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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
戒律が紡ぐ相反
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二十四話 証明――後編――

 

「やはり……」


「……」



 大魔女の推察は道を外す事無く見事真実へと近づき、その結果として北瀬芽衣子の名までたどり着いた。

 「北瀬芽衣子」。その名は、少年にとって”特別な”同級生クラスメイトを示す名である。

 だがそれは少年だけではない。

 「どうやら異界こちらの人々にとっても、芽衣子の名は”特別”な意味合いを持っていたようだ」

 そう理解するに至るのに、時間はかからなかった。



「そのともだちリストとやら……どうやら、アタシらにとっては特別なリストのようね」


「……」



 その意図は少年は直ちに察知し、そして黙る。

 あの卑怯を自覚しつつしでかした人質作戦おおたちまわり

 その行為を終わらせた大魔女の最大の目的が、”事件の解決を二の次に置いていた事”を理解した為である。



「それ……全部”真名”なのね?」


「……ああ」



 真名ことな――――それはその者を示す、名を冠した存在の証明。

 この異界に置いては、知られれば最後。その者は生涯「存在自体を意のままに操られる」と言う重い枷に縛られる事となる。

 その為真名とは、この異界における最大の禁忌タブーである。

 法の上位に君臨する戒律が、もっとも過敏に反応する禁則事項となる事を、少年はすでに教えられていた。

 


 故に――――。

 大魔女のこれから話す一言一句にも、少年は反論する事無く納得する事が出来た。



「アンタのおともだち……英騎と瓜二つだった」


「双子? 姉妹? 親戚? それともただのそっくりさん? それはアタシにはわからない」


「でも、もし違ってたとしても、それでもただの他人とは思えない」


「単なる他人の空似なら……アンタがその写真がぞうを持ってる理由にならない……!」



 大魔女の言い分は、少年も納得の言い分であった。

 それもそのはず。少年本人も、指摘されるまで”この女騎士が芽衣子だと”思い込んでいた為である。

 赤の他人であるならば、何故繋がりのない人物の画像が少年のスマホに届くのか。

 アプリの仕様を熟知した少年に取って、それはありえない事だとすぐにわかる。



 ラインとは、言いかえれば人と人を繋ぐ線だとも言える。

 故に繋がりのない者からのメッセージが届くはずがない道理。

 アプリ名の由来こそ知らない物の、少年は勝手にそういう語源だと自己解釈し、そしてうなずいた。



「その中に……”英騎の真名”が記されている可能性がある!」



(芽衣子……)



 北瀬芽衣子の名を知る者は、この場。否、この異界では少年ただ一人。

 名はその者の存在を示す言葉。故にそれはイコール禁忌と結びつく。

 そして仮に、芽衣子が英騎と同一とするならば――――。



「笑っちゃうわ。無知で無力で濁り切ったド腐れが、よりにもよってどんな宝石よりも価値があるだなんて」



「何らかの……天命かもしれませぬな」



 少年は、この異界における”未曾有の災害テロルからの救世主となるかもしれない”。

 その可能性が残されていた事を、紆余曲折の末に、ようやっと自覚する事ができた。




――――




……




「あ~もう! ほんと、なんで先に気づかなかったのかしら!」


「この鎖さえなければ、執行院あそこで全部終了だったのにィ!」



――――大魔女の苦悩は僕も十分理解できる。

 たった一個。たった一つだけ順序が逆であったなら……こんな所で、こんな待ちぼうけを食らう事なんてなかったのに。

 そう叫ぶは隣で寝そべり出した大魔女。

 この態度から察するに、「備えあれば憂いなし」にはそろそろ飽きて来た用だ。

 それは僕だってそう。退屈に煩わしさを覚える大魔女同様、僕だってこんな過酷すぎる荷物持ちなんか、やりたいわけもないのに。



「それを言うならお前がアホなブチギレ起こさなけりゃだろ」


「だぁ~っしゃいッ! それをさらに言うならアンタが名前を訪ねて来たのがそもそもの始まりだろが!」



 そう、全ては【名】に起因する。

 異界の常識を知らない僕は、知らずに中指を突き立てるのと同様の行為をしてしまい、その結果異界の大魔女を怒らせ、二人仲良く罰せられ、しまいには役人仕事の待ちぼうけに苛まれると言うおまけまでついてきた始末。

 そして何の因果か、それらの苦痛うざすぎる現状を解決する終着点もまた、【名】。

 僕がこれから「光り輝く宝石」になるか、「濁り腐った汚物」になるのか。

 どっちに傾くかの方向もまた、【名】が握っているのだ。



「異界を蝕む破壊者、英騎。か…………」


「そんな危険極まりないテロヤローが、この場で真名を呼ぶだけで即逮捕だったのに」


「そして世界は平和を取り戻しました、めでたしめでたし……だったのに!」


(そんな顔されてもだな……)



 大魔女が煮え切らない目で僕を睨んでくる。しかしそんな顔されてもできんもんはできん。

 大魔女の言う通り、唯一英騎の真名に近い僕がその名を呼べば、世界は危機から脱する事が出来るだろう。

 僕にとっても同様だ。その名を発する事で、英騎が芽衣子であるか否かを指し示す事が出来たのに。

 つまり、僕がこれから異界でどう立ち回るかの基準も設ける事が出来る……はずだった。



(この鎖さえなけりゃぁなぁ……)



 一つ、わかった事がある

 異界の連中はどうやら「英騎=芽衣子」を前提にしていると言う事だ。

 まだまだ仮説の域を出ていないが、それでも未だ手がかりを掴めないと言う点から察するに、「無を有へと導く唯一の繋がりができた」とあれば縋る気持ちもわからなくもない。



 だが彼らには悪いが、僕は逆に「英騎≠芽衣子」だと思っている。

 確かに顔貌こそ瓜二つだ。姿形身長体格髪型、どれを取っても全てが芽衣子と当てはまっている。

 だが、そんな両者には、唯一異なる物がある。




 それは――――心。




(――――一つだけ、言えるのはね)


(――――え?)



 破壊者と称されるほどの大虐殺行為。言い換えれば”有を無へと追いやる行為”。

 そんな事を、あの芽衣子がやるはずがないんだ。

 僕は知っている。虚空でしかない僕の日常を在りし世界へと導いてくれる芽衣子が、そんな事を。

 だから、無を生むだなんて、そんなはずが――――。



(――――仮にアンタが英騎の一味だったとして、それでも英騎はアンタを仲間と見なしていない)


(――――は……)


(――――にげって書いてあるんでしょ、それ。それはそっくりそのまま”逃げろ”って意味と取れる)


(――――終わりの見えない戦い。無限に続く破壊行為。そして相手は世界を統べる大帝国……)


(――――何の目的が知らないけど、どう考えても猫の手も足りない程忙しそうなのに。”それでも英騎はアンタを拒んだ”)



 英騎と芽衣子。二人がイコールで到底繋がるとは思えない。

 だが、可能性を完全に拭い去る事は出来なかった。

 それは告げられた英騎の所業の中で、唯一一つだけ……。



(――――……何が言いたい)


(――――巻き込み……たくなかったんじゃないの? 戦いにさ)


(――――それは配下じゃなく、一人の”ともだち”として)



(…………)




――――芽衣子との繋がりを、見出してしまったが為に。




「ま……さっきも言ったけど。アンタはクロとシロ。どちらにも成り得るわけ」


「クロなら絶対に逃すわけにはいかないし、シロならシロで是が非でも協力してもらいたい存在なのよ」



 得てして、僕に掛けられた嫌疑は解消こそされなかったものの、それでもちょっとだけ薄くなったのは不幸中の幸いか。

 依然として英騎と何らかの繋がりがある事は疑われたままだ。

 だが、こうして僕が「大魔女の監視」を受け入れる事が、何より疑惑解消の証拠となるはずである。



 同時に異界人やつらの、口にこそ出さないが”声に出したい本音”って奴を空気で感じ取れるようになった。

 「英騎の味方じゃないならば、だったら止めれるはずだ」――――何故なら、僕だけが英騎の真名を知ってる”かもしれない”のだから。



「だから、今はお前のパシリに甘んじる事がシロの証明になるってか?」


「”監視”よ。さっきみたいに、いつ本性表すかもわかんないし」



 これが僕の「クロとシロの証明」。

 どちらの可能性もあり、どちらにも傾きうる存在。

 それが僕。英騎と同じ過程でやってきた、英騎を特別な人と呼ぶ少年ガキ



……とは言いつつも、そのクロとシロのバランスは早くも崩れかけているのが実情である。

 理由は簡単だ――――さっき逃げ出そうとしたからだ。



「お前が重労働させるからだろ」


「アンタが卑怯な真似するからでしょ」


「そっちかよ。ありゃお前がネチネチと追い詰めてくるからだろが」


「で、ムカつきがてらおじいちゃん一人ブッ刺そうとできるんだ」



 クロとシロ。両方の証明を持つ僕を色に当てはめるならば、まさにそのままグレーな存在と呼べる。

 正直言って遺憾があるのは否めない。

 薄まったとはいえ、まだまだ疑いの目は向けられているのは至極不快ではある。

 だが――――クロよりはマシだ。問答無用で捕縛される、クロと疑われるよりは……。



「関係なかったのに。本気カワイソウ」


「関係なかったから巻き込みたかったんだよ。お前みたいに」



 クロと疑われるよりマシ――――。

 そう言い聞かせて今の地位に甘んじているわけだが、それ故に一つ気づいた事がある。

 バックレを実行したくなるほどの強制労働つかいパシリ

 それらを僕に背負わせる大魔女。の、管理下に置かれる自分ぼく

 「あれ? これって捕まってる事とあんまり変わらないんじゃね?」。

 そう気づいた時――――いつの間にか、また煽ってた。



「「ぐぬぬ…………」」



 そんな煽りを返す刀で被せる事が出来る大魔女。

 それにムカついてまた悪態をつく僕。

 一たび始まれば延々と続くこの煽りの堂々巡りの果てに、「あーいえばこう言う」。そんな思いが互いに植え付けられた事だろう。

 僕がグレーに甘んじているのも、これが一番の理由なんだ。

 「何言っても聞かない奴」。それが、互いを評価する上での印象だったから。



「ほんと色々と疲れるわ……アンタ」


「こっちだって……もはや24時間体制のマッサージが必要だよ」



 グレーのままで甘んじる事だって、この疲労しか生まない煽り合いだって。

 お互いに何をどう感じようが、それでも僕らは受け入れるしかない。

 二人はすでに繋がれているのだ――――戒律と言う名の鎖で、心身共に。

 


「とかく、もう働かねーからな……荷物運びは自分でやれ」


「安心しなさい……おかげ様でもう、やる気でないから」



 二人は二人して、馬車の荷台に寝ころび、そして黙った。

 眠ったわけではない。いや、正確には仮眠を取りたい所ではあったのだが……。

 だが以下に体が疲れてようと、この少しの衝撃で崩れ落ちそうなくらい荷が詰み上がった所で、心休める程のん気になれなかっただけだ。



 代わりにこの外の喧噪だけが聞こえる小さな空間で、僕はとある考え事をしていた。

 それは今度の事。芽衣子の存在がが遠く見えなくなる程、大きく迂回させられたこの道の果てに……。

 果たして僕は”辿り着く事が出来るのか”と言う、漠然とした不安。



(――――おじいちゃん。帝都へ緊急伝達よ)


(――――我・英騎の真名を知る可能性のある者を発見。その者同時に英騎の従者の疑いあり)


(――――その他諸々の事情によりハモイレ自治体では判断付かず。よって至急本国からの指示求む……って所かしら?)



 終わりこそ見えなくなったが、代わりに迂回路だけは見えた。

 帝国――――この街を含む、この異界における一大国家である。

 僕の身柄はその首都である【帝都】へと預けられ、そしてその返事待ちの現状。

 帝都とやらが僕に、一体どんな指示をしてくるのか。それはわからない。



 だが一つだけわかる事がある。

 その帝都とやらが……”避けて通れない場所”であると言う事だ。



(――――っと、の前に一つ付け加えといて)


(――――安心して。今は暫定的に大魔女アタシの管理下にあるから……ってさ)


(――――了承致しました!)



 そして大魔女も、そんな避けて通れない帝都に属する人間……いや、魔女であると言う事。

 思えば、街そのものと契約を交わせる程の個人だ。

 だとすれば、国家からそれなりの権限が与えられていると考えるのは極自然な事だった。



 やたら態度が偉そうだったのはそのまま偉い人だから。

 そんな大魔女が「帝都へ伝達せよ」と命令し、その命令を執行官長じいさんが即座に遂行。

 先ほど言っていた送信魔法って奴だろうか。

 執行官長じいさんが書いていたメモが、青白い光を放ちながらキラキラと空に溶け込んで行ったのをハッキリと覚えている。



 その送信文には勿論、僕の事が詳細に記されているだろう。

 それが意味する事。

 それは、これで名実ともに僕は――――”どこにも逃げられなくなった”。



(――――感謝しなさい。アンタ今しがたがやらかした事は、黙っといてあげたから)


(――――……ざっす)



 時間が過ぎれば過ぎる程、芽衣子は遠くなる。

 代わりに近づいてくるのは、英騎と呼ばれるテロリストの存在。

 芽衣子とは似ても似つかぬ破壊者が、芽衣子そのままの姿で僕の脳裏に浮かんでは止まらない。



(芽衣子と……英騎……)



 ”芽衣子は英騎なのか”。

 それもまた、僕が証明すべき「クロとシロ」である。



(めんどくせえ……)



 自分の容量キャパシティを遥かに超える問題を前に、現時点での僕がすべき事は――――。

 「疲れた」。だからやっぱり、ちょっとだけ眠ろうと思う。



(そのままじっとしてろよな)



「……ふわぁ」



 導かれた大きすぎる回り道。故にそれにかかる歩数もまた大きな数。

 その無駄に伸びた道を、無事走破する為に……と言うより、モチベーションを維持する為に。

 奇しくも僕と同じ体勢でだらける大魔女を横目に、僕はそっと目を閉じた。



(――――)




 だが、目を閉じて数秒もしない内に――――僕は気づかされた。




「 大 魔 女 様 ァ ー ー ー ー ッ ! 」




「「ッ!?」」




 時間は、勝手に流れていく物なのだと。





「――――来ました! 帝都からの返事であります!」





                    つづく


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