十八話 些細
「大魔女様! ここにおられましたか! 」
「えっ、何?」
僕の切迫と大魔女の怒りが臨界を越えた時、その場に起こったのは”第三者の介入”であった。
大きな声で大魔女の名を叫ぶ第三者の正体は、先程執行院にいた執行官である。
現れた執行官は、目に見えて焦っていた。
一刻も早く――――そんな心情を体現するかのように、わざわざ街中を馬で駆けながら。
「まだこの街におられてよかった……今探そうとしてたんですよ!」
「え、なんで? もう判決終わったじゃん」
「それに関しては大魔女様とおられたあの少年が……ぬぉっ! いる!」
「……?」
判決の終わった罪人に執行官が何の用なのかは知る由もない。
しかしながら、息が切れる程全力で現れた態度から察するに、どう見ても”臨時の用”なのは明白だ。
執行官の額は、途切れ途切れの呼吸もさながら、わかりやすくらいベットリと汗が溜まっていた。
そうまでして探す程の用事。それも、”僕が含まれる”用事である。
「とっ、とりあえず執行院までお越しください! 速く!」
「えっ、ちょっちょっ、何!?」
(なんだよもう……)
執行官は大魔女の腕を強く引っ張り、無理やり気味に馬へと乗せる。
そして僕は、執行官と大魔女の跨る馬の僅かな隙間に押し込まれる形となった。
自転車でも二人乗りで精いっぱいなのに、3ケツの馬は今まで経験した事がないくらいの窮屈さである。
そんな僕の息苦しさなど一切顧みず、執行官は馬の尻を力強く叩き――――そして、駆けた。
「――――んおおお!? せ、せまっ……」
「ちょ、コラッ! くっつくなっつの暑苦しいな!」
「んな事言われても……んごごごご!」
「飛ばしますよ――――!」
僕の雄たけびと大魔女の怒号が風切音で掻き消されながら――――。
そしてまた、執行院へと逆戻りとなった。
――――
……
「戻って……きちゃったね」
「何なのよったく……」
「こちらです! さっ!」
僕らにとって忌まわしきでしかないこの執行院に、再び連れ戻された事は正直言って恐怖でしかない。
鎖が細かなマナーに反応するように、解放されてから食事までのわずかな時間。
その間に「また何かしでかしてしまった」のではないかと言う不安でいっぱいだ。
大魔女も同様の心情なのか、先程僕を睨みつけた眼つきは、わかりやすい程不満と不審で満ちている。
だが――――それでも執行官は急かして来た。
そんな事は些細な事でしかない。そう、言いたげな程に。
「――――大魔女様! 間に合ってよかった……!」
「んもぉ……何よおじいちゃん、急にさぁ」
(ここは……)
再び執行院に通された僕らは、建物こそ同じであるが案内された部屋は異なる。
通された部屋は先ほどの取調室とは違い、やたら豪華な壁に高価そうな椅子、机、家具等々が綺麗に並べられている。
そこに待ち受けていたのは、先ほどの執行官長だった。
つまりここは……さしずめ「管長室」と言った所か。
「どったの急に? 判決はもう終わったでしょ?」
「おお! そうなのですじゃ! 実はおふた方にお聞きしたい事が…………」
(お二方……?)
大魔女単体ならともかく、急用に僕も含まれるとあっては穏やかじゃない。
判決の後、こいつの余罪が見つかったとかならまだしも……僕は余罪どころか、ここでの判決自体が初だったのに。
「実はですな……」
しかしこの後、すぐに気づく。いや、思い知らされる事となる。
執行院が罪人を再び呼び寄せた事。
それと、さっきから感じている僕の「喪失感」が、一本の線で繋がっていた事に――――。
「お二人がここを出られた後……謁見の間に繋がる通路で、清掃係がこのような物を見つけましてな」
「あっ、それ」
「 あ” ー ー ー ー ッ ! 」
じいさんが手元から差し出した物――――それがまさに、僕の失った物だった。
「 僕 の ス マ ホ ! 」
「あー……それかぁ」
清掃係が見つけたとか言う僕のスマホ。
僕にとってこそあって当たり前のようであるが、ここの連中にとってはその限りではない。
ゴミと判断するにしては強すぎる存在感。重厚さ。そして醸し出す「精密機器」感
それらをして清掃係は判断できず、僕のスマホを持って報告してきたそうだ。
(――――あの……これは……)
(――――あっ、それ)
そして、誰かが気づいた。
その箱は、確か大魔女の相方が持ってた謎の光る箱だと言う事を。
「こ、ここにあったのか!」
「やはり……君の持ち物じゃったか」
「なんだ。ただの忘れ物じゃん」
「しっかりしなさいよ、このバカ。何事かと思ってドキドキしちゃったじゃない」
「……」
忘れ物――――事はそう単純な事じゃない。
ただの置忘れなら100%僕が悪いで済む話。
だが、これを最初に見つけたのが、院内の清掃を担当する者だとするならば話は変わるのだ。
「これ……どこにあったんです……?」
「ええと確か……通路の脇の屑入れに……」
「屑……入れ……?」
屑入れとはすなわちゴミ箱。そこにあった僕のスマホ。
そして、そこに至るまでの間。僕のスマホを”最後に持っていた人物”が誰であるのか。
つい数刻前の記憶を紐解けば――――犯人は、一人しかいなかった。
「そーそー。それ、何か急に動かなくなっちゃったからさ」
「判決も迫ってたし、壊れたのかと思って……」
「……捨てちゃった」
「 て め ぇ ー ー ー ー ッ ! 」
結論から言うと――――実に、下らない用事であった。
速い話が、「忘れ物を見つけたから持ち主がいなくなる前に渡したかった」。ただそれだけの事である。
そんな誰にでもありそうな、単なる凡ミスでした――――となるわけがない。
その原因が、持ち主以外にあるのならば。
「普通捨てるか!? なぁ!? ひっ、人の物をさぁ!」
「……しるかボケェ! アンタの指示通りやったらそーなったのよ!」
「物が急に動かなくなるって、どう考えても故障でしょ!? アンタがいらん事しなけりゃ壊れたと思わなかったんだ!」
「逆切れか!? 初めて触る物をなんで壊れたって判断できるんだよ!?」
「大体壊れたからってすぐ捨てるわけねーだろがッ! 壊れてるのはお前の人格だよッ! このボケがッ!」
「う……るせぇーーーーッ! 魔力の魔の字もないゴミがデカい口聞いてんじゃねェーーーーッ!」
「あ、あの……」
このやり取りのおかげで、二人を繋ぐ罪の鎖が少し縮んだのは言うまでもない。
だがそんな事を頭に血の登った二人が気づけるはずもなく、鎖の事などなんのその。
そんな”些細な事”は忘却の彼方へと追いやり、しばらくの間怒りに身を任せ続けた――――。
「ゼエ……ゼエ……」
「ハァ……ハァ……」
「あのぉ……もう、よろしいですかな」
「「 何 ! ? 」」
そしてひとしきりこれからの相方に文句を言い終え、少しばかり冷静に立ち返る事ができた頃――――。
一つの疑問に、気が付いた。
「そんな怖い目をしなくともですな……」
(……あれ)
僕は覚えている。
これから判決だと言うのにいつまでもゲームに夢中で手放さない大魔女に呆れ、大魔女が知らぬのを良い事に”電源の切り方”を示唆した事を。
その結果スマホの画面は暗転へと戻り、大魔女はこれを故障と判断。
その辺にあったゴミ箱に捨て、今に至る。
「これが少年の持ち物だとわかった事で……これからが、本番なのですじゃ」
(なんで……)
の、はずなのに――――何故スマホから、光が漏れる?
電池切れ間際のバックライトではない。
あの煌煌と輝く光は、確かにスマホが起動している事を意味している。
「持ち主を特定しようにも、これの扱い方がわかりませんでな……」
「少年には申し訳ないのじゃが、何か”変な事”をしてしまったのかもしれぬと言う次第でして……」
院内でスマホを発見した当初、電源は確かに落ちていた。
そしてそれを僕らが解放された後、清掃係が拾い、職員の誰かの元へと届けた。
その際スマホに見覚えのあった執行官の一人が、「これはゴミではなく忘れ物である」と判断した為、幸いにもスマホそのものの無事は確保されたのだが……。
ただ、スマホを持ち運びしている中で、偶然にも誰かが「電源ボタン」を押してしまったらしい。
「再起動させたのか……」
「面目ありませぬ。よもやこんな所にスイッチがあったとは思いませんで……」
「そんなわかりにくい所にスイッチ付けてんのが悪いのよ。しかもなんかめっちゃ薄いし」
「お前は黙ってろ!」
電源の入れ方など知らぬ彼らからすれば、突如輝き出すスマホの画面は、それはそれは奇特な物に映っただろう。
わけもわからぬまま動き出すスマホに対し、ここの連中がアタフタと慌てふためいている様子が言われず共目に浮かぶ。
スマホはタッチパネルだ。触れば触る程次々とアプリが起動する。
そしてさらに混乱のドツボに嵌る執行官達がもたらした結果……電源と同じく、誰かが何かに触れた。
「それで……ですな……その……」
「あーあー大丈夫。そゆ事ならこっちで元に戻せばいいだけだから」
「そういうわけで……これを見てほしいのですじゃ」
「はいはい、何立ち上げたの?」
「――――大魔女様に」
「えっ、アタシ?」
じいさんは持ち主の僕ではなく、よりにもよってスマホをゴミ扱いした大魔女に預けようとした。
これにはさすがの僕もイラツキを隠せない。
ひょっとしたらこのじじい、「高齢が祟って痴呆でも始まったか」と、そんな不謹慎な事が思い浮かぶ程に。
だが――――後に理解する。
この時じいさんが、大魔女にスマホに預けた理由。
それは忘れものだとか、使い方がわからないだとか、そんな事が本当に些細な事にしかならない。
そう判断せざるを得ない”動かぬ証拠”が、画面に目一杯表示されていたのだ。
「こ…………れは…………」
(ん……?)
大魔女は差し出されたスマホの画面を注視し――――そして、絶句した。
目は見開き、声はどもり、顔色はどこか青ざめた風にすら見える。
そんな大魔女の表情を生み出す程の物が、僕のスマホに眠っていると言うのがどうにも解せない。
「そんなのあったっけ……」一体二人は何を見たのか、蚊帳の外に追い出された僕に知る術はない。
「大魔女様……やはり……」
「――――???」
じいさんはそんな大魔女の反応を予想していたのか、「やはり」と一言呟いた後、スマホを僕ではなく大魔女へと手渡した。
無論それは故意の行動である。
持ち主を間違えた――――そんな勘違い等とは一線を課す、並々ならぬ”覚悟”で持って。
「ソレが関わっているのならば……ここのような地方執行院では対処致しかねまする」
「そう……ね。これは明らかに【元老院】の管轄」
「ここでは……手に余るわ……」
「――――ちょちょちょちょっと! アンタら、人のもんで何してんの!?」
人の持ち物で好き勝手を述べる二人に辟易する事もさながら、それよりも「何をそんなに驚いているのか」が気になった。
そして脳裏に浮かぶ可能性。よもや……「R18」が付くアレを見たのではあるまいな?
僕が僕の”癖”のままに集めた、知られる事が即死に繋がるアレを。
「か、返せっ! それを見るな~~~~ッ!」
考えれば、全然ありうる話だった。
自分で言うのもなんだが、僕がスマホに落としたソレは、我ながら中々のシロモノである。
そして僕はソレを、よりにもよっていつ何時いつでも見れるよう「トップ画面の真ん中」に配置しているのだ。
それは勝手知ってる僕だからできる事だ。
スワイプどころかスマホすらも知らない人間からすれば……”誤爆”の可能性、大いにあり得る。
「てめえら……プライバシーの侵害だァ~~~~ッ!」
そうなる前に――――いや、もしかしたらすでにやってしまったのかもしれないが、それでも一つ二つ程度だけならまだ傷は浅い。
仮にじいさんに鎖が付いていたら、鎖は激しく縮みあがる事だろう。
鎖がマナーにこだわるならば、そこになにがあろうと……人のスマホを勝手に見る行為は列記とした「悪」なのだから。
「――――ッ!?」
「持ち物を返せ」――――。
そう訴える僕の主張は至極真っ当であり、正当である。
だからこそ――――余計にわからなくなった。
「なん…………」
「動くな――――!」
大魔女が、なぜ僕に”敵意”を剥き出しにしているのか、を。
「お、大魔女様!」
(なんで…………)
ズゥンと重い空気が立ち込める、
その発生源は、目の前の「大魔女の掌」からである。
僕に向けて向けられた大魔女の掌は、「近寄るな」と言う事を意味しているのか、はたまた「動けば撃つ」と言う警告のつもりなのか。
しかしどっちにしろ、ただならぬ「覚悟」の上での行動だと言う事だけはわかる。
大魔女が僕を見る目は真剣そのもの。
先ほどの痴話喧嘩のような野蛮な目つきとは、明らかに別次元の目をしているのだ。
「……アタシがここにいてよかったわね、おじいちゃん」
「こんな機会でもなけりゃ……絶対、取り逃してたわ!」
自分が今何をやっているのか、それを大魔女がわかってないはずがない。
僕らの首元に付けられたおそろいの鎖。
些細な事でもすぐに反応する、煩わしい贖罪の証。
なおかつそれが「連帯責任」で首が閉まる刑に処された僕らの、その片割れに……”敵意を示す”事が、どういう事なのか。
「それ以上動くと……命の保証はしないわよ……!」
「なん……なんだよ……」
大魔女は、全てをわかった上で僕に掌を向けている。
大魔女は、わかった上で――――僕に向けて”魔法を放とうと”している。
「……もう一度だけ、聞くわね」
「なに……さ」
「お前は何者だ。何をしに、何のためにここへ訪れた」
「……」
そしてまた、根本に戻る。
「僕は誰なのか――――」つい先ほども聞かれたばかりの質問である。
しかし今度は発音の仕方が、明確に異なった。
雑談交じりの好奇心とは違う。その言い方はまるで、ここで行われた取り調べのようですらある。
「答えろ……お前は誰だ!」
「……」
何度も言うが、伝える事自体は構わない。
天に誓ってやましい事など一切ない。
ただ僕が危惧しているのは、それを言ってはたして”信じてもらえるのか”どうか。その一点のみだ。
「大魔女様、それよりもまずは…………」
「……わかった」
鬼気迫る大魔女に、隣のじいさんがボソボソと耳打ちをした後……大魔女はそれを了承した。
一体何を打診されたのか、それは僕にわかる由もない。
僕がわかるのは、この場の威圧感に比例するように……。
大魔女の手のひらから、沸々と蠢く何かが見て取れた事だけである。
(キレてる……のか……?)
この場の空気、この場の感覚。
加えて、大魔女の掌から漏れ出る形の無い何か――――。
それを僕は覚えている。だからこそわかる。
これは……”あの時の再現である”と。
(――――この屈辱を糧に――――集え我が魔! 我が力!)
魔法を知らぬ僕にすらもわかる程、大魔女から漏れる魔力が強まって行く様が見て取れた。
そしそのせいでさらに緊迫する空気。覚悟。鎖が縮む事を受け入れた上での、”命を賭した”攻撃態勢。
僕からすれば、狂気の沙汰としか思えなかった。
だが向こうからすれば――――僕の存在そのものが、狂気であったのだ。
「質問を……変えるわね」
「あ、ああ……」
「少年、どうか嘘偽りなく真実を付ける事を……」
「わかってるよ……」
言われず共嘘を付くつもりはない。
必要のない嘘を付く程、僕は愉快犯でもない。
それに、この空気……もはや尋問でしかない質問に、口先だけで対処できるとは、到底思えなかった。
そして大魔女は告げる――――。
宣言通りに変更された質問を僕へと投げかけ、同時に一層魔力を強めた。
その行為が意味する事は――――答えようによっては、僕が”この場にい続ける保証がない”事の証明である。
「こいつと……どういう関係なの!?」
(あ……)
大魔女が魔力を強めると同時に、大魔女のもう片方の手が光り輝くのが見えた。
それは魔法の光ではない。手に持った物”そのもの”が放つ光である。
大魔女の覚悟。並びに執行官長の危惧。そして、僕の無くし物――――。
この三点が一本の線へと結ばれ、そして鋭利となって僕へと向けられた事に……。
何とも言えぬ因果を感じたのは、ここだけの話である。
「それは……」
スマホを拾った執行官が、誤動作させたアプリケーション。
それは、最初から入っていた「閲覧アプリ」であった。
「僕の……」
そして何故それを偶然開く事ができたのか――――その答えが今、繋がった。
僕が、何枚も”同じ物”を保存していたからだ。
(芽衣子……)
スマホに表示された画像は――――芽衣子の写真だったんだ。
「お前まさか……英騎の仲間なの!?」
(英騎……?)
大魔女は言う。
芽衣子の写真を指して「英騎」と、しきりに、何度も。
違う――――その時、ただ一言そう言えればよかったのに。
だが僕は「英騎」と言う二文字の意味がわからず、わけのわからぬままに、無策にもその場で黙りこくってしまった次第だ。
(英騎ってなんだ……?)
「言え! 英騎とどういう関係だ!」
怒りを見せつつも、どこか切羽詰まったように轟く大魔女を見て……一つだけ察した事がある。
それはモノクロが放った一言。「芽衣子はボス戦の真っ最中」と言う言葉である。
その「ボス」とは、まさか――――この目の前にいる、大魔女の事なのでは、と。
黙りこくる僕を見て業を煮やしたのか、大魔女に渡ったスマホの画面が、僕の眼前へと向けられた。
そして知る。二人が一体どの画像を見たのか。
「まさか……英騎がここにいるの!?」
(あ……)
それは、やはり案の定――――。
(――――ウケイレロ ナニモカモ)
モノクロと対峙したあの晩――――。
僕のスマホに届いた、芽衣子と同じ姿の女騎士の画像だったんだ。
つづく