未
ド ォ ッ ――――!
「――――おわぁッ!」
突如、僕の耳をつんざく程の轟音が届いた。
同時に床がグラグラ揺れ、天井からはパラパラと何かの屑が降り落ちて来る。
ガン――――直後、僕の頭に鈍い痛みが走った。
ぶつけたのは壁。当たったのは頭頂部。
何てことない。揺れる床に足を掬われ、僕の方から壁へぶつかって行ったのだ。
「あ……てぇ~~……!」
「なんなん……だよ……もう……」
「地震」――――一瞬だけそう思った。
日常ではまぁまず体験する事のない振動が、僕の身体を強制的に動かしたからだ。
だが、それは間違いだったとすぐに気づく事になる。
頭の痛みもさることながら……それ以上に漂う”焦げ臭さ”が、僕の鼻へと飛び込んで来た事で。
「爆……発……?」
耳を貫く轟音。地震と間違う振動。
それらの正体は――――”爆発”でしか、ありえなかった。
一体何が? どこで? 何で?
理由はわからないが、どうやら校内のどこかが爆発した事は確かなようだ。
その証拠に、止まっていたはずの非常ベルが再び鳴り始めた。
ジリリリと再びこの校舎に鳴り響くベルは、言うなれば「警報」。
さっきみたいに、すぐ消えるような訓練用の作動ではない。
ベルはいつまでも鳴り響く――――”本物の異常”を知らせる為に。
「…………!」
そんなベルの音を耳を澄ませて聞いてみた結果。
ベルの鳴っている方向は、”上から”だとわかった。
そして音の遠近から察するに、すぐ上階の2階からではない。
だとすれば3階。いや、もっと上――――それはつまり。
「僕らの教室……!」
嫌すぎる予感が、いよいよ本腰入れて現実味を帯びてきた。
姿を見せない芽衣子が、多分この辺にいるだろうと予想できる範囲。
それと非常ベル――――すなわち、爆音が発生した範囲とが”ピタリと一致”するのだ。
「ウソ……だろ……」
一体何がどうなってそうなったのか、本当に皆目見当がつかない。
テロ? 戦争? 隕石? 宇宙人襲来?
幻想入り混じった様々な疑問が、僕の脳裏を過っては消えた。
だが……一つだけ。唯一一つだけ、ハッキリとわかる事があったんだ。
それは脳裏に渦巻く疑惑の中心点――――「今、芽衣子が危ない」と言う事だ。
「芽衣子……!」
避難訓練がまさか本当に避難になってしまうとは、一体誰が思っただろう。
いつ何時何が起こるかわからない。
そういう意味で、やはり避難訓練はしとくべきだと、つくづくそう思い知らされた。
――――だが僕は、結果として避難とは真逆の行動を取る事になってしまう。
校内から突然の爆発音。そしてその中に芽衣子がいる事。
そして今芽衣子は、身動きが取れない状態だと予想される事。
これらの事象を顧みた結果、導き出された答えは――――
「待ってろ……今、行く!」
――――一つしかなかった。
――――
……
「――――ウッ!」
学校の階段を全速力で登るなんて、何気に初めての事だった。
普段だらだらと登っているだけに、本気を出せばこんなに速く到着するのかと、少しばかり感動を覚える次第だ。
だが残念ながら、そんなささやかな感動はすぐさま覆いつくされる事となる。
到着した途端、目前に現れた――――ドス黒い黒煙によって。
「煙……」
これもまた、初めての事だった。
普段目にする煙とは、料理の時に出る煙。もしくはたばこ。もしくは熱い飲み物が出す湯気……
それらのように、日常に現れる煙はほとんどが「白」である。
しかし煙は、もう一色あった。それは平穏な日常とは真逆の意味合いを持つ黒煙。
平穏と言う物を破壊する「漆黒」が、まるで僕を手招きするように眼前を漂うのだ。
「この中に……いるのか……?」
階段を登る途中。そこで見つかればよかったのだが、やはり芽衣子の姿はそこになかった。
自力である程度脱出してくれていれば幸いだったのだが……
それがないと言う事は、今の芽衣子は”それすらもできない状況”だと言う事を表している。
ゴォォ…………
(くっそ……!)
黒煙は、死の臭いを発していた。
焦げ臭さを有に飛び越えた――――死を誘う誘惑の香り。
僕はその臭いを断つべく、とっさに口を塞いだ。
見よう見まねだが、黒煙と言う物は「吸い込むとヤバイ」と、いつか何かで知ったのだ。
(……いくしかねえ!)
だが僕は、それでも死の臭いの中を進む。
こうやって煙に「何らかの対処」ができる僕とは違い、この中にいるであろう人物はそれすらもできないのだ。
あれだけの爆発だ。僕だって不意に頭をぶつけたんだ。
似たような事が芽衣子に起こって、その結果「気絶」してしまった可能性大いにあり得る。
そして塞ぐ物もなくあけっぴろげな芽衣子の気管へ、死の臭いは、これ幸いと忍び寄る事だろう。
(させっか……よ……)
太陽を遮る雨雲のように。紙を塗りつぶす鉛筆のように。
今まさに光を埋め尽くさんせんとする、この漆黒の侵食。
忍び寄る黒は、白を覆いつくす事を十分可能にするだろう。
――――だが、まだ間に合う。
黒を払いのける事ができれば、光は消えやしないんだ。
例えこの黒が死出の手招きだったとしても、この光は絶対に消させない。
それは僕が、命を賭すに値する、唯一無比の一筋の光。
(影――――)
白に対する黒はお前じゃない。”この僕だ”。
光の裏にある影は、一人だけでイイ――――それが僕の、”現時点での”最も強い渇望だった。
(………………ァッ!)
――――奴がそこに、現れるまでは。
(パァ――――……ン)
「――――ッ!?」
爆発か熱の影響なのか。バリンと勢いよく爆ぜたガラス片。
それは一目見てすぐに、教室の窓ガラスだとわかった。
全国どこの学校にも付いているだろう、何の変哲もない窓ガラス。
だが、そこから現れた者は――――言葉で言い表す事すら、できなかった。
「…………」
「ソレ」は、辛うじて人”らしき”形を成していた。
縦に伸びたシルエットは、一応は二足歩行のそれに見受けられる。
だが、それが”生き物なのかどうか”なのかの判断ができなかった。
全身を黒いマントで覆われ、顔の部分には白い金属質の仮面。
そしてその頭上にはまた黒い帽子――――と、白と黒でのみ構成された「ソレ」
「ンナ棒切レデ、ヤラレルト本気デ思ッタカヨ……」
何よりも、今「ソレ」が発した一言。
それは人声からは遥かに遠い、まるで自動再生される「機械音声」のような声だったのだ。
そんな得体の知れぬ「ソレ」が何故こんな所にいるのか。そもそもな話、「ソレ」は一体何なのか。
この場の黒煙が白黒の「黒」と妙に馴染み、結果、余計に人外感を印象付けてくれる。
(なんだ……あいつ……!?)
無理に何かに当てはめるとすれば――――「人」と言うより「人形」に近い。
言うなれば、等身大サイズの「人型造形物」と言う表現が、やけにしっくりと来た。
「元気スギルッテノモ、考エ物ダネ」
「肩肘張タッテ、シンドイダケナノニサ」
そんな白黒の「ソレ」が何かを呟いきながら、マントに付いたガラス片を払い落としている。
上手く聞き取れないが、口調からして、呟きと言うよりボヤキに近い物だ。
とすれば……この白黒仮面に取って、ボヤきの対象がこの場にいると言う事になる。
(ま、まさか――――)
――――現れ方も”何かから逃げるよう”だった。
不意に割れた窓ガラス。爆発の影響ではなく、もしかしてこいつがカチ割った……のか?。
ではこの、今教室の窓ガラスをぶち割って飛び出して来た白黒仮面。
の、中に――――”もう一人”誰かがいる。
(芽衣――――)
それは
「 だ ァ ー ー ー ー ッ ! 」
――――よく知る人物の、雄たけびだった。
つづく