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流れ

 

「……」


 シュコー、シュコー、と、呼吸をする度に漏れるこの音は、酸素ボンベの使用時に口に装着する器具による物である。

 吹雪により一時休止したものの、通りすがりの男の思わぬ助太刀に活力を取り戻したのか、険しい山々のさらに険しくなる頭頂部付近に置いても、行進の歩幅は衰える事を知らず、むしろ最後の一絞りと言わんばかりに歩の速度が上がっていく。

 僕は相変わらず戦力外通告されたスポーツ選手の如く、一人馬車の中で佇んでいる。先ほど死の一歩手前まで衰弱していたのだ。当然と言えば当然か。

 あの得体の知れない男から譲り受けた酸素供給ボンベが、この薄い空気を濃厚な物にし、衣服の至る所に装着されたカイロが低温から身を守ってくれる。

 おかげで随分楽になった。しかし不安がないわけではない。これらはあくまで消耗品。使い続ければいつかは無くなってしまう。

 この命を繋ぐ器具が消えてしまえば最後。僕は再び過酷な山の空気に晒され、今度こそ命尽きてしまうかもしれない。

 そうならぬ為にも、このペースで僕の命綱が切れる前に、さっさと山を登りきってくれればありがたいのだが――――


『ウォォォォッ――――!』


「……?」


 なにやら、外から歓声の声が聞こえる。なんだ? またトラブル発生か。

 吹雪に見舞われたか、それとも地竜の巨体から起こる歩の振動が、ついに雪崩を引き起こしたか。だったらとっとと逃げないとな。

 この地竜が口から火を吐き雪を全て溶かしてくれるなら別だが……


「ちょちょちょ、アニキ! 大変です」


 山賊の一人が慌てた顔で馬車に駆け上がってきた。

 なんだよ……それを僕に報告した所で、一体僕に何ができると言うんだよ。ここの登山部長は大魔女様だろ。だから、問題があったらアイツに言え。僕は知らん。


「アニキ! ちょっと来て下せえって!」


「ぬおっ」


 山賊は僕の腕を力任せに掴み、引きずるように勢いよく引き上げた。

 痛い痛い痛い。用事があるなら口で言えよ。ったく、これだから気性の荒い山賊は……


「ッ! おおお……!」


 そうして無理矢理外へと放り出されると、再び山の鋭い生の寒気が体に染みこんできた。

 寒い……吐き出す度に白くなった吐息が、タバコの煙のように大きく広がり、そして顔全体を掠め彼方へと消えて行く。

 寒さに耐えようと体を丸め、頭を下へ向ける僕を山賊の迎えはさらに強く引っ張り、皆がいる場所へとぐいぐいと荒々しく導いていく。


「あ、あれ?」 


 山賊の集団は皆、規則正しく同じ方向を向き、ただただ茫然と立ち尽くしている。

 休憩……と言う割には誰ひとりそんな素振りを見せていない。一休みと言うよりは、列を成した際に言われる「休め」のポーズに近い。

……どうしたんだ一体。あれか、巨大隕石でも降って来たか。

 それかもしくは、出会うと幸運が訪れる伝説の妖精でも見つけたか? そうかわかったぞ。選ばれし者のみが抜ける伝説の武器がこの山に――――


「なーにぶつくさ言ってんのよ」


 何も言っとらんわ。寒さで唇が震えているだけだ。おっと、また休んでた癖に~とか言わないでくれよ? こっちはこっちで必死に戦ってたんだ。自分自身とな。


「ふふ、あんたこの山初めてよねぇ」


「記念に、いいもん見せてあげようと思ってさ」


 いいもの……お前の口から出る言葉は、全て別の意味で考えねばならない。

 つまりなんだ。おそらくそれは僕にとってなんらかの危害を加えるか、それかもしくは僕を犠牲に自分だけが得をするような物か……


「ほら、見てみ」


 大魔女様が顎でクイと視線を誘導したその先には、大自然が人間に与える”もう一つ”の物があった。

 一つは寒気、薄い空気、険しい岩肌と言った山が下す人間への”試練”

 そしてもう一つ。それは試練を乗り越えた者にだけ与えられる、大自然が送る人間への”褒美”――――


「すっげ……」


「どお? あんたんとこじゃ絶対見れない”景色”でしょ」


 山の頂が与える物――――

 それは人間が自力ではどう足掻いても見る事の出来ない”空からの視点”であった。

 普段は空高く漂い、その量でその日の気候を判断される”雲”が、事もあろうに眼下に広がっているのだ。

 ”雲海”とはよく言ったものだ。それは波を漂わせる大原海のように、地平線に広がるまさに雲の海と呼ばれるにふさわしいものであった。

 この奇妙な逆転現象が生む物はそれだけではない。

 この高所からさらに空を見上げれば、雲という不純物を取り除かれた、混じりっ気のない正真正銘空の色。”蒼”の空間がそこには広がっていた。


「空って、こんなに青かったんすね……」


「ふふーん、語るじゃない。アホの癖に」


 一言余計な褒め言葉が素直に心に突き刺さる。

 確かに僕はアホだ。勉強もできなければ運動も苦手。社交性はなく愛想もない為、他人と深い関係を作る事ができない。

 唯一あるのは、楽をしたいが故に行う無駄に小賢しいズル、怠惰、思考放棄――――

 しかしこの蒼の空間と白の海は、そんなアホでどうしようもない僕ですら、分け隔てる事無く包み込んでくれる。大自然の雄大さ……なるほどな。確かに雄大だ。

 人智を超えた大きさであるが為、逆に包み込む許容量も人智を超えると言う訳か。

 誰に対しても厳しく、そして優しい。それは人が生まれた時に、最初に出会う人のそれ――――


「……母なる大地……父なる天……」


「おおっ! 今日のあんた冴えてるわね!」


「ナイス比喩表現よ! 何? 死にかけて感性が磨かれた?」


 いやまぁ僕が考えたんじゃなくて、よくある言い回しを呟いただけなんだが。

 しかし自分で言っといてなんだが、本当によく考えられた言い回しだ。一体誰が言い始めたのだろうか。母は大地を持って子を産み、父は天を持ってその厳しさを降ろす。

 そして――――


「じゃあ、あれは?」


「ブッ」


……思わず吹き出してしまった。この景色は現実的に考えれば、現在位置が雲の漂う層の上部にいる為に見える景色だ。

 したがってメルヘン要素を排除した言い方をすれば、雲の上にいる為目に届くのは青い空と、雲に遮られる事無く届く太陽の光だけ。

……の、はずなのだが、空と太陽の間には、科学的に説明が付かないであろう、なんとも形容しがたい摩訶不思議な光景が広がっていた。


「なんすか、あれ……」


「それをあんたに聞いてるのよ」


 母なる大地、父なる天ときて、子は人間――――と最後はオリジナリティで決めたかったのだが、どうやらそれは残念ながらボツのようだ。

 何故なら家族繋がりで進むと、じゃああれはなんだ? という話になってくるからだ。


「え~っと、その……親戚のおじさん?」


「えっなんて?」


「いやすいませんなんでもないです」


 ここへ来て飛んだ無茶振りだ。それは何をどう比喩すればいいかわからない光景なのだ。無理矢理言葉に直すならば、地平線と平行になるように空に掛かる、巨大なベルトと言うべきか……


 空の青が何故かその直線の周囲で歪み、そこに太陽の光が乱反射しているのか、キラキラとその部分だけが小刻みに、うねるように輝いている。

 空の歪みは空気の層の関係なのか、それは不均一に、薄く、濃く、大きいのもあればまるで枝毛のように先別れしている部位もある。


 幻想的……と言えば幻想的な風景なのだが、こんなのは見た事がない。

 テレビに出てくる超常現象マニアなら、天変地異の前触れとかなんとか言い出すんだろうな。


「あ……そうだ」


 空に掛かる謎の帯――――そうだ、いつか見た夜空だ。

 例えるならこの光景は”天の川”のそれに近い。あれは確か銀河団の帯の一部だったはず。天の川に見立てれば話は早い。僕は天文学者でも気象予報士でもないので詳しい事はわからないが、要するに昼間にも見える天の川だと思えばいいのだ。

 ここは僕の知る世界とは異なる世界。魔法や竜に比べればこの程度、異なる世界の異なる風景と思えばばそれでいい。


……ええと……だから……つまり……


「……川?」


「おもんな。そのままじゃない」


 そして僕の感性はたったの四文字で否定されてしまった。

 うるさいな、いいんだよ別に! 僕は天文学者でも気象予報士でも、ましてや詩人なわけでもないんだからな!


「そ。あんたの言う通り、ズバリ”川”よ」


「はぁ」


「あれには古い言い伝えがあってね」


「――――輝ける太陽の傍らに追わせし、日出る(ひいずる)暁の子」


「降り注ぎし日出る天の光、それは大いなる輝きにより生命の源となり」


「傍らに寄り添う光の子、その大いなる流れを持って、生命の循環を導かん――――」


「……」


「天の光はそのまま太陽を指す。んでその横にあの”川”が常にくっついてるから」


「だからあれは、太陽という光の海が生んだ、光の川。太陽が生んだ”日の子”」


「太陽っていう親の回りをうろうろして、大地に光を巡らせるから」


「そういう意味を込めて、こう呼ばれてるの」


「”太陽の川”ってね」


「……」


「どう? 中々しゃれた言い伝えでしょ」


「……」


「やっぱいつ見ても幻想的よねー。高所に行かないと見れないのが難点だけど」


「地上だと雲が邪魔で……って、聞いてる?」


「……」


「おーい、もしもーし。そこのバ――――」



「 ゲ ッ ! 」



「……zzz」


「う……ォォォイ! 寝るなバカ! こら! 起きろ!」


……長々とロマンチックな話を、気分よく語ってたのにすまんな。途中から全然聞いてなかった。

 お前が珍しく、何の策略もなく、単純に景色を見せたかっただけだなんて思わなかったんだよ。おかでげすっかり忘れていたよ。


――――酸素ボンベを置いてきた事を。


「  」


「コラーーーーッ! 寝るな! 起きろッ!」


「ア、アニキ~~!」


「寝たら死ぬわよ! 聞いてんの!? オイッ!」


「返事しなさいよ! オイってば~~~~ッ!」



――――……



「……」


 今、すこぶる体調が悪い。それは酸素ボンベもつけぬまま長時間薄い空気に晒されたから……ではなく、あの女が寝るな寝るなと僕の頬を何度もバシバシひっぱたいたからだ。

 顔面中が熱く、ヒリヒリとした痛みの波が数秒感覚のローテーションで巡ってくる。それは川だけに。などとしょうもないダジャレを考えれるくらいに回復した僕は、今度こそ外に出ないと硬く誓い、馬車のさらに奥。隅の隅に荷物に紛れ、けして見つからぬように隠れている。

 引き続き行進を開始したのか、ズンズンと大きな揺れがまた、その場丸ごと体を揺らす。さっき外に出た時、日は地平線に近い位置にあった。そろそろ日が暮れる時間なのだろう。

 山で一泊はイヤだと喚いていたからな。ここへきてなんとしても渡りきるべく、怒涛のペースアップを仕向けているのだろう。


 全く、ご苦労な事だ。しかし、仮に頂上を過ぎ下山を開始したとしても、今までの長い行程と同じ距離を、今度は下りで降りるのだ。どう考えても間に合わないと思うが……

 とりあえず、僕はこのボンベがいらないくらいの低地まで降りれればそれでイイ。

 なぁに、一泊ぐらいガマンできるさ。体力最低の僕ですらこうなんだ。お前は少々寒くたって平気だろ。一泊ぐらい我慢をしろ。我慢を。


「アニキ~、大丈夫ですかい?」


 げ、きた。寝たふり寝たふり……


「アニキ、眠ってるんですかい?」


「zzz」


「アニキちょっと、起きてくださいよ。大事な話があるんですって」


 うるさいな。アニキは今眠っている最中だ。ここでなら眠っても大丈夫だと言ったのはお前らだろ。

 空気の読めない奴は嫌われるぞ。相談なら大魔女様にしろ。僕は知らん。


「参ったな……」


「どうしたの? また死にかけてる?」


「あ、姉さん。いやね、アニキ、寝たまんま起きてくれなくて……」


「ったくこいつは~。しょうがない。こいつはここでほっときましょ」


「え、でも起きてないと危なくないっすかぃ?」


「知らないわよ。そいつが起きないのが悪いってーの」


「アタシ達は確かに起こしに来たからね。後で文句言ってこないでよ」


 寝てる相手にそれを言っても意味ないと思うのだが……しかしどういう事だ? 

 またもやトラブル発生か? おいおいおいおい勘弁してくれよ。地元民のお前らが居ながらなんだこの不具合の数々は。お前らそれでも地元民か。

 地元なら地元らしくビシッっと案内してくれよ。そんなんじゃ観光業界では通用しないぞ。


「みんな、”取っ手”持った?」


『バッチリでーす!』


「おっけ。じゃあ地竜、後はお願いね」


グォォォ……



――――



――――ドバァンッ!



「!?」


 その瞬間、激しい炸裂音と共に馬車が大きく揺れた。それは今までの地竜のズンズンとした歩の揺れではなく、大地そのものが動いてるかのような……

 前から後ろへ、頭から尻尾までを大きく揺らしたまるで床を丸ごとひっくり返されたような感覚――――そしてその大きな”揺れ”をまともに受けた荷物は、その中に紛れていた僕に容赦なく降りかかる。


「あたた……なんだぁ?」


 先ほどまで頬がジンジンすると思ったら今度は頭だ。おそらく数分後には小さなコブができている事だろう。何やら硬めの物がゴツンと頭に響いた。大魔女め、またもや痛みで持って起こすつもりか。

 そして最初の大きな揺れは急激に緩やかになり、しかし尚も大きく、グワングワンとゆっくりした波長でこの場を揺らす。

 この地に足付かない浮いた感覚はなんだろう。というか、一体何をやってるんだ?


「イィィヤッホーーー!」


……何やらファンキーな遊び人の声が聞こえるのは気のせいか。おかしいな。そんな奴メンバーに加えた覚えなぞないが。

 しかしギチギチと軋む馬車に紛れテンションの高い声が、この耳にハッキリ聞こえてくる。 

 ええい、たぬき寝入りはもうやめだ。気になって仕方がない。こらお前ら、一体何を――――


「ヒャーーッ! さ~~む~~い~~!」


 外へ身を乗り出した途端、猛烈な吹雪が体の前面を襲ってきた。

 その勢いはすざましく、浴びた途端またもや奥の奥へと追いやられてしまった。

 再び頭をガン! とぶつけた僕は、その強力過ぎる吹雪に驚きつつ今度は吹き飛ばされない用恐る恐る、何かを掴みながらゆっくりと顔を出した。

 ゴォォォ! と濁音混じりの風切音がする。その勢いはもはや吹雪と呼ぶには収まらず、そのさらに上位互換現象。言うならば……”爆風”

 それは新幹線が近くを通り過ぎる際の音に酷似している。空気の壁をその速度を持って、当たり一帯に乱雑に散らかすかのような、ゴオッ! っと言った音と共に一瞬で通り過ぎる。

 しかしこの場合、僕らは音の中にいる。新幹線のゴオッ! が絶え間なく続く連弾としてゴォォォォ! に変化し、その原因となる風、いや、爆風に近い突風が、たかが50kg程度の物なら軽々と吹き飛ばすのだ。


「いっけぇーーーッ!」


 さっきから叫んでいるのは大魔女様だ。それは悲鳴の類の声ではなく、はしゃぐ子供のように、それはもう楽しそうに――――


「あ、あの~、なにしてんすか一体」


「お、起きたわね居眠り魔人」


 このアホな仇名が以下にハイなテンションかを物語っている。僕が目覚めた事に喜んだのか、この爆風の中を無理矢理手を引っ張って、自分と気持ちを共有させんと風に晒そうとしてくる。


「ちょちょちょ~! 危ない! 寒いッ! 危ない!」


「安心なさい。今日中に山越えは完了よ!」


「えっ」


 僕の心配通り、あの太陽の川とか言う所はやはり頂上に近い場所であった。

 そしてそこにたどり着くまでかなり右往左往を続けたからな……確かあの時点ですでに半日以上が過ぎていた。

 単純に考えれば似たような距離を今度は延々と降りるのだ。通常なら間違いなく一泊は確定だが……こいつは自信満々に「任務完了!」 とのたまっている。

 何がどう完了なのかは知らないが、この爆風からして何かしたのはまぁわかる。はてさて、今度はどんな魔法を使ったのやら――――



――――グオオオオッ!



「よかったわね。大きな滑り台が見つかって」


 ここまで登りっぱなしの地竜が、大魔女様と同じくなんとも楽しそうな顔をしている。疲れが吹っ飛ぶほどの何か愉快なアトラクションがあったのだろうか。

……ん、滑り台?



――――ゴゴゴゴゴゴ……



「きたきたきたぁー! 地竜! 第二波到来よ!」


(まさか……)


 地竜はこの爆風が発生するほどの速度を、脚も使わず成し遂げている。

――――しまった。やはり僕も打ち合わせに参加しとくべきだった……

 先ほど感じた大きな揺れ。そしてこいつの滑り台発言。そしてさらに、この山そのものを振るわすかのような重低音。

 ここでふと下を覗いた見た。


……やっぱりな。


 地竜はその太い脚を折り畳み、ただの一度も動かしていない。

 にもかかわらずこの速度。

 間違いない。こいつは斜面を”滑っている”。しかしいかに急斜面とは言え、こんなにすいすい滑れるはずがない。足と斜面の間に分厚いクッションがいるはずだ。

 それは摩擦のない素材である事が前提条件で、なおかつこの山にしかない物。

 これら二つの条件を満たす物。それは――――



(雪崩――――!)



――――ドドドドドドド!



 やりやがった……この女、さっきのでかい揺れはそういう事か。

 つまりこいつは、頂上を超えたあたりで一気に下るべく、地竜に指示して大きな”雪崩”を発生させたのだ。そしてその雪の波に乗り、一気に駆け抜けようと言う腹らしい。

 はは、そりゃあ楽しいだろうな。この雪の大波を地竜と言うボードでグングン駆け下りていくのだから。

 それはさならが雪山の娯楽、スノーボードの感覚なのだろう。

 サーファーは大波に乗る為わざと風の強い日に海に行くと言うが、それと同じでこの標高が万を超える山から巻き起こる”波”は、もはや娯楽の範疇を大きく超えており、それはもう立派な”災害”なのだ。

 その証拠に見ろ。お前がこんな所で雪崩を起こしたせいで――――


「ひぃぃぃ~~~! ねーさん、後ろ!」


「にっげろ~~~ッ!」


 波は一つだけとは限らない。雪の層の違いが、今乗っているこの”雪の激流”のすぐ後ろにもうひとつの”波”を生んでいるのだ。

 積み重なった雪がグラグラと揺らされたせいで、時間差で次々と崩れ落ち、それら一つ一つが再び合流し一本の大きな”流れ”を生む。

 そして雪の流れは、最後の仲間を迎えに行くように、”僕ら毎”この雪崩を巻き込もうとしている。

――――もちろんこうなる事はわかっていただろう。あまりにもハイリスクハイリターンなこの下山計画。

 こんな危険を冒してまで、速く下山しなければならなかった、その理由。

 それはただ一つ。


「う、うわっ! たっとぉ!」


「アホ。ここで落ちたらあんためでたく雪の精よ」


「すっころんで落ちないようにどっかその辺に捕まってなさい」


「ひ、ひぃぃぃ~~~!」


 山で一泊はイヤだ。ただそれだけの為に――――



――――ドドドドドド!



「お~すごいすごい。麓がものすごい勢いで近づいてくるわ」


 雪の追撃を意に介さず、大魔女様は地竜のもっとも高い部分、すなわち竜の頭部にデンと仁王立ちし、手のひらを眉に置きながら景色を見晴らしてる。

 麓が近づいているのではない。僕らが”落ちて”行っているのだ。ていうか、この風圧でよく立っていられるな……僕なんて鱗に捕まってないと、一瞬で地平線の彼方まで吹き飛ばされそうなのに。そしてそう思っているのは僕だけではない。


「てめえら~~! 気合いいれろ~!」


『へ~~~いッ!』


 周りの山賊もさすがにスノーボードは専門外なのか、僕と同じく鱗に捕まり、吹き飛ばされまいと必死に耐えている。お前らの中で唯一この状況を楽しんでいるのは、お前らの大事な地竜だけだ。

 こいつなら雪崩に巻き込まれようがなんとかなりそうだしな。今までの疲れも会っただろう。帰りは滑って降りるだけ。

 こいつにしたらこんなに楽な事はない――――はずだった。


――――グオッ!?


「あっ」


 地竜のなにやら不穏の発声と共に、大魔女様も何かに気づいたのか、この激流の先をボーっと見つめている。何を見ているのかと気に掛けていると、不意に大魔女様は振り返り、必死で風を耐えている僕らの前に易々と現れた。


――――そしてこう一言、報告してきた。


「どうしよう。道が無いんだけど」


「……ええっ!?」


 曰く下っている最中の斜面が一部急激な角度になっている部分があり、こちらから見るとまるで進路がごっそり抜け落ちているように見えるのだとか。

 ……待て、ちょっと待て。このスピードでそんな所へ突っ込んだら――――


「地竜、ちょーっと飛ぶけど、大丈夫?」



――――グオッ!? オオッ! オオオッ!



「大丈夫だって」


 嘘つけ、明らかに首を横に振っていたぞ! 

 しかしこのスピードで滑っていては今更ブレーキなどかけられるはずもなく、掛けた所で後ろから迫ってくる雪崩の第二波が瞬く間に僕らを飲みこみ、あわや全滅……

 これはもしかして、ひょっとすると、所謂”詰み”という奴ではないだろうか。


「総員対ショック体制~~~!」


「ひぃぃぃーーーッ!」


 対ショックがいるのは地竜だよ! こいつはあくまで大地の竜で、僕のよく知る翼を広げ、天高く羽ばたく類の竜じゃないんだぞ!?

 勢いよく飛び出し綺麗なV字ジャンプを決めればなんとかなるって話しじゃない。

 このスキーのジャンプ台みたいなをこんなフルスロットルで駆け抜けたら、それはどこまで飛んでいくかわからないし、飛んだ所でどこに着地を――――


「雪崩に巻き込まれるよかましでしょ! さあ、覚悟を決めなさい!」


「――――」


 もはや言葉にならない。この明らかに失敗したハイリスクハイリターンのリスクの部分をさらに天秤にかけ、現状はどっちのリスクを取るかの段階まで達している。

 飛ぶか、埋まるか。飛べばそのまま夜空の一部になり、埋まれば大地の一部となってこの世を見守る地母神に……なるか! どっちに転んでも骸だよ!



「飛べぇ~~~!」



――――グオオオオオオッ!



――――フワッ



 地竜の抵抗も虚しく、大魔女様の掛け声と共に僕ら一行は、文字通り”空を駆けた”


……気分は案外悪くない。重力から解放され、この体いっぱいに広がる浮遊感は、まるで翼を生やした天使の気分だ。このまま風が吹けば、どこまでも羽ばたけそうな、そんな大らかな気分……

 だが残念。所詮人間は翼を持つ事なぞできず、一時的に空を飛べた所でそれは所詮一時甘い”夢”なのだ。

――――願わくばこの時が永遠に続いてほしい。しかしこの世に永遠なぞない。


 形あるものはいつか終焉を迎える。それはこの世界でも例外ではなく、0時に魔法が解けるシンデレラのように、ロケット花火がただのゴミへと変わるように、この心地のいい”夢”から覚める時は、いつか必ずやってくるのだ。



「  」



――――”長短”関係なく




「ぬあああああああッ!」





――――――――ドンッ




                                       つづく


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