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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
戒律が紡ぐ相反
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十五話 誠意

 

(此度の罪人は二名、か……)


(こいつ……!)



 ついにその姿を現した闇の球体。元い戒律王・アニマ。

 その声はテレパシーのように脳内に直接響き、言葉も姿も、王の位を感じさせる確かな威厳に溢れていた。

――――だが、そんな遥か高位に位置する戒律王に、何故これほどまでの強い既視感を感じるのか。

 顔見知り、久々に会った友人、たまに来る親戚一同、小学校時代の担任等々……

 そんな程度じゃ片が付かない。それほどまでに強烈な「郷愁」が、この戒律王から発せられていた。



「相変わらず堅苦しい言葉ね。わかりにくいからもっと噛み砕いて言いなさいと、何度言えばわかるのかしら?」


(また、汝なのか……)



 僕を襲う謎の親しみと同様、本当の意味で顔見知りなのが横にいる大魔女だ。

 「よっやってる?」――――こんな感じの口調で、大魔女は早速王に無礼を働いた。

 常連だからか現状を理解していないのか、とにもかくにもいい加減大人しくして欲しいと思う今日この頃ではある。



 だが……今回ばかりはそのふてぶてしさに助けられた。

 死罪に対する恐怖も相当な物ではある……が。

 生死を握る相手へ「懐かしみ」を感じる自分にも、相応の不気味さを感じていた所だ。

 大魔女の舐めた態度が、逆に緩和してくれる……

 得体の知れない、僕の中に蠢く”何か”を。



「こっちだって、まさかこんな短期間にまた再会するとは思わなかったわよ」


「けど、今回は別。ただの事故。今回ばかりは私は何もしていない」


「これから執行官長おじいちゃんがその辺説明してくれるから、耳かっぽじってよ~く聞きなさい」



 が、やっぱりちょっと慣れ慣れ過ぎると思う今日この頃。

 これは所謂「不敬」――――この時点で恩赦の可能性は露と消えそうな気がしなくもない。

 大魔女の不敬に対する戒律王の戒めは、言うなればツッコミ。

 これも常連だからできる技なのだろうか。

 大魔女の下らないボケのせいで、幾ばくかの無駄な時が流れた。

 


――――だが、おかげ様で今一度”冷静”に立ち返る事が出来た。

 大魔女はもしかして、僕の為に「時間を稼いでくれた」のでは……そう思えるくらい、この無駄なやり取りが、僕の心を落ち着かせたのだ。

 その真意がどうなのかは知る由もない。が、もう大丈夫……”たった今勝算はできた”。

 この大魔女と戒律王が織りなす雑談まんざいが、僕に勝機チャンスを与えてくれたのだ。



(汝から発せられるその言葉、一体幾度となく聞かされたであろう)


(罪人は皆、そう言うのだ……特に汝の場合は、突出して)



 「罪人は皆そう言う」――――つまりここに連れてこられた被疑者は、皆が皆自分の罪を緩和すべく、ありとあらゆる弁明を行うと言う事だ。

 その結果がどう転ぶかは大魔女を見れば明らかではあるが、重要なのはそこじゃない。

 重視すべきは、戒律王はそれらの弁明を”一応は”聞いてくれると言う事だ。



(だったら……!)



 言っても戒律の王と呼ばれた存在。

 以下に弁明の余地が与えられると言えど、このアニマが”現れた時点で”罪人の罪はほぼほぼ確定していると言えよう。

 アニマは、その罪に対する裁量を下すだけの存在。

 この世界の罪人――――と言うより、大魔女のみそこをはき違えている。

 その事実を教えてくれたのは、何を隠そう大魔女おまえ自身だったと言うのに。




(――――こいつもついでに”や”っちゃおっか)




 と、言うわけで僕の弁明はこうだ。




「本当にすいませんでしたァーーーーーッ!!」



(ぬおっ!?)




 答えは「素直に認めて誠意を強調する」事――――。

 尽力すべきは、この一点なのだ。



「数々の無礼、本当に……本当に申し訳ありませんでしたァーーーーッ!」


「ま、またそれなの……」



 声高らかに吠える僕に、皆が皆一斉に視線を集中させた。

 アニマも大魔女も周りの執行官共も、揃って僕に釘づけだ。

 「一体何を……」そんなヒソヒソ話がそこかしこで聞こえてくる。

 哀れみ混じりの困惑を空気で感じ、その感情を一身に受けた僕は、言うなれば「恥晒し」真っ只中であろう。

 だが、それでいい。これこそが――――僕の狙いだ。



「謹んでお詫び申し上げますぅーーーーッ!」


(……気が触れているのか?)



 そして僕の目論見通り、場内はざわざわとざわめき出した。

 この行為は、行為そのものよりむしろこの「人目に付く事」が重要なのである。

 注目を集める程声を荒げ、一身に集めた視線に、この極限まで頭を垂れる行為を見せつける。

 これにより生まれるは――――「情」。

 奇怪な視線はいつしか情に代わり、そしてそこまでいけばもうこっちの物。

 経緯も内訳も何もかもが蚊帳の外へと追い出されて、この技を浴びた者はこう言われるのだ。



(何もそこまでしなくても……と)



 これにはさすがの戒律王もたじたじだ。

 そう、僕はいわば戒律王と対を成す存在なのだ。

 お前が戒律王を名乗るのなら、僕は――――



(謝罪王だッ!)


「バッカじゃないの」



 とまぁひとしきりやった所で、とりあえずの誠意は伝わった。そう思いたい。

 アニマ――――姿こそ異形のそれだが、意外にも話は結構通じるタイプだと僕は判断した。

 その判断材料は大魔女とのやり取り。

 あんな会話ができるなら、それなりに浮世の「俗っぽさ」は持ち合わせているようだ……。

 そう思えるくらい、戒律王は大魔女に対し、明らかに「うんざり」していたのだ。

 


(……とりあえず頭をあげよ、悔い改める物よ)


「アニマが頭上げろつってるでしょ。はよ立て」


「フォ、ふぉんふぉーにもうしばげありまぜん(本当に申し訳ありません)……」


「……立てっつってだろが!」



 さっきの言葉。

 「またお前かい」とツッコミを放った戒律王は、どことなく人情味溢れる印象を受けた。

 例えるなら、「時に厳しく時に優しく」。子だくさんな家庭を支える一家の大黒柱おやじのような、そんな印象。

 まぁその辺は実際に自分がなってみないとわからない所ではあるが……。

 誰かに判決を下すと言う行為は、そう言った「感情」の要素が必要不可欠――――なのかもしれない。



(ふぅむ……これはまた奇特な者を連れて来たな……)


「ただのアホよ」



 そう考えれば一応の合点は行く。

 ただひたすら判決を出すだけなら、機械マシーンと一緒だもんな。

 それならわざわざこんな回りくどい真似をして、こんな異形を呼び出す必要もない。



 大魔女も言っていたように、無駄な時間をかけて呼び出す手間……。

 それにはやはり、なんらかの”意味”があるのだろう。

 それが何なのかはわからないが、このノリだったら……きっといける。

 相手の情に最大限”付け入る”。これこそ謝罪の極意と言えるのだから。

 


(とりあえず、頭を垂れる者よ)


「はい……」


(汝その罪、枷と改めその身に宿し、重み晴れるまで咎と向き合う事を誓うか)


「……はい!」


「爽やかな返事してんじゃないわよ」

 


 大魔女様の言う通り、口調が仰々しすぎてほぼ何を言ってるのかわからない。

 だが僕の経験上、こういう時はとかく「大きく明るく元気よく」返事をする事が肝だ。

 あいさつは大事ですよとPTA連中もよく言っている事。

 そしてその教えの通り、威勢のいいあいさつで大体の事はうまくいくのだ。



(咎の見聞人、彼らが今一度その枷と向き合うべく、背負う重みを言葉に告げよ)


「――――は!」



 戒律王がそう呼びかけると、さっきの執行官長じいさんが入って来た。

 じいさんの立ち位置は、さっき見渡した傍聴席の中で一つだけ目を引く、やたら豪華絢爛な凸部分だ。

 ああそうか、そこは罪状を読み上げる場所だったのか。

 こっちで言う検察席って奴か? 完全に勘違いしていた。

 


「断罪の中心に負わす二人の咎人――――」


「左方の女はその紅蓮の怒りにより野を焼き払い、その地に住まう生命の宿を奪い――――」


「んな大げさな……」



 執行官長は戒律王に言われるがまま、二人の罪状を読み上げ始めた。

 先ほどの優しいおじいちゃん口調は一変。実に形式ばった仰々しい口調である。

 大事な儀式なのだから当然と言えば当然であるが、にしても言い方一つでこうも印象が変わるものか。

 執行官長の読み上げる大魔女の所業は、まさに”極悪”の二文字だった。



(悪魔じゃねーか)



「右方の男はその怒りの口火を切り、美しい森林を漆黒の大地へと変貌させん――――」



(えっ)

 



――――それは、僕も含めて。




「まさに悪魔ね」


(…………)



 若干、悪意のある告げ方に感じられるが……まぁその辺は事実なので仕方がない。

 この告げ人がさっきのじいさんだったのは幸いだ。

 戒律王も含め、この爺さんにもそう。十分「前フリ」は済ませたつもりだ。

 真摯な態度で贖罪の意志は見せつけたつもり……

 だから、現時点で最も重きを置かれるのは、やはりこの大魔女が唯一なのだ。



(でも……待てよ?)



 この間を利用して、脳内で軽いシミュレーションを立てた。

 ありとあらゆる可能性を考慮しつつ、弾き出した僕の運命のパーセンテージ。

 その結果……残念ながら僕にも「有罪」が下される可能性が高いとの結果が出た。

 数値で言うと60%強と言った所か。まぁまず避けられない数値だ。



 だが――――そこに「死」は入っていない。

 有罪こそ受けど、肝心のその内訳。

 罪に対する罰で最も重い「死罪」の可能性は、限りなく0に近いのだ。



(だって……)



(――――消し飛んだ分の木をお前が植えろとか、森に住んでた生き物達をしばらく保護しろとか、そんなんよ)


(――――アタシは使える魔法いっぱい持ってるから、いつも情状出てるけど……)



 常連である大魔女の口ぶりから察するに、アニマの下す判決とは「犯した罪に相当する」罰を与えると言う事だろう。

 所謂「因果応報」って奴だ。

 その為大魔女は、お得意の魔法で「贖罪」と言う名の応報を課せられ続けて来た……と。

 そしてその判断基準はきっと僕にも当てはまるはずだ。

 確かに僕は魔法が使えない。が、使えないなら使えないなりに、何かの役には立つはず……と思いたい。

 


(――――だから、アニマに罰せられるのはこいつだけでいいんだって。魔物駆除の囮にでもすればいいのよ)



 さすがに魔物のデコイにされるのは勘弁願いたい所ではある。

 が、まぁ、ちょっとしんどい目に合うのは覚悟せねばならない所だろう。

 「名前を尋ねる」行為がどれほどの因果を呼ぶのか、少し未知ではあるが……

 大魔女とセットで裁かれるなら、少なくとも「死」は免れるはずだ。

 いや、何としても免れないといけない。僕はここでやらねばならぬ事があるんだ。

 だから、僕はこんな所「死」んでる場合じゃないんだ――――



(た、頼むぞじじい……!)


「あーもう、何でもいいからはよ帰りたいわ」




 そして、相反する二人の思いがある種の重なりを見せた時――――




「さらに加えしその咎の連鎖は、右左方両方の咎人と繋ぎ留め――――」


(……ん?)




――――まったく予想だにしなかった、展開を迎えた。




「左方の女。男の記憶にかかりし濃霧を”これ幸い”とし、全貌告げぬまま、”許可なく奴隷契約”を交わすよう仕向け――――」


「……えっ」


「右方の男。女の怒りの口火、それすなわち魔女の”真名”を聞き出しそのものを手中に収めんとす――――」


(…………ほお)



 戒律王の態度が……少し、険しくなった気がした。

 さっきの聴取で聞いた事をそのままアニマに告げるだけ――――かと思いきや。

 何か”余計な一文”が混ざっていた気がするのは、気のせいだろうか。

 


(契約者に対する【未承認契約】は……未遂であろうと重罪である事は汝重々承知であるはずだが?)


「なッ!? 何故それを!? ちゃんと隠し通したのに!」


(なるほど、わざとか)


「――――しまッ!」



 【未承認契約】――――それは言葉の通り、”相手の許可なく”勝手に契約を結ぶ行為の事だ。

 言葉は違えどそれはこっちでもよくある話。速い話が「詐欺」だ。

 こっちの場合は大抵金の貸し借りや携帯サイトのワンクリック詐欺。

 または某大手企業主催のネットオークションでも、たまにその手の話題は出る。



 だが――――異界ここの契約とは、それら社会的な話とは少し異なる。

 この異界における、契約の何たるや。

 それは今ちょうど、ひっじょ~に”気まずそうな顔”をしている女が、事細かに教えてくれた事だった……。



(――――よしっ、じゃあアンタ。そこ立って)


(――――そこから動いちゃダメよ? 後はもう、ボーっとしてて)



「…………めぇぇぇぇオラァァァァァ!」


「ひゃ~~~~ッ!」



 僕が異界ここに来て最初に迎えた朝。その時の事は事細かに覚えている。

 この女に「魔法」と言う存在を直に見せてもらい、その力に、女の僕に対する所業がチャラになる程の感銘を受けたんだ。

 その時放たれた光は本当にキレイで、実に幻想的で……

 だから僕は、その力に敬意を表して尋ねたんだ――――女の名前を。



「だったらやっぱてめーがキッカケだったんじゃねえかゴラァーーーーッ!」


「…………るせぇぇぇぇ! 人んちに一泊しといて無賃で済ますわけねーだろがァァァァ!」



 僕が魔法と言う存在を知るキッカケとなった魔法陣。

 それは大魔女が描いた契約陣と呼ばれる物だった。

 「誰でもすぐにお手軽に」をモットーに生み出された陣は、初見の僕にも実に手軽に魔法の存在を植え付けた。

 そしてお手軽過ぎて、そんな発想すら湧いてこなかった。

 まさかあの時――――”奴隷にされそうになっていた”なんて。



「てめーさんざ好き放題言いやがってコノヤロー! やっぱ僕関係なかったんじゃないか!」


「ハァ!? 命助けてもらってはいさよならってどんなけ世間知らずなの!? アンタガチリアルバカ!?」



 大魔女が、この期に及んで追加で持ってきた「罪」。

 どさくさに紛れうまく隠したつもりらしいが、だがそうは問屋が卸さないのが法と言う物。

 その辺はこの世界の警察組織・元い執行院の優秀さに感謝すべき所である。

 どうやらここの場合、嬉しい事に「汚職」や「腐敗」とは無縁らしい。



「感謝の気持ちくらい出したらどーなのよ!? ほんの2~30年くらいアタシの世話するとか!」


「0が一個多いわッ! ボケッ! それ以前にんなもんするわきゃねーだろ!?」



 得てして、僕が仕込みに仕込んだ「贖罪」は水泡に帰した。

 死の恐怖以上に湧き上がる憤怒の衝動に抗う術もなく、よりにもよって”戒律王の目の前で”暴言を吐き倒してしまう始末に至る。



 二人一組の罪人が、互いに醜く罪を擦り付け合う図。

 それは戒律王からすれば、「醜悪」以外の何物でもないだろう。



(右左方共に、無法を極めし極悪人だな……)



 罪が相応の因果を呼ぶ――――その考えは間違いだった。

 むしろこの場合逆で、因果こそが罪を呼んで来たのだ。

 無論この場合の因果とは、目の前で「暴言交じりの言い訳」を繰り返している大魔女の事を指す。

 もはや存在そのものが「罪」と呼べるこの常習犯様が、自分が呼んだ法の濁流へと、物の見事に”僕ごと”巻き込まれてくれたのだ――――

 


「何が悲しくてあんなボロ小屋で家事見習いなんてやらなきゃいけねーんだよォーーーーッ!」


「そう言うと思ったから逃げられないようにコッソリやろうと思ったんだろがァーーーーッ!」



 罪に罪を重ね、さらに今新たな「悪」を秒刻みで重ねる僕らは、現時点で完全に「詰み」と言えるだろう。

 そんな事も考えられない……いや、もう、わかってしまったからか。

 「もうどうにでもなれ」――――そんな無の境地とも言える自棄に、僕はただひたすらに流されて行った。



「お前が死罪になれやァーーーーッ!」


「うるせェーーーーッ! てめーが代わりに死ねェーーーーッ!」



 そんな醜すぎる光景を、ただ俯瞰で見守るしかできない戒律王は……。

 僕ら二人が生み出した現状を、こう名付けた。




混沌カオス……だな……)






                     つづく





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