十二話 代任
「ゼェ……ゼェ……」
「ハァ……ハァ……」
思いもよらぬ、熱い戦いだった。
事情聴取――――のはずだったのに、いつの間にやらプロレスのマイクパフォーマンスばりの大論戦になっていたのだ。
そんな事態になったのはもちろんこの大魔女様のせい。
このアマが、自分だけが助かりたい一心で、ある事ない事ガンガンに盛る物だから……
「なんで……そんなウソばっかつくんだよ……」
「うっさいボケ……お前だけ裁かれろ……」
無論僕もそんな事をされて黙っていられるはずもなく、全力で抗議。
だが抗議すればまた大魔女が嘘を盛り、それをまた僕が抗議――――
そんな水掛け論がひたすら続いた末に、互いに声は掠れ果て……
もはや、互いに何を言っているのかわからなくなってしまった次第だ。
こうなればもはや聴取どころではない。
試合は決め手に欠けたまま終了。判定は、ジャッジに持ち越された。
つまりこの頼りなさげなじいさん待ちなのだが……
「こんな所で……また”縛られて”たまるか……」
「だから……それもお前の自業自得だろ……」
その間、激闘を称えるわけではないが、今となってはちょっとだけこの大魔女の気持ちもわかる。
さっきからちょくちょく漏らしていたが、こいつは”前にも”何かをやらかして、言わば執行猶予中の身なのだ。
そんな中でまた、有罪判決を食らおう物ならどうなるか――――
その辺は、こっちの世界と同じだ。
「初犯なら……ちょっとくらい汚れてもいいでしょ……」
「ざけんな……なんでお前の尻拭いを僕が……」
だが、だからと言って僕を巻き込むのはやめていただきたい。
僕の罪はただ一つ。「名前を尋ねた」ただその一点だけだ。
そもそもそれ以前に、必死になる方向性が間違ってるんだ。
そんな人を陥れようとするくらいなら、真摯に「反省の素振り」を見せた方が、よっぽど効果的だと思うのだが……
「くそ……やっぱりゴーレムも連れて来るべきだったわ……」
「あれは……お前側の奴だろが……」
――――どうやら、そんな発想はハナっからないらしい。
「ではでは事情を……ええと、突如魔霊の森に迷い込んだこの少年。大魔女様は魔物に襲われていた少年の命を救い――――」
「そうよそれ! アタシが颯爽と現れてこいつを助けてやったの!」
「しかし少年、命からがら窮地から逃れたと思いきや、その後大魔女邸にて執拗な暴行を受け――――」
「それっすよそれ! なんか得体の知れない薬とか飲まされそうになったりしてさぁ!」
「――――で、翌日。大魔女様が魔法陣を描いている途中……」
「この少年が”名前を聞き出そうと”した事に腹を立て、つい魔力を放出してしまったと――――」
「で、よろしいですかな?」
この爺さん、ありがたい事に……頼りないように見えてちゃんと仕事はしていたようだ。
じいさんがまとめた調書。そこに大魔女の嘘はゴッソリと削られ、記されたのは確かな「真実の記録」であった。
さすが署長殿……じゃなくて、執行官長殿。
嘘つき魔女め、顔見知りなのが仇となったな。
半端に付き合いがある分、じいさんは大魔女の嘘を悉く見破っていたようだ。
「ふふん」
「ふん……まぁそれでいーわ」
「それでいいじゃなくて最初からそれしかねーんだよ」
「でもだったらわかるでしょ? アタシ、だったら悪くないじゃん」
「こっちに越して来た時に、ちゃんと”契約”交わしたわよね? アタシの魔力が森に影響を及ぼす時があるかもってさ」
(契約だ……?)
嘘が見破られて一安心……と思いきや、ここで新たな不安材料が現れた。
契約――――なんの事かと思いきや、なんと”この街が大魔女と交わした契約書”があるらしい。
なんだそれ。バカげてる。街が一個人と契約とか、芸能人じゃあるまいし……
内容は、要点を掻い摘んで主にこうだ。
1、大魔女が森に住む事で、森に迷い込んだ住人を助ける。
2、大魔女が年に数回、森の奥深くにある貴重品を街に運んでくる。
3、大魔女がその他災厄から街を守る。
4、大魔女が起こした不都合を、街は原則として不問とする。
(密約……!)
「ふふん」
これは決して黒い関係ではなく、列記とした正規の契約だ。
所謂、相互関係――――なんて事だ。
このアマの正体は、裏でこの街を仕切る「元締め」だったのだ。
これでは、僕が圧倒的に不利じゃないか……僕なんて、街どころか世界そのものが初見だと言うのに。
(”原則不問”……だと……?)
「だから、アニマに罰せられるのはこいつだけでいいんだって。魔物駆除の囮にでもすればいいのよ」
(ち、ちくしょ~……!)
まさかの切り札に思わず舌打ちが出る。
大魔女が起こしたあの大災害。それを街は、「街に危害が及ばぬ限り」大抵は不問にすると、ハッキリと契約書に書かれているのだ。
大魔女は森こそ焦土にした物の、契約通り、確かに”この街には何の被害も出しちゃいない”。
つまりこれで、大魔女の罪は事実上無効……まさかまさかの、逆転サヨナラ満塁ホームランである。
「しかし大魔女様、今回の場合は……こちらをご覧くだされ」
(ん……)
――――かと思えば、またも新たなる要素が出て来た。
「ご覧くだされ」と言って爺さんが懐から出したのは、一枚の紙。
ちょうどこの街と森とが載っている、ここら辺一帯の地図だ。
「こちらが事件前の森を、天からの視点で描いた物ですじゃ。緑が広く覆われてるのがわかりますな」
「で、こっちが事件後……」
「…………」
「ちょ」
爺さんは地図の森の部分にフッと息を吹きかけた。
吐かれた息にキラキラ光る煌めきが見える。つまり、”魔法”だ。
魔法と言っても大そうな物じゃない。効果は、地図をちょっとだけ描き換える程度の物。
しかしたったそれだけの事が、僕にとっては……これ以上ない”究極魔法”だった。
「これを不問にするには……少しばかり規模がでかすぎますな」
「……」
爺さんが吹いた魔法の吐息は、地図上の「緑色」をローソクのように掻き消した。
吹き飛ばされた緑色の森には、元々の紙の材質だろう「灰色がかった白」が浮かび上がる。
そして緑色で描かれていたはずの森は、あれとあれよと白くなり――――
直に”森全体”が、白くなった。
「この規模になりますと、無論【帝都】もその存在を把握している次第で……」
(つまり)
「事が起こった当時刻、帝都からすぐさま伝達がありましてな」
「その内容は……つまりその……」
(”庇いきれなかった”――――)
【帝都】――――そこはすなわち、この国か世界かの”首都”にあたる部分だ。
どこにあるかは知らないが、まぁまずこの破壊振りだ。
よほどの開発途上国でもないかぎり、無論この一件は察知しているはずだし、首都直々に連絡を寄越されたとあっちゃあさすがに一地方都市じゃ隠しきれないだろう。
と言うよりむしろ、この手の異変は絶対に察知しなくちゃならない要素だな。
「戦争が始まった」――――帝都の連中はきっと、冗談抜きでそう思っただろうから。
「ま……なんと言いますかな。話を聞く限り、あくまでこれは”不慮の事故”と言う事で……」
「とにもかくにも、”反逆”を企てたわけではない。帝国に悪意を持って行ったわけではないとは、重々伝わりましたしたので……」
「ハ、ハハ……」
(まぁ、そーなるわな)
大魔女はただ、力なく笑うのみ。こうなってはもはや様付けの呼称が虚しい所だ。
逆転満塁サヨナラホームランは、当たりこそデカかった物の、実はただのファールだったのだ。
裏で交わした密約が、まさか自分の首を絞める事になる等とは……
そんなの、当の本人すらも思っちゃいなかっただろう。
本当に、見事なまでの”自爆”だった――――。
さすが大魔女様。ありがとう大魔女様。
そしてさようなら、大魔女様。
あなたの事は、きっと一週間は覚えておいてみせるから。
(おっしゃぁーーッ!)
「ありのままを偽りなく掲げ、後はアニマの裁量次第……ですな」
「……ハァ~」
(ざまぁ)
「では、後程……」
大魔女様の溜息から逃げるように執行官長は部屋を出て行き、入れ替わりに今度は若い執行官が入って来た。
若い執行官の用事はなんてことない。さっき大魔女に言われた「飲み物」を持ってきただけだ。
コトン――――飲み物を机に置く音が、まるで終戦を告げる鐘のようだ。
そして音は余韻を与える。勝利の美酒ならぬ、勝利の呼び水である。
ふとコップの中を覗き込むと、中の飲み物に自分の顔が反射していた。
そのコップの中に写り込んだ僕は……勝利の実感が顔に出たのだろうか。
それはそれは、自分でも初めて見るくらいの――――実に眩い”笑顔”だった。
「――――ゲップ!」
「お、いい飲みっぷりっすねぇー」
コップが置かれるや否や即座に手を取った大魔女様は、その名に相応しき実に豪快な飲みっぷりで、瞬く間に飲み物を空になさった。
そして大きなゲップを吐かれた後、お次に吐かれなさるは――――
愚痴・愚痴・そして愚痴のオンパレードである。
「やってらんないわよ、ったく……ヒック」
「いやーどんな判決が下るんでしょうねー」
「もう……大体想像つくわよ……」
「ほほー、と言いますと?」
「消し飛んだ分の木をお前が植えろとか、森に住んでた生き物達をしばらく保護しろとか、そんなんよ」
「いちいちめんどくさい枷をかけてくるからヤなのよ……アニマは」
「ボランティアな感じですかねー、ハハ」
「――――何笑ってんだ!」
この怒涛の愚痴はまるで、酔っ払いのサラリーマンを相手にしている気分だ。
普段ならうっとうしく感じる事この上ないだろうが、だが、今だけは大人しく聞いてやろうと思う。
なんせこいつは、健闘虚しく「裁判確定」――――。
そして常習犯の経歴から顧みても、ほぼ確実に”有罪判決”が出されるのは、もはや明白なのだから。
「まぁ、やっちゃったもんはしょうがないっすよ」
「……誰のせいでこうなったと思ってんのよ!」
「すんませーん」
例のアニマの裁判とやら。
いつ行われるのかは知らないが、まぁあの爺さんの口ぶりからしてそんなに長時間待つ物でもなさそうだ。
とりあえず、この大魔女から離れられるとわかっただけでも、僕としては十分だった。
本当に、長く、辛い時間だった……
だがこの危険な女から、ようやっと解放される時が来たのだ。
ここを出たら、とりあえずあの爺さんの所へ行って、改めて芽衣子の事を尋ねようと思う。
警察署の署長なら、何らかの情報くらいは持ってるだろうからな。
そして、そうなると――――これから一切の関係が無くなるこの女。
もう二度と会う事はないであろうと思うと、何故だろう……急に愛おしさを覚えた。
「最後の時を今しばらく共に過ごしてやってもイイ」。そう、思えるくらいに。
「アタシは使える魔法いっぱい持ってるから、いつも情状出てるけど……」
「へーよかったっすねー」
「むしろそれが狙いかもって気すらするわ。きっとこれも奴らの陰謀よ」
「天才ですもんねー」
大魔女は大魔女と呼ばれるだけあって、やはり人並み以上に魔法に長けた人物のようだ。
その様子は僕も、この目でしかと見届けた。
あんな強大な破壊行為が出来るのであれば……その逆もまた然りと言った所か。
そして大魔女は続ける。
「アタシの魔法に目を付けた執行院側が、自分達に協力させる為に、何かと理由をつけてアタシに枷を与えている」――――とかなんとか、ほざきながら。
(単に罰食らったってだけだろが)
「所でアンタってさぁ……魔法使えたっけ」
「いえ、全く」
そして仮に、大魔女の有罪が本当に陰謀だったとして――――だったらなおさら、僕は関係がなくなる。
そりゃそうさ。僕は本当に申し訳なくなるくらいに、一切の魔法が使えないのだから。
この世界の住人は大なり小なり魔法が使えるそうだが、僕にはそんなものない。
あるのはポケットに入ったスマートフォンと、財布の中に小銭と千円札が少々。
誰が見ても、完全なる役立たずである。
自分で言ってて虚しさすら感じるが、だがそれが有効に働く事になるとは……人生とはわからない物だ。
「モノマネならできますけど。こう、波ァー! って」
「意味不。何がハァー! よ」
呆れて貰っても蔑んで貰っても、今だけは一行に構わない。
なんせ魔法なんかなくったって、僕には”自由”があるのだから。
何を言われようと負け惜しみにしか聞こえないから気分がイイ。
このまま優越感に浸っていたい所でもあるが、だがいつまでもこいつの相手をしている場合でもない。
今目の前にあるこの、飲み物の入ったコップがちょうどいい指標だった。
出て行くのはこれを飲み干してからにしよう。そう思った。
大魔女との別れを惜しむように、ゆっくりまったり、味わいながら、ちびちびと……
「ふーん……じゃあ」
「アンタ、最悪死罪かもね」
「そーかもしれないっすねー……」
「…………えっ」
大魔女様はプッと失笑をこぼしながら、そうお告げなされた。
同時に僕もブッっと飲み物を拭き出す。
無論僕も即座に聞き返した――――「何故?」。
そして大魔女様も食い気味に返答なさる。
ただ一言……「それだけの事をやったから」、と。
「名前を尋ねる事の罪深さ、アニマに教えてもらってきなさいな」
「え…………ハッ!?」
「すいませーんもっかいおかわり」
この一言を最後に、大魔女様は口を飲み物で塞ぎ遊ばれてしまった。
大魔女の呼びかけに対し、さっきの執行官が実に素早く「おかわり」を持ってきたが――――無論、僕の分はなかった。
「おかわり」なんてあるはずがない。
僕は、”罪の代わりになる物”なんて何一つ持っちゃいないんだから。
「死罪って、え!? それほどの事なの!?」
「ぷは~、おいしい」
大魔女は、確かに裁きを受ける程の事をしでかした。
だが、それは”僕も同じ”だった。
「名前を尋ねる」。それは本当に、何故にそうなるのか意味がわからないが……
「美しい森を焦土に変える事」と、等しい行為だったのだ。
(――――ゲッ!?)
その証拠に、この部屋の扉には――――しっかりと”鍵”がかかっていた。
帰る段取りを考えていた自分が恥ずかしい……最初から僕は、解放なんてされてなかったのだ。
僕は裁判を終えるまで、街どころか、この堅苦しい一室からすら出られない。
さっきまでさんざバカにしていた、この大魔女と共にである。
「ハァ―! ってやったら開くかもよ」
「開くか! ちょ……待って! 話を聞いてくれよ!」
「無理無理。今頃みんな、多分”儀式”の準備中だろうし」
「――――儀式ってなんだよ!?」
僕の目から見て、大魔女の判決が明白だったように――――大魔女から見て、僕の判決も明白だったようだ。
大魔女は言った。「名前を尋ねた」事を僕が自分から認めた事が、こいつには信じがたい行為だったらしい。
本来なら是が非でも隠し通さねばならぬ罪。
だからこそ、自分は被害者だと訴えようとして「嘘を盛り続けた」のだと。
「てっきり死にたいんだと思ってたわ。だから、だったらせめて”アタシの代わり”に判決も受けてほしかったんだけど」
「なわきゃ……ねえだろよぉ……」
大魔女が放った逆転ホームランは、ただのファールだった。
が、”打たせたのは僕”だった。
逆転間近になるまでバカスカと打たれまくった、マヌケな投手は……何を隠そう僕本人だった。
扉の前でなし崩し的に崩れ落ちる僕をみて、大魔女はこう言って来た。
「やっちゃったもんはしかたがないわよ」――――一見すると優しい励ましのようにも聞こえるが、だが真意は全くの逆だ。
大魔女の励ましは……”復讐”だったのだ。
僕がこいつに放った言葉と、同じ言葉を返す事が。
「ほーらしょげない、笑顔笑顔っ」
「”最後はせめて”……笑って終わった方がいいでしょ?」
(ち、ちきしょ~~……)
振り向いた先にいる、大魔女の顔は――――”満面の笑み”だった。
つづく