二十五話 召集
※一部地名が変わりました
「やぁ~~っと来た! もう、おっそいのよ!」
(えらいタイミングで来たな……)
だらけと言う名のリラックスモードに割って入った声は、思えばつい先刻のデジャブである。
人の食事時に堂々と割り込んで来た時の声同様、声は声の大きさに比例して急用度合いが増すと言う意味合いがあった。
今回もそれと同じだ。
軽い眠気程度なら難なく吹き飛ばしてくれる大声は、「それほどまでの用事」である事を示している。
「ほら、起きて起きて。勅命来たわよ!」
「んだよもう……明日じゃねえのかよ」
「帝都のお偉方まで話が行くから時間がかかる」。
そう言われた割にはなんだかんだで今日中に届いたのは幸なのか不幸なのか。
だったら、どうせならもうちょっと速く来て欲しかったと思う今日この頃。
この身が疲労で満ちるその前に。せめて、元気いっぱいで指令が聞けるように。
「では、帝都よりの勅命を申し上げます!」
「はいはい……」
「コラ、シャキっとしろっつーの」
そんな思いも虚しく、自らの手で無に帰す事となる。
ついさっきまで仮眠直前の体勢だったからか、やや寝ぼけ頭な感じが否めないのだ。
なので申し訳ないのだが、今は何を告げられても頭に入ってこない自信がある。
大事な用なのはわかっている。
だが今は、勅命だが朝礼だか知らんが、「言うだけ言ったら速い事切り上げてくれ」とすら思っているわけで……。
なぁに、問題はない。どうせ、横の大魔女が代わりに聞いてるだろうから。
「――――コホン、帝都中央政府の名の元に大魔女・召喚者両名に命を下す」
「やっぱり中枢部まで行ってたか」
伝令係を任命された執行官が声高らかに勅命を述べる。
その手には巻物みたいに包まった古紙。そこに例の「帝都からの勅命」とやらが書いてあるのだろう。
執行官は姿勢こそピッチリしているものの、目線は常に紙の上。これは完全なるカンペである。
そうやって執行官の読み上げる姿こそ注視できるものの、肝心の内容はやはり一切入ってこなかった。
「眠い」。そう念じるだけで、ここまで耳を塞げるのかと自分で感心しているくらいだ。
そんな事が出来るのは、やはり代理がいるからにすぎない。
(ふわぁ~……)
ただでさえわけのわからん異界のルールに、異界のルールを決めるレールの上のマナーと行儀が詰まった口調など、もはや聞くに値すらしない。
あらゆる意味で「えらい」勅命。いや、指令?
どうでもイイ。そんな物は同じ「えらい」人が聞けばいいのだ。
「――――以上であります!」
「…………え!? 終わり!?」
帝都からの勅命が終われば、もうしばらくは休憩は取れなさそうだ。
この荷台にギッシリ詰められた品の山を見れば、これから勅命遂行でドタバタするであろう事は想像に難くない。
仮眠の機会は完全に逃してしまった……だがまぁ、無くなった時間をとやかく言っても仕方がない。
僕はとりあえず、この中途半端に燻る眠気を取り払うべく、大きめの伸びをした。
同時に「ふわぁ」とあくびを交え、ストレッチがてら軽く体をひねりながらである。
痛気持ちいい感じの刺激が全身を走る。
その結果、おかげ様で目論見通り眠気は掻き消す事が出来たんだ。
「はぁーーーーーーッ!? なんでェーーーーッ!?」
(なんだ!?)
――――大魔女の方の。
「ちょちょちょ、なんでェ!? なんで、なんで”アタシ一人”なの!?」
「わ、私にそう申されましても……」
眠気の解消に成功したのは、どうやら大魔女も同じだったようだ。
その証拠に、大魔女の表情はどうみても眠気とは無縁。
どころか「眠る行為」そのものが無縁かのように、目を大きく開かせている始末である。
ふと見れば、いつの間にか大魔女が執行官に詰め寄っていた。
それも目覚まし時計レベルの大声で、他人が眠る事すらも許さないかのように。
その様子からして、詳細こそよくわからん。わからんのだが、一つわかるのは……。
どうやら、”不満のある勅命”が下された事だけはわかった。
「貸せッ! このッ!」
「ああ、ちょっと――――」
(なんて書いてあるんだ?)
帝都からの勅命に不満を覚えた大魔女は、不満のままに紙を乱暴に奪い取った。
ビリッっと破れてしまいそうな程の乱雑な奪い方ではあったが、多少クシャる程度で済んだのはやはり魔法の力なのだろうか。
勅命を記された紙。よく見ればどこか淡く輝いているように見える。
やはりただの紙ではなく、魔法で処理された紙であったようだ。
「…………ッ!?」
「読んでよ。僕これ読めないし」
そんな魔法力で包まれたカンペには、その最もたる肝。伝令を記した「赤く光る文字」が浮かび上がっていた。
執行官長が伝令魔法を使った時と同じだ。
蛍光塗料で書きましたってオチでもなければ、十中八九これも魔法による物だろうとはすぐにわかる。
そんなLEDばりの派手な文字列も、残念ながら僕には読む事ができない。
僕には内容を「音読」でしか知る術はないのだ。
だから、読んでもらおうじゃないか。
すぐ横の、とてつもなくイイ反応をしている、大魔女様に。
【帝都中央政府の名の元に大魔女・召喚者両名に命を下す――――】
魔霊の森に現れし召喚人。
先の報告よりて、その者英騎との縁・または深い関わりを持つ者の可能性濃厚との結論に至れり
しかしその意図。英騎に組する者としての反逆の気は未だ伺えず
よって、帝都中央政府の名の元に命ず
”引き続き大魔女の管理下の元”、至急帝都に馳せ参じる事
【――――以上】
「 は ぁ ー ー ー ー ッ ! ? 」
(短かっ)
政府伝達だけあって表現こそ無駄に仰々しい。
だがその内容は、口語に変換すれば一言でカタが付くのが悲しい所である。
要するに、この勅命はこういう事だ。
「じゃ、そいつ俺ん所連れてきて」――――それ以上でも、以下でもない。
「……いや、いやいやいや! 迎えは!? 移動方法とか、監査人とかは!?」
「これ以上は何も書いてません……えと、ですから……」
「”それらも含めて”大魔女様の管理下って事ではないでしょうか」
「 は ぁ ッ ! ? 」
(うるせーな……)
大魔女に取っての予想外は、その帝都とやらへ続く道のりの”全責任”を押し付けられた事である。
大魔女は同じ事をしきりに何度も叫ぶ。「迎え」「移動」加えてほんの少しの贅沢や報酬・対価等々……。
だがそれでも、執行官が首を縦に振る事はなかった。
当然だ。勅命には、それ以外何も書いてないのだから――――。
「お前が連れてこいって事か……」
「ですね……ザックリと言うなら」
「あの腐れ議員共ォ~~~~ッ!」
ふと見れば、不満が純度100%の水準で出ている大魔女の表情が見えた。
表情だけではない。叫びも仕草も全てが「不満」一辺倒に傾いている。
――――そんな大魔女が最も多く漏らした不満。それは「迎え」についてである。
この勅命は言うなれば「召集指令」。
故に帝都側から使者を送るのが通例だと、大魔女は未だしきりに叫び続けている。
「英騎の手がかりだって、ちゃんと伝えた!? これじゃアタシただの身元引受人じゃない!」
「いえ、ですから……」
大魔女の不満。実はちょっとだけわかるんだ。
破壊者。災害。世界の危機――――そんな大きすぎる二つ名がつけられた英騎に、僕だけが唯一繋がる手がかりであるならば……。
もうちょっと、手厚い保護があってもいいんじゃないかとは僕も思う。
だが内心で思うだけに留まる僕とは違い、五体をフルに使って不満を述べる大魔女を見て……。
「帝都の判断もあながち間違いではないかもしれない」と思う今日この頃でもある。
大魔女もまた、二つ名が付く程の存在なんだ。魔女の上に「大」が付く程のお偉いさん。
そんな権力も実力も兼ね揃えた人材が、こうやってギャーギャー喚き散らす様を”日常茶飯事的に”魅せられれば、一体第三者はどう思うだろう。
「ガキの使いじゃねーんだよッ! なんでアタシが道先案内人をやらないといけないってんだよッ!」
「ひぐぅ……」
(あー……)
――――「関わり合いになりたくない」。そう思うのは至極当然の事だった。
「マジ……バカばっか……」
(ご愁傷さま)
大魔女はついに観念したか、文句を垂れるのをやめ、代わりにその場で膝を着けうなだれた。
国のバックアップも何もない中で、見ず知らずの僕を世話しながら、帝都への旅路を”自力で”辿る事を強制された大魔女の心中推しはかる所ではある。
唯一幸いなのは、なんだかんだですでに”準備万端”であると言う事だ。
先ほどこの街の商店から無料で買い占めまくったこの荷の数々。
おそらく本国からの使者の為だったのだろうが、これをまさか自分で使う事になろうとは本人も思っていなかっただろう。
「しょーがないじゃん。お国からの勅命なんでしょ」
「なんでそんなにのん気なんだが……」
めんどくさがる大魔女の気持ちは十分理解できる。
だが、それでも”僕には関係ない”事だ。
要は僕が帝都に着けばそれでイイ。それだけの話。
だったら迎えが来ようが来まいがどうでもイイ。
道中の保証さえあるならば、水先案内人が誰であろうと何でもイイのだ。
「十分だろ。備えありすぎて憂いゼロ状態じゃん」
「今となっては積まれた荷が虚しいわ……」
富士の樹海でも軽く一か月は持ちそうな品の数々。
帝都がどこにあってここからどれくらいの距離があるのか知らないが、これらを一日複数個使ったとして……どう逆算しても”絶対に余る”。
ゲームで言えば全てのアイテム欄が×99で埋め尽くされた状態での出発。
それ程の万全状態の上で、何をそこまで嫌がる事があるのだろう。
「だったら速く行こうよ。僕だっていつまでもこんな所にいたくない」
「……はぁ」
決して「この街が嫌いになった」とかそういう理由ではないのだが、それでも僕は一刻も早く出発がしたかった。
それは帝都が、僕の最大の目的。芽衣子に続く道の過程であるからだ。
僕と芽衣子。一つの線で結びつく二つの点でしかなかった図に、この数日で余計な点が山ほど増えた。
おかげで点と点を繋ぐ線が迷宮張りの複雑さを醸し出しているのだが、この複雑さがまだまだ増えそうな予感がするから始末に置けない。
その点の一つが、帝都――――現状僕が届き得る、唯一目先にある点。
増えに増えて、絡まり倒し、線の複雑さが僕の脳では処理し切れない程になってしまう、その前に……。
速い段階で一つ「消化」しておく事が、今の僕がすべき事なのだ。
「あのさぁ……」
「何?」
「帝都、どこにあるのか知ってんの?」
「知るワケないじゃん。だからお前が連れて行くんだろ?」
そんな僕の逸る気持ちとは裏腹に、溜息と重い腰でその場を動こうとしない大魔女にやや苛立ちが生まれる。
僕は帝都がどこにあるのか知らない。だから、大魔女に連れてって貰う以外に方法はない。
にも関わらず、このけだるさしか出ていないこの態度は……。
実は森に長年引きこもりすぎて、アウトドアが滅法苦手になったとかそういう事なのだろうか。
「もう! いいから立てよ!」
「えぇ~、だるぃ~」
この光景は先ほどとは完全に逆。めんどくさがる大魔女を僕が無理やり立たせた形だ。
その時、腕を掴んだ感触でわかった――――こいつ、体に一切力を入れていない。
これじゃまるで、ダダをこねる子供を相手にしている気分である。
もはやしゃべる肉塊と化した大魔女に、僕の苛立ちが一層色濃くなって行く。
このまま荷台に放り込んでやろうと思ったが、それは後が怖そうなのでやめておこう。
――――代わりに、尋ねた。「帝都の方角はどっちだ」と。
「……あっち」
「……まじ?」
ハモイレの街――――魔霊の森の近辺を所在地とする商人の街。
魔霊の森が近くにある為、その他の地方では得られない珍品が数多く得られると言うのが街の特色である。
だが、実は、街の特色……いや、”特徴”はもう一つあった。
「あれを登って、帝都まで行くの――――”アンタを担いで”」
ハモイレには他の都市にはない特徴があった。それは「景色」である。
実はこの街に着いた当初から気づいていたのだが、その時はまさかこんな事態になるとは思わなかった為、さして気にも留めずにいたんだ。
この街にだけ存在する特有の景色――――それは、一方向に限り”先が見えない”と言う事である。
「【ジュ=ボン山脈】っつってね……帝国で一番大きい山」
(まじか……)
景色が一方向に限り途絶えるのは、そのまま奥行を隔てる「壁」があると言う事。
この街と帝都の合間にある「壁」。それはまさに、自然が作り上げた人知の届かぬ創造物。
【ジュ=ボン山脈】――――この街からの景色だけでわかる、見上げるだけで未だ頂点が見えぬ程の高度を持つ山。
ここからでもその雄大さは十二分にわかる。
山の上部は楽々と雲を突き抜け、それでいてさらに伸びしろがある「太さ」を有しているのだ。
街と山の距離がどれほどの物なのか知らないが、山がこんな風に見えると言う事は答えは二択しかない。
――――「近い」か「でかい」か、である。
「一応聞いとくけど、山登りの経験は?」
「……装甲ヘリ越しなら」
「意味不」
正確に言えばない事はない。
小学校の時だったか、「自然と触れ合う」と言う名目でえらい山奥を歩かされた記憶がある。
あの時あの場面、飲み物も食べ物も早々に消費した僕は、開始二時間弱で泣きを入れたっけ。
そんな遠足レベルの山登りでも際どい僕に――――あんな世界名峰レベルの山など、越えられるはずがないのは明白だった。
「わかっていただけたかなぁ……もうちょっと先送りにしたい、この気持ち」
「…………はい」
僕と芽衣子。この二点を繋ぐ線が、点が増えた事により右往左往に間延びしていく。
増えすぎた線は直に絡まり合い、重なり合い、そうしていつしか二人を隔てる壁となるだろう。
「そうなる前に何とかしたかった」――――と言う願いは、残念ながらすでに手遅れだったようだ。
立ちふさがる苦難の存在そのものは予想できた。
だが、これだけは予想できなかった。
できるはずがなかったんだ。
壁が、僕の精神世界だけではなく――――現実世界にまで、現れるだなんて。
「むしろ荷は邪魔ね。ちょっと減らさないと……」
(だ、だるすぎる……)
「山」と言う字はよくできた物だ。
自分を表す縦線と、目標を表す縦線。その二つは横の線で繋がっている物の、間に大きな縦線が入る事で、二つの縦をものの見事に一刀両断に分け隔てている。
これは日本が山だらけな地形だから出来た文字なのだろうか……。
昔の人はどこへ行くにも山越えが必須だった。
車もバイクもない時代に、山を越えれる原動力は自分の足のみだっただろうし。
「自信ないわぁ……アンタを”生かしたまま”横断し切る事が」
そんな中世ニッポンの交通事情に比べれば、現状はいくらかマシである。
大魔女が大量に買い占めた品々を詰めたこの荷台。これは、この街の執行院が所有する馬車なのだ。
一応乗り物があるだけまだマシか。馬もこの街一番の早馬を付けているらしいし。
ちなみに世話係曰く、「その速さはまさに韋駄天の如く」――――だからなんだ。
馬の駆け足がいくら速くたって、その蹄じゃ器用にボルダリングまでできまい。
「山ってかさぁ……」
馬車が通れるのはあくまで山の麓まで。そこから先はまさに自力だ。
己が脚と己が手と、己が根性で、あの頂点と空の境界すら見えない山を横断し切る必要があるのだ。
だが大魔女の場合は少し事情が異なる。こいつには体力に加え魔力の付加価値がある。
その力を持ってすれば少々の断崖絶壁如き「少しかったるい」程度で済むのだろうが――――僕はそうはいかない。
(壁じゃん…………)
僕には何もない。
魔力も、ごく一般的な体力も、そして負けん気溢れる根性すらも。
故に、山が山たる所以の、先細る頂点が見えぬ以上――――。
それは山ではなく、やはり壁なのだ。
つづく