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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
異界と呼ぶべき場所
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九話 無知

 

 ガラ……


 

(あーあ……)



 ただでさえボロかったあの家屋風物体は、今この時を持って、めでたく名実ともに廃墟となった。

 家にとっては災難以外の何物でもないだろう。

 しかしそれをしでかしたのが当の家主であるならば、家もきっと本望だと……そう、思いたい。

 彼にはこれを機に、是非とも転生リフォームいただきたいものだ。

 次はせめて、最低限「これは建築物である」と公に認められた、固定資産として。



「ん……」



 ガレキの山と化した汚部屋もとい元家屋は、所々に薄らと火を伝わせながら、依然としてパラパラと灰を舞い上がらせていた。

 ヒラヒラと舞い散る灰が、不意に僕の頭に乗っかる。

 クシャリ――――僕の頭を包むように降りた灰は、乗った感覚からして、通常のそれより少し大きいように感じられる。

 火事で起こった灰……と言うよりもこれは、焼き芋を作る時によく見る灰だ。

 よく考えれば、それも当然だった。

 あの汚部屋もとい元家屋には――――「燃焼を手助けする物」が、山のように積まれてあったのだから。

 


「本も……燃えたのね……」



 ゴーレムはそんな芋焼き機となった元住まいに、土を這わせながらゆっくりと近づいて行った。

 ズムズムと諦めたように歩を進めるゴーレムの姿は、涙腺が緩まざるを得ないの「哀愁」を感じさせてくれる。

 ゴーレムがガレキの一つ一つを手探りでかき分け始めた。

 すると、その動きに連動したか、舞う灰の勢いが少し増す。

 そして、灰がフワリと舞うと同時に――――その中から、思わず目を覆いたくなる光景が現れた。



(うっげぇ……)



『…………』



 ゴーレムの仕分け作業が、一瞬だけ止まった。「やはりお前もか」と言った感じである。

 あの光景は、初見であれば大量虐殺の現場と捉えられてもおかしくないだろう。

 小さなお友達が見れば、きっとその晩トイレに行けなくなる事請け合いだ。

 かき分けられたガレキの中から――――「小さな首」が大量に表れたのだ。



『…………』



「よく……触れるな……」



 無論あれらは本物なわけではない。が、被害者と言う意味ではある意味で本物とも言える。

 小さな首の正体は――――あの天井にびっしり吊るされた「人形」達の亡骸だ。

 あのアマの悪趣味さにはほんと反吐が出る。

 あんな所に大量に吊り下げるから、こんなシャレにならない光景が生まれるのだ。

 そのおぞましさは本当に、生半可な物ではない。触るのは勿論、見るのもイヤだ。

 そう思えるくらいに――――熱で、所々”ただれている”のだ。



(しかし……なんつー光景だ……)



 仮にも人の形をした物が、こんな無残な姿になっていいのだろうか。

 首つり人形の群れも中々にホラーであったが、こっちはこっちで別種の恐怖があると言う物だ。

 ゴーレムはそんなグロテスクな人形の亡骸を、健気にも一つ一つ丁寧に拾い、そして一か所に集めまとめ出した。



 本当に、ご苦労様としか言えない……出来る事なら僕も手伝ってあげたい。

 そうしてやりたいのは山々なのだが、だが、結局はできなかった。

 森が一瞬で更地になる。そんなまるで、天変地異の如き破壊振りだったにも関わらず――――

 この忌々しい”魔法陣”が、まだしっかりと足元に残っているのだ。



「なぁこれ……やっぱ、動くとまずい感じか……?」



『…………』



 女がブチギレをおっぱじめる前、僕は魔法陣の真ん中に立たされたんだ。

 そして僕は覚えている。

 あの時の魔法陣は、破壊の限りを尽くした当人の手によって、”魔法陣発動の真っ最中”であった。

 あの幻想的な魔法陣の光と、裁きの雷とも呼べる破壊光線は……悲しい事に同一の物。

 どちらも、同じ魔法によるものなのだ。



 しかもあんな物を見せつけられた後だ。早々にうかつな行動はできなかった。

 女の発した「そこから動くな」との忠告通り、陣から出た瞬間――――ボン! 

 となられては、こちらが困るのだ。



(ほんとマジ……どうすんだよこれ……)



 そして僕は、昨晩と同じく、またもや女の手によって監禁される形となった。

 このまだ所々破壊の痕跡が残る、「爆心地グラウンド・ゼロのド真ん中で」である。

 ボーっとしてるのは得意だとは言った物の、さすがにこの光景は許容範囲を超えている。

 僕がボケっとしていられるのは、周りの風景が「なんの変化もない平穏」だからであって、この平穏とは無縁の荒れ乱れた大地の中で、無心になれる程心身逞しくないのだ。



 それに落ち着かない理由はもう一つある。

 実はさっきからずっと気になっていたのだが……肝心の”奴”は、どこへいったのだと言う事である。



(ん……)



「――――あのね~【大魔女様】ね、あなたが好き好んでここに住むのは勝手ですけどね」


「――――ここは魔霊災害区域と同時に、”精霊保護区域”でもあるんだから。魔女ならそれくらい知ってるでしょ?」



(誰だ……?)



 女は実はまだどこかに潜んで、僕が動いたと同時に不意打ちを仕掛ける機会を伺っている――――

 そんな僕の猜疑は、ただの杞憂に終わった。

 女を探して視線を少し見渡せば……そこにいたのは、”二人組の男”であった。

 剣と、盾と、なにやら仰々しい甲冑を装備した、中世の騎士みたいな格好の男が二人。

 いつの間にやら、この天変地異の最前線にいたのである。



「今【帝都】はこのニュースでもちきりですよ。【魔霊の森】がいきなり吹っ飛んだって」


「いやはや、これは本当に……随分派手に、やらかしましたね?」



 その騎士っぽい二人組の男は何か話をしていた。

 話声は位置関係的に若干聞き取りにくいが、耳を澄ます事で辛うじて聞き取る事が出来る。

 何を話しているかは……正直よくわからない。

 聞こえないのではく、話の内容がわからないのだ。



 ただ、話の中身こそわからない物の、唯一一つだけわかる事がある。

 それは口調ニュアンスから伝わってくる彼らの面持ち。

 二人組の騎士は、女に対し――――ひどく”呆れている”と言う事だ。



「いかに大魔女様でも、こればかりはねえ……」


「ここで薬草などを収集する事で生計を立てている商人もいるんです。あなたのせいで彼ら、収入なくなっちゃうんですよ。わかってます?」



 呆れ混じりに話す二人組の騎士。

 相変わらず知らない用語が飛び交っていまいち要領を得ないが、なんとなくわかってきた。

 話振りから察するに、それは愚痴・悪態・忠告と言ったあまりよろしくない話の類。

 そのどれもが違うとするならば、もしくは……”説教”か。

 


「あっ」



 そんな叱責と苦笑の混じった説教を垂れる、二人の騎士の間に――――”奴”は、いた。




「はい……はい……すいません……ほんとにすいません……」



(お、怒られている……)



 女は二人の騎士に囲まれ、完全なる「お叱り」を受けていた。

 二人組の騎士は女に対し、一応は丁寧語を使ってはいるものの……

 垂れる叱責のねちっこさ加減から、以下に”ご立腹”であるかが窺い知れる。

 ゴーレムはそれを気まずそうに、一生懸命聞こえないようにしている……ように見える。



「とりあえず、【執行院】までご同行願えませんか。事が事ですんでね」


「大丈夫、嘘偽りなくありのままを言えば、【アニマ】はきっと恩情を見せますから」


「うう……はい……」



 この不意に現れた二人組の男。正体はなんとなくわかってきた。

 おそらくは……「警察」。またはそれに近い組織の連中なのだろう。



「まぁ、そらそーだわな」



『…………』



 ゴーレムの健気な仕分け作業が涙を誘う。

 なにせ主がこれから前科者になろうと言うのだから、心中お察しする所である。

 例の警官らしき騎士は女を一通り責めた後、懐から紙を取り出し、辺りを見回しながらサラサラと何かを書き始めた。

 おそらくは報告書みたいな物だろう。だったら、ついでに書いとくと言い。

 「女の住居から大量の首を発見。大量殺人犯の物証アリ。直ちに永久投獄すべし」と。



「ま……一件落着、だな」



――――ところで僕はいつまでこうしていればいいのだろう。

 あの粗暴で悪趣味で突然ブチギレる反社会性アマ様は、今日を持ってめでたくブタ箱にぶち込まれるからいいとしてだな。

 僕としてはここいらで……いい加減「この場所そのもの」から、解放されたい所なのだが。



(連行されるってー事は……街があるって事だよな?)


(そこにはこいつ以外の人がいて……そういう機関がちゃんとがあって……)



 僕は何もあの女の生贄になりに来たのではない。

 やるべきことがあって、迎えるべき人がいて、その為にわざわざこんな所まで来たんだ。

 下らぬ茶番はここいらで幕引きにしようじゃないか。

 今度こそこんな地獄みたいなからオサラバして、”ちゃんとした場所で”手がかりを得たい。



 そう、この世界は何もこの森だけではないのだ。

 第一級なんとかとかランク付けされた危険地帯と、そこを焦土に変えた爆弾女。

 そしてそれらの所業をちゃんと諫める存在がいる――――つまり、”権力”と言う物が存在するのだ。

 


 それは某世紀末よろしく「力こそ全て」な世界ではない。

 女がこの騎士二人組にへりくだっている事がいい証拠だ。

 「立法・司法・行政」の三権分立か、もしくはそれに相当する物。

 こっちの世界とそう変わらない”文明”と言う物が、この世界にはちゃ~んと存在しているのだ。



「で、大魔女様。なんでこんな事なっちゃったの」


「そーよ聞いてよ! 今アタシ、”名前”聞かれそうになったのよ!?」


「……ええっ!? 大魔女様の”名前”を!?」



 そうと分かれば話は速い。

 僕はただ、運悪く特殊な場所に迷い込んでしまっただけなんだ。

 街……いや、最悪街でなくてもいい。

 とりあえず”ちゃんとした”人のいる所にさえ行く事が出来れば、そこから希望を見出す事は十分できる。



「紅蓮の裁きに値するでしょ!? いくらアタシでも、そんな事されたら怒るわよ!」


「しかも魔物に襲われてる所を助けてやったのによ!? ありえないわ……普通そんな事、する!?」


「あー……なるほどねえ……」



 本当に、ただ運が悪かっただけなんだ。

 見知らぬ世界。その記念すべき初見スタートとなる場所で、こんな”無法”地帯にいきなり放り出されたら、誰だってそこを基準にしてしまうに決まっている。

 無法なのはここだけなのだ。ここだけが唯一無比なだけで……”法は確かにこの世界に存在する”。



「その人、中々の挑戦者チャレンジャーだね」


「ただの身の程知らずよ! ちょっと魔力使ったらキャーキャー喚いてやがったわ!」



 だから、「法を破った者に対する処遇」もまた、こちらと同じなんだ。

 「罰金・懲役・死刑」――――これらの罰もまた。それに準ずる物があるのだろう。

 あのはんざいしゃがどんな刑に処されるのか。その辺の”一般常識”は僕にはわからない。

――――だが、僕にはなんら関係のない事だ。

 なんでもいい。とりあえず、そのアマにはそれ相応の罪を課していただこうじゃないか。

 なんてったって、それほどまでの”大それた事”をしでかしたんだからな……



「たまにいるけどねぇ……そういう”世間知らず”な人」


「だだだ、誰です!? そんな”大それた事”をするのは!」



 とにもかくにも、さすがにちょっと疲れた……たった今「九死に一生」を得たばかりなのだからな。

 今の僕の心労たるや、それはもう生半可な物ではない。

 汗をかいたからちょっと着替えたいし、安心したからか少し腹が減ってきた。



 だがそれらは、あのアマが連行されるのを見届けた後からでいい。

 しこたまビビらされた分、存分に「ざまぁ」と言ってやる。

 そして女の悔しがる顔をしり目に、あの二人組のお巡りさんに「僕がどれだけひどい目に合わされたか」を事細かく説明して……

 そして署で、手厚く保護してもらおう。

 



(カツ丼出るかな……)

 

 



――――被害者として。





「――――アイツ!」



「ちょ」



……そんな僕の目論見は脆くも崩れ去った。

 にっくき僕に対する最後のイタチッ屁のつもりなのだろうか。

 女は勢いよくビシっと僕を指指し、そして僕を――――まんまと”共犯”に仕立て上げやがった。



「アイツよアイツ! アイツが全ての元凶!」


「えっあの子?」



(こ、このアマぁ~~~~ッ!)



 そして女が僕を指さすや否や。

 警官もとい【執行官】は即座に僕を取り囲み、そして僕の脇をガッチリとお固めなさった。

 片方が僕を抑え、もう片方は何やら探知機らしい装置で僕の体をワチャワチャと調べている。

 「ちょっと調べるだけだからね~」と半端に優しい口調で話しかける執行官だが、それは明らかに嘘だとわかる。

 何故なら、執行官の僕を見る目つきが――――完全に僕を、「重要参考人」として見ているのだ。

 


「そいつが突然アタシの家に押しかけて、アタシの名前を探ろうとしてなんやかんややってくんの!」


(は!? しれっと話盛ってんなよ!?)


「とんでもない極悪人よ! 今すぐ永久投獄の刑に処するべきだと思うわ!」


「ちょ……まてぇーーーーッ! 待てッ! 待てッ! 待てェッ!」



 一体何回「待て」を連呼しただろう。

 僕の生涯においてこんなにエムエーティーイーを連呼するのは、後にも先にもこの瞬間だけだ。

 もちろん僕も全力で抗議したさ。今こいつがあからさまに盛った僕の罪状についてだ。

 押しかけてないし、探ってないし、そもそも挑戦チャレンジしてないし……



 だが、それらを仮に嘘だと信じて貰えた所で、やっぱり僕の罪は消えないみたいだ。

 僕を巻き込もうと、好き放題嘘を盛る女の言葉の中で――――”名前を尋ねた”のは、本当だったから。



「君は……一般常識がないのか!」


「マナーの問題だよ……君……」



 僕はただ、知らなかっただけなんだ……

 世界は違えど、文明がある以上大まかな所はこっちと同じ。

 家とか、本とか、服とか、スープとか、風呂とか、あんたらみたいなポリスメンもどきとか……

 そんな”大まか”な部分が共通するこの世界で、唯一違う普遍的な禁忌タブー

 知らなかった――――と言うより、わかるはずがなかった。




 だって、そうだろう?




(名前聞いたらダメなの――――!?)




 そんな事がわかる方法があったら――――それこそ”魔法”だ。

 僕はそう、思った。




――――




……




「とりあえずね、君もその、”一応”当事者として院まで来てもらうから」


「はい……」


「これは……契約陣だね。契約者が主の名前を聞き出そうとするとか、それどうなのよ?」


「……すいません僕実は【記憶操作系魔法】にかかってまして」


「記憶操作魔法って……君年齢いくつだよ」



……こっちの世界に来て一つわかった事がある。

 それはどこの世界にも”ルール”と言う物が存在するのだと言う事。

 そして、それを破った者には、それ相応の”罰”が待っているのだと言う事。



「騙されないで。嘘よ。アタシはそんな魔法一度もかけてない」


「そいつはこんな場でも平気で嘘を付く……根っからのド悪党なのよ!」


(…………)



 たまにニュースで見かける、道路交通法や迷惑防止条例等の違反者達。

 彼らは大抵が同じ事を言う。

 「俺は・私は――――ただ知らなかった”だけ”なんだ」と。



「……お前に言われたかねぇんだよボケがァ----ッ!」


「なッ!? タダ飯食らいの分際でデカい口聞いてんじゃねえぞコノヤローーーーッ!」




――――しかしそれが免罪になった例は、ただの一度もない。




「はい、ブレイクね~」


「わかったから……続きは院で聞くから、ね?」




 何故なら……。





「「ガルルルルルル…………!」」





 ”知らなかった”では済まされない事が、世の中にはたくさんあるから……。




                                       次章につづく

 

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