテンションの波に身を任せ、僕専用のプールに向かって、勢いよく飛び込んで――――


「おーいアンタ、着替え忘れて――――」


「あ」



――――ゴチン!



「……いってぇ~」


「このボケェ! なんでこんな所でっ、しかも裸で! 何をはしゃいでんの!」


「す、すんません……」


 忘れていた……山と寒気と鎧からの解放感のせいで、完全に忘れていた……

 僕を縛り付ける枷が、もう一つあった事を。


「あーもう汚らわしい! さっさと服着ろ! アホ!」


「次その汚い体見せたら、さっきの矢百本撃つからね!」


 そんなに汚い汚い言わなくたって……確かにこの体、ボディービルダーのような彫刻的美しさはないが、こう見えてちゃんと朝晩二回のシャワーを浴びて清潔にしてるのに。

 まぁ、やはり調子に乗るとよくないな。ハメを外すと緩んだ蓋の様に災厄が漏れ出てくる。それを自力でなんとかできるならハイになって大いに結構だが、残念ながら僕にその力はない。

 何故なら、魔王の魔の手を打ち砕くのはいつだって”勇者”しかいないからだ。


「勇者がTシャツで冒険するわけねーわなっと……」


「……服着た?」


「はい」


「ったく~。ここには吸血性の虫とか寄生キノコの胞子とか、その手の奴がいっぱいいるんだからね」


「そんな所で裸んなって、アホ。 植物人間になってもアタシ責任持たないわよ」


 植物人間……それはきっと”文字通り”の意味なんだろうな。何故だろう、山は下りたはずなのになんだか急に寒気がしてきた。

 ていうか、そんな恐ろしい寄生生物がいるなら先に言ってくれよ……僕の知らない所でまたもや危機一髪じゃないか。

 わかったよ。レディの意見を尊重して、もう脱がない。絶対に。何があろうと。


「頭にキノコを生やしたくないしな」


「コポッ」


「もしそうなったら、この水玉ちゃんがすくすくと大きくなるまで育ててくれそうね」


「コポポッ」


 やめい。僕の頭は盆栽じゃない。ったく、こいつの口から出るのだ悪態か皮肉ばかりだな――――と言った具合に、温かな気候でやはり気が緩んだのか、二人して他愛のない雑談で時間を潰す。

 アイハスカート以降危険な魔物も現れない。気候も穏やかになってきた。山賊達も時間が開いたのか、休憩がてらの軽食をとったり武器や道具の整備をしたり等々、各々が好きな時間を費やしている。

 ここへきてやっと、平和な一時が訪れた。一時はどうなる事かと思ったが、終わりよければすべてよし。たまにはこんなピクニックも悪くない。そう思えるほどに和やかな気分になってきた。

 そうだ。確か服を洗濯する時スマホを荷台に置いて来てたな。折角だ。麓に着いたらみんなで記念写真でも撮ろうか。

 ふふ、旅の思い出に記念写真は付き物だ。元の世界に戻ったら久々にラインのタイムラインにアップでもしようか。

 きっとみんなびっくりするだろうな。なんせそこにはみんな大好き”ドラゴン”が映っているのだから。


「えーっと、確かこの辺に……」


「コポッ」


 スマホを探すべくオーマを置いて荷台を漁る。そしてその後を水玉がふよふよと付いてくる。

 どうやら水玉も手伝ってくれるようだ。気持ちは嬉しいが見つけても触るなよ。

 水に濡れて故障なんてした日には僕はもう、それはそれは第二の魔王の如く発狂するからな。


「ほんと、なーんであんなのに懐いてんだか……」


「姉さん、ちょっと」


「ん? どしたぁ?」


「さっき果実の生ってる木があったんで、調達がてら寄って来たんでさぁ」


「したらですね、こんなもんが落ちててですね……」


「うげ!」


 オーマが何やらバツの悪そうな声を上げているのが聞こえた。なんだ、またトラブル発生か?

 二体目の魔霊生物が出たか? しょうがないな、じゃあさっさと片付けてくれよ。何があろうと、今度こそ僕は出ないからな。


「こ、これ……」


「へい、どう見ても最近できた”ゴミ”ですぜ」


「なんすかそれ」


 オーマは何やら、大きな木の板を両手に抱え持っている。よく見れば板の端からはプスプスと焦げ臭い煙が上がっている。所々黒ずんで見づらいが、広い木の平面に何やら文字が書かれている。


「看板……すか」


 そこには『危険。これより先”魔霊災害警戒区域”これ以上進むなかれ 帝都山岳監視隊』と書かれている。

 ようするにこの先注意の立て看板だ。もちろんこれが意味する物は”ここから先”が危険なのではなく、僕らが辿ってきた”道”の方を指している。

 魔霊生物、ガッツリ出くわしたよ。やっぱりあそこは危険区域だったか。この看板もまさか危険区域”側”から降りてくる者の事までは想定していまい。

 願わくばもっと手前に立てて頂きたかったよ。山の頂上付近に。


「でも……これ」


 そう、誰かのイタズラか魔物に破壊されたのかは知らないが、ゴミにしては随分真新しい。

 焦げ目からプスプスと上がる煙が”つい最近”破壊された事を指示している。


「”帝都山岳隊”の宿舎がこの近くにあるって事でさぁ」


 帝都山岳隊――――山に誰かが入り込んだ際、危険な魔物に襲われたり道に迷って遭難したり、そう言った山のトラブルを解決すべく編成された帝都正規軍による山岳隊。ようするにこっちでいう”レスキュー部隊”の事だ。

 通常この山はある程度まで登るのは自由だが、危険度が増す区域まで登るにはこの山岳隊の”許可”がいるとの事らしい。

 そう言えば果実が生っている木々とかあったな。そう言った危険区域に群生する山の幸を採取すべく、あの魔霊の森のように危険を顧みず進もうとする人々が多くいるのだとか。

 その為不幸な事故が起こらぬ用、帝都のお役所による手続きと契約。そして査定と幾ばくかの段階を踏んでやっと山登りの許可が出るのだと。


「おーい! みんなー!」


 ふいに空から声が聞こえた。ふと上を見上げると木に登った山賊の一人がこちらに向けてなにやら呼びかけている。

 地竜は現在足を止めている。食料調達の為山賊達が散開しているからだ。そのうちの一人、果実担当のでかい木を登る男が、僕らに向けて大きな声でこう呼びかけた。


「なんかー! 向こうの方から”黒い煙”が上がってますぜー!」


 高い位置にいる男が木の視点から指を差し、それを確かめるべくオーマが地竜の頭に登る。ついでに僕も野次馬よろしくそれを見るべく、水玉に頼んで服が濡れぬよう板越しに体を押し上げてもらった。


「ほんとだ……」


 高所から見渡す景色。そこには山らしく緑一色に木々が生い茂り、山の傾斜がうねるシートのような風景を醸し出している。

 そしてその緑一色が一部分だけ抜き取られたかのような空白の部分、あれが山岳隊の宿舎なのだろう。

 明らかに人工物らしき物がひしめくその部分から、山賊の言う通り”黒い煙”が黙々と天へ向けて上がっていた。


「何かあったんだ……!」


 山火事か、それとも火を吐く部類の魔物に襲われたかは知らないが、何かトラブルがあった事が間違いなさそうだ。

 そこへの距離は目測で数キロメートル程度と言った所か。地竜の足ならすぐに辿り着く距離だ。

 異変を察知したオーマは原因究明に望むべく、煙の上がるレスキュー部隊の宿舎へ「全速前進」の掛け声と共に、皆を率いてその場を後にした――――



――――……



――――ズウン――――ズウン――――



「ん……なんだぁ?」



――――グオオッ!



「うわっ魔物!?」



「違う違う! アタシらは魔物じゃない!」



「あ……大魔女様!?」


 地竜を魔物と見間違えたこの男、山賊の物とは違った雅な装飾のされた鎧に身を包み、その手には山の幸が詰まった袋を携えている。

 僕以外は全員見覚えのある様子。そう、この男こそ、帝都の正規軍人その人なのだ。


「大魔女様……随分お久しぶりです!」


「お世辞はいいわ。あんた、山岳隊の奴ね?」


「ハッ、自分は繁栄極める帝都にその大いなる役目を仰せつかった栄ある帝国の――――」


 なるほど、正規軍なわけだ。元傭兵の山賊と違ってその口調は鎧にも負けないくらい硬く息苦しい、まさに”正規の軍人”と言った所か。

 その大いなる役目とやらは雑用も含まれているのだろうか。その手に持った袋から察するに、どう見ても大いなるパシリをやらされているようにしか見えないが。


「挨拶はいいから! 山岳隊の宿舎から黒い煙が上がっているのが見えたわ」


「一体何があったの? 事情を説明して頂戴」


「さすが大魔女様! このような巨大な魔物や無頼漢の者を率いているとは……いやはや、さすがでありますな!」


 質問の答えになっていないから。話聞けよ。正規軍人らしく本当に”堅い”奴だな。そしてそこはオーマも同意見だったのだろう。

 イラついたオーマは栄ある帝都軍人に大いなる蹴りを一発入れた後、「さっさと案内しろボケェ!」と繁栄極める声をお出しになった。

 この色んな意味で堅い軍人に案内され、柵や高見台と言った木製の人工物が随所に立ち並ぶ”秘密基地”っぽい場所にたどり着いた僕らは、このお堅い連中が住まうには似つかわしくない光景をこの目で目の当たりにするのであった。


「お恥ずかしい限りであります。大魔女様にこのような情けない姿をお見せする事になるとは……」


「――――ッ!」


 軍の宿舎……そう聞いていた僕は漠然と、集団が寝泊まりできる施設や武器庫や食糧庫などの建物が立ち並んだ”秘密基地”のようなイメージをしていた。

 そしてそれは、概ね正しかった。――――所々が破壊されていなければ。


「これ……は……」


「ああっお気を付け下さい! 建物のそばを歩くと崩れるかもしれませぬ!」


 地竜を降り中へと案内されるがままに突き進む。そこには大穴が空いた壁や斜めに傾く高見台。そして柱の一本が折れたのか滑り台の様に崩れている建物まである。

 このように施設の全てが何らかの”破壊”を受けており、そしてそれはあの立て看板同様プスプスと黒煙を上げ、至る所から煙たさを感じる比較的新しい”傷口”であった。


「どーしたのこれ……魔霊生物の集団に襲われたとか?」


 この惨事は確かに、火の消し忘れや武器の誤爆といった内部のミス。と言うには規模がでかすぎた。

 明らかに”外的要因”による物だとは一目でわかる。焦げ跡が付いてる事からそれは確かに熱を帯びたモノ。

 山火事が風に乗ってここまできたか、あるいはそういう魔物がいたか――――


「ハ! ご報告申し上げます!」


「我々は日々の任務を果たすべく、この帝都山岳宿舎にて作業をしておりました所、突如”神の降臨”とも言うべき”まばゆい光”がこの地の大空に現れ!」


「神々しい光がまるで怒れる神々の裁きの如く、速度を帯びてこの地へと降りかかって来たのであります!」


 この堅い口調が実にわかりにくいが、ようするにこの真昼間にいきなり星の様な眩しい光が現れ、そいつがここ目がけて落ちてきたのだと。

 魔物じゃなくて天災の方だったか。隕石でも振って来たか? なんにせよ、災難だったな。


「こちらの大穴をご覧ください! これが降臨せし光の追わす所であります!」


 案内された場所には、地面を貫く井戸のような大穴が空いている。言われるままに覗いて見ると、穴は先が見えないくらいに結構深い。

 隕石……にしては貫通性能高いな。たまたまドリル状のが降ってきたのだろうか。

 そしてこの堅い軍人が「光の追わす」と言った通り、穴の中からパチパチッとした青白い光が瞬きの様に付いたり消えたりしている。

 なんだこれ。火の粉? にしては色が……火の粉ならオレンジ系統の色だと思うんだが。


「なるほどね! 災難だったわね! うんうん、マジカワイソー!」


 青白いパチパチとした光。突如空から降ってきた、貫通力のある光。


「魔物に襲われたのかと思ったわ! どうやらただの”事故”だったようね!」


「じゃ、そう言う訳でアタシら、行くから! バイバイ!」


「え、もうでありますか?」


(まさか……)



――――いっきまーす!


――――え、ちょ、マジで撃つんすか!?


――――とりゃっ



「あ、いや、うん、アタシら先を急ぐしー……」


「ご謙遜を。少々小汚くなってはおりますが、無事な小屋もまだあります故、客人のもてなしは出来ますとも」


「ささ、折角ですからどうぞ。帝都軍人の名において、心行くまでごゆるりと」


「え、いや、なんか悪いし、ハハー……」


 謙遜していると信じきっているこの哀れな軍人の為に助け舟を出してやろう。

 後ずさるオーマの背中をポンと叩き、彼女がここに留まるよう一言付け加えてやった。


「……行ってあげたらどうですか?」


「あああ、アンタ! もしかして気づいて!?」



 そう、この栄ある帝都山岳部隊宿舎に巻き起こった不運の惨事。それは魔物に襲われたわけでも山火事に巻き込まれたわけでもない。

 神の御来光と言った妙に崇めたような口ぶりで、信心深さをアピールするこの軍人の希望を壊してはならない。

 何故なら、神の御来光の正体は、神とは正反対の”魔の不法投棄”だったからである。


「完全に……ねーさんの撃った”アレ”ですね」


「……どうしよ」


 オーマの中では天高く打った時点で終わりだったのだ。雲に穴を開けた時点て役目は果たしたと。

 しかしこの御来光の正体”雷の矢”はそれで尽きるには留まらず、雲を突き抜け天高く飛んだ所で勢いをなくし、そのまま重力に任せて御来光の如く、そのままこの宿舎に向けて”降ってきた”のだ。


「運がイイと言うか悪いと言うか……」


「まさかこんな所で”大当たり”を引くなんて思わなかったわ……」


 そして幸運にも神の御来光の降臨地に選ばれたこの宿舎は、その代金と言わんばかりに今まで築き上げたこの建物達を根こそぎ奪われてしまったのだ。

 オーマのケチ臭さが自身の魔法にまで現れているとは、さすが魔王を名乗るだけはある。雲を破壊するだけには飽き足らず、”再利用《 リサイクル》”として人の住処まで破壊していくとは。

 この徹底したリサイクル精神でついでに彼らの宿舎もリサイクルしてやるといい。オーマは観念したのか、軍人の誘いに折れ連れて行かれるがままにもてなしを受ける事となった。


――――再利用《 リサイクル》。無駄なゴミを増やさぬように資源を繰り返し使う事で環境を改善しようと言う心構え。

 聞こえはいいがその実、それは単なる建前で、何故なら実際にリサイクルをするのは資源の無駄遣いを繰り返す張本人、”人間”であるからだ。

 物を使いまわし続ければそのうちそれは朽ちてまたゴミとなり、それをまた資源として利用するには、それなりの手間とそれなりの対価がかかる。

 オーマは知らなかった。いや、知ってたかもしれないが無意識に忘れていただけもしれない。


 リサイクルには代金がかかる。と言う事を――――

 


                                 つづく


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