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共生

ズゥン ズゥン……


「ホッホッホ、快適快適っ」


 大魔女様の機転で移動要塞並びに使用人を大量に得た僕たちは、順調かつ快適な旅路を送っている。

 地竜ちりゅうと呼ばれる巨大爬虫類が、一歩歩くたびに人間の何倍もの歩数を一気に稼いでくれるからだ。

 おかげさまで酔いも随分楽になった。地竜の大地を揺るがす大きな一歩は、同時に激しい轟音と大きな振動を生むが、そこはさすが大地の眷属と言った所だろう。

 馬車の小刻みに繰り返す振動とは違い、分厚い皮膚と膨れ上がった肉が、その衝撃をゲル素材の様に吸収し、表へ現れてこない。

 そして竜の鱗の微妙な歪みがちょうどいい具合に背もたれのような形になっている為、ここに腰掛け手足をピンと伸ばすだけで、柔らかな座り心地がまるでふかふかのソファーのように全身を包む。

 サンサンと照りつける太陽の下で寝そべりながら、山賊と言う名の使用人が一流ホテルマンかのように定期的な飲み物の配布をしてくれる。

 まるでここはリゾート地かのよう。その居心地の良さは一瞬何故自分がこの異世界に来たのかを忘れさせてくれる。


「あ”~……」


「どうっすか。アニキ」


「地竜、まじいいっすね」


「でしょでしょ。こいつがいなけりゃ僕ら今頃この大地のどこかで肥料になってましたよ」


「ハハハハハ」


 とやや暗いジョークを笑い飛ばせるくらいに余裕ができた僕は、あれこれと手を焼いてくれる山賊達のおかげでどこぞのボンボンの如く気が大きくなり、そのせいか、普段は閉じきっている口が軽やかに動く。


「そう言えばアレは、何をしているんです?」


「ああ、あれっすか。あれはですね――――」


 ふと前を見ると、山賊の一人が地竜に向かって剣を執拗に突き刺している。

 傍から見ると動物虐待のように見えるその光景は、むしろ逆に、彼らがいかに地竜を大事に扱っているかの現れなのである。

 

「地竜の鱗ってね、大きくて硬いから、自力ではなかなか落ちないんですよ」


「だから新しい鱗が生えてくるのを助ける為に、ああやって古い鱗をこっちで切り取るんす」


「垢取りみたいなものかぁ」


「そんな感じっすね。で、切り取った古い鱗は、こっちで加工して衣服にしたり家具にしたり、街に寄る事があったら売り払って金にしたりとか、ね」


「はえー……」


 なるほど、要は新陳代謝の手助けをしていると言う訳だな? 

 古くなった鱗=皮膚が体に溜まり、生まれてくる新しい皮膚組織の成長を阻害しない為に、彼らはああやって毎日古い鱗を切り取り、地竜の体をケアをしているのだ。

 それはまるで猿の毛づくろい。花粉を運ぶミツバチ、イソギンチャクを住処にするクマノミのように、人と竜を繋ぐ立派な共生社会が形成されているのだ。


「一応食料にもなるんすよ。ゴミとか着いた表面をきれいに削って、一口サイズにした物を、天日干しにしてカラッカラにするんす」


「まぁ味はあんまりうまくないっすけどね。非常食にはなりますよ」


「ほら、よかったら食べてみます?」


「ええっ。食べれんの?」


 そう言うと山賊は手際よく懐からビンを取り出し、僕に差し出した。

 中にはなにやらカッチカチになった棒状のするめイカの様な物が入っている。

 正直色味はあまりよろしくない。蓋を開ければ、濁った茶色にやや生臭い匂いが、鼻の中ににもわっと溢れてくる。


「う、う~ん」


 手づかみはコンビニでよく売られているじゃがスティックのそれに近い。手元に近づければ近づける程、匂いはより一層強く感じられる。

 正直食べたくない……しかし人の好意を無下にするのも心苦しいので、意を決して一口だけ、ほんの触りの部分だけ、挑戦してみる事にする。


「……」


「どっすか」


「……あ、おいしい」


 意外な事に見た目とは裏腹に、結構イケる。

 噛んだ瞬間カリっと心地よい音が口に響き渡り、コリコリとした食感が次の一口を放り込みたくなるようにさせる。

 味はやや塩気が強く、ちと生臭いが……噛めば噛むほどにじみ出る旨みが癖になる。


「これ、あれっすね。おつまみみたいな感じ?」


「おーさすがアニキ、そうなんす。これ、アテにちょうどいいんすよね~」


 断っておくが僕は未成年飲酒はしていない。しかし夕食の際、父親がビール缶片手に摘まむのをいつも分けてもらっているのだ。

 僕くらいの年齢だと周りはみんなチョコやクッキー、ビスケット等を好むが、僕はどちらかと言うと、こういうやや苦味のある親父臭い物が好物なのだ。


「おーうまいうまい。いけるいける。これいけるわ」


「さっすがアニキ! 見事な食いっぷりです!」


『だったらこれなんてどうです? いやこれも…… あれも…… それも……』


 とまぁこんな具合に、過酷な旅だったはずが一辺変わって楽しいピクニックになってしまった。

 山賊達はこぞって僕に世話をする。

 このような経験がない僕はこんな時でも恐縮してしまい、あれやこれやと世話を焼いてくれる山賊達に逆に気を使ってしまうくらいなのだ。

 こんなシチュエーション、今後あるかどうかわからないから少しくらいハメを外してもよさそうだが、持ち前のヘタレ根性が邪魔をする。

 しかし高望みはするもんじゃない。

 みんなで仲良く旅をする。これだけで僕は十分満たされているのだ――――

 ――――しかし彼らが僕にこぞって群がるのは、もう一つ明確な理由があったからなのだ。


「くぉらアンタ達! 頼んでた飲み物はまだなの!?」


「ちんたらしないでよ! 馬車に本があるから取って来てってさっき言ったでしょうが!」


「もーどいつもこいつも、キビキビ動きなさ~~~~い!」


『へ、へい~ッ!』


 山賊との共生を望む僕とは全く別次元の、共生というより”強制”と呼ぶにふさわしい威張り散らした声が、僕の背後から聞こえてきた。

 単純な話、ワガママ言いたい放題の大魔女様に振り回されよりも、こき使わない僕に使えている方が彼らは楽だから、だから僕にこぞって群がっているに過ぎないのだ。

……すごく微妙な気持ちだ。共生とは互いにメリットがあるから”共生”なのであって、片方の望みだけを一方的に叶えるのは、それすなわち”寄生”なのである。


「おっそい! たかが飲み物に何分かかってんの!」


「あ~怒鳴ったら体力が著しく消耗したわ。そこのアンタ、マッサージしなさい」


「あ、あと今目があったアンタ、本読みたいからこの位置で持ってて」


「あ~日差しが強いわ。誰か、傘か何か用意しなさい」


『へ、へい~……』


 私利私欲の為に的確な指示を次々とお出しになられる大魔女様は、ある意味強いリーダーシップを発揮しているのかもしれない。

 地竜の尻尾の辺りには、こき使われたであろうガス欠状態の山賊達がが所せましと横たわっている。

 ブラック企業並みに重労働を強いるあの女に仕えるよか、そりゃあ謙虚に振る舞っているホワイト全開の僕の所の方がいいに決まっているだろうな。

 つまり、彼らは彼らでどちらに着くのがメリットが大きいか、推し量った上で僕に付いているのだ。やや心許ないが、これも山賊と言う職業が生んだ立派な”共生”なのだろう。


「アニキ……俺、あの人に仕えるのいやっす」


「アニキからもなんとか言って下さいよ……」


「え、あ、うん。あれはでも何を言ってもムダだと思う……」


 なんせ自他共に認める大魔女様だからな、下々の訴えなど虫の羽音くらいにしか思ってないだろう。

 そこは僕も一緒だ。僕は君達以上に好き放題やられているからな。


「やれやれ、ワガママなお姫様だ事で……」


「あ、おつかれっす」


 そう言って現れた男はここの山賊のリーダー格の男。先ほどざくざくと鱗を切り取っていた人物だ。

 茶色い単発に広く発達した顎、筋肉質な体が鎧越しでもよくわかる。この荒くれ共をまとめるにふさわしいいかつい風貌だが、それ故に何故こんな稼業に身を落としているのか、不思議に思うだろう。

 しかし彼らは彼らでちゃんと事情があるのだ。誰も好き好んでこんなその日暮らしをしようとは思わない。

 このけもの道を選ばざるを得なかった、その理由が――――


あにさん、後であの女に言っといてよ。もうすぐメシの仕度ができるからってさ」


「メシ食ったら今日はここで一泊だ。いかに地竜でも夜の野外をうろつくのは危険だからな」


「あ、はい。わかりました」


 部下を全て大魔女様に根こそぎ取られてしまったリーダーは、仕方なしに給仕の類を全て一人で行っているのだ。

 そしてその雑用同然の仕事を文句ひとつなく淡々とこなすこの男は、やはりリーダーの素質があるのだろう。

 リーダーであるが故に組織を第一に考えるこの男の姿勢を、少しでもいいからあの高見からの見物しかできない大魔女様にも見習ってほしい所である。


「へへ、今夜は少し豪勢にしたからよぉ」


「兄さんの分、少しサービスしといたぜ。もりもり食ってたんと精をつけてくれな!」


「あ、あざっす……」


 彼らが僕をアニキだの兄さんだの言って慕うのは、少々複雑な訳があった。

 別に杯を交わしたわけでもタイマン張ってマブダチになったわけでもない。現時刻は日が暮れ始める午後の半分が過ぎた頃。

 そして彼らの話を聞いたのは、まだ日が明るい位置にあった頃まで遡る――――



――――……



「キャッハッハ、楽しい旅になりそうね~」


「あの姉さんそろそろ解毒剤を……」


「ん、ああ、はい」


 といっていの一番に地竜に登り、踏ん反り返る大魔女様が渡した物は、筒に入った無味無臭の透明な液体だった。

 山賊の彼らは意外な事に親切で、今一番症状がひどい(と言う事になっている)僕に真っ先にその解毒剤を回してくれた。

 さっきまで目の前でゲーゲー吐いてたからだろう。ただの車酔いなのだが……

 彼らの親切心に軽い会釈をした後、その液体に口を付ける。


「~~~~……これ」


(ただの水じゃん!)


 それは薬と言うより薬を飲む際に付随するオプションだった。

 カプセルタイプだろうが粉末タイプだろうが薬を飲む際は必ずこの水がセットで付いてくる。

 この女はどこまでウソを突き通せば気が済むのだろう。喉の渇き以外を癒す力を持たない液体を飲む僕を、山賊達は心配そうな目つきで見つめてくる。


「どうだ? 楽になったか?」


「え、あ、はい……」


 楽になったと言えば楽になった。なんせさっき体内の水分を根こそぎ吐き出したからな。

 そして効果ありと知った途端山賊達はその筒をみんなで仲良く分けあい始めた。

 中には良薬は口に苦しと言った表情を出す者もいたが、実際はただの水。

 思い込みの力ってすごいなぁ~等と思っていると、諸悪の根源たる女が口を開いた。


「ところであんたらさぁ、どう見てもこの稼業を始めたの、最近よね」


「あ、やっぱわかります?」


 そこは薄々僕も感づいていた。見た目こそまんま賊の類だが、先ほどダメ出しされた手際の悪さや、強奪した品々を必要以上に丁寧に扱う妙に几帳面な性質から、元々はそういう規則を重んじる別の仕事に勤めていて、それが何かのきっかけで仕事にあぶれてしまった為、このような事をしているのだろうと漠然と考えていた所だ。


「そらそうでしょ。竜を使役する山賊なんて聞いたことないわよ」


「そうなんす。僕らは元々、”竜族”の出身でして……」


 竜族――――その名の通り太古の昔から竜を使役し、竜とともに生活してきた一族である。

 寒い地域に住む狩人が猟犬を使役し生計を立てているように、彼らの人生にはいつも竜と言う存在が常に横にいたのだ。


「”天将竜騎士団”ってご存知です? 僕らの前の職場なんすけど」


「竜騎士団! 傭兵稼業の最大手じゃない!」


 元業界最大手の傭兵集団――――それが彼らの正体だった。

 世界の端で慎ましく暮らす竜族。貧しいながらも平穏に暮らしていたその一族だったが、押し寄せる文明社会には抗えず、刻一刻と竜族は隅に追いやられていく。

 このジリ貧の状況をなんとかしようと立ち上がったのが、血気盛んな一族の若者達……つまり、今の彼らである。


「ご存じでしたか。幸いっす」


「ご存じも何も、あんたらの活躍はアタシんちまで届いてたわよ。新聞でしょっちゅう見かけてたもん」


 特定の主を持たず、報酬と気分次第で依頼人をコロコロと変える傭兵は、雇う側にとっても時として最大の脅威になる。

 にもかかわらず彼らの様な職業が成立するのは、傭兵に求める物はただ一つ、”絶対確実な武功”それだけできればそれでいい為である。

 その結果至上主義の厳しい業界に置いて、彼らは竜と言うアドバンテージを最大限に使う事によって、最大手と呼ばれるまでに登り詰めたのである。


「昔はもっと、人も竜もいっぱいいたんすけどね。気が付けばもうこれだけになっちゃって……」


「なんでよ。あんたらと対等に戦える傭兵団なんてそうそういないなじゃい」


『……』


 彼らは一斉に口ごもり始めた。よっぽど辛い事でもあったのだろう。

 人は誰しも一つや二つ辛い事を抱えている。それは各々の心にそっとしまっておくべきで、不用意にほじくり返すのは空気の読めない奴と認定され疎まれるのだ。

――――そんな空気など知ったこっちゃないと言わんばかりに、山賊の心をスコップ片手に墓荒らしの如く全力でほじくり返す大魔女様は、やはりとっくの昔に人間じゃないのだろう。


「傭兵が職にあぶれるって事は……あ、あんたら負けたんだ」


「ええ、まぁ……」


「一体どこのどいつよ。あ、わかった。傭兵じゃなくてどこかの国の正規軍ね?」


「……」


 竜は奪われるは無償でこき使われるは、挙句の果てにイヤな事を思い出されるわ、彼らも大変だな。

 この一件が彼らの新たなトラウマにならなければいいのだが……


「……武功を立て続け有名になった僕らは、とある大口客から依頼を受けたんです」


「ほほー。どこの富豪よ? 帝都の貴族連中? それとも行商組合?」


「もっと上です。僕らに依頼してきたのは、貴族より組合よりも、もっと上の組織」


(あ……それって)


「僕らの客は”帝都”そのものでした」


「わお~……」


 つまり確実に積み重なった実績が信頼となり、彼らはついに”国”そのものから依頼を受ける事に成功したのだ。

 それは傭兵に取って確かなステータスであり、国からの依頼と言うだけで傭兵という稼業に箔がつく。

 さすが最大手と呼ばれるだけはある。しかし――――


「すごいじゃない。傭兵がお国から声がかかるって、それ完全に正規軍入りフラグよ」


「僕らに来た依頼は、領土を攻め込む”侵略者”相手に、帝国兵と共に防衛に回る事でした」


「現地帝国軍と合流した僕らは、さっそく侵略者共を迎え撃とうと、数十匹はいた竜達と共に、前線へと駆け出しました」


「ですが……僕らはみじめにも敗戦してしまいました」


 彼らの口ぶりから察するに状況は思った以上に悲惨だったようだ。

 このドデカイ竜を数十匹も従え、国お抱えの正規兵と一緒にハメを外して暴れ回る。それはどう見ても勝ちフラグにしか見えなかったろう。

 しかし結果は真逆。部下を失い竜も皆殺しにされ、唯一生き残ったのは今ここにいるメンツとこの僕らを運んでいる地竜のみ。

 そして傭兵という職業の最大のデメリット。それは忠誠を誓う主が存在せず、雇い主とは金だけで結ばれた希薄な関係でしかない事だ。

 傭兵は勝つことが全て。勝ては報酬と共に次の仕事が舞い込んでくるが、負ければその信頼はまたたく間に崩れ、その経歴には”敗者”という覆す事のできない確かな経歴が、一生をかけて付きまとうのだ。

 「何も一回ミスしたくらいで……」と内心思う所はあるが、報酬と気分次第で依頼人をコロコロと変える”傭兵の性質”というツケが、敗北と言う過程を経て、ここへ来て一気に押し寄せたのだ。


「僕らも思ってませんでしたよ。あんな小規模な軍勢にここまで徹底的にやられるなんて」


「小規模? 相手はどこかの国の連中じゃないの?」


「違いますよ。僕らも最初はそう思ってましたがね。どこぞの好戦的な隣国が攻め込んできたんだってね」


「帝国が依頼してくるくらいだから、それはもう大規模な……と思いきや、蓋を開ければしょっぱい私兵集団でしたよ」


「う~ん、そんな連中にあの竜騎兵団が……一体どこの誰にやられたのよ」


 そして栄ある元竜騎兵団は、再び口を紡ぎ出し、しばらく間を置いた後、籠った口調でこう答えた。


「英騎……」


「ッ!」


 その言葉に思わず反応してしまう。そりゃそうだ。

 その名は僕の探し人……その人とそっくりそのままの顔貌を持った人物だからだ。

 その名は旅立つ前に聞いた。芽衣子と同じ顔を持った、英騎と呼ばれるテロリストが、この世界中を無差別に襲い焼き尽くしていると。


「侵略者は”英騎の軍勢”でした。奴らは僕らの様に竜、どころか兵なら持ってて当たり前の簡単な兵法魔法すら一切使わず、瞬く間に僕らを再起不能にしていきました」


「あっら~……英騎の軍勢が相手だったの。それは災難ねぇ……」


 まるであいつなら仕方がないと言った口ぶりで慰めの言葉をかける大魔女様に割って入り、僕は話を続けるように懇願する。

 その英騎とか言うテロリストが芽衣子と同一人物とは、一ミリたりとも認めてなどいないが、僕らが帝都に向かう事になったのも、そいつの件が関わっている。

 そのテロリストが芽衣子に続く、現時点で唯一の手がかりであるからだ。


「魔法すら使わず、よく竜を撃退できたわね」


「なんていうか、こう……その代わりに、僕らの見た事のない武器を使ってまして」


「なにそれ?」


「魔法ではなさそうなんですが、それはまるで魔法の様な……」


「奴らはまず、こういった感じの長筒を両腕で構えて、その先端からパッと煙が上がったと思ったら、もう一人やられているんです」


「……?」


 と言って当時の仕草を真似る山賊に大魔女様はまるで理解を示してしていなかったが、僕は妙な既視感を覚えていた。

 細長い筒状の物の先端から煙が上がると同時に即誰かが地面に伏す。その特徴だけでもうそれが何かわかったからだ。

 実物こそ触れた事はないが、それは僕にとってなじみの深いシロモノであった。いや、おそらく僕らの世界の人間は全員知っている事だろう。

 長い筒に火薬の入った弾を込め、その火薬の炸裂を原動力に易々と人体を貫く、ゲームや映画の世界でおなじみの物――――


「……銃?」


 僕の呟いた言葉にその場の全員が反応を示す。それを無視するかのように、僕の思い描く物かどうかを確かめるべく、続けざまに彼らに質問を加える。


「あの、煙が上がった瞬間パァン! って音がしませんでした? 耳元で手を叩いたような音が……」


「……した!」


――――間違いない。テロリストの使っていた武器とは、間違いなく”銃”と呼ばれる物だ。

 その仕草、その特徴、発せられる炸裂音。全ての特長が合致している。

 ただの従者にしか見えない僕の思いもよらぬ知識に、彼ら全員が困惑している。


「な、なんで君が知ってるの!?」


「じゅう……? なにそれ? あんたも持ってんの?」


 持っているわけではないが近い物はある。小学校の頃お年玉で買ったエアガンだ。

 その日の内に試し打ちで射撃した際、間違って家具の一部を破壊してしまい、そのまま怒り狂う母に取り上げられたという僕にとっても因縁のあるシロモノだ。


「ほ、他にもよ! 音がパパパパパって連続でなる奴もあった!」


「マシンガンだ……じゃあ、このくらいの小さいタイプの奴は?」


「……あった!」


 その場にいなかったはずの僕が的確に特徴を捉えるその行為に、彼らは愕然とし始めた。

 「一体こいつは何者だ?」と言った心の声が、彼ら一人一人の表情によって丸出しにされている。


「あーそっか……あんた、英騎と知り合いなんだっけ?」


『ええッ!?』


 山賊は口を揃えて叫んだ。僕自身は認めていないが、まぁ、大魔女様の視点で見るとそう言う事になるな。


「言ってなかったっけ。こいつ、英騎の知り合い」


「しかも互いを”真名”で呼び合う仲らしいわ」



『 え え ッ ! 』



……なんとなく語弊ある言い方だ。まぁ確かに”名前で呼び合う仲”ではあるが、それはこっちだと当たり前の事であって、しかもそんな機会早々ないわけで――――


「ほんとよ。ほら、例の写真。見せてあげなさいよ」


「……」


 そう言って僕はスマホを取り出し、速やかに指を動かした後、一つの画像を表示させた。

 そしてそれを彼らに見せつける――――どういうリアクションが帰ってくるか、もう大体言われなくてもわかるが……


「ほらね。写真撮影を任させるほどの仲よ」


『――――』


 そして彼らは静寂に包まれ、大きくポカンと開かれた口をカタカタと震わせながら目を見開いている。

 その光景を見ていた大魔女様は、良い事を考えたと言わんばかりにニヤリと片側の口角をあげ、彼らを煽るようにこう呟いた。


「……あんた達、気を付けなさいよ。こいつに何かあったら、英騎は瞬く間にどこからか飛んできて……」


「……今度こそ、一人残らず”竜騎兵団”を全滅させちゃうわよ~」


『う、うわぁーーーーーッ!』


 そう言って山賊達は一斉に喚き始め、ある者は鱗を椅子の形に作り替え、またある者は飲み物を、またある者は掃除、洗濯、進路の確認など、僕たちを我先にもたなさんと一斉に動き始めた。

……ものすごい罪悪感が僕の心にこみ上げてきた。僕はただ、帝都までこの地竜で送ってくれる。それだけで十分助かっているのに……


「う~ん、さすが英騎。こいつら以上に悪名が轟いているわね」


 芽衣子をそんな脅しの材料に使わないでくれよ。いや、芽衣子と認めたわけではないのだが。

 躊躇なく銃を発砲し、人の命を易々と奪い、それだけでは飽き足らず、国そのものを奪おうとしている奴が芽衣子と同じであるはずはない。

――――なんだか段々腹が立ってきた。芽衣子と同じ姿で悪行を働く英騎とかいう女。もしどこかで会う機会があれば、一言ガツンと言ってやろう……

 そう密かに決意しつつ、僕は差し出された飲み物に口を付け、山賊もとい使用人達に囲まれつつ旅路を続ける――――


「ア、アニキ! 僕らちゃんと働きますんで! お願いですから英騎には言わないで……」


「え、いや、はい……」


「ア、アニキ~!」


――――というわけで僕は、いつの間にか山賊の間で”兄貴”と言う呼称を付けられる事になってしまった。

 年齢はどう見てもそちらが上だが……まぁ、やや違和感が残るが、名前を呼ぶことがタブーなこの世界において「おい」とか「お前」とか呼ばれるよりかは幾分マシだろう。

 かくして山賊は、山賊からツアーコンダクターにジョブチェンジし、僕らの旅を快適にエスコートする事を確かに約束する存在となった。

 こうして地竜と呼ばれる豪華客船は、大海原ならぬ大”陸”原を、一路帝都に向けて一歩、また一歩と進みだす……



――――……



「ねえ、ご飯まだ? もう腹ペコで死にそうよ」


「後もうチョイっすよ。それまでガマンして下せえ~」


「ったく、いつまでかかってんの! それでも元山賊!?」


「日が落ちるまでに作らないと……もっぺん毒液まき散らすわよ!」


「い、急ぎます~!」


 ここでまき散らしたらここから先どうするんだよ。ったく、トンデモナイクレーマー客だな。

 仕方ない。こいつがワガママついでにうっかり本物の毒をまき散らしてしまうその前に、彼らに助け舟を出してやるか。


「もう、ワガママ言わないで下さい。ほら、これでも食べてガマンして下さいよ」


「なにこれ? きもっ。へその緒?」


「違いますよ……さっきあの人達にもらったおやつです。見た目はアレですけど、結構いけますよ」


「ええ、まじぃ?……あらほんと、結構おいしいわねこれ」


「うん……うん……いけるわこれ! もっと頂戴よ!」


「そんなにがっつかないでも。はい、じゃあこれ全部あげますから、これ以上ワガママ言わんで下さいね」


「ん……うまっ。所でこれ、なんの食材?」


「地竜の古い鱗を天日干しにしたヤツらしいです」


「ブーーーーッ! はぁ!? じゃ、これッ! こいつの”垢”じゃない!?」



(――――しまった。余計な事を言ってしまった)



「なんちゅうもんを……食わしてくれとんじゃこのボケェ! いるか!こんなもん!」


「あ~もうマジ……はやくご飯持ってきてよ~~~~!」


 ここで会えなく魔女の怒りを鎮める事に失敗した僕は、小ビンをブンと頭に投げつけられたのち、より一層ひどくなる大魔女様のワガママを、結果として手助けする形になってしまった。

 夕暮れ時、竜の背の上で声高らかに怒号を飛ばす大魔女様に共鳴して、額に汗しながらより一層動きを速める山賊達。

 それは結果として”夕飯の支度を速める”という結果を招いた。


――――こうして無事に食事にありつけた僕たち一行は、食事にありつきいつの間にか機嫌を直していた大魔女様を見て、山賊達が地竜から恩恵を受けるように。花粉を運ぶミツバチのように。イソギンチャクを住処にするクマノミのように。

 大魔女様のワガママは、一つの目的を果たす為に必要な、それも一種の”共生”と呼ぶにふさわしい物……なのかもしれない。

 



                                       つづく





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