十四話 謁見
「どうぞ、中へ」
(今のは……)
扉が開かれた瞬間に感じた、あの謎の既視感。
一瞬の眩しさとその裏に存在した影は、確かにある意味で「モノクロ」と呼べる。
だが、それだけでは説明がつかない気がする。
白と黒――――ただそれだけの二つの色が、何故にあのふざけた怪人野郎を連想させるのか。
「はぁ~……またクッソ丁寧な召喚陣を描いちゃって……」
「……」
考えても、仕方がなかった。
そもそもモノクロと言う呼び方だって、あの無彩色がその名を連想させただけだ。
「名前を聞いてはいけない」――――その法律に準じるわけではないが、仮にアイツに名前と言う物があったとしても、だ。
今はそんな事二の次三の次。
むしろ、下から数えた方が速いくらいの優先順位なのだ。
「たったあれだけのもんに何十分かけてんの。総がかりでパパっと終わらせなさいよ」
「え、いや、我々は大魔女様程の魔力は持ち合わせておりませんので……」
そして逆に今最も優先すべき現実。
僕の生死を分かつ運命の一室が、ついに我が御前に開いたのだ。
緊張で震えと冷や汗が止まらない……そんな僕に反比例して。
約一名「知り合いの店」みたいな空気を出しているのが、余計に緊張を呼び込むのだ。
「もうほんと……見飽きたっての」
「だからこそ、我々としては非常に手間が省けます」
この部屋は、僕の知るところで言う”法廷”に当たる部屋なのだろう。
高級木材っぽい椅子や机は、ニュースで時折見る裁判の光景そのものだ。
――――多少の差異と言えば、部屋全体が「円形」になっていると言う所か。
通常の法廷はまぁ、基本四角形だ。
裁判官と対面する容疑者。そしてその後ろには傍聴席。左右には弁護士と検察官……だったっけ?
「ささ、大魔女様。”いつものように”お願いします」
「……ちょっと皮肉ってない?」
だがこっちの法廷は円形な為、「証言台兼被告席」が、揃って円のド真ん中にある。
そしてそこをグルっと囲む、傍聴席らしき設備。
傍聴席は所謂二階に位置し、その下部の一階に相当する場所は、関係者の立ち位置。この場をを取り仕切る執行官が、円に沿うように並んでいる。
この円形は言うなれば、まるでちょっとしたコロシアムみたいだ。
格闘技の興業があれば、いいハコになるだろう。そう思えるくらいの。
「ほらこっちよ。ちゃっちゃと動く!」
(あ……)
そして、急かされるままに円の真ん中に着いて、初めて確認できる箇所があった。
証言台から見て見上げる位置にある傍聴席の、その一部分だけが「凸の形」に高まっているのだ。
その凸部分だけが、まるで王座のように、妙に豪華絢爛に彩られている。
ともすれば間違いない。これが例の……裁判官席って奴か。
「はいそこ! 歩いてないで走りなさい!」
「こ~らそこのアンタ! 立ち位置が違う! 陣の中に入ってるでしょーが!」
「これからアニマ呼ぶんでしょ!? 全員、ちんたらしてないでキビキビ動く!」
(なんでお前が仕切ってるんだよ)
さすが常連だけあって、罪人の分際で裁判を仕切り始めた大魔女。
的確な指示と同時に鳴らす、パンパンと両の手を叩く音が室内にこだまする。
そして、この位置に立ってわかった事がもう一つあった。
扉を開けた時に感じたあの一瞬の眩しさ。
その正体は、この証言台を中心にびっしり描かれた「魔法陣」による物だったのだ。
(光だ……)
曰くこれは、魔法陣の一種・【召喚陣】。
その中でも、この執行院の物はアニマとやらを呼ぶために描かれる、陣の中でも特殊な部類に入る物らしい。
そのせいだろうか……陣はまだ発動させてないにも関わらず、不定期にチカチカと点滅を繰り返している。
微弱にぽわっと灯ったかと思いきや、たまにカッと強く光ったりもしたり。
執行官も仕事だから仕方ないのだろうが……とりあえず、目には優しくない労働環境である事は違いない。
「一通り終わったわね。じゃ、初めて」
「……コホン、静粛に」
大魔女の非常に段取りのいい仕切りのおかげか、どうやら無事準備は終わったようだ。
陣の外側には執行官が規則正しく並び、全員が全員緊張した面持ちで佇んでいる。
公務員が罪人に仕切られると言う前代未聞の裁判ではあるが、とにもかくにもお膳立ては終わった。
茶番はもう結構。これから始まるのは、冗談抜きの本物の裁判。
僕の生死に関わる、運命の時だ――――。
「ではこれより――――【謁見の儀】を執り行う!」
(ついにきた……)
「ふわぁ……」
「――――詠唱・開始!」
開始の合図と共に、並ぶ執行官が一斉に何かを唱え始めた。
何を言っているのかは聞き取れないが、おそらくは「呪文」またはそれに近しい物だろう。
――――執行官の詠唱に呼応し、不定期に点滅していた陣が均一に輝き始めた。
光は僕らの目の前を駆け巡るように回りながら、純を追うごとに、さらに発光を強めていく。
光は、次第に陣以上の大きさに膨れあがり、この部屋を太陽のように照らしあげた。
サンサンとした強い光が、この空間全体を照らしあげる。
「眩しい」――――先程と同じく、光がまたも僕の視界を、白一色に染め上げた。
「相変わらず、何人がかりで詠唱してんだか。こんなしょっぼいたかが数分程度の限定召喚にさ」
「ま、その辺が所詮、地方執行官って所ね」
大魔女は平気なようだが、僕はとてもじゃないが我慢できない。
先程とは比べ物にならない強烈な光が、この場の何もかもを見えなくするのだ。
それは、すぐ隣にいる大魔女の姿でさえも……。
「ぐぅ……ッ!」
そして、白しか見えなくなったこの光景の中から――――「ズッ」。
白い紙に墨汁を垂らしたように、今度は、”黒い点”が現れた。
「来やがったわね……」
(こ……れか……?)
この黒い点が現れるや否や、さすがの大魔女も沈黙に逃れ始めた。
大魔女様が恐れる……いや、めんどくさがる程の、伝承レベルで存在する「戒律の王」。
その伝説の存在が、僕にどんな裁きを下すのか――――それがもう、不安で不安で仕方がない。
ズズズ…………
そんな僕の心情を表すかのように、光の中から「闇」が侵食して行く。
白に浮かぶ黒点。元い「闇」は、瞬く間に光へと染み渡って行く。
そうして白に対しての黒。その均衡が崩れた頃――――
ついには闇は、自ら光を吸い込み始めた。
(この……”闇”が……?)
闇がこの場の白を急速に吸い込み、その結果――――
あれほど眩しかった光は、一瞬にして元の空間へと戻っていた。
パァ――――光が引波のように薄らいでいく。
そして横に目をやれば、そこは、詠唱開始前の元の部屋。
円形の傍聴席。詠唱中の執行官達。すぐ隣には大魔女……
この場にあるすべての物が、何の問題もなく僕の視界へと戻って来た。
「…………あれ」
だが――――そこには唯一、元とは違う箇所があった。
「え……どこ?」
「上よ、上」
「――――うわっ!」
それは――――そこにすでに”アニマがいた”事。
(汝ら、世の戒律の下に、贖罪の意を持って、それを甘んじるか……)
「出たよ……」
「こ、これが……」
アニマの出現位置は、完全に予想外であった。
傍聴席の一部の凸箇所。てっきりそこに現れる物だと思っていたんだ。
だが……あれは、なんら関係なかった。
アニマの定位置。そこは大魔女が示した通り、この部屋のはるか頭上。
この部屋と空を隔てる――――”天蓋の全て”。
「また……首が痛くなる場所に現れやがってもう」
(だって……これ……)
光を吸い込み生まれた闇。この闇が部屋の円に添って、球体の形を成した。
その闇の球体は今、僕らを見渡すよう遥か高みから、”確かにそこに存在している”。
ジャラ……ジャラ……闇の中からは何か、金属が擦れるような音が聞こえた。
闇の中から薄らと耳に届く、その擦音の正体。
それは、闇の中を森のように生え広がる――――「鎖」による物だった。
「くっそぉー! やっぱ縛る気まんまんね!」
(鎖……)
大魔女の口ぶりから察して、あの闇の中に生える鎖が罪人に与える罰のようだ。
闇の中を自由自在にうねる鎖は、川辺の水草のようにも見えなくない。
だが……位の高い相手にこう言うのも何だが、やはりアニマの御姿からは、生物の痕跡が感じられない。
体内に鎖を群生させた、形容しがたい闇の球体。
そんな生き物は、世界中どこを探しても存在しない。
(汝その罪、その重きを背負い、因果の穢れ浄め流す事を誓うか)
そして闇の球体アニマは、罪人二人に語り掛ける。
アニマが話しかける毎に引きつる、大魔女のこの明らかにイヤそうな顔。
それは間違いなく、これが世を総べる――――【戒律の王】その物なのだろう。
「裁判官」――――。
その言葉から、漠然と「人」の姿を思い浮かべていた僕は、完全に虚をつかれた形となった。
だがその実どうだろう。その存在は人どころか生物の姿ですらなかった。
むしろあれは「生物・無生物」の枠組みに入れるのも”おこがましい”。
言うなれば生きとし生ける物を生み出す「万物」とも呼べる存在。
広がる闇にチラつく鎖は、夜空に煌めく星々のよう。
そしてそれらを包む大空の如き闇は――――
(宇宙……)
だからこそ、余計にわからなくなった。
恐怖の象徴とも、幻想の苗床とも呼べるあの闇が――――
「何故、こんなにもアイツと被るんだ」と
(――――月ト 星ト 闇ガ 支配スル 時間ニ)
闇が支配する時間。
アニマのあの姿からして、確かにそうと呼べなくもない。
だが、だからなんなのか。
さっきからやたら脳裏をチラつく白黒の怪人が、何故にまた、こんな所で現れるのか。
(――――ウケイレロ ナニモカモ)
その答えはわからない。ただ緊張して錯乱状態に入ってるだけかもしれない。
ただ、それだけじゃどうしても説明できない事が一つあった。
この夜空とも宇宙とも、いかように言いかえる事が出来る闇に――――
「こら、ビックリなのはわかるけど、いつまで呆けてんのよ」
「シャキっとしなさいよ、シャキっと」
――――強い”既視感”を、覚える事が。
「……てる」
「は? なんて?」
(こいつ……知ってる……!)
”再会”――――またはそれに近しい感覚が過った。
つづく