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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
【序章】視線の先に
4/169

正未

 


「モノクロ……ここはお前の居場所じゃない!」



「――――消えろッ!」



 今僕の目の前で、威勢よく「消えろ」と発した女性。

 それは紛れもなく――――「北瀬芽衣子」その人であった。

 怪我。または気絶……

 そんな何らかの異常状態に陥っていると言う予想を、遥かに覆す程の、芽衣子の有り余る元気さ。

 「無事でよかった」と言いたいのは山々なのだが……その元気の良さが逆に不安になった。

 元気過ぎる。と言うよりも「凶暴」と呼ぶべき芽衣子の活発さが、どうにも僕の心にしこりを落とすのだ



「――――ハァッ!」



「――――オワットォ! テメーマダヤンノカヨ!?」



(芽衣……子……?)



 芽衣子はこの白黒仮面を「モノクロ」と呼んだ。

 白と黒だからモノクロなのだろうか。いや、今そんな事はどうでもいい。

 その「モノクロ」に対し芽衣子が今取っている行動は――――「攻撃」。

 何やら長い棒らしき物をその手に持ち、罵詈雑言を吐きながらモノクロへと襲い掛かる芽衣子は……



「ホント、トコトンメンドクサイナ、オ前ハ!」


「貴様は今ここで…………討つ!」




――――僕の知る、芽衣子じゃなかった。




(どう……なってんだ……)



 猛獣のような凶暴性を見せながらモノクロに襲い掛かる芽衣子に対し、モノクロはただヒラヒラと躱し続けるのみである。

 そんなモノクロに一撃を加えんと、芽衣子が振るう棒が、時間が経つ毎に激しくなる。

 「やぁ!」「たぁ!」――――そんな叫びを発しながら延々と振るう芽衣子は、やはり僕の知る芽衣子とは大きく異なっている。

 あれが芽衣子の本性なのか。その事実を、僕が知らなかっただけなのか。

 にしても、その変貌ぶりは……しばらく立ち尽くさざるを、得ない程だった。



「のらりくらりと……何故反撃してこない……!」


「何故ッテオ前、ココガドコカワカッテネーノ?」



 姿を見せない芽衣子。突然の爆発。

 それに加え、不意に現れたこのモノクロとかいう不気味な存在――――。

 このモノクロとやらが、今回の爆発事件に深く関わっている事は容易に想像できた。

 そりゃそうだ。どこからどう見ても、奴は不審者以外の何物でもない。

 それはいいんだ。そこは、見たままの光景だから。



「う……ぐふぅ!」


「アーア。ホラ、コンナ所デ激シク動キ回ルカラ」


「く……己……!」


「イヤ、僕ナンモシテネーカラ」



 モノクロが言いたい事はすぐにわかった。

 こんな黒煙漂う場所で激しく動き回れば、そりゃそうなるのは当然だ。

 煙を吸ってしまったのだろう。芽衣子はむせ込みながら膝を床に膝を付けた。

 だが、芽衣子は……そんな事もわからないくらい、取り乱していたのか?

 確かにこの現状は異常事態。

 爆発と同時に現れた不審者を前に、冷静でいろと言う方が無理があるのはわかる。

 


(けど……)



「取リアエズ、ソノ”帚”放セヨ。マズソモソモソレ、武器ジャネーカラ」

 

「ぐっ!? は、離せ!」



 モノクロは芽衣子の動きが止まったのを機に、棒――――元い「帚」を掴み上げた。

 膝を着く芽衣子に対し、帚だけが高く上がる。

 そして掲げられた事でわかった。あの帚は、本当にただの帚。

 元々、”ウチの教室の掃除用具入れにあった奴”だ。



「奪わせて……なるものか……!」


「シツケエナ!? コレオ前ノジャナクテ、コノ部屋ニアッタ奴ダロ!?」



 箒を奪おうとするモノクロに対し、両手に力を込め抵抗する芽衣子。

 黒煙の最中、箒を奪い合う異形と女子との図は、何とも非現実で意味不明な光景である。

 故に悩む。この場合――――僕は一体どうすればいいのだろう。



(でも……)



 僕は芽衣子を助けるつもりで来たんだ。

 だがその肝心の芽衣子が、この場を動こうとしないのなら話は変わってくる。

 仮に襲われているのなら、助けようはあるのだが……だが現状はむしろ逆。

 モノクロは芽衣子に危害を加えようとはしていない。

 むしろ、危害を加えようとしているのは芽衣子の方に見える。 



「…………ぐふっ! げふっ!」


「煙ガ激シクナッテキタ……コノママジャマジデヤベーゾ」


「イイ加減”名前”教エロヨ。シタラスグナントカシテヤッカラヨ」


「誰が……お前などに……」



 目の前の状況を理解し切るのに、幾ばくかの時間を要した。

 箒を取り合う芽衣子とモノクロが、何やら会話を交わしている様子が伺える。

 知り合い……なのだろうか。

 だが襲い掛かる芽衣子の様相からして、どうやら「仲睦まじい関係」ではないのは確かだ。

 二人は相も変わらず何かを話している。だが内容まで聞き取る事は叶わない。

 段々と強くなっていく煙が、目も、そして耳をも塞ぐんだ。



(…………あった!)



 激しくなって行く煙が、すぐ目の前の光景をも覆いつくそうとしている。

 視界を染める黒が、このまま二人とも、僕の目の前から消そうとするように。

 だとすれば、もう僕に猶予なんてなかった。

 理解できない状況だらけの中……今唯一、自分が理解できる事。

 ただそれだけを信じて、動く他なかった――――。




「 芽 衣 子 ォ ー ー ー ー ッ ! 」




「「――――ッ!?」」





――――だから、動いた。ただ自分の”思い”だけを、信じて。





「 お っ ら ァ  ー ー ー ー ッ ! 」




 目の前が黒く染まるなら、白で中和すればいい。

 そう思って、思い切り放ってやったんだ――――備え付けてあった”消火器”を。



「 ギ ャ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ! 」



「――――芽衣子ォ! 無事か!?」


「江浦くん……!?」



 ようやっと間近で見る事が出来た芽衣子は、やはり少しやつれた様に見えた。

 この熱気と煙の中を激しく動き回ったんだ。無理はない。

 芽衣子が実は、結構なドSだった――――その事実に多少面食らったのは認める。

 だがそんな程度で、僕の思いが揺るぐはずがないんだ。



「ほら、捕まれ! とっとと逃げっぞ!」


「……ぐぅ!」


「――――ゲッフ! ゴフ! ナ、ナンダコレェ!?」



 僕が出した咄嗟の判断は、嬉しい事に見事大正解だったらしい。

 黒煙を吸って苦しむ芽衣子よりも、消火器をダイレクトに浴びたモノクロの方が苦しんでいるのだ。

 奴が誰で何の目的でこんなマネをしたのか、今はどうでもいい。

 今はコイツから逃げる事。この場から逃げ、再び二人で、あの日常に帰る事――――。

 それを妨げる物は、何人たりとも許すつもりはない。



「……テンメエゴラァァァァァ! 何ヲ晒シテクレトンジァーーーー!」



「ヤッベ! 怒らせた!?」



 効果覿面クリティカルヒット――――とはならなかったのが唯一の悔いだ。

 奴が身に着けている仮面のせいか、どうやら思ったほど煙を吸い込まなかったらしい。

 加えて奴は今、明らかに”キレている”。

 どこの誰ともわからん奴にいきなり邪魔立てされたんだから、当然と言えば当然である。



「待テヤソコノガキィッ! オ前ハ全殺シ確定ダゴラッ!」


「ちょ、やばッ……芽衣子! こっちだ!」



「――――その必要はない」



(……えっ?)



 危害を加える旨を声高らかに述べるモノクロに、今更ながら恐怖を感じ得ない。

 「逃げる」――――その三文字で頭がいっぱいになった僕。

 にも関わらず――――芽衣子は逆に、その場で立ち止まった。

 そして怒れるモノクロ仮面に、真正面から対峙をする芽衣子。

 この状況で何をやってるんだと言いたい所であるが……その言葉は、自然と収まった。



「ここから先は――――進ませない――――」



(まさか……やっちまう気か!?)



 芽衣子は箒を水平に構え、迫り来るモノクロを静かに待ち受けた。

 箒を武器に見立てる。そんな小学生しかやってそうな行為であるが、それを芽衣子がやればどうだろう。

 それはまるで、漫画に出て来る歴戦の剣士のような……。

 薄らと”高貴さ”すらをも感じる――――「静なる構え」に見えたんだ。



「オラァーーーーッ! 逃ガスカァーーーーッ!」



「――――」



 その影響か、騒がしいはずのこの空間が、何故か詫び寂びを彷彿とさせる「静寂」へと錯覚させられた。

 静かで心落ち着く、暖かな木漏れ日のようなイメージ。

 そして先ほど芽衣子から感じた「凶暴」の二文字は直ちに撤回され、やはり芽衣子は芽衣子だったと再認識するに至る。

 僕にはわかるんだ。

 この暖かな静寂は、僕が彼女の元で何度も体感した、芽衣子だけが持つイメージだったから……




「モノクロ……もう一度言う……」


「ここは……お前の居場所じゃない……」





――――そして






「…………エ?」





――――いつの間にか、帚の先端がモノクロの仮面に触れ






「 消 え ろ ッ ! 」






――――”この場の異物”は、遥か彼方へ弾き飛ばされた。





「……もう、大丈夫だ」



(すげ……)




 それは、思わず見とれてしまうような――――なんとも美しい”一閃”であった。

 芽衣子はもしかして、昔剣道でも習っていたのだろうか。

 まるで時代劇に出て来る剣豪みたいな……素人目でもわかる棒捌きの優雅さに、思わず見惚れざるを得なかった。



「さ、行こう……ここはもうじき火の手が迫る」


「あ、ああ……」



 こうなったらどっちが助けに来たのかわからない。

 なんだろうこの、助けに来たのに助けられた感覚。

 でもそんな事は、些細な事でしかない。

 僕にはこうして、芽衣子が目の前にいて、そしてどんな形であれ”接点”が出来た。

 それだけで、十分満たされていたんだ。

  


「……ッツ!」


「どうした!? やっぱりどっか、怪我とかした!?」


「いや……少し疲れただけだ」


「すまないが……よければ、肩を貸してくれると助かる」


「……任せろ!」



 こんな時にこんな事を思うのは不謹慎かもしれないが……

 会話を交わす所か、この手で触れる事まで出来るとは。

 正直感無量の一言だ。僕はあらゆる意味で、今日と言う日を一生忘れないだろう。



「……ほら!」


「ありがとう……」



 そしてついには礼までも……もうこの場で死んでも、悔いはないってのは言い過ぎか。

 そう、僕はまだ残しているんだ。僕が君に思っている事。感じている事。感謝している事……。



 礼を言うのは、むしろ僕の方なんだ。それはこの場に限った話じゃない。

 退屈な日常。疎ましい日々。下らない授業に煩わしい交友関係――――

 それらの鬱憤を、君だけが癒してくれる。



「ああ、あの、その、えっと…………」


「こちら……こそ……芽衣……じゃなくて!」



 君がいるから、僕は日々を生きていけるんだ。

 だから僕の方からも是非言わせてくれ。

 「ありがとう」その言葉に対する、返答を――――。



「北瀬さんが……その……」


「あの……その……えと……つまり……」


「……?」



――――結局、返答は言えず仕舞いで終わってしまった。

 僕が今更ながら緊張して、やたらとどもってしまった事。

 加えてどさくさに紛れて思い切り”呼び捨て”にしてしまった事。

 それらの行為が、この期に及んで急に気恥ずかしさを昇らせ、そして結果として機会タイミングを逃してしまった。



「……がはッ!」


「オイ!? やっぱ芽衣……北瀬さん!?」



 それに、やっぱりしゃべらせてはいけないとも思ったんだ。

 無事で何よりではあるのだが、この黒煙の中に長時間晒されたんだ。

 やはり多少は、何らかのダメージがあって当然だ。

 今優先すべきなのは僕の個人的希望じゃない。彼女の、安否だ――――。 



「大丈夫だ……ありがとう……」


「えう……えう……えう…………」


(……ん?)


「えう……え…………」



「――――すまない」



(……何が?)



 僕程じゃないが、少し変なドモり方を見せる芽衣子は、やはり安静にすべきだと判断せざるを得ない。

 それにさっきから気になっていたのだが、口調もどこかおかしいように見受けられる。

 さっきの棒捌きも相まって、まるで戦いに生きる武士もののふみたいになってしまっているのに、本人は気づいているのだろうか。

 まぁ、それはそれでアリっちゃアリなのだが……。

 とにもかくにも、大きな怪我こそしてないものの……やはりちょっとだけ「混乱」を来たしてしまっているようだ。



(やっぱ……無理だよな……)



 でも、こう、芽衣子には悪いが……

 むしろちょっと疲れる方が、ちょうどよかったのかもしれない。

 万が一芽衣子が五体満足で、普通に会話できてしまっていたら――――

 僕は多分この混乱の空気にかまけ、勢いのままに”思い”を告げてしまっていた……かもしれないから。



「――――おーーーい! 大丈夫かァーーーー!」


「――――うわっこれは……消火器!?」



(あ……)



 芽衣子を抱え、無言で歩む僕らの前に現れたのは――――防火服に身を包む、消防隊員だった。

 僕が校舎に走り去った後、誰かが通報したらしい。

 どうやらこれにて、芽衣子と二人きりの時間は幕引きらしい。

 長いようで短い時間だった。

 僕としてはせめて校舎を出るまでとか思っていたのだが、消防隊員が来るのが意外と速かったせい……いや、「おかげ」と言うべきだな。



「君達……大丈夫か!?」


「煙を吸ったかもしれない……タンカ! タンカ持ってこい!」



 黒煙や火の手が未だ残る教室ではあるが、後は彼らが何とかしてくれる。

 消火器を一個ダメにしてしまったが、きっとこの流れなら怒られる事もないだろう。

 人一人を助けたんだ。怒られるはずなんてあるはずがないさ。

 むしろ感謝されてしかるべきだ――――僕が助けたのは、みんな大好き北瀬芽衣子なんだから。



(終わり……か……)



「「おしイイぞ――――運べ――――足元気を付けろ――――少年少女二名――――」」



 そして後の事は、全て彼らに身を任せた。

 僕は十分よくやった。守りたい物を、守る事が出来たのだから。

 今はただ、流れに身を任せるだけでイイ。

 この流れの中で、芽衣子の肌から伝わった体温ぬくもりを、何度も何度も噛み締めながら――――。





――――





……





 これは後から聞いた話だが、僕らは煙を長く吸ったとの事で、タンカで運ばれてそのまま救急車に乗せられて行った……らしい。

 その時、例の消防隊員達が迅速に僕と芽衣子を引き離し、そしてタンカに乗せ、エッサホイサと器用に階段を駆け下りて行った……らしい。

 そして校舎から出るや否や、ウチの熱血担任が涙ながらに突撃をかまし、消防隊の皆さんの仕事をすこぶる邪魔した……らしい。

 


(……オイ)



(……?)



 らしいらしいと続くのはちょっとした理由がある。

 単純に、この時の事は全部覚えていないんだ。

 周りには「緊張の糸が途切れ、疲れがドっと出た」「煙を吸って軽い中毒を起こした」「気を失っていた」

――――と言う事で”話を通してある”。



(ヤッテクレタナ、オ前)


(……は?)



 だが真実は違う。

 そしてこの真実は誰にも言う気はないし、何なら墓まで持って行こうとすら思う。

 誰にも言えるはずがない。そりゃそうだ。

 みんなが本気で心配してる中で……

 タンカの揺らぎが思いの外気持ちよくて、ずっと”爆睡”していただなんて。



(人ノ顔面ニ思イ切リ消火器ブッカケテクレヤガッテコノヤロー。オカゲデマダ白イ鼻水ガ出テ来ルンダヨ)


(……よかったな)



 そして、寝ていたはずの僕がなんでそんな一連の出来事を知っているかと言うと。

――――この、”夢の中の声”が教えてくれたんだ。



(ヨカッタナジャネーヨ! ッタク……)


(マァ……イイサ。今回ハ特別ニ不問ニシテヤルヨ)


(何が特別なんだよ)


(オ前カラハ”僕ガ最モ欲シカッタ物”ヲ貰ッタカラナ)


(何をだよ……)




(北瀬芽衣子……ノ、”名前”)




(名……前……?)





――――僕が、”取り返しのつかない事”をしてしまった事を。




                     つづく



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