十三話 気配
「あ”~、いつまで待たせるつもりかしら」
「……」
大魔女様の不吉なお告げから待たされる事、何十分が過ぎただろう。
この殺風景な部屋に殺生な女の組み合わせでは、会話が弾むわけもなく、ただただ時間だけが無意味に過ぎて行くだけだ。
この待機時間の辛さたるやもう、生半可な物ではない。
自分の人生を振り返っても、「待つ」と言う行為がこれほど辛かった事が、未だかつてあっただろうか。
そりゃそうだ……この待ち時間は僕に取って、本当に”一回こっきり”の時間なのだから。
(本当に……死刑なのか……?)
今ならば、死刑囚の気持ちが痛いくらいにわかる。
たまに本屋に並べられている、死刑囚が書いたとか言う本。所謂獄中出版って奴だ。
僕はあれらを見かける度に「これから死ぬと言うのに何を作家デビューしているんだ」とか思っていたが、あれは別にそういう事じゃなかったんだ。
彼らは、残したかったのだ……。
死を間近に控えた極度の不安と、抑えきれない溢れる感情。
そして、自分の生きた証とを。
「アタシがやればパパ―っと終わるってーのに。これだから一般魔導士は……」
僕の死罪……一応考えられる線として、この意地汚い女の性悪な脅しの可能性、無きにしも非ずではある。
だが、僕は異界の世界の事はまるでわからない。
異なる常識に異なる法則。その筆頭である「魔法」。
そして、先程の大魔女以外の連中のあの反応。
あの軽く引いたような表情を顧みれば……それは、全然ありうる話だった。
(魔法……か……)
「ひ~ま~」
そんな僕の気持ちも知らず呑気な事この上ないのが、横にいるこの最も異なる存在の女。
こいつはこいつで、今それなりに不安を感じているだろうが……僕のそれとは根本が異なる。
こいつの不安はただ「うっとうしい」だけ。
「悪事がバレたヤバイ怒られるどうしよう」。そんな死とは無縁の、子供染みた理由でしかないのだ。
「あんた、いい加減何かしゃべりなさいよ。死罪にビビるのはわかるけどさ」
「いい加減……ふわぁ……退屈で死にそうじゃない」
(できるわきゃねーだろ……)
この落ち着きのなさがいい証拠だ。
脚を机の上にボンと起いて、机と脚の反動を利用しギコギコと揺らす様は、小学校低学年くらいに行儀悪い系男子がよくやっていたアレだ。
が……”こんな場所でそれができる時点で”、だ。
反省なんて微塵も感じられない。法も常識も、何もかもを”舐め腐っている”態度。
僕にはない、「ド根性」と言うか「鈍感」と言うか。
だが今は、そんな余裕のこきっぷりが……ちょっとだけ、羨ましかった。
「ゴーレム、やっぱり連れてこればよかったかも。あいつとじゃんけんでもすれば、ちょっとは暇を潰せたのに……」
(じゃんけんて)
「まぁいいわ。しゃべれなくても手ぐらい出せるでしょ」
と果敢に勝負を挑みなさる大魔女様の果し状を、完璧に無視した所で。
思い出したのだ。僕には魔法こそない物の、その代わり唯一大魔女に勝っている能力がある。
それは――――「時間を潰す事」だ。
「ほらいくわよ。じゃ~んけ~ん……」
(お前は右手と左手でひたすらじゃんけんしてろ)
そう、僕にはあるのだ。
普段はポケットに収まっているものの、ひとたび開けば、暇つぶしからショッピングまでありとあらゆる事ができる、現代が生んだ万能情報ハイテクノロジー機器が。
(記録更新でも狙うか……)
――――ずばりその名も、【スマートフォン】である。
「……なに、それ」
「何って、スマホだけど」
「素魔法……?」
「ちげーよ。素揚げみたいに言うな」
大魔女は目を丸っこくしながら、僕をじっと見つめて来た。
正確に言うと、目線の先は僕の手元。僕が指を巧みに使い操る、このスマホに向けてだ。
何をキョトンとしているのかと思ったが……ああ、そうか、スマホが珍しいのか。
僕にとっては日常茶飯事過ぎてつい失念していたが、ここは異界。
魔法が当たり前のようにある代わりに……意外にも、こう言う情報機器の類は存在してないみたいだ。
「ま、その辺はお互い様って事で」
「――――ねねね、なにそれ? 額縁? 写真立て?」
「ぬあっ! う、うぜえ! あっちいけよ!」
興味を持った大魔女の視線は時を追うごとに強くなり、ついには眼球そのものを直に近づけて来た。
こいつの後頭部が邪魔で操作がし辛いが、どけと言った所でこいつがどくはずもない。
そうして、ついには画面がこいつのブロンドヘアーに置き換わり、直後――――
僕の手元から、離れた。
「アンタいい珍品持ってんじゃない! ちょっと、か・し・な・さいッ!」
「――――あってめっ! か、返せ!」
ぬかった……。どうやら、起動したゲームのチョイスが悪かったようだ。
僕が起動したのは、某世界的有名キャラがデフォルメ姿で登場するパズルゲーム。
僕としては単にランキングに乗っていたから落としただけで、そのキャラにそこまで思い入れがあるわけでもないのだが……だが”女の子”は別だ。
世界的に有名だけあって、世の女の子の「かわいい」を一身に集めたこのキャラクター。
そのかわいさは、どうやらこの大魔女の心をもガッチリ掴んだようだ。
「きゃーッ! ちょちょちょ、なんかかわいいのがほわほわ落ちてくる~~!」
「ああもう……課金アイテム使ってんのに……」
「ねねね、これ、どーすんの!? どどど、どーすればいいの!?」
「連鎖して消すんだよ! はよやれ! スコアが途切れるだろーが!」
そして大魔女は言う。「こんなかわいいいのを消しちゃうなんてとんでもない――――」。
説明が、最高にめんどくさかった。
お前の中の「消す」とは根本の意味が違うし、そもそもそれ以前に、消し方すらわからない分際で何を文句垂れているのか。
論より証拠。せめて勘でわかるように、お見本を見せてやりたかったのだが……
だが持ち前の「かわいさ」が、大魔女の心のみならず体までもを離そうとしないのだ。
「……あれ? 終わっちゃった?」
「ゲームオーバーだよバカ! もう……いいからさっさと返せ!」
「――――あ、また始まった」
「続行すんな!」
僕がなけなしの小遣いで課金した強化アイテムが、みるみる内に消費されていく。
片っ端から消していかないといけないゲームなのに、こいつが逆に「積み上げる事」に尽力を尽くすからだ。
金銭的被害は、現時点で夏目漱石一人分を突破した。
わかった。課金分はもう諦めよう……。
だからこれを、どうにか――――「罰金」と言う事で、容赦してくれないだろうか。
「――――お二方、お待たせ致しました。アニマ謁見の準備ができましたのでこちらへ」
「だから! 同じキャラを重ねないといけないんだよ!」
「え、どれ!? どれとどれとどれよ!?」
「見りゃわか――――お前センス0か!?」
「……あの~」
あれほど待つ事に辟易としていたのに、今はむしろ時間が惜しいと感じるのは何故だろう。
この短時間の間に「最低限の操作方法」と「最低限のルール」を叩き込む事ができた僕は、全国規模で見てもかなり頑張った方だと思う。
大魔女はスマホを一行に手放さない。
「今度こそ」「次こそは」と何度も続行を繰り返し――――
そして、僕らを呼びに来た存在に気付いたのは、このさらに数分後の事だった。
――――
……
「んぬぬ……あ~! また時間切れ!」
「もう、いいからそれ返せよ……」
「一体、何してらっしゃるのです?」
呼び寄せられた僕らは案内役の執行官に率いられ、例の「裁判の間」へ向けて歩かされた。
ここまで来ると、いよいよいもって鼓動が止まらない。
この一歩一歩は、下手をすると死への距離を”自分で縮めている”と考えると、自然と歩幅が鈍くなると言う物。
そんな僕の心中まるで心にあらず。
大魔女はこんな時にも未だスマホを注視し手放さない。
操作が少し上手くなっているのが腹正しい所だが、だが大魔女は、自分が今している事が自分の首を絞めている事に気づいていない。
それはこっちの世界での悪しき行為。通称「歩きスマホ」って奴なのだ。
「こちらです」
(う…………)
長い廊下を歩かされ、ついに着いてしまった裁きの間。
内心穏やかじゃない罪人の心を見透かすように、バカでかい扉がそこにはあった。
デカい分飾りつけがしやすかったのか。まるで遺跡みたいな仰々しい模様の数々が、なおさらに僕の心を威圧する。
僕にとってこの扉は、天国か地獄への扉になるかもしれない……のに。
この後に及んでまだ操作の仕方を訪ねてくる大魔女様の為に、一つ新たな操作方法教えてやった。
「このボタンずっと押しっぱなしにしてみ」
「ここ?」
――――電源の切り方だ。
「謁見者、入来ー!」
「えっあれ? なんか動かなくなっちゃったわよ!? どうなってんの!? ねえ!?」
「……」
「ちょっと、何も見えなくなっちゃったわよ! これどうすればいいの!?」
「ねえ! ねえってば!?」
極度の緊張が、耳を曇らせていく。
ドクンドクンと高まって行く自分の鼓動が、隣でうるさい女の声をも塞ぐ程に。
ギィ……そして扉は開かれた。
扉の奥は照明でもあてているのだろうか。開くと同時に、カッと眩しい光が漏れた。
(……あれ)
ずれる焦点。広がる光。
視界いっぱいに飛び込んだ、無彩色の白。
そんな光が晴れる一瞬の間の中に――――僕は確かに、感じ取った。
(――――月ト星ト 闇ガ支配スル 時間ニ)
(――――モウ一度 教室ニ コイ)
「モノクロ……?」
――――よく見知った、黒い気配を。
つづく