十六話 判決
「いい加減にしろよてめェ! 無茶苦茶ばかりしやがってコノヤローーーーッ!」
「お前こそ! 助けられた分際でナマ言ってんじゃねェーーーーッ!」
醜い言い争いはまだまだ続く。
審判者と言うべき存在の前で罵詈雑言を放ち続ける僕らは、おそらく長い歴史の上でも前代未聞の罪人だろう。
わかっちゃいる。わかっちゃいるんだ。
でも、だって、いちいちこいつが……。
「「 う っ が ァ ー ー ー ー ッ ! 」」
「―――― 静 粛 に ! 」
見かねた執行官長が待ったをかける。
一時の中断を迎えた言い争いは、両者共にハァハァと漏れる吐息に変わった。
そして気づく。先ほど行った執行官長に対する聴取は、ほぼ間違いなく”無に返った”だろう、と。
(此度の罪人は……全くを持って度し難いな)
結果、この言われようである。
おかげさまで戒律王の評価はうなぎ上り。態度から察するに、無事レッドゾーンに突入した模様だ。
互いに、随分と無駄なオプションを付け足してしまった物だ。
アニマの中にメーターはあるならば、おそらく今天井ギリギリの位置を絶妙な加減でキープしている事だろう。
そしてそのメーターが振り切った時――――あえなく二人とも「死」へと振り切ってしまうのだ。
「――――ではこれより、戒律王による判決を承る!」
「死刑になったら化けて出てやっからな……」
「魂毎魔法で消滅してあげる……」
「 静 粛 に ! 」
――――いよいよ持って、来るべき時が来た。
もう僅かな希望も残されていない。よりにもよって「絶望真っ只中」のこの場面でである。
脳内シュミレーターは完全に真っ暗。もはやパーセンテージ表記すら記されていない。
あるのは画面の真ん中に、デカデカと「GAME・OVER」の文字列が浮かんでいるだけである。
(マジで……頼むって……!)
そんな中で、起こり得ない奇跡に縋りつつ――――両の手を握り、目を瞑った。
懇願の言葉を、何度も繰り返しながら。
(此度の二人の罪人、この期に及ぶ獣の如き争い、実に嘆かわしい)
(因果とはすなわち個々に備わりし運命。他者に預けられるような物ではないと言うのに……)
「わあったからとっとと言え!」
「お前は黙ってろボケェ!」
「 静 粛 に ィ ! 」
(故に我思う。此度の罪。それは互いの因果が重なりたもう故に呼び込みし運命)
(なればこそ、その重なりし罪。それを清めしは個々では非ずと判断す)
ジャラ……アニマの中の鎖が、激しく動き始めた。
闇の中でジャラジャラと活発と動きを見せる鎖が、今まさに「その時」の前兆である事。
それは初見である僕にも、否応なく伝わってしまった。
(そして我願う。我が生み出しし戒律と言ふ物が、混ざり溶けた罪を自らの手で断たんと、切に――――)
(切に――――)
ジャララララ――――動く鎖が「暴れる」と形容すべき激しさを迎えた頃。
蠢く鎖のその合間から……ほんの一瞬だけ。
一瞬だけだけだが確かに見えた――――闇の深淵からこちらを除く「何か」を。
(戒律王の名において、罪人に判決を下す――――)
その「何か」は白と黒とに分かれていた。
白と黒に二分された「何か」が、闇の球体と同じくこの部屋の形に添って球を成している。
わかった事は、ただそれだけだった。
だからあくまで、そこから先は予想でしかない。
(判決は――――)
これはあくまで予想……だが、そうにしか見えない。
闇の中の鎖の合間から見える白と黒の球。
それは――――
(……目?)
こちらを除き見る、「目玉」に見えたんだ――――
――――
……
「あ”~~、うっま!」
「ガッつきすぎでしょ」
サンサンと照りつける太陽の下――――。
通行人でごった返す人々をしり目に、僕は今、ここへ来て初めての食事にありついていた。
今僕がいただいているのは、みなさんご存じのチャーハン”風”料理。
原材料が全くの未知なので、現時点では「風」と付けざるを得ない。
だがこれを味で表現するなら、このパラパラした食感。油っこさの中にほんのり昇る風味。
これらの特徴からして、やはりこれはチャーハンなのだ。
「そんな質素なもんでいいんすか? 腹減ったでしょ?」
「いーのよ……どうせ食欲湧かないし」
ここへ来てまともな食事をしていなかった僕は、それはもう怒涛の勢いでメシにあり付いていた。
そんな僕とは対照的に、大魔女はなにやら「赤い果物」らしき物をシャリシャリと頬張るだけ。
しかも何の手も加わっていない。そのまんまの形でだ。
せめて「皮剥いてもらえよ」とも思わなくもなかったが、まぁ本人がそれでイイならこれ以上は言うまい。
きっとアレは皮もおいしいタイプの果物なんだろう。
そう結論付けて、僕はさして気にせず、引き続き自分の食事にガッついた。
「すいませ~ん! おかわり!」
「アンタ、ほんとよくそんなに食えるわね」
お察しの通り、ここは所謂「飯屋」に相当する場所だ。
日差しが強いので本当は屋内席がよかったのだが、大魔女がめんどくさがって屋外席に座ってしまったので、この場所を選ばざるを得なかった次第である。
だが――――そんな事は些細な事でしかない。
いやむしろ、その程度で文句をつけては「大魔女様に示しがつかない」。
僕はここへ来て、この大魔女に初めて「感謝」をしていたのだ。
この御方は大魔女と呼ばれるだけあって、本当に地位の高い御方であると言う事だ。
その位の高さっぷりは、この街の住人から否応なく叩きこまれる事となり、その結果――――
(――――そんな、とんでもない! 大魔女様からお代金をいただくなんて!)
(――――さささ、どうぞごゆるりとお寛ぎ下さいませ! 店員一同、心を込めて作らさせていただきます故!)
大魔女の地位は魔法だけでなく、すざましい「クーポン」効果を表していたのだ。
僕もびっくりだ。まさかこの、飲食店のメニューに載ってる品々が、全て「無料」だなんて……
きっと歴代の内閣総理大臣ですらそんな経験はないだろう。
こっちの世界にはない絶対的な権力。
その恩恵に、今僕は、溺れそうなくらい漬かり切っているのだ――――。
「どーでもいいわ……そんなもん……」
「えーなんでー!? こんなに至れり尽くせりなのに!?」
「ほらコレ! マジでうまいっすよ! 一口! 一口食べてみって!」
「……うぜえ! 向う行け!」
オールフリーと聞いてテンションの上がる僕に対し、大魔女のテンションの実に低い事。
こんないい思いをしているにも拘らず、何をそんなにしょげる事があるのか。
少々うざがられても構わない。
この喜び、大魔女様にも今一度味わってほしいのだ――――
――――が、僕のそんなハイテンション振りを、大魔女様はちゃーんと見抜いていた。
僕は「大魔女がテンションの低い理由」を何となしに察していたのと同様。
逆に「僕がハイになる」理由も、大魔女はすでに把握していたのだ。
ジャラ……
「あっ」
「ほら、早速縮んだ」
そう、僕はただ忘れたかっただけなんだ。
無理やり気分を高揚させて、自分の受けたこの「枷」を……
勢いにかまけ、力ずくで「遠い記憶の彼方」へ追いやってしまおうと。
「どんなけ忘れようとしても無駄よ。罪を償いきるまで、その”鎖”は決して外れない」
「で……さっき言われように、”アンタがやらかすとアタシの分まで縮む”んだから」
「……」
「わかったらとっとと座れ。いいから黙ってメシにがっついなさい」
僕らが受けた判決――――
それはやはり案の定「無罪」とはならず、二人して仲良く「有罪」の判決を受けた次第だ。
なんとかかんとか「死罪」こそ免れ、そのおかげでこうしてうまい食事に舌鼓を打てているのだが……
だが、この罰は一切予想が付かなかった。
それは僕は当然として、有罪常習犯であるはずの、この大魔女様ですらも――――。
(――――汝ら、互いが互いに、至る因果の要因であると認識す)
(――――汝らの此度の咎、それは互いに欠く慈しみの心に起因せりと判断せざるを得ない)
(――――よって”戒律王”の名において、咎人に審決を下す)
(――――両者、”共に助け合い”共に互いの咎を浄罪せし)
(――――それこそが……因果に放たれた救世の世への導とならん!)
((――――ええええ~~~~ッ!))
――――
……
「くっそ~、まさか【連帯責任】方式で来るとは予想外だったわ」
「…………」
大魔女は戒律違反の常習犯だ。
だが、それは常に”一人”の場合だった。
今回の判決における、大魔女に取っても予想外となったその最大の要因。
それは、こいつの隣にもう一人――――”僕がいた”事。
「これ……いつ解けるんすか……」
「知らない……あんにゃろうの言う”共に助け合ったら”じゃない……?」
大魔女曰く、この判決そのものが結構なレアケースらしい。
「共に助け合い、共に互いの咎を浄罪せし」――――その結果渡された【連帯責任】の判決。
きっといつまでもいがみ合う僕らを見かねた戒律王が、「お前ら仲良くしろよ」と言う意味合いを込めて出した物だろう。
だが――――問題はその方法。
水と油を同じ容器に入れても決して混ざり合わない。
それと同じで、こんなもので縛った所で……混ざり合う事なんて、あるはずがないのに。
「これは【断罪の鎖】つってね。まぁ名前の通り罪人の罪を断つ為の物なんだけど」
「心入れ替えて善行を積めば、段々と伸びてって一人でに落ちる。だけど、反省せずにひたすら悪行を重ねれば……」
「鎖はドンドンと短くなり……最終的に……」
「――――キュッ&ボーン! ってなるわけ」
そんな危なっかしい鎖が二人の首元にぶら下がっている現状。
「キュッ&ボーン!」なんてコミカルに言った所で、何の慰めにもならない。
そして一番の問題は……何と言ってもその鎖が【連耐責任】方式であると言う事。
つまりそれは、要するに、どちらかがやらかせばその片方も必然として――――
「ていうかこんなもん……まともにやってられっかァーーーーッ!」
「ちょ」
「考えろ! 考えるのよアタシ! どうにかしてこのくっそ汚いボロ鎖を……!」
「あ~~~~もう! 余計な事すんな!」
無論鎖を無理に抜こうとすればどうなるか……は、言うまでもない事。
一人の時はそれも出来ただろう。だが今回ばかりはそれをやられちゃ困る。
何と言っても僕の相方は、この鎖の愛用者。
コイツが不正を働けば働く程、僕の首が「キュッ」となり、そして同時にこいつの首も「ボーン!」となるのだ。
「頼むから……じっとしてて……」
「……はぁ~」
こうして僕らは、課せられてしまったのだ。
共に助け合う事。共に支え合う事を――――”命と引き換え”に。
「なんでこんな魔法も使えない奴を……」
「なんでこんなワガママな奴に……」
二人は紡がれた――――。
一心同体ならぬ、一身同「命」として。
つづく