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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
戒律が紡ぐ相反
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十一話 機転

※一部地名が変わりました

バフールの街→ハモイレの街

 

「――――では、もうまもなく到着しますので」


(やっとか)



 道中、大魔女とか言うアマの執拗なヒステリックに悩まされながら、僕はついに耐えきる事が出来た。

 帆に覆われ外の様子こそ見えないが、外から中へ、ざわざわと人の行き交う雑踏が聞こえてくる。

 どうやら、今度こそ……本当の”人”がいる場所。この異界に広がる街に、無事入る事ができたらしい。



「異界の街……」


「このまま事故ってくんないかしら」



 馬車は街に入った後も、しばらく進み続けたが――――ほどなく止まる。

 止まると同時に、出入り口側の執行官二名が馬車から降りた。

 そして降りた二人が、ボソボソと軽い打ち合わせをした後……ようやっと、僕らも降りる許可を得た。



「はい、もう降りてもらってもいいよ」


「すっげー……」



 記念すべき異界の街は一言で言って――――”感動”の一言であった。

 地に足付けた瞬間にわかった、見知らぬ土地の空気。

 その、第一歩――――地面はなんと、「土」だったのだ。

 コンクリートの舗装道路を見慣れた人間としては実に物珍しい。

 混じりっ気のない、純”土”製の道路である。



「映画みたいだな……」


「君、もしかしてここは初めて?」


「え、ええまぁ……」



 これだけ言うとただの片田舎に聞こえるかもしれないが、そうじゃない。

 コンクリートこそない物の、この土の大地にそびえ立つは……建物・建物・そして建物の山。

 建物と建物が寄り添い集まり密集し、結果そこは街と判断するに値する”発展”振りを見せていた。



――――しかもこの建物、あの大魔女の住んでた廃墟なんかとは一線を画す。

 見るからにしっかりとした土台に、綺麗な壁、屋根、窓。

 そしてなんと言っても、この街が僕に与える「未踏の地」感を演出してくれるのが……

 それらは全て、今時海外旅行でもしないとまぁまず見られないだろう「石の家」なのだ。

 


「ここは【ハモイレの街】と言ってね。近くに魔霊の森があるから、昔から商人の交易地として栄えているんだ」


「森は危険だけど、その分レアな物がいっぱいあるからね。だから、命知らずな商人がこぞってここに集まるのさ」



 さっきまで殺意を覚えていた執行官が、急に気のイイ案内人に見えて来た。

 曰くここは、元々は商人の街。

 近くにあの女が住んでた魔霊の森があるから、そこから何かレアなアイテムを採取しようと商人が目を付けたのが街起こりのキッカケだったらしい。

 ダンジョンがレアな程手に入るアイテムもレア。その法則はどうやら、異界ここにも当てはまってるようだ。



 そして彼ら商人のたゆまぬ努力の甲斐あって、危険な森の中でも「比較的安全な採取ルート」が開拓されつつあるとの事。

 さすがに最深部までは行けないものの、その採取ルートは年々増加しており、無論開拓ルートの増加に比例して発展も進んでいく。

 そして今やハモイレは立派な街――――いや、これはもはや「都市」と呼んでもいいだろう。



「地面が土のままなのも理由があってね」


「え、古き良き街みたいな事じゃないの?」


「はは、違う違う。魔霊の森の奥深くにある植物の種子が、たまーにこっちまで飛んできたりしてね――――」



 それは万病に効く薬の元だったり、精製して便利な品に変えたり、綺麗な光景を見せてくれたり等々――――。

 なるほど。それらの根付きを阻害しない為に、地面だけはあえて土のまま舗装していないのか。

 魔霊の森――――第一級危険区域だとか言われているが、その実「表があれば裏もある」と言った所。

 自然は、時として人を危機に陥れるが、同時にこうして……街に”恵み”をも与えるのだ。



「おいっすー! 今日もご苦労さーん!」


「あ、どもー。おつかれさんでーす」


(おお……)



 一言で言うなら「森の加護を受けた街」と言えるだろう。

 森の加護が人々に活気を吹き込み、活気が発展へとつながる。

 そのせいだろうか……この街にいる人々は、見慣れぬ衣服こそ纏ってはいるが、底抜けに”明るい”ように見受けられる。



 今通り過ぎた人だってそう。警官に挨拶なんて昭和じゃあるまいし、こっちじゃ今時ありえない。

 彼だけじゃない。ここの人はせわしなく働き、動き、休み――――そして常に”笑顔”だ。

 彼らにとっては当たり前な日常の風景なのだろう。

 しかしそんな、笑顔と「無縁」の僕にとっては……

 ここはどんな観光地よりも、珍しい場所であったのだ。



「とまぁ、こんな感じさ」


「……」



 旅番組の魅力が、ちょっとだけわかった気がした。

 見知らぬ土地の感動。なるほど、確かにこれは中々悪くない。

 遠出なんて修学旅行や遠足くらいでしか行ったことがないからな……

 もし元の世界に戻る事ができれば、休みの日に電車に乗ってぶらり旅でもしようかな。

 そんな漠然とした旅行計画が、ふと頭に過り――――



「いつまで……突っ立ってんのよ!」



「――――おあっ!」




――――すぐ、消えせた。




「あ、申し訳ありませんつい……」


「さっさとそこどきなさいよ、降りられないでしょーが!」


「どこまで迷惑かければ気が済むの!? この……諸悪の根源が!」


(このアマだきゃ……)



 僕が感動に震えている所を、背中へと綺麗なトーキックをかましてくれた大魔女様。

 大魔女様は僕の感動を「邪魔だ」とバッサリ切り捨てた後、案内も必要とせず、さっさと一人で行ってしまった。

 大魔女が迷いなく向かった先は、この街で一つだけ石ではない材質の建物。

 一見すると教会するようにも見える……なるほど、これが【執行院】って奴か。



「さ、大魔女様もお待ちだ……我々も行こうか」


「てかあいつ……その森に住んでたんすよね」


「危険地帯なんでしょ? なんで? 近くにこんなイイ街があるのに」


「まぁ、そこは、なんていうか……」


「大魔女様は”特別”だから……」



 そのなんとも言えぬ引きつった褒め方が――――確かに”特別な”女である事を示していた。




――――





……



「どうぞ、こちらにお掛けになってお待ちください」


「相変わらず熱いわね~ここ。喉が渇いたわ。何か飲み物を持ってきて頂戴」


「かしこまりました」


(執事か)



 執行院の中の一室――――と言えば聞こえはいいが、要するにここは取調室。

 刑事ドラマであちがちな、怒声を浴びせる刑事と頑なに黙秘する犯人との、ベタなやり取りが見れる場所だ。

 それは本来、一般人にとっては世にも恐ろしい場所ではあるのだが……

 この大魔女様がいる事によって、そこはあっという間にレストランへと早変わりする。



「あ~めんど~……アタシアニマ嫌いなのよね~」


「報いを受けろとか世のため人の為とか、しょうもない説教をだらだらやってくるし……」


「今度は何やらされるんだろ……ハァ……」


「あの、アニマってなんすか」


「アンタ……ホントに何も知らないのね」



 【アニマ】――――大まかに”裁判官らしき人”と言うのはわかるのだが、さすがに聞き耳だけで詳細まではわからない。

 あの破壊の限りを尽くした大魔女がこうまで恐れる……

 と言うより「めんどくさがる」存在は、ヒントがあったとしても全くの想像がつかない。

 そんな僕とは対照的に、常連である大魔女がため息を繰り返す姿を見れば……

 なんだか僕まで、段々と不安になってきた。

 


「アニマ。この世を総べる【戒律王】と呼ばれる存在よ」


「か、戒律王……?」


「かつてとある国が興った太古の昔。戒律は各々、個人の手によって定められていた――――」


「つまり、一人一人でバラバラだったって事ね」


「ほぉほぉ」



 大魔女がなんだかんだでちゃんと教えてくれる所は、僕としては助かる所である。

 だが――――申し訳ないくらいに、何を言っているのかがさっぱりわからない。

 裁判官的な存在。やはりそこは間違いなさげなのだが……

 それにしては、あまりにも大層な経歴と言うか……ほぼ”神話的”と言うか……



「各々が各々の戒律を持つことで生じる弊害。それは”争い”」


「争いが争いを生み、必然的に力が全ての世になる。力が戒律となる」


「しかしそれは原始の野蛮民族と変わらない。国が国たる、国家として繁栄を極めるには……力ならざる力を設けないといけない」


(力ならざる力……?)



 ようするに、アニマとは戒律――――つまりこの世界の「法律」を作った人のようだ。

 「各々が各々の戒律を持つ」これは言いかえればマイルールって奴か。

 人はそれぞれ考えが違う。細かい事が気になる奴もいれば適当な奴もいるだろう。

 僕みたいな善良な者もいれば、こいつみたいな粗暴な奴も……

 そいつらを一緒くたにすれば当然、争い――――元い喧嘩が起こる。

 まさに、さっきまでの僕らだ。



「導き足る存在が基準を設け、人々に戒めの考えを持たせる」


「そして、そうしてできた秩序正しき世界こそが、栄華繁栄の祝福を受けるのだ――――」


「と、訴えたのが”賢人アニマ”」


 

 で、そんな下らない争いなるべく減らそうと、全世界共通の「法」を制定したのが、その賢人アニマさんとやらだ。

 例えるなら日本憲法みたいなもんか。あれだって大昔の人が作った法律だもんな。

 僕なんかよりもずっとずっと昔の、教科書に出て来るあの人……誰だっけ。



「アニマは自らを戒律の証とし、自らの戒律を身を持って証明した」


「自らに様々な制約を課し、その姿を人々に見せ続ける事で、自分の考えの正統さを訴えようとしたの」


「はぁ……」


「んでまぁ紆余曲折あって、アニマの教えが世界中に広まって」


「アニマの死後、アニマの戒律を絶やしてはならないって生み出されたのが――――」


「今の【召喚獣アニマ】ってわけ」



 わからないのはそこだ。

 生い立ちや経歴はまぁ把握できたのだが、最後の一言が頭にはてなを浮かべさせる。

 召喚獣……なのか? 裁判官が、あのゴーレムみたいな?



「まぁ、その辺は実際見た方が速いわ……アタシは会いたくないけど」


「はぁ……」



「――――ホッホッホ、賢人アニマ様の伝承。まさか大魔女様の口から聞ける日が来るとは」



「ぬおっ」



 気配を断つとはまさにこの事か。

 大魔女が長々と説明している最中。いつの間にやら、見るからに人の好さそうな「爺さん」が入って来ていたのだ。

 丸いメガネと縦に伸びた帽子を身に着け、口元には白いひげがダラリと伸びる、一瞬サンタクロースが来たのかと錯覚する風貌の爺さん。

 そんなちびっこに懐かれそうな爺さんではあるが、だがおそらく……いやほぼ間違いないだろう。

 この人は――――ここの責任者クラスの人間だ。

 


「よっおじーちゃん。相変わらずむさい格好してるわねー」


「ホッホッホ、大魔女様も相変わらずで……」



 警察署のお偉いさんにも遠慮なくタメ口をきく大魔女は、やはり特別な存在とも言える。

 そして大魔女は、まるで行きつけの飲み屋のような口調で和気あいあいと話し出した。

 一見するとじいさんと孫娘のほのぼのした一幕にも見えるものの、その実”年齢が逆”なのは、誰も気づく事はできまい。

 


(こいつ、警察とも知り合いなのか……)


「大魔女様がこちらに来られるのも、もう何度目でしょうなぁ」


「うっさいじじい。最近はおとなしくしてたでしょうが」


(ああ、しょっちゅう会ってるのね)



 とにもかくにも仲がイイのは伝わった。 

 罪人の分際で執行官共がへーこらするのも、お偉いさんとのコネが理由なら納得だ。

 このコネにあやかり、僕も何とかしてこの爺さんに気に入られたい所である。

 そこはなんといっても警察署の役職。

 この爺さんに無実を認められれば、この後に待ち受ける裁判とやらも、きっと大きく風向きが変わるはずなのだ。



「所でこちらの少年は?」


「ああこいつ。アタシんちの近くでばったり倒れててさ」


「どうも……」


「これはこれは、初めまして。このみっともない老いぼれはこの街の”執行官長”を務めさせていただいております」


「以後、お見知りおきを」



 だが……現状はやっぱり少し厳しいみたいだ。

 「お見知りおきを」と丁寧な自己紹介をされたにも関わらず、この爺さんも、やっぱり”名前は名乗らない”。

 「名前を名乗ってはいけない」法律、じゃなくて戒律。

 大魔女曰く「秩序の為」の戒律だそうだが……だがそれが、”名前を知られる事”と何の関係があると言うのか。



 「紅蓮の裁きに値する行為」――――大魔女は確かそう言っていた。

 しかしそれほどの重罪にも拘らず、その背後にある因果関係がまるで見えてこない。

 僕にはそれが、どーしてもわからなかったんだ。

 太古の賢人アニマが、一体何を考え、一体どう行った理由でそんな戒律を設けたのか……。



「ふむ、なるほど……魔物に襲われた所を助けられたと言った所ですかな?」


「そっそ。なのにちょー失礼なのコイツ。アタシの名前聞き出そうとするし」



 戦局はやや不利ではある。だが、まだチャンスは残されているはずだ。

 僕がここで何とかして、汚名を返上せねば……めでたく異界の前科者になってしまうのだ。

 そうなってしまえばもはや情報収集所ではない。



「おじいちゃん、良い機会だからこいつ、ここに二・三ヶ月くらい牢にぶち込んどいてよ」


「大魔女様の名前を……それはそれは、よろしくないですなぁ」



 人に物を尋ねた瞬間逃げられ、避けられ、扉を閉められ……下手をすると殴られるかもしれない。

 そんな迫害に合うのは断固としてお断りだ。

 迫害されるのは大魔女コイツだけでいい。というよりむしろ、コイツの方が相応しい。

 だって、魔女って……本来そういう物じゃなかったか?




(――――あいつの目的はね 人の名前を奪う事なの)




 ここでふと、芽衣子が送って来たメッセージが思い浮かんだ。

 名前、名前、名前……至る所で聞かされる禁忌タブーの二文字。

 それと、”同じ事を芽衣子も言っていた”事を今思い出したんだ。



「……すんません」


「ホッホ。自身の行いを悔い改めるのも、立派な戒律じゃて」



 そして続けて思い出す。芽衣子の言っていた名前を奪う存在――――

 それこそが、僕をここに連れて来たあの怪人、白と黒のモノクロ仮面だと言う事を。



 僕は当初、人探しのつもりできたんだ。

 さっさと見つけてとっとと帰る。たったそれしか頭になかった。

 だが蓋を開ければどうだろう。着くや否や、あれやこれやと回り道をさせられ……

 気が付けば、こんな所で全然関係ない課題を課せられている始末。



「さて、では……アニマ謁見の前の聴取と参りましょうかの」


「おじいちゃん、こいつはすぐ嘘を吐くから信用しちゃダメよ。アタシの言葉だけを信じて」


(逆だバカ)



 こんなアクシデントは本当に、これっきりにしたい。

 なんでも包み隠さず言うから、頼むから牢にぶち込む事だけはやめてくれ。

 僕はただ人を探しに来ただけなんだ。

 それがこんな所で何十年もクサイ飯を食うハメになろうものなら……

 探し人どころか、生きる事すらも怪しいのだから。



(じ~~~…………)



 そんな気持ちを込めて、目一杯このじいさんを見つめたのだが――――

 僕の熱い眼差しは、残念ながら通じる事はなかった。



「コイツコイツ! コイツが悪い! ぜ~~っったいに! コイツ一人だけが悪いの!」


「大魔女様……とりあえず、落ち着きなされ」


(邪魔すんなクソアマが……)



 大魔女の妨害が、僕の行く末をドンドン悪い方へと回していく。

 負けじと僕も何とか抵抗するが、やはりそこは顔見知りの差なのか……

 大魔女のデカい声にかき消され、一行に僕の声は届く事はなかった。



「だから! 僕そんなの知らなかったんですって! だって――――」


「はい嘘! だってアタシ言われたもん! 命が惜しくば名前を寄越せって!」


「――――当然のように盛んなボケェッ!」



 さすがに、ちょっと絶望を感じた。

 相手は言っても大魔女様。敵対するには、いささか相手が悪すぎたのだ。




――――だがこの時僕は、知る由もなかった。

 



「「ガルルルルル…………!」」




「これは……長引きそうじゃのう……」




 大魔女と僕の野蛮民族と変わらない口喧嘩にうろたえる、この何とも情けない執行官長殿おじいちゃんが――――

 後に、”僕の行く末を決定づける存在”になろうとは。




                     つづく



【追記】後の話で「バフール」表記が出てきますが、直ちに修正致します。

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