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初陣

 

――――ズウン――――ズウン――――


「……」


 早朝、謎の水玉が一行に加わると言う些細なトラブルがあったものの、僕らはこれを温かく迎え入れ、そして下山に向けて歩を進みだした。

 山賊曰くこのペースで進めば、今日中に下山は十分可能との事だ。よかった。またオーマに山で寝泊まりはイヤだのなんだのと、ワガママを言われる心配はなくなったわけだ。


「コポ……」


 そして僕の横に、僕以上にグータラと怠けるように漂ってるこの水玉。さっき盛大に割れたと思いきや、いつの間にか当たり前のように復活していたのだ。

 こいつの実体はあくまで”水”である為、空気中に水分さえあれば、それを吸って簡単に蘇生可能なのだと。

 先にそれを言えよ。出会ってその場で永遠の別れかと思ったじゃないか。まぁその場合、別れの涙を流せば、こいつはそれを吸ってすぐに復活するのだが。

 そしてこの水玉、最初こそ珍妙以外の何物でもなかったが、これが中々便利な奴なのである。

 朝、歯を磨きたいと言えば口の中をピューっと洗ってくれるし、風呂もロクに入っていない野生の匂いが漂う僕らにの為に、汚れた体に天然のシャワーを浴びせてくれる。

 何日も着続けた服をこいつに放り込めばぐるぐると渦を作り洗濯機にもなれるし、食事用や飲料用の水もこいつが全て自給自足で放出してくれる。なんて便利な奴なんだ……

 こんな世界じゃなければ是非、一家に一台欲しいくらいだな。おかげで気分爽快だ。欲を言えば、濡れた髪を乾かす為のドライヤーがあれば言う事はないのだが。


「~~~~」


 一通り家事を済ませた水玉は、構って欲しそうに僕の顔の回りを漂っている。しかし無情にも、その思いが届く事はない。

 僕は水玉の呼びかけを無視し、またもやその場に寝そべっている。それは僕が冷徹なわけでも、また死にかけているわけじゃない。さっき洗濯してもらった僕の服。その代わりに借りた山賊の鎧。

 それを装着した途端、僕は動けなくなってしまったのだ。


「おも……」


 この鋼鉄製の最新ファッションを着こなすには、僕にはまだまだセンスが足りなかったようだ。

 おしゃれと防御力が同時に内包されたこの鎧が、戦士でも剣士でも山賊でも、ましてや魔法使いでもない僕のボディを、力いっぱい地面に向けて引っ張ってくるのだ。


「~~~~」


 じゃあ脱げよ。と言われればそれまでだが、残念ながらそれはできない。

 何故ならこの鎧という物は、胴体と脚部だけで複数のパーツがあり、それをパズルのように合致させて初めて”着る”状態になるのだ。

 無論一人ではできない。この鎧一つを着る為に、山賊達が観光地の衣装さんのようにガチャガチャと手伝う必要があるのだ。そして当然逆もまたしかり――――

 鋼鉄なのでTシャツのように、上から羽織るだけとはいかない。そして無事装着できた所で、一歩歩くたびにガチャガチャとやかましく、金属が肌に吸着するペタペタとした感触が最高に気持ち悪い。

 そして最大の欠点――――重い。

 防御力を優先したこの召し物は、外行き用と言うにはあまりにも重すぎた。

 ジャケットを何重にも羽織るおしゃれさんの比ではない。重さだけなら平安時代の姫君にも勝っている。

 あの柔らかな布でできたシャツが恋しい……あれが以下に素晴らしい発明かを、一時の別れを持って、改めて思い知らされる形となった。


「アニキ~、ちょっといいですかい?」


「……はい」


「とりあえず立ってくだせえ。ほら!」


 誰かの手を借りないとロクに立つ事もできない体たらくっぷりに、山賊達はイヤな顔一つせず協力してくれる。改めて思う。いい人だ……

 今まで山賊と言えば、どいつもこいつもモヒカンで、舌を出しながら花畑に植えた種を土ごと掘り起こして去っていく物だと思っていた。すまんな、勝手なイメージで決めつけて。 


「で、なんすか?」


「あのですね、山脈もそろそろ麓に近いんで、そろそろまた魔物が湧いてくる頃合いなんでさぁ」


 そう言えば登る時にもポツポツと出くわしてたな。全部こいつらが瞬殺してたが。


「で、ですね。今回は一匹一匹相手してらんないんで、よっぽどの魔物が出ない限り、全部無視して突っ切ってしまう予定なんす」


「相手してらんない? なんで?」


「ほら、姉さんがうるさくて……」


 水玉のせいでへそを曲げてしまったオーマが、また山賊達に何か無茶な要求を突き付けたらしい。

 今日こそは下山を達成すべく、休憩なしで全力で降りろと吠えたてるのだと。

 このクライアントのワガママな条件を達成すべく、少々の魔物は無視して速さ優先で一気に下るつもりらしい。無論それによって起こる不測の事態も、全部無視して。

……どこの世界にもブラック企業ってあるんだな。終電まで働かされる会社員みたいだ。

 山を降りたらストライキでも起こすと言い。安心しろ。労働者には平等に”権利”があるのだ。


「で、何かあったらあれなんで、一応アニキにもこれを……」


 そう言って山賊が差し出したのは、彼らが使っていた、”剣”であった。

 よーく見ると彼らが腰に据えてるものよりか、いくらか短い。僕に合せてわざわざ使いやすそうな軽い物を選んでくれたらしい。

 剣……こうしてみるとなんと格好のいい武器なのだろう。鎧はこの着心地の悪さで印象最悪だが、このフィクションの世界でよく見る勇者の象徴、ツワモノの証……いいな。すっごくいい!

 やはり僕も中二なんだな。なんだかんだで剣と言う物に、気が付けば簡単に心奪われてしまっていた。

 そしてそれを察知したのか、山賊達は微笑ましい顔で「もってみな」と言わんばかりに差し出してくる。


「両の掌で、この柄をギュっと握るんす」


「お、おお……」


「ほら、放しますよ。せーのっ!」


「ぬおっ!」



――――ズガン。という濁音だけで構成された音が、その場に鳴り響いた。

 意気揚々として剣を握った僕が、ギュっと握れというもんだから全力で握らせてもらったのだ。

 その事により僕の手は剣と一体と化し、山賊が手を放した瞬間、剣が前方に向かい一人でに動き出し、そしてそのまま、この体を剣が導くままに――――


「ハァッ! ハァッ!」


「ひぃぃ~~! あっしの脳天カチ割る気ですかい!?」


 見事、山賊のコンマ数ミリ横に”一閃”を食らわせる事に成功した。



――――ズウン――――ズウン――――



「……」


 どうやら、僕は剣士にはなれないらしい。そらそうだ。どこの世界に剣に”振り回される”剣士がいるのだ。

 あの剣は、フィクションでよくある血に飢えた魔剣でも、意思を持った聖剣でもない。ただ当たり前のように、全ての剣が等しく持つ”重み”それしか備わっていなかった。

 我ながらこの非力さには涙が出る。剣って、あんなに重かったんだ……漫画やアニメでは、僕と同じくらいの歳の奴が、あれ以上のデカい剣をブンブンと振り回し、しまいにはオーラを纏わせつつ片手で扱う奴までいる始末だ。

 あの剣の重みが世界標準のスタンダード重みだとしたら、あいつらどれだけムキムキなんだよ。

 もはや人間じゃないな。突然変異の化け物だ。


「所詮フィクションなんだな……」


「~~~~」


 横で水玉がバシャバシャと変なうねり方をしている。なんだそれ、励ましてるつもりか。

 この中でそういう細かな気配りができるのは、お前だけだ。見たかあの山賊の表情。

 「この短剣でそれなの!?」と言う心の声がハッキリと聞こえたぞ。いい人だと言ったばかりだが、少し訂正しよう。

 所詮奴らは百戦錬磨の元竜騎兵。サッカー部が簡単にリフティングができるように、野球部の連中がフライを簡単に取るように、高レベルの戦士には戦士ではない者の気持ちなどわからないのだ。

 だから、イイ人はイイ人なのだが、言うなれば”種族が違う人”奴等にはこの表現がぴったりだろう。


「だからってさぁ……」


 山賊の装備している剣は、皆さんご存知RPG御用達の”長剣”

 そして先ほど僕が盛大に一撃を決めたのは、刀身を煮詰め、持ちやすさと機動性を重視した”短剣”

 だがそれすらもダメな僕に頭を悩ました山賊が、僕にも扱えるようにと”僕専用”として差出した、僕だけが使える剣。――――それは短剣からさらに刃先を短くし、柄の部分も刃先に合せて短くなっている。

 そしてそれが剣とわかる最大の特長、所謂”鍔”の部分すら省いた徹底的な”扱いやすさ”至上主義の剣。

 そんな都合のイイ剣が幸いにもあった為、あえなくそれを譲り受けた。

 そしてその”僕専用”の剣に早く馴染もうと、健気にも譲り受けてからずっと剣を装備したままで、その使いやすさを確認している所なのだが……


「これ、どう見たって」


(包丁じゃん……)


 煮詰められた刃先は、親指と人差し指をピンと伸ばした長さとほぼ同じだ。柄はどう見ても木製。なるほど、徹底した軽量化だな。これなら閃光の速さで千切りができそうだ。

 そして一応抜き身では危ないからと、申し訳程度に付属された鞘……の代わりの木筒。いや、どう見ても水筒かなにかだろこれ。

 通常鞘と言う物は剣の刃先に沿うように作られているが、これは収めた所で内部がガランガランに余り倒しており、縦に持つと赤ん坊をあやす時のアレみたいになる。

 振り回すとすっぽ抜けて危ないので、収める際は紐のような物でぐるぐる巻きに固定する必要があるだろう。

 そしてそれをしたら、今度は非常時にすぐ抜けない。……意味あるのか。これ。

 残念ながら居合切りのような抜刀術はお披露目できそうにない。まぁ元々やる気はないが。

 僕の装備はこうして、RPG御用達――――というよりも、主婦御用達の”超”短剣に決定した。


「なんか悔しいから、せめてダガーって呼ぼう……」


「コポポ……」


 水玉がほうちょ……ダガーの形を真似している。お前がそれになった所で何が切れるんだよ。

 その点これは一応、殺傷能力はないわけではないからな。忍者の様に気づかれぬ内に背後に忍び寄り、不意にスパっと……理論上はできなくはないが、その前にどこかで転んで逆にスパっとやられそうだ。

 それ以前にこれは人に向けて使うのではなく、一応便宜上は対魔物用だ。しかも万が一の為の非常用。さらにさらに、下山するまでの一時的な限定装備。

 ま、渡された所で使う機会はないだろうな。以下に下山を優先すると言っても、そこは元大手傭兵団。

 僕の出る幕などあるはずもなく、何が出ても戦士の技量を如何なく発揮してくれるだろう。



――――グオオオオオオ!



ギャアアアアス――――



 山賊が出るまでもなく、地竜が襲ってきたのであろう魔物達を次々と踏み潰している。魔物の断末魔がここへ来て増えてきた。つまり、麓が近いと言う事だ。

 現在地点を音で大まかに教えてくれるのはありがたいのだが、にしてもなんつーアラームだ……

 断末魔に釣られふと下を見ると、針だらけの棒を持った、ちょこまか動く緑っぽい小さなゾンビみたいな奴が集団でこっちに向かってきていた。

 そしてそいつと不意に目が合い、と同時に小ゾンビが僕目がけジャンプ――――できずに、やはり踏み潰されてしまった。

 「キケーーーーッ!」と耳がキンキンする甲高い音が次々と上がってくる。聞くと呪われるアレみたいだな……

 おそらく今地竜の足元は、ちょっとしたグロ映像になっている事だろう。うっかり目撃してしまわないように気を付けねばなるまい。



――――グオオオオオ!



――――ギャース!――――グゲー!――――ギキャアアア!



 さすが速さ優先。運送業者顔負けの速配で人身事故もなんのその、木々に当たろうが魔物に襲われようが、進路へ向けて一貫して、関係ないとばかりになぎ倒していっている。

 まさに最強の運搬車だな。どうやらこの調子じゃ、僕専用の武器が光る機会もなさそうだ。ていうか、山賊も出番ないんじゃないのか、これ。


「今この辺を下ってるから……」


「ほうほう、じゃあここら辺で……ここに……」


 案の定こ、の断末魔が鳴り響くやかましいにも程がある空間の中で、事もあろうに航路の打ち合わせを始める始末だ。この余裕は慣れから来るものだろうが、一体どれほど聞けば慣れるのだろうか。

 ギャー! とか グワー! とかならまだしも、時たま結構エグイのが――――



――――ヒギィィィイアァァァーーーーッ!



 と言った感じで、妙に気合いの入った断末魔も混じっているのだが。まさか、速さ優先だからって人まで引いてないだろうな? 

 最近の交通事情は厳しいぞ。飲酒運転で罰金三ケタ万円は軽く超え、当て逃げひき逃げなんてした日にはそれはもう、朝の三面記事は独占状態だ。



――――バキィ!――――バキバキバキィ!――――



 そしてついには木々までもが悲鳴を上げだした。地竜め、かなり無茶な進み方をしてるようだ。その証拠に時々、木の破片らしき物が飛んでくる。

 歩の振動が段々と早くなり始め、スピードが上がってるようにも見える。それを示すように、木の破片に当たった隣の水玉が数秒に一回のペースで割れていく。

 割れ飛び散った水しぶきが後ろに流されるその勢いで、どれほど速度超過をしているかがわかる。自然破壊も甚だしいな。ていうか、木ってそんな簡単に折れる物じゃないと思うんだが……

 回り道をせず、最短距離を一直線に進んでいるのだろう。オーマの要請だから仕方ないのかもしれんが、僕としてはもうちょっと安全運転で行ってもらいたいのだが――――


「そういえば」


 さっきからオーマの姿を見ないな。まぁ機嫌が悪そうなので意図的に避けてるのだが。

 この断末魔と木々の破片が次々と飛んでくる状況の中では、さすがに優雅に本を読む事などできまい。荷台の中に避難したのかな?

 ていうか、そろそろ僕も怖くなってきたな……その内カケラどころか幹が丸ごと飛んできそうだ。しょうがない。僕もぼちぼちと中に避難するか。

 巨大な塊が顔面にクリーンヒットするよかあいつの小言のようがまだマシ――――


 と、その時



――――グオオオオオオ!



 大地に響く地竜の咆哮が、いつにもまして大きく響き渡る。場は激しく揺れ渡り、ズザザザと土を大きく擦り上げる音と共に、辺りの風景が動きを止める。

 急停止……あの勢いよく駆けていた地竜が、足を止めざるを得ない事態に巻き込まれたのだ。

 地竜のブレーキで辺りを舞う大きな土埃が、次第にゆっくりと晴れていく。

 視界が晴れるとともに目前には進路を遮るように、止まらざるを得なかった”原因”が、その姿をゆっくりと現した。



――――シュルルルル……



 地竜の激しい咆哮とも、さきほどまで踏み潰されていた魑魅魍魎の断末魔とも違う、耳をなめ回すように入ってくる新たな音が、僕らの行く手を阻んだ。

 それは確かに、踏み潰される事とは無縁の体つき――――地竜と同等か、少し小さい程度の物が僕らの目の前に現れた。


「ま、魔物ッ!」


 なるほど、確かにこれでは止まらざるを得ない。さすがにアレを木の様にへし折る事はできないだろう。

 眼前に現れたそれは、構成のほとんどが”顔”というなんとも変わった魔物であった。

 そう、一言で言うなら「巨大な顔」他に呼び名が思いつかないデカイ顔の壁が、地竜の道筋を塞いだのだ。

 ”顔”は土埃が晴れたにも関わらず、輪郭を黒い靄でぼやかしている。ライオンのたてがみのような黒い霧が顔の周りを多い、その黒が顔を強調するかのように、全身ならぬ全”顔”が、赤く塗りつぶされていた。


『敵襲だぁー! 野郎共!』


『”魔霊生物”が出たぞォー! 全員、武器を取れ!』


 魔霊生物……その単語は聞いたことがある。最初にオーマと出会った時に聞いた言葉だ。

 確か”第一級魔霊災害”だったか。その言葉に馴染みがあるわけではないが、意味する事はわかる。

 わかりやすく馴染みの深い言葉に言い変えるなら、そう――――


「ボスキャラ!?」



――――ズズ――――ズゥン!



 巨大な赤い顔は、黒い靄からその巨大な顔の半分はあろう、棘のついた平べったい物を二つ取りだした。

 手だ……黒い靄で胴体は見えないが、あの形、間違いない。熊の手をそのまま膨れ上がらせ赤く染めたような、見るからに殺傷能力の高そうな手が二本、顔の両脇にズン! と置かれた。

 巨大顔は胴を覆う黒い靄をさらに広げ、口から長い舌を鞭のようにダランと伸ばし出した。

 もう間違いない。奴は完全に”ヤル気”だ。



――――グルルルル……



 地竜の声が猛犬のように唸る。こちらもヤル気は十分のようだ。……そうだ。ここにいたら危なくないか?

 この巨体同士が暴れ出したら、背中に乗っている僕はその勢いで、いつぞやのショートカットよろしく山の麓まで一気に”吹き飛ばされて”しまうかもしれない。ていうか、そうなる未来しか見えない。

 そしてこんな事態にも関わらずまだオーマの姿は見えない。ったくあいつめ……しょうがない。事態が事態だ。

 あのワガママな魔王様を放っておくわけにもいくまい。さっさとオーマを呼んで、あわよくばあいつをぶつけて瞬殺してもらおう。


「ちょっとねーさん! 大変です! 強襲ですよ! 強襲!」


「なに……も~うっさいわね~」


 先ほどの地竜の急停止のせいで、荷台のそこかしこが散らかり倒している。ほんと、何でも汚部屋にできるんだなお前は。

 ――――そんな事を言ってる場合じゃない!


「また布団が襲ってきた? いいじゃないあんた、布団大好きでしょ」


「違いますよ! 今度はマジモンです!」


「”魔霊生物”が出たんですよ!」


 この言葉を聞いた瞬間、オーマの顔がピクっと反応し、そして無言のまま魔物を率いる魔王の如く、悠然と歩き出した。

 魔霊生物……よく意味を知らずにとっさに言ってしまったが、やっぱり意味は思い描いてた物と同じようだ。――――本気で危険な魔物だと言う事を。



――――シュルルル……



「アイハスカート! マジの魔霊生物じゃない!」



 アイハスカート――――そう呼ばれたこの魔物は、オーマの反応通り、どうやら本物の危険生物らしい。

 見るからに凶悪そうな赤い面構えが、事もあろうに体の大部分を成しているのだ。

 黒い靄がライオンを連想させるのか、捕食者――――そうハッキリを印象付けるその風体から、大きく垂れる長い舌をヒュンヒュンと降り始め、そして……



――――グアォォォッ!



 地竜の巨体に一閃。しなる鞭のように大きく鳴り響いた空気を叩く音。そして当てられた地竜の体制が、悲痛な叫びと共に大きく崩れ出す。

 あの地竜がこんな姿を見せるとは……地竜がダメージを負う姿を初めて見た僕は、いつぞや聞いた”魔霊災害”になぞらえ、これは確かに”災害”レベルの事象なのだとハッキリ認識させられた。

 地竜の咆哮に業を煮やした山賊が一斉に飛びかかる。剣を掲げ、仲間の敵討ちと言わんばかりに。



――――ヒュゥッ!



 しかし襲い掛かる元傭兵団を、アイハスカートなる魔物は、今度は舌を水平に振るい、山賊達を複数纏めて追い払う。――――そして追撃の一撃。

 間髪入れずに振り上げられた大きな手が、舌と十字を描くように――――ズドン! 力任せに垂直に振り下ろされる。

 そしてその衝撃は轟音と共に鋭利な爪が地面を抉り、土の塊が散弾の様に周囲に散らばっていく。こいつ、本当に強い……

 今までは多少の魔物は難なく蹴散らしてきた彼らが、ダメージを負った仲間を庇うように陣形を組んでいる。そしてまた赤い顔が、大きな目で彼らをジロリと睨み、さらに追撃を加えんと彼らに迫る。


「ぼ、防戦一方だ……!」


 歴戦の元傭兵団の群れと互角に戦う魔霊生物。どちらが勝つかはともかく、ここで大きな足止めを食らうのは必須だろう。無論彼らが無事でいてくれればどれだけ時間を食おうが構わない。

 しかしそうは思わない人間が、僕の隣にいた事をたった今、思い出した――――


「ねーさん! ちょっと、大ピンチっすよ!」


「このままだと下山所か全滅の可能性もありますよ! いいんすか!?」


 この状況を打破できるのはオーマしかいない……

 自らを魔王と自称する、人々から大魔女様と呼ばれた、森を簡単に吹き飛ばせる程のその名に恥じない魔力を持ったこいつなら、この状況をなんとかできるはず……


「……」


「ねーさん!」


 オーマはしかめ面で人差し指を鼻の下に置き、無言で佇んでいる。何かを考えているのだろうか。

 しかし今はとてもじゃないが、ハーフタイムと言う訳にはいかない。必死で呼びかける僕を、オーマはしばらく無言で無視するが、三度目の轟音――――赤い顔の赤い手が大地を割いた頃、ついにその重い口を開いた。


「アイハスカート……なるほど、どうやら今までの魔物とは違う様ね」


「そっすよ! このままじゃ山賊さん達やられちゃいますよ! いいんすか!?」


「わかった。そろそろこっちも動きましょ」


 頼もしい一言を放ったオーマは、赤い顔事アイハスカートをじっと見つめながら、僕の背中をポンと叩き



――――フシュルルルル!



「く……このォーーーーッ!」



 そして赤い顔に目線を向けたまま、こう言い放った――――



「……行ってこい!」



「……」



「え!?」



――――今なんつったこのアマ。

 僕の背中を叩きながら「行ってこい」と言った風に聞こえたが、気のせいか。

 そうか、わかったぞ。召喚だな? 僕の背中を叩く事が発動条件で、そこから現れる召喚獣は――――


「選手交代! あのでかくてきもい顔をボッコボコにしてきなさい!」


「返事は!?」



(――――僕?)



――――フシュルルルルル!



 不意にこのデカい顔と目が合った。デカい顔はデカい顔ゆえに見下ろした視線で僕を見つめ、その鞭のようにしなった舌を僕に向けてシュルシュルと動かしている。

 その表情は「今度は貴様が相手か……いいだろう、かかってこい!」と言う字幕が入りそうな顔つきだ。

 待て、ちょっと待てぇ! なんでそこで僕投入!? 僕の戦闘力は知ってるだろ!

 魔王の余裕なのかこの期に及んでまだふざけているのか――――ていうか、お前が行けよ!


「無理に決まってるじゃないすか!? まじ頭おかしいんじゃないっすか!?」


 ついついこぼれてしまった魔王への失言を、彼女は気にすることなくこう返してきた。


「おかしいのはアンタよ。今のアンタには立派な”使い魔”がいるでしょ」


「アタシですら触れないのにアンタだけが触れる、そのまるい精霊が……」


……もしかしてこのさっきから横でプルプル震えている水玉の事を言っているのだろうか。

 おいおいおいおいおふざけも大概にしてくれ。僕があのゴーレムみたいにこいつを使役して、某モンスターゲームのように「行け! 水玉!」と指示しながら戦えってのか?


「このアタシを差し置いて、水の精を使役するなんて生意気よ」


「そいつ、”アンタにしか扱えない”んだから。だったら精霊使いとして、責任もってなんとかしなさい!」


 こ、このボケェ! 水玉に触れなかった事をまだ根に持って!

……なんて器の狭い魔王様だろう。世界を半分譲れる程の力を持った魔王が、自分にない物を持っているからと、嫉妬して全部を僕におっ被せてきやがったのだ。

 マジでふざけている場合じゃないのに――――魔王様を睨もうと目を配ると、そこにもう魔王様の姿はなかった。


「安心して、後は”精霊使い”のあいつがなんとかするから」


『ア、アニキィーーーー!』


 いつの間にか山賊の元へ駆け寄ったオーマは「アニキがなんとかしてくれる」と片っ端から耳打ちをしている。

 観客のガヤもバッチリだ。奴らはこぞって、ベビーフェイスのプロレスラーを見る目で僕を見つめてくる。

……この山賊共は戦いはできるのだが、どうにもアホだ。思えば出会いからしてそうだった。簡単な事ですぐコロっと騙される。

 さっきお前らの剣でドンガラガッシャンとやらかしたのをもう忘れたか? ったく、これだから脳筋は……


『がんばれー! アニキー!』


「負けたら承知しないわよ! さっさとやっておしまいなさい!」


 そしてどうやら、マジであいつを僕一人に任せるつもりらしい。

 魔物所か動物の扱いすらロクにできないのに、熊より危ないこいつとの勝ち負けを、何故か戦闘力小数点以下の僕にオールベットしているのだ。

 きっとさぞオッズが高い事だろうな。払い戻しがハンパないだろう。……勝てればの話だが。


「~~~~!」


 こちらの切り札はこのさっきからビビり倒している水玉のみ。しかしオーマはこいつの存在をアテにしている節がある。

 精霊の力……と言えば聞こえはいいが、こいつが今まで行ったのは、少々の水鉄砲と衣類の洗濯、そして自爆――――ダメにも程がある。どう考えても戦闘要素ないだろ、こいつ。


「……一つ教えてください」


「何? 応援の仕方?」


「違いますよ……もしですよ? もし万が一僕がやられたら、一体どうするおつもりりで?」


「そんなの決まってるじゃない。アタシが直々にこの顔デカを、腫れ上がるまでボッコボコにしてやるわ」


 つまりこのデカい顔をさらにでかくすると。それを聞いて安心した。魔王様はちゃんと控えておられるのだ。……じゃあ最初からお前がいけとは言ってはいけないんだろうな、この空気。

 十中八九敗戦は確実だ。だったらせめて、怪我をしないようできるだけ軽やかに負けてやる。幸いにもこいつは確か癒しの力を持っていたはず。だったら命を取られる事はないだろう。

 そして即座にぶっ飛ばされても文句は言うなよ。ノークレームノーリータン、なんせ選んだのはお前なんだからな。



――――シュルルルルル!



 やるしかない……できるかどうかわからないが、この水玉が命運を握っている。頼むぞ、玉!

――――と玉に頼る僕の姿がふと、奥でのん気にガヤっているオーマの姿と被った。

 僕がこいつに任せようとしているように、オーマも僕に任せようとしている。さっきはお前がやれと喚いたが、今になってそれは間違いだった事に気づいた。

 そう、オーマの行いは”ある意味”正しいのだ。何故なら――――



「アイハスカート……あいつ生理的に無理なのよね。あの長い舌でなめ回されるとか、アタシやーよ」


「あの舌は厄介っすね。結構強い一撃だし……しかも、当たるとちょっとぬめってするんでさぁ」


「うげ、最悪~」



――――魔王は最後まで出てこない。配下を全て破られるまでは。



                                 つづく


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