十七話 相方
「頼むからアタシの足ひっぱんないでよね」
(そりゃこっちのセリフだ……)
【断罪の鎖】と呼ばれる連帯責任刑により、僕ら二人は仲良く刑罰に処されてしまった。
その事実が生むのは「鬱」の一文字でしかない。
僕としては、ヤケ食いで何とか気分をごまかすつもりだった――――が、ダメだった。
このいつ何時何をしでかすかわからない女から目を離すなんて不可能だし、そうなれば必然として、首元にチラつく鎖が目に入ってしまうのは当然の事だ。
そしてその鎖は、嬉しい事に「ペアネックレス」と来た。
その為こいつを見ると言う事は、同じ物が自分に付いていると再認識する事と同義になってしまい――――
現状を把握した後、鬱に陥るのだ。
「てか、さっきちょっと縮んだよな……」
「そーよ。アニマの鎖の恐ろしさはそこなのよ」
先ほど大魔女にこのチャーハンもどきを無理やり勧めた際、早速鎖が少し縮んだんだ。
曰く「鎖が付いてる時にまた悪事を働けばさらに縮む」との事だが、じゃあ先ほどの行為のどこが悪事だと言うのかと文句を付けたい所だ。
若干行儀が悪いのは否めないが、飯屋で「これ食ってみ」とやるのは至って日常的な光景だと思う。
だが――――それこそが、大魔女の言う鎖の”真なる恐ろしさ”なのだ。
「この鎖ね、アニマの意志と連動してるんだけどさ」
「うん」
「まぁ、なんていうか、簡単に言うと……」
(ドキドキ)
「すーーーー………………ッッッごく! 細かいの!」
(まじか……)
常習犯の大魔女が言うのだから説得力は有り余る。
「細かい」――――その指摘通り、鎖は些細な罪をも見逃さない。
それは何も盗みや暴行等のわかりやすい悪事だけではない。
「行儀」と呼ばれる所謂作法・マナー的な違反。それらの類にも、この鎖は容赦なく反応してくるのだ。
「アタシ、前にも判決終わりにここでメシ食ってたんだけどさ」
「うん」
「こう……食べカスが歯にひっかかったから、地べたに思いっきりペッってやったのね」
「うん」
「その時で……大体このくらい縮んだ」
「――――そんなに!?」
鎖の初期段階は、大凡首元からみぞおち付近。長さにして大体3~40センチと言った所か。
そして大魔女の示した数値は「親指と人差し指を目一杯開いた」距離。
自分の手で計るとわかりやすい。
鎖の長さに対し今の距離感を重ねれば……それはもう、とんでもない目測となるのだ。
「それ日常生活できなくね!?」
「そーよ。だからこんなもんまともにやってたら、マジで命がいくつあっても足りないっての」
どうやら先ほどの行為は、その「行儀悪さ」に該当してしまったようだ。
となると……僕に取っては、それはあまりにも重い枷である。
目に見える悪事こそ働かない物の、僕の「生活態度の悪さ」は自他共に認める筋金入りだ。
そんなしつけレベルの”悪”で命を縮められては世話はない。
「やってらんない……」僕はそれを口にこそ出さないが、その気持ちは痛いくらいにわかった。
「でしょ。だから、何とかして抜け出したいんだけど…………オラ!」
「だ~~~~ッ! だから余計な事すんなって!」
無理だ……どう考えても。
そのレベルでアウトなら、近い将来絶対に何かをやって、ジャラっと一気に縮むのは目に見えている。
むしろ一気に縮むならまだマシかもしれない。
だがさっきみたいに”気づかぬ内に”縮もう物なら、さすがの僕も対処のしようがない。
鎖の特性から考えれば……その辺をちょっと鼻歌交じりに歩いているだけで、「気が付けばあの世に行っていた」なんて事も、十分あり得る事態なのだ。
「かぁ~~~ッ! マジめんどくせえ!」
「言葉遣いも気を付けてよ。いつどこで何の”悪”に反応するか、わかったもんじゃないんだから」
それに加え今回の罰は「連帯責任」。
ナチュラルに悪事を働くのが常のコイツが相方と来たからには、それは、もう……。
お先は真っ暗。待ち受けるのは、単なる絶望でしかない。
「まぁ、てーわけでまた誰かに名前を尋ねてごらんなさい」
「今度はその首が、夜空の星に届くくらい勢いよく吹っ飛ぶわよ」
「……」
つまり、キュっ&ボーンである。
……ふざけるな。あってたまるかそんな物。
何がキュッ&ボーンだ。僕の首は夏の名物、納涼花火じゃないと言うに。
(…………はぁ)
本当に、なんでこんな事になってしまったのか。
僕は単に人探しに来ただけなのに。
ここが異なる世界だろうが異なる国だろうが、僕にとってはどうでもいいんだ。
「知り合いを見つけて連れ帰る」。たったそれだけの事なのに。
それがなんで、こんな超大回りな寄り道をさせられねばならぬのか――――。
己が身に降りかかった不幸を、これほどかというくらい噛み締める。
この地に付いてまだ数日も経っていないと言うのに、こっちでもまたこんな目に合えと言うのか。
神がいるとすれば、呪うまではしない。
が、せめて「運の割り振り」くらいはもうちょっとしっかりやって欲しいと思う、今日この頃である。
「……名前」
「何? さっそく自殺?」
「じゃなくて……本当に知らないんだよ」
「なんでそんな、名前を聞く事が”罪”になるのかってさ……」
「……どうやら、本気で言ってるっぽいわね」
常習の大魔女はともかくとして、僕としてはやはりこの判決には不満を漏らさざるを得ない。
セクハラ気味にスリーサイズを聞いたとかならともかく、「名前を聞くのがダメ」と言うのはいくら考えても本当に意味がわからない。
マナー的な問題とするならば、女性に年齢を尋ねる事の方がよっぽどアウトだと思うのだが。
にも拘らず、こいつはそっちに関してはむしろ誇らしげに言ったのだ。
アラウンド・サウザントだとかなんとか、意味不明な造語を用いて。
「いーい? 名前ってのはね、その人の存在を示す言葉なわけよ」
「はい」
「その人が確かにここにいる。ここに存在してるっていう証明になるって言う……個人が世に存在する証なのよ」
「はあ」
「古い言い回しで”真名”(ことな)って言ってね。真なる姿を示す名……確かそんな感じの意味だったと思うわ」
「あー」
たかが名前にえらい大層な信仰っぷりである。
まぁ確かに個人の証明に名前は必須。免許の申請に偽名を使う奴はまぁまずいないだろう。
免許と言えば他にも色々ある。住所、電話番号、本籍、生年月日――――。
じゃあ名前がダメと言うのは、そういう個人情報的な観点の話……なのか?
「確か契約陣について説明、ちょっとしたわよね」
「はい」
「最近ではもっぱら陣を扱うのが主流だけど、昔ながらの拷問紛いな方法もあったり、まぁ色々とあるわけよ」
その辺はあの魔霊の森で聞いた通りである。
【契約】――――それはこの街と大魔女との相互契約だったり、あの戒律王を呼び出す召喚契約だったり。
こいつが僕に黙って勝手にやろうとしやがったアレだって、通称「奴隷契約」と言う立派な契約だ。
まぁアレに関しては「無断」だったから、厳密に言えば契約ではないのだが……そこはまぁいい。
ようは何かしらの契約を結ぶには、これまた何かしらの「プロセス」がいると言う事なのだ。
(その辺はこっちと一緒か……)
「でも実は……そんな事しなくても、相手と契約を結ぶ、とっても楽な方法があるのよ」
「えっ」
曰くそれは、痛みも面倒な陣も、魔法すらも一切全部必要ナシ。
しかもその方法は、相手の同意すらをも得る必要もない。
強制的かつ一方的に。相手の運命そのものを、意のままに操る事が出来る【超霊規的例外処置】……らしい。
「それが――――相手の”真名”を知る事」
「真名は知られたが最後。そいつはもう、その時点で”生きる屍”と化す」
「生きる屍……」
「どんな契約よりも、どんな呪術よりも、最も強力かつ誰にでもできる方法よ」
「そりゃそーよね。だって、ただ”知る”だけでいいんだから」
「……」
大魔女はさらに続ける。
真名を知られた相手がどうなるか――――それは知った側次第であるが、まぁ大抵は「ロクな事にならない」、と。
そして何より恐ろしいのが、一度知られた真名は、もう二度と取り戻す事は出来ない。
相手が仮に名前をド忘れしようが関係ない。知られたと言う事実が「すでにアウト」なのだ、と。
それはもはや契約の枠を超えている。言うなれば”呪い”と呼ぶに等しい。
知った側が命尽きるまで、知られた側は未来永劫抗えぬ奴隷として過ごす。
それは大魔女の言う通り、まさに「生きる屍」と呼ぶに相応しい。
そうなれば必然――――真名は、この世界における最大の禁忌となる。
「契約の枠を超えた強すぎる呪い。これを私達はこう呼んでるわ」
「名前を奪う行為――――略して”奪名”(だつめい)と」
(奪……名……)
しでかした事の重大さを、ようやっと認識できた。
それほどの事態が起こるのならば、そりゃあの戒律王だって戒律を加えるだろうし、大魔女が突然ブチギレ出すのも十分納得だ。
僕がやった事は――――所謂”挑発”行為だったのだ。
命を助けてやった相手が、いきなり「奴隷になれ」と告げてくると同義の行為。
なるほどな。今なら大魔女のあの発狂振りが痛いくらいにわかる。
仮に逆の立場ならどうしただろう……とりあえず、最低限マウントポジションは取りたい所だ。
「まじすんません……」
「まぁ……すっとぼけてるように見えなくもないけど」
「なんでだろう……な~んか、嘘を言ってるようにも見えないのよね~」
そりゃそうさ。本当に知らなかったんだから。
とりあえず「挑発したつもりはない」とわかっていただけただけで、まずは一安心と言った所か。
本当にもう、あんな目に合うのは金輪際御免被る。
本当にもう、あんな目には……。
(――――まだまだこんなモンじゃ終わんねェぞォーーーーーッ!!)
そしてそれ故に、速い所「学んどかないといけない」と思う今日この頃でもある。
それはこの異界に浸透する「常識の違い」。
また大魔女に殺されかかるのも、首がキュっ&ボーンとなるのも――――
どっちも絶対にイヤなのだが、現状として”どっちも可能性がある”のだ。
「でも……だとしたら」
「アンタのその異常すぎる無知っぷり、どうも何かがひっかかるわ」
「無知ですんません」
「というわけで。今度はこっちの番」
「アンタ、ズバリ何者なの?」
「…………」
ついに来た。いつか言われるだろうと思っていた、確信を突く質問だ。
実はこいつの家に上がり込んだ際、すでに同じ事を聞かれていたのだが……よくわからん内に、なんだかんだでうやむやになったっけ。
あの時もそうだったが、質問に答える事自体は容易いんだ。ただあった事を告げればいいだけなんだから。
僕が危惧するのはそこじゃない。
全部を包み隠さず話したとして――――果たしてその内容が”信用してもらえるのか”と言う事だ。
「えっとぉ……なんつったらいいのかな……」
「はやく言いなさいよ」
僕が当初魔法の存在を信じなかったように、こいつも僕の話を信じないのではないだろうか。
例えるならアフリカの少数部族にスマホアプリの製作方法を教えるような物だ。
つまり、どううまく説明しても……キチンと伝わる自信がないのだ。
「えっと……その……」
「……?」
そしてもし信じてもらえなかったら……脱出の手がかり所か、ここからどうすればいいか検討も付かなくなる。
ただでさえ命の危険チラつくこの鎖。
加えてこの鎖は、この別の意味で危険な女とペアを組む事を強制する、余計なオプションまで付けて来る始末。
そしてそれ故に、現状浮かぶ最大の懸念は――――”無事二人が解放された時”。
(参ったな…………)
元々無理やりにくっつけられたコンビだ。信頼関係もクソもない。
用事が無くなりゃ当然、互いに干渉する理由はないのは当然の事。
解放された女はきっと、いの一番にあの不気味な森へと帰る事だろう。
そうなったら――――この魔法と戒律と未知の魔物がのさばる世界で、僕は永遠に彷徨い続けねばならないのだ。
「えっと、その、なんていいますか~……」
「うん」
「ある日夜学校に行くとですね、避難訓練からコンビニ行くって言って」
「……うん」
「それで、警備員のおっちゃんを裏切って、ふとラインを見ると……」
「うん……うん?」
「にげって書かれてあって、だからこれはまずいって思って、ここへ来たんです」
「……まるで意味がわかんないんだけど」
そんなプレッシャーに押しつぶされたせいか、相手にキレイなクエスチョンマークを与えてしまった現状。
説明にかこつけて、自分でも何を言っているのかわからない事を言っては世話はない。
やっぱり無理だ……だって、目の前の人物は異国所か異界の人。
それも、相手はその異界人の中でも飛び切り変人である大魔女。
限られた時間の中で、余す事無く全てを伝えきる事なんて……土台無理な話なのだ。
「やっぱりアンタ……なんかの目論見で……」
「いやちょ、ちがっ」
そしてまた大魔女邸での繰り返しだ。
大魔女はひとしきり説明になってない説明を聞いた後、また、明らかに穿った目つきで僕を睨んで来た。
自分でもわかっている。己が身が醸し出す、このどうにもならない不審者感……。
払しょくしようと笑顔を挟んだりすれば、一周回って余計に怪しいのは明白だ。
我ながらこの話術力の弱さにはほんと反吐が出る。
日常会話すらロクにできないで、この先僕に未来はあるのかと――――生涯への絶望すら湧いて出た。
「……あれ」
そんな重圧が無意識化で現れたのか、なんだろう。妙に”何かが足らない”感覚が僕を襲った。
説明の際に、何か重要な言葉を見落としたのだろうか。
正体こそわからないが、その感覚は確かに存在する。
何かが足らない――――それも何か、物質的な意味で。
「なに? 問題?」
「なんだ……?」
そんな突然うろたえ出した僕を、大魔女がより一層疑惑の眼つきで睨み上げる。
向こうからすれば話題逸らしか、都合の悪い事を隠そうとしているように見えるのだろう。
だが真相は逆。むしろ、なんなら手伝ってほしいくらいだ。
僕が今、”何を無くしたのか”を見つけ出すまで。
「財布は……あるよな」
「後にしてくんない……? 今質問中でしょ」
大魔女が少しイラついた顔をしたのが見て取れた。
その内訳は僕が質問に答えない事。
に加え、この所業を”マナー違反”として、鎖が縮む事を危惧しているとまでもが容易にわかる。
だが……そんな事言われたって。むしろ後にしてほしいとはこっちのセリフ。
ここまで色濃い喪失感となれば、気になって答えれるもんも答えられない。
払いきれないもやもやに苛まれながら、質問に答えられぬまま無駄な時間を過ごす事数分間。
僕は過ぎた時間に比例して焦り、逆に大魔女のイラ立ちは目に見えて加速していく。
そしてその鬱憤が臨界点を越えた頃……どう言う事態が起こるのかは想像に難くない。
「あっれ~? ええ~?」
「いい加減に…………」
だが、それを回避する術はない。
今の僕に出来る事。それは限界が来る前に無くし物を見つける事だけだった。
そして――――ついに臨界は来た。
「 大 魔 女 様 ァ ー ー ー ー ッ ! 」
「「ッ!?」」
――――予想だに、しなかった形で。
つづく