十九話 判明
「よもやこの少年、英騎の関係者であったとは……」
(英騎って……なんだよ……)
大魔女も、執行官長も、二人揃ってしきりに「英騎」と連呼する。
それは画像を見た上での呼び方。そしてその言葉は画面に映る人物を指している。
端的に言えば――――二人は、二人して「芽衣子」を「英騎」と呼んでいる事になる。
「答えにくいなら……”答えやすい”ようにしてあげようか?」
「わわわっ」
大魔女の「答えやすくしてあげる」発言。
それはもちろん気遣いなどではなく、”吐かざるを得ない状況”に追い込むと言う意味合いなのは明白だ。
森を即座に焦土に変える事が出来る大魔女だ。
僕如き、「命を落とさぬ程度に苦しませる」程度造作もない事だろう。
「――――わかった! 言う! 言うよ!」
「やっとゲロする気になったわね……」
「言う」――――僕がそう唱えた、その瞬間。
大魔女から折れた姿勢を見せる僕に対し、少し安堵したような表情が伺えた。
目つきこそ依然として厳しさを崩さない。
だがどうやら、多分ではあるが……大魔女の中で、”最悪の事態”は回避できたらしい。
「僕は……そう、僕は」
「人を……探しに来たんだ……」
「人探し……?」
対して僕は、依然として説明の仕方に頭を悩ませていた。
自分自身未だ夢かと見間違うような出来事。それをただ言葉で、しかも異界の住人に対して……。
未だに、うまく説明できる自信がない。だがやるしかない。
黙秘が即・死に繋がると言うのであれば――――なりふりなど、構っていられなかった。
「僕はただの一般人だ。有名でも何でもないし、もちろん魔法なんてのも知らない」
「その辺にいる、本当にどこにでもいそうなただの中学生……」
「……だったのに、ある日突然部外者が現れた」
「ふむふむ、なるほどなるほど」
ふと目を反らせば、じいさんはいつの間にやらメモを取り出していた。
さすが異界のベテラン警察官と言った所か。僕の発言を一言一句、この場で全て記録しておくつもりらしい。
職業柄の癖って奴か? 実に段取りがイイもんだ。
だったら、ついでで構わない。
これから話す僕の発言を、できるだけ”他人にも伝わるよう”うまく言葉を選んで記してほしい。
あの出来事は――――当の本人すらもよく理解できていない出来事だったのだから。
「続けて?」
「……僕が通ってた学校が、ある日突然テロに巻き込まれた」
「爆弾が仕掛けられてたんだ。僕が外に出た時、いきなりドカンってさぁ」
「テロ……? ドカン……?」
「そのドカンとやった奴が――――」
「僕を、ここへ連れて来た張本人だ」
事のあらましを説明する際、避けては通れない人物が一人いる。
「モノクロ」だ――――モノクロが僕に異界の存在を教え、芽衣子を連れ去り、そして僕をもここに送り込んだ。
奴の存在を思い出したと同時に、しどろもどろだった僕の口が、段々とうまく回って行く実感がした。
物事には順序がある。結末に至るまで、まずは始まりを教えねばと……。
そう考えると、自然と頭で段取りが付いた。
「聞き慣れぬ名ですな……」
「で、そのモノクロって奴の提案に、バカ面下げてホイホイ乗っかったの?」
「僕だって最初は嫌だった。何されても絶対乗らねーって、そう思ってた」
「でも……奴はそれすらも見越して、僕をうんと言わせる方法を取って来たんだ」
「何それ? 小遣いでも貰った?」
「違うよ、そんなんじゃない……」
回り出した口が、また少し止まった。
言葉に詰まったわけじゃない。あの絶望感を再び思い出す事に、少しためらいがあったんだ。
言葉に変える為に記憶を掘り起こす。その記憶の中には、確かにいる。
大魔女の言葉を借りるのならば――――まさに”バカ面下げた”一人のガキが。
「人質を……取られたんだ」
「人質……?」
「なんとまぁ邪な手段を……」
「モノクロは僕の”大事な人”を連れ去った。そして言った」
「再び会いたきゃ――――自力で探せって」
「何それ。無責任な奴ね」
やはり他者からもそう見えるのか、大魔女はモノクロの行動を「無責任」だとなじった。
細かく言えば、一応協力の約束は取り付けたんだ。
僕が見知らぬ世界で、不自由なく無事芽衣子を連れ帰る事ができるようにと。
だが……現状はご覧の有様だ。
着いて早々殺されかけたかと思いきや、死を迫る鎖を打ち付けられ、芽衣子の手がかりなんて当然何一つないまま……。
約束は早々に反故となった。今の僕にできるのは、こうして質問に答える事だけだ
「その連れ去った先がこの場所で……」
「その探してる人ってのが……」
だから、答えた。
僕ができる範囲で、僕にしかわからない事を、僕以外の人に伝わるように。
だが何故だろう。気が入っていたからか、追い詰められていたからなのか……。
自然と”敬語”が出て来た理由は、自分でもよくわからなかった。
「その画像の……あなた方が……」
「英騎って呼んでる人……です……」
「「………………」」
以上が――――僕が出来る最大限の説明だ。
所々、抜けた主語やおかしい言葉遣いがあったかもしれない。
だが僕のトークスキルじゃこれが限界だ。これ以上上手い言い回しは皆目見当がつかない。
じいさんが記録を取っているんだろう? じゃあ後はそっちで、どうとでも解釈してくれ。
「仮に嘘だと思うなら……気が済むまで調べて貰ってもかまわない」
「仮に何をどうされようが……僕の口から、それ以上の言葉が出る事はない」
「そして仮に、嘘だと判断したならば……」
「したならば?」
「――――今後金輪際、”あんたらと顔を合わせる事はない”だろう」
「そう、言っておくよ」
「…………」
その場がシーンと静まり返り、カチ・カチ・カチとどこかにある時計の音だけがこの空間を覆った。
話を終えた僕は、その間口を動かす事無く、同じく大魔女も掌をこちらに向けたまま動こうとしなかった。
誰も、何も言わない、動かない――――まさに「静なる時」。
時間が止まったかのようなこの空間を、破れる物があるとするなら、それは一体何なのか。
「「…………」」
それは今この場に限り――――老人の、ささやかな溜息だけだった。
「……ふぅ、なるほどのぉ」
「記録書けた? おじいちゃん」
「ええ、所々理解致しかねる部分がありますが……」
「……そっか」
じいさんはため息を漏らした後、再び大魔女と言葉を交わし始めた。
長文をひたすら書き記し目が疲れたのか、寝起きのように目を擦りながらである。
大魔女はそんな爺さんを気遣ったのか、メモを貰った後、今度は自らの目で読み始めた――――僕に向けた、掌で持って。
(あ……)
大魔女が掌を僕に向けるのを辞める事が、どういう意味なのか。
どうやら、”とりあえずは言いたい事が伝わった”らしい。
大魔女が掌に込めた魔力は空気に溶け込むように発散されて行き、そして溶けた。
そうとなればこちらも一安心。後は簡単だ。
大まかな経緯が伝われば、後は細かな部分を一つ一つ答えるだけでいい。
「一つ……気になる事があるんだけど」
「何が?」
そして、案の定大魔女は訪ねて来た。
僕が言葉足らずで端折った部分。しかしさすがと言うべきかなんというか。
それは――――”最も確信を突く”質問だったんだ。
「そのモノクロって奴。仮に世界が二つあるのだとして……」
「そいつはなんで、”世界と世界を往復できる”?」
(それは……)
それはまさに、”こちらが聞きたい”事である。
モノクロが現れるまで、僕が異界を知らなかったように。
大魔女も、”魔法の存在しない世界”がある事など、知る由もなかったのだ。
「ちょっと……わかんないな……」
「ふん……まぁいいわ。大体の事情は飲み込めたから」
「そーならそーとさっさと言いなさいよ。勿体つけちゃってさ。何度か同じ事尋ねたでしょうよ」
(覚えてたのね)
大魔女の言う通り、質問自体は初日から何度か聞かれたんだ。
今にして思うと、その時さっさと答えていればよかったな。
信じてもらえるか微妙だった……と言うよりも。
今だから言うが、ぶっちゃけ説明がめんどくさい部分もあったんだ。
だがまぁ、これで一応の段落は着いたと言えるだろう。
身分の証明はできた。僕は断じて不審者ではない。
だったら現状、今の僕の最大の懸念は……如何にしてこの「鎖」から逃れるか。その一点となる。
「だから僕は何も企んでなんか……」
「あーわかったわかった。そう言う事にしといてあげる」
――――はずであった。
「じゃあ僕の疑いは……」
「そうね。おかげ様で疑いは晴れたわ」
「ほっ」
「――――完全に”クロ”だって、事がね」
(は――――!?)
時が、再び止まった感覚がした。今度は静けさによる物ではない。
僕の心が、僕の身体が。この場で唯一、”僕の時間”だけが止まっている。
そんな状況を生み出したのが――――僕の必至の弁明を即座に無に返した、大魔女の一言である。
「ふ…………っざけんなよ!? 何がクロなんだよ!?」
「ここまでベラベラしゃべらしといてさぁ! 何のために必死こいて説明したと思ってんだ!」
こんなにムカついたのは一体何年振りだろう。
漫画でよくある、こめかみから「ブチッ」と鳴る表現。
あれは、ある程度現実に沿った表現なんだと再認識させられたくらいだ。
「まだ疑ってやがんのか!? これ以上僕に何をしろってんだよ!」
「だったらもっかいアイツ呼べよ! あのでっかい鎖目玉! アイツがクロだと決めたなら今度こそそれなりの刑に処されるだろうよ!」
そして気が付けば、饒舌に相手を責めるだけの僕がそこにいた。
怒りに身を委ね、思っていた事を全て暴言交じりにぶちまける自分。
一体何を持ってクロと決めつけるのか――――。
シロを証明するために話した内容が、逆にクロの証だと決めつけられては、それは当然の事だった。
「少年、どうか落ち着いて……」
「落ち着け……るわけねえだろッ! じじいッ!」
「…………」
この光景は、昨日とまるで逆だ。
怒り猛る僕とは対照的に、大魔女は至って冷静な表情を維持している。
そして諫めるでもなく猛るわけでもなく、冷静に、かつ静かに僕を見つめるだけである。
それはまるで――――僕がこういう反応をするのが、わかっていたかのように。
「そもそもクロってなんだ!? 何がクロなの!? 何の罪でクロなんだ!?」
「別件か!? 誤認逮捕か!? こっちだってわけのわからん内にわけのわからん所に連れてこられて困惑してんだよ!」
「着いて早々殺されかかるわ死刑一歩手前になるわ……なんだそれ!? 何の冗談だ!? 僕におとなしく死ねってーのかよ!」
大魔女は冷静。僕は狂乱。そして八つ当たりを食らったじいさんはあたふたと焦燥し出す始末。
さっきまで静かだったこの空間は、途端に混沌の渦に巻き込まれた。
渦の原因である僕。それを各々の面持ちで見て来る二人との間に――――決して超えられない、「見えない壁」のようなものを感じた。
「いい加減に…………いい加減にしてくれッ!」
その見えない壁のような感覚が、より一層僕の怒りに火をつけた。
この場で唯一の部外者である僕。
その部外者を見る二人の目線が、何となく”見下している”とさえ思えたんだ。
「なんなんだよ……どいつもこいつも……!」
「どいつもこいつも……さぁ…………」
だが、怒りに身を任せているとは言え、さすがに限度はある。
ハァハァと激しく息が切れ、体中がほてり熱い。
僕はそっと口を紡いだ。まだまだ言いたい事は山ほどあったが、体力的にはほぼ限界に近かったんだ。
だが、ひとしきり言いたい事を言い終えただろうか……僕の内面は、何とも言えぬ奇妙な爽快感を感じていた。
「ハー……ハー……」
これ以上捲し立てると本当に酸素不足になりそうだ。
「少し落ち着こう」――――そう自制心が働いた時。
「そう……ね。そう」
大魔女は、その一瞬を見逃さなかった。
「アンタは何も知らないポンコツ。それはアタシもよーく知ってる」
「だって魔法の存在すら知らなかったもんね。そのポンコツ振りはついさっき知った」
「あ……?」
大魔女が口を開くのが、随分と久しぶりに感じられた。
だが奴の口から出るのは、相変わらずの悪態一辺倒である。
無知な僕をポンコツ呼ばわりしてきたあげく、嘲笑に近い煽りを、わざわざキレてる真っ最中の僕に仕掛けて来るとはどういうわけなのか。
「だから……また教えてあげる」
「何を……だよ……」
どうもこうもない。理由は単純な話だった。
こいつは基本的に上から目線だ。だから口を開けばつい煽り言葉が出るのも、僕はよく知ってる。
こいつの人となりは、短い付き合いながら十分知った。
そしてその後に――――なんだかんだで教えてくれるって事も。
「アンタが遠路はるばると、わざわざ探しに来たこの”お友達”ね」
だから――――教わった。
英騎とは、一体どういう存在なのかと言う事を。
「人は言う。世界を破滅に導く者。または世界を混乱に陥れる者――――」
「そうね、アンタの言葉を借りるなら……」
「――――”テロリスト”よ」
(な……)
ブチ――――また頭の奥で、何かが切れる音がした。
つづく