二十三話 証明――前編――
「今後とも御贔屓に」
「センキューおっちゃん、いつも助かるわ」
そう言って軽いウインクを投げた大魔女は、軽々しい返事とは裏腹に、それはもう大量の戦利品を持ち帰って来た。
両手では持ち切れない大量の品々を、工事現場でしか見た事のない滑車にこんもりと乗せたあげく、それらを軒先まで店主に運ばすと言ういたれりつくせりな待遇である。
過剰なサービスをさせたにもかかわらず礼すらテキトーに済ます大魔女は、店主から「偉そうにするな」とキレられてもおかしくなさそうだ。
それは僕だってそう。こんな無意味な散財に付き合わされ、「一体何様だ」と言ってやりたい今日この頃である。
「はい、じゃあそういうわけでこれ持って?」
「――――これ全部!?」
やりたい所だが、それは叶わない。
何故なら、単純な話――――実際に偉いからだ。
「あ? 文句あんの?」
「だってもう……腰が……」
「ふーん……あっそ」
「……街のみなさーーーーん! こいつってば実はねェーーーーッ!」
「あーもうわかった! 持つ! 持つってば!」
と言うわけでお分かりいただけただろうか。
今僕と大魔女の間には、列記とした主従関係が発生しているのだ。
両者に植え付けられた鎖が共に助け合う事を運命づけ、それ故に僕ら二人は「相方」に近しい存在――――だったのに。
何故にこんな筋トレを併用した荷物持ちをやらされるハメになっているのかと言うと、それはやはり、僕個人の立場がそうさせるのだ。
「ぐ……やっぱおも……」
「ほら、キビキビ歩く! 重いならとっとと馬車に運んじゃえばいいのよ!」
(他人事だと思いやがって……)
事のいきさつは、約二時間程前に遡る。
僕が派手な大立ち回りを見せ、そして程なくとっ捕まったあの忌まわしい時間だ。
我ながら、随分な事をしでかしてしまったものだ……。
それは犯罪的な意味でも、”この地位に甘んじる事を受け入れざるを得ない”と意味でも。
(――――このアホンダラがッ! アンタ今名前言いかけたでしょッ!)
(――――名前は禁忌だってさっき教えたばかりだろうがッ! ホントマジ脳みそついてんの!?)
(――――アンタがボムったらアタシもボムるでしょうが! そうなったらどう責任取れんの!? ア”ア”!?)
あの時あの場面。混沌に見舞われた空気は、僕が鎮まる事で一見落着――――とはならなかった。
実はあの後、もう一件だけ事件があったのだ。
それは名付けるなら、所謂「大魔女のターン」って奴だ。
(――――一言謝ったらどうなの!? こんなマネしでかして! 誰のせいでこうなったと思ってんだこのドアホウがッ!)
(――――ひぎぎぎぎ、ごべんなば~~~~い!)
そう、終わったのはあくまで僕のターンだけでしかなかった。
ターン交代制における相手方の手札を、どうやら僕は見誤ったようだ。
奴の手札には一つ、僕の持ってないレアカードがあったのだ。
その名も――――「倍返し」。
(――――大魔女様、そろそろその辺で……)
(――――いい加減人の事も考えたらどうなんだよこのド腐れがッ! アンタだけがここで捕まればよかったのよ!)
大魔女は、全て覚えていたのだ。
僕が無我夢中で放った暴言の数々の、一言一句を全て。
受けた罵りを100%の純度で蓄積した大魔女。
そして、それらをそっくりそのまま、ものの見事に返して来た――――暴力と言う名の、付随効果まで発生させて。
「ハァ……ハァ……あ~……おも……」
「OK、やっと詰み終わったわね」
「あ~……ちょっと休憩」
「おし、じゃあ次行くわよ」
「まだ行くの!?」
そして一通りの気が済んだ後、大魔女はカードを一枚伏せ、ターンエンドを告げた。
そのカードの効果は「対象を荷物運びに任命する」効果を持つ。
そして再びターンは一巡する。
カードを使い切った大魔女が引いた、次なる手札はズバリ――――「買い出し」である。
「ねえ……後どんくらい回るの?」
「え? ん~そうねえ……」
「大通りの魔法材屋、路地裏の装具屋、少し離れた郊外の魔草ショップ、広場の前の雑貨売り場、後は――――」
(ま、まだそんなに……)
先ほどあれだけがなり立てたにも拘らず、こうして優雅にショッピングを楽しめるメンタルは本当に羨ましい。
そんな心臓がアフロヘア―になっているこの女にとっては、人一人過労死寸前まで追い込むなどわけはないだろう。
だが僕は、それでも逆らう事は叶わない。
そりゃそうだ。だって、大魔女にとっては、全ての売り物がフリーパスなのだから。
「これとあれとそれとこれと……あと、これも!」
「へい! 毎度ありィ!」
(これだけで何万円分なんだろ……)
恐ろしきは大魔女。カードを作ればポイントだけでしばらくは生活できそうな買い出し量を、「大魔女だから」の理由だけで全て無料にしてしまえるのは尊敬に値する。
一体この街の経済事情はどうなっているのだろう。
これほどの量の売り物を根こそぎ持っていかれて、果たして彼らは明日からも生活していけるのかと言う心配が尽きないのだが。
「――――はい」
「なにこれ」
「さっきの店で貰ったの。今度売り出す爽やかな味の付いた薬草飲料らしいわ」
「……毒?」
「なわけあるか! いらないなら捨てるわよ!」
「あ、いるいる! さーせんって!」
そんな心配はこちらも同様。
おかげ様で荷台がすでにパンク寸前なのだが、それでも買い物はまだまだ終わりそうにない。
一体何をそんなに必要としているのか。一体それらを何に使うと言うのか。
そんな事は、品々の一つ一つが理解できない僕には、知る由もなかった。
「それ飲んだら次ね。今の内に出来る限り備えるんだから」
(もう十分だろ……)
そして僕はまた某物置の如く、明らかに過剰な荷を乗せられ、それらを文句ひとつ言わず荷台へ運んだ。
そして直後、一瞬一息つけたかと思えば、また次の店に行く事を指示されるのだ。
さっきからずっと、そんなこんなの繰り返しで――――その行為は、僕がバックレを起こすまで続いた。
「……もう嫌だぁァァァッ!」
「あっちょっコラ! 待ちなさい!」
まぁバックレた所で即座に捕まる運命なのだが……その辺はどうでもいい話だ。
肝心なのは、そもそも「何故こんな事をしているのか」である。
「ったく……これ以上面倒かけさせんなっての」
「せめて……休憩させて……」
買い出しとはすなわち準備。来るべき時への備え。
「備えは多いに越したことはない」とは大魔女談。
そしてそれは、この重労働さえなければ僕も同意する所である。
そう、僕らは待っていたのだ。
来るべき時が――――目の前に現れるまでを。
「帝都からの返事…………まだぁ?」
「そうねぇ、もうそろそろ来てもいい頃合いだと思うけど」
「とか言いつつもう何時間経ってるんだよ……」
「綿密に精査してんのよ。事が事だからね」
僕らの待っている物。それはこの世界に君臨する一大国家・【帝国】のそのど真ん中。
こちらで言う首都に当たる、【帝都】からの指示である。
たかが返事に何をもたついているのかと文句を付けたいところだが、そこはまぁお役人仕事って奴だ。
しかも向こうの事情も考えれば、僕個人の苦悩など、あくまで些細な事の一つだと言う事がわかる。
「帝都中央議会……いや、ひょっとすると【元老院】まで話が進んでるかもしんない」
「だったとしたらもっともっと伸びまくるわね。下手すると今日中には来ないかも?」
(勘弁してくれよ……)
こちらに例えれば、僕の家に首相官邸からのダイレクトメールが来るような物。
この例えのように、一地方都市に何故そんな主要都市からの伝達が来るかと言うと――――。
やはり、全ては僕のせいである。
「しょーがないでしょ、まだ”可能性”が残ってるんだから」
「……かぁ~」
あの時――――つい数時間前に僕がしでかした事を顧みれば、本来ならば懲役何十年に処されてもおかしくない所業のはずだった。
だがそうとはならず、少々痛い目にあった程度で身柄を解放されたのは幸いと言える。
そして今現在、何故にこうしてのん気にショッピングを楽しめているかと問われれば……。
僕には、あったのだ。
「クロだと決めつけられるよりましでしょ――――グレーのままの方が」
「……」
嫌疑に対する二つの答え――――「クロとシロの証明」。
その両方を、僕は持ち合わせていたんだ。
――――
……
「ハァ……ハァ……ったく! ほんとアンタだけは!」
「へぶぅ……」
話は、約二時間前前に遡る。
少年が混沌渦巻く大立ち回りを演じ、取り押さえられ、そして大魔女によって「倍返し」の憂き目にあった当の時間である。
大魔女の暴行を当人の気が晴れるまで浴びた少年は、完全なる意気消沈状態へと移行。
同様に気の済んだ大魔女は、少しばかりの息切れを起こした後、ようやっと「事態の収束」へと動き出した。
「これから僕……どうなるんだよ……」
「そうね、そのまま牢にぶち込んでやってもいいんだけど……」
少年の行った所業は、完全なる”犯罪行為”である。
異界と言えど、犯罪者に対する処罰の程はほぼほぼ同じ。
以下に相応の理由があろうと、よりにもよって執行官を人質に取れば、罰を逃れられるはずもなかった。
だが――――少年の場合は、たった一つだけ「例外処置」が施される事情があった。
その理由はただ一つ。
少年は”すでに罰を受けている”と言う事である。
「これほどの大暴れをしでかしたにもかかわらず、鎖は一寸も動いてないわ」
「これは、法的にはどうなんの?」
「えー……そうですなぁ」
執行官長は少し困惑した表情をした後、分厚い本を棚から取り出し、そして開いた。
それは異界における「法」の本。現実世界で言う六法全書に近い物である。
しかしながら、全ての法が記された本にも拘らず、それでも執行官長のもたつきは止まらない。
法的根拠は難解を示した。それは、「法」よりも上位の「戒律」が存在したからである。
「やはり……この場合ですと……」
「帝国魔導憲法36条二の項・何人も、如何なる場合であれどすでに下された戒律を覆してはならない」
「同じく36条三の項・如何なる場合であれど原則として戒律は法より優先される……」
「この二つに引っかかりますじゃ」
今しがた立てこもり事件を起こした犯人を、身柄こそ拘束できたものの、執行官にそこから先の権限はなかった。
「戒律は法よりも優先される」。この決まりを顧みれば、犯人はすでに「戒律」の名の元に庇護されている存在だと言える。
そしてその戒律の度合いを示す鎖が、一切の反応を見せないとなれば――――執行院は犯人に対し、これ以上何もできない。
「助かった……のか……?」
「ただしそれはあくまで法律上の話。拘束が”個人的怨恨”であれば問題はない」
(うげ)
「言いたい事、わかるわよね? つまり”アタシがふんじばるのは問題がない”」
権限がないのはあくまで「法」であり、それが個人同士のいさかいであれば以下に戒律と言えど介入の余地はない。
大魔女はそう自慢げに述べるが、実際はやや屁理屈の域を出ない解釈である。
が、それでも大魔女が自信満々に言い切れるのは、とある理由があった。
実に簡単な話である。
「実際にやった事があるから」――――ただ、それだけの話である。
「牢にぶち込もうが市中引きずり回しの目に合わせようが、”個人的にやるなら”なーんの問題もないんだけど」
「う……」
「でも、そんな事よりも……アンタにはやってもらいたい事がある」
「何をだよ……」
「拒むことはできない。と言うより拒めるはずがない」
「何故ならそれは、アンタのシロをも証明するのだから――――」
(え――――)
罵詈雑言を吐かれ、恨み心頭であるはずの大魔女が持ち出したのは、「怨恨」ではなく「取引」であった。
少年は困惑する。それは取引である以上自分にもメリットがあると言う事。
だが大魔女が「自分の得をだけを考えているはずがない」。
そう直感した少年は無意識に身構え、そして待った。
「これ……」
(あ……)
そして、聞かされた――――。
やはり案の定、両者の間には、”利害の一致”があったと言う事を。
「これってさ……ただの写真立てじゃないわよね?」
「……」
大魔女が注目したのはスマホの画面。
鎧を着こんだ芽衣子と酷似する人物の画像である。
異界の住人にとって、その人物は「英騎」と呼ばれる存在。
そして、「英騎は世界を混沌に巻き込む破壊者」。それが異界における共通の認識である。
「この写真の周りにある文字列……多分。いや、間違いなくそっちの言語よね?」
「あ、ああ……」
だが、大魔女の着目点はそこではなかった。
大魔女が目を置いたのは、英騎の画像ではなく――――周りにまとわりつく、認識不明な文字列である。
「これらが何を意味するのか、それはアンタにしかわからないけど……勘の範囲でなら推察はできるわ」
「推察……?」
「写真に大量の文字列が付随している。とすると、考えられるのは二つ」
「写真の詳細を記したメモのような物か。もしくは――――伝言のような物」
少年は、大魔女の洞察に少しばかり感嘆の意を漏らした。
説明こそ大雑把ではあるが、それらは当たらずも遠からずな内容な為である。
それもただの”勘”で辿り着いたとあれば、誰しもが驚きを隠せないだろうと少年は感じた。
「そうね……例えるなら、絵葉書みたいな感じ?」
「……チッ」
思えば大魔女は、最初にスマホに触れた時から、短時間である程度の操作を覚えていた。
少年の世界でも未だ操作に慣れぬ者までいると言うのに、それをたかだか数分の間に、ゲームに熱中できる程度までである。
少年は、大魔女の学習能力の高さに、驚愕と少しばかりの辟易を覚えた。
この分だと、いつか本当に奪われてしまうのではないか――――そう感じた少年は、もう金輪際スマホは渡さないと、陰ながら誓った。
「……ラインって言うんだよ」
「ライン? 線?」
「そうじゃなくて……ええと、まぁ、簡単に言うとあんたの言う通り、メッセージのやり取りをするアプリだ」
「葉書みたいに何日も待つ必要なくて、その場で即相手にメッセージが送れて、届いて……それだけじゃなくて、他にも色々な機能が付いてたり」
「まぁ、その機能の一つが……画像の添付。出先で撮った写真とか、その場で即相手に見せれるの」
「はえ~、便利なもんねぇ」
少年はアプリの説明を大魔女に施した。
大魔女程の洞察力ならば、少々説明が小難しかろうと問題なさそうだと判断した為である。
――――その予想は、まさに的中であった。
大魔女は見慣れぬ異界の伝言板をただちに理解し、そして当てはめた。
自身が立てた推論との、合致具合とである。
「じゃ、一言で言うと……リアルタイムメッセンジャーって感じかしら?」
「ああ、そうだね。下にちっちゃく日付が書いてあるだろ?」
「基本的に下に行けばいくほど新しい。だから、そのトークチャンネルの場合は、その画像が一番新しいってわけ」
「まるで魔法ですな」
そして、少年の証言を考慮に入れた結果、大魔女は確信するに至る。
この異界機器。いや、少年は――――。
”破壊者の所業を食い止めれる存在”であるかもしれないと言う事を。
「……じゃあ、最後の質問」
「まだかよ。もう大体わかったろ」
「ええわかったわ。これは伝言機器。遠く離れた相手に伝言を送る物」
「だったら簡単よ。似たような魔法ならこっちにもあるしね」
「……?」
大魔女の理解力の高さ。その内訳は、単純な話であった。
「似たような魔法がある」――――その言葉を聞いた少年は少しだけ侘しさを感じた。
少年にとっては当然スマホを買わないとできない事。
それを異界人は、「個人でできる」と言われれば、己が無力を噛み締めざるを得ない。
だが――――現実は違った。
それは少年は消して無力などではないと言う事。
魔法こそ皆無である。
だがむしろ少年は、異界人の誰しもが持ちえない、究極の力を持っている――――”かもしれない”と言う事である。
「送りたい思い、伝えたい言葉……それらを機器ではどうやって選ぶ?」
「いや、んなもん……ともだちリストから選んでだな」
「そのリストとやら、見た所でどうせアタシ達には読めない。理由は文字そのものが違うから」
「だから、アンタがどこの何さんと繋がってるのか、アタシにはわからない」
「そりゃそうだろ……てか、そもそもお前らにはかんけーねーし」
大魔女の回りくどい言い回しに、少年は段々と困惑に満ちた表情を浮かべ始めた。
――――直後、その表情は一新して大きく目を見開いた顔になる事となる。
大魔女のいやに勿体ぶった話方。
それは、うっかり”聞いてしまわぬよう”最大限に配慮した言葉運びであった事を、少年は察するに至る。
「仮にアンタの尋ね人が英騎だったとして――――”アンタは英騎を何と呼ぶ”?」
「――――ハッ!」
大魔女の聞きたい事。それは最初からアプリの説明などではなかった。
葉書。手紙。新聞。宅配物、等々…………内訳が何であれ「届ける」と言う行為には、とある”なくてはならない”物が存在する。
「書いて……あるのね?」
「……」
そしてそれは異界機器にも、はたまた伝言を告げる魔法でも同様である。
事全ての「届ける」と言う行為において、共通する”必須事項”。
それは――――。
(英騎……なのか……?)
【北瀬芽衣子】――――その個人との繋がりを示す”宛名”が、画面には大きく記されてあった。
つづく