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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
【序章】視線の先に
2/169

 

「わかったらほら! さっさと行く!」


(だりぃ~……)



 予想外の襲撃にやや面食らった物の、肝心のカンニング行為自体はバレてないのでまぁ良しとしよう。

 その怒ってるのか張り切っているのかが、非常にわかり辛い口調が未だ癪に障るが、ここで変な刺激をして本腰の説教を入れられるのも困る。

 触らぬ神に祟りなし。いらぬ疑いを掛けられない内に、さっさと退散するのがこの場の最善だと言う物だ。



「すんませ~ん」


「ったくお前は……」



 いつの間にか、ベルは鳴り止んでいた。

 担任に言われるがままに、飛び出るように繰り出した廊下には今、僕一人だけがポツンと佇んでいる形になる。

 誰もいない、シーンと静まり返った廊下。

 通常とは違う静寂に包まれた光景は、それはそれでそれなりの非日常感を演出してくれる。

 本当に、誰もいない。正真正銘僕が一人だ。

 そして、その事実が突きつけるのは――――「孤独」。



(うわ……なんか)


 

 クラスの連中があれだけだるそうにしつつも、行動そのものはちゃんとしていたのが意外だった。

 絶対一人くらいは、僕みたいなのがいると思ったのに。

 群れとはぐれた小鹿と言うのは、今まさにこういう気持ちなのかも知れない。

 ”僕一人だけになった”と言う事実が、今更になって焦燥感を駆り立てたのだ。



「……やべぇ!」



 「速く集合しなきゃ」――――その気持ちで溢れた僕の内面が、自然と足の回りを速くした。

 タッタと階段を二段飛ばしで降りる僕は今、ある種「最速」を名乗れる存在かもしれない。



――――が、今にして思えば、そんなに焦る必要もなかったと思う今日この頃。

 所詮はお飾り程度の避難訓練。わざわざ必死になるに値する事じゃない。

 


「いっそげ~ッ!」



 だからなのか……この時は気づかなかった。

 変に焦ってたからか、いや違う。最初っから、わかるはずがなかったんだ。

 駆け抜けられる校舎に、僕の中に渦巻く逸る気持ちが――――






(………………カ チ )





 現実を、瞬く間に遠くへと追いやる事なんて。






――――





……




「点呼とりまーす! 番号を呼ばれたら返事してくださーい!」


「んだよ……全然じゃねえか……」



 結論から言うと、やはり必死になるに値はしなかった。

 人が息を切らしながら慌てて走って来たのに関わらず、うちのクラスの連中と来たら、集合直後から一切変化していないのだ。

 てんでバラバラな列順。そこかしこから聞こえる雑談。中には影でこっそりスマホゲーで遊んでる奴すらいる始末。

 さっきの教室での光景とまるで同じだ……こいつら、”一切全く何も変わっていない”。

 


「「ハハハ――――でさ――――」」



「すいませーん! ちゃんと並んでくださーい!」



 だが、おかげで助かった部分もある。

 僕がしでかしたありえないレベルの遅刻っぷりが、こいつらのおかげで全てうやむやにされるのだ。

 普通、こういう時って大体白い目で見られたりするもんなんだがな。

 「お前のせいでみんなに迷惑が」とかなんとか言って。



 「赤信号、みんなで渡れば怖くない」がモットーの我がクラス。

 その善悪はいったん置いといてだな。

 僕としては実にぬるく、適当で、なんだかんだで――――結構居心地がよい環境だったりするのだ。



(みんな何かしらやらかしてるしな)



 そう考えれば、このダラけきったイベントもまぁまぁの気分転換にはなる。

 完全に前言撤回だ。たまには、こういうのも悪くないかもしれない。

 「退屈で眠気しか湧いてこない日々に、一筋の刺激を」。

 そういう意味では、ある意味必須の行事なのかもしれない。



「1! 2! 3! 4!――――」



 誰とも話さず、何も努力しない。

 そんな日々を送る僕だからこそ、むしろ逆にこのクラスと巡り合わせたのかもしれない。

 行きつく所にしか行かない”運命”って奴か?

 だとすれば、仮に本当に神様と言う存在がいるとすれば――――

 なんだかんだで、仕事はしてくれていると言う事だ。



「8! 9! 10! 11――――」



 そして何よりの理由。

 ぬるい環境、影った空間。向上心のない同級生クラスメイトに空回りしかしない熱血担任。

 そんな必要性をまるで感じないこのクラスに、唯一僕を繋ぎとめてくれる存在がいると言う事。

 彼女がいるからこそ無意味が無意味じゃなくなるし、彼女がいるからこそ、僕は今、ここにいる事が出来る。



「22! 23! 24! 25――――」



 ここには無を有に変える事の出来る人がいる。

 何もない荒野に、一つの道筋を生み出す事の出来る人が。

 その道は何よりも明るく、何よりも暖かい。

 勉強も運動も友人も恋人も、「甘酸っぱい青春」とやらなんて、この際全部どうだっていい。

 ただ僕は、その光を浴びていたい――――それだけの為に、ここにいるんだと思う。

 


「……あれ」


(ん?)


「一人、足らない……?」



 点呼係が、見るからに混乱しているのがわかった。

 曰く、1から順に数えて、どう数えても”一人足らない”らしい。

 遅刻した僕を数に入れてなかった……いや、それはない。

 ちょうど今、点呼係と目が合ったからだ。



「……あっれ~? おかしいなぁ」


(何やってんだよ)



 それでも点呼係は悩む事を止めない。

 うちのクラスは総勢30名。僕を入れていなかったとしても、数え順は29になるはずだ。

 みんな並ばず好き勝手に動いているから、きっと自分が数え間違えたと思ったんだろう。

 点呼係は、今度は一人一人を指を指しながら丁寧に数え始めた。

 僕もその指の動きを、何となしに目で追ってみたんだ。

 



(22……24……26……)




 おかげで――――誰よりも先に、気づいた。




(芽衣子がいない……!)




――――光が、途絶えている事に。




「どうかしたのか?」


「あ、先生……なんか、一人足らないんです」



 遅れて担任が姿を現した。

 僕が一人で残ってたせいで、他にもそういう生徒がいないか見回りをしてたらしい。

 その担任の証言が決定的だった。

 最後まで校舎に残ってた人がこう言うんだから、まぁまず間違いはない。

――――「校舎には、誰もいなかった」と。



「え、あれ、おかしいな……江浦が最後だったはずなのに」


「ですよね」



 考えられる線としては、見回りの目を逃れてうまい事サボってる奴がいる――――

 可能性はゼロではないが、だが足りないのはあの北瀬芽衣子。

 彼女がサボリを実行するとは、どうにも考えられなかった。

 芽衣子はサボる所かサボリを諫める側の人間だ。

 しかもこんな、数えるだけですぐバレるような愚直な真似。果たして彼女がするだろうか。



(……もしかして)

 


 だとすれば、最も考えられる可能性。

 あまり想像したくないのだが――――もしかして芽衣子は今「花を摘みに」行ってるのでは?

 それなら一応の理屈は立つ。

 教師と言えど男性。女子トイレなんて、おいそれと気軽に入れないだろうからな。



「あ……先生。北瀬さんだ。北瀬さんがいないんだ」


「芽衣子が!? お前らと一緒じゃなかったのか!?」


(お、お前も知らないのか!?)



 が、やはりそれも考えにくい。

 もし用を足すのが我慢できなかったんなら、単純にそう担任に言ってるだろうからな。



――――クラスの連中が、少しざわつきだした。

 奴らもようやっと気づいたのだろう。「芽衣子はどこ?」そんな声が、しきりに聞こえ始めたんだ。

 普段からだらけてばかりいるこいつらとは違う。

 真面目で、勤勉で、クラスの中心人物である一人の女子。

 そんな人がいないとなれば……みんながうろたえるのも、当然だった。



「あれ? めーこがいないよぉ~?」


「なあ、北瀬いなくね?」


「ホントだ。トイレか?」


「めーちゃん、どこ~?」



 姿を消した芽衣子。その理由は誰も知らない。

 誰にも告げず。誰にも姿を見せず。

 それはまるで、存在そのものが無くなってしまったかのように――――

  


 それは、他人からすれば大げさだと思われるかも知れない。

 大局的に見れば、ただ集団行動に遅れた生徒が一人いるだけの事。

 しかし、先ほど言った通り、彼女だけは僕にとって”特別”な存在。

 いて当たり前。いや、いなくちゃならない人。

 ずっと目に映ってて欲しい人。存在を感じたい人……その人がいないと言う事実。




(……いやだ)




 その事実に、耐えられなかったんだ。




「――――せんせぇ! 僕、探してきます!」


「は!? な、なんでお前が!?」


「ちょ、ホントに――――行ってくるわ!」


「あ、オイ! 江浦!」



 突然の僕の行動に周りも驚いたのか、突き刺さるようなの目線を肌で感じた。

 が、そんなものは意にも介する事もなく、僕は再び校内へと駆け出て行った。

 皆が驚くのも無理はない。

 自分の行動に一番驚いているのは、何を隠そう僕自身なのだから。



「「――――えっ江浦何してんの――――便所じゃね?」」


「「――――いや、多分あいつはそのままサボるつもりだ――――あ、俺もそう思う」」



 言い換えれば赤の他人が一人や二人遅れた程度。

 普段の僕ならきっと、そんな事気にも留めないだろう。

 だが、それは――――”人による”。

 今いなくなったとされているのは、僕を照らしてくれる唯一の光。

 その光が不意に無くなれば……僕の目の前は、きっと暗闇のまま元に戻れなくなってしまう。


 

(芽衣子――――!)



 杞憂――――その可能性、大いにある。

 だが、ちょうどさっき感じた湧き立つような「孤独感」が、悪い意味で現実味リアリティを持たせてくれたんだ。

 あの窮屈で閉じ込められたような感情を、今現在芽衣子も味わっているのかと考えたら……

 まるで自分の事のように、いてもたってもいられなくなった。




(チッチッチッチッチッチ……………………)




 僕を呼び止める声。

 加えてサボリだ便所だと好き放題言われている声が、背中越しにヒシヒシと伝わってくる。

 が、それらも直に遠のき――――そして、消える。

 代わりに現れたのは、またしてもあの静寂。

 誰もいない校舎の音無き空間は、またしても僕に例の「孤独感」を運んで来た。

 

 

 だが、今度はそんな物に気圧される事など、微塵も無かった。

 心を蝕むようにこびりつく「孤独」。

 しかし今は、その先にある光が――――ちゃんと見えていたから。




(チッチッチッチッチッチ――――)



 

 芽衣子はこの静まり返った校舎のどこかにいる……それは確実だ。

 冷静に立ち返り、今一度現状を顧みる。



――――まずサボリの線は真っ先に消えるだろう。

 芽衣子の普段の生活態度からしてそれありえない。

 そして次に消える可能性は「花詰み」。

 私立の進学校じゃあるまいし、元々そんなに広い校舎じゃないんだ。

 ただトイレに行っただけなら、こんなに時間はかかるはずがない。



 そして何より、芽衣子が不在な事を”担任も知らなかった”事が大きい。

 芽衣子の性格上、何らかの理由で遅れるのならば、ちゃんと事前にそう伝えるはずだ。

 というよりむしろそれが普通で、その辺はうちのクラスが特別だらけきっているだけの所はあるが。

 その唯一の例外が芽衣子――――だが、担任はそれすらも知らなかった。



「て事は…………!」



 つまり――――”突然動けなくなった”。

 そう、結論付ける事が出来る。



「やっぱり…………どこかで…………!」



 急に体調を崩したか、または階段から転げ落ちてしまったか。

 とにもかくにも、”本人すら予想しいえなかった”事態が起きたのは間違いないだろう。

 そしてタイミング悪く、今は避難訓練中。

 校舎の誰もが出払ってしまい、誰にも気づかれぬまま、今も一人で苦しんでいる――――。

 そう考えると、全ての合点が行く。



 恥を忍んで飛び出して、本気でよかったと思う今日この頃。

 そこまでの事なら、これは本当の意味での緊急事態。下手すると病院沙汰にすらなり得る事態だ。

 避難訓練……やっぱり必要なイベントなんだと、再認識させられた。

 もしもこれが本当の災害だったなら――――こんな程度じゃ済まない”不測”が、星の数ほど発生するのだから。

 


「多分……教室の近く……」



 そしてその不測に陥っているのが、よりにもよって芽衣子なら――――。

 迎えに行くのは、僕しかいない。そう思ったんだ。



「探すっきゃ……ねぇ!」



 僕は再び無人の校内へと繰り出した。

 静寂を保つ空間に、僕の足音だけがハッキリと響き渡る。

 その足音を絶やさぬように、なるべく”大げさに”動くように心掛けたんだ。

 それは忍び寄る孤独を掻き消す為の意味合いもあった。

 だが本来の目的はそうじゃない。

 僕の迎えに行く足音が、芽衣子の耳に届けば、きっと――――




(芽衣子、どこだ!)





 きっと何らかの返事が返ってくる。そう思って。

 




(チチチチチチ………………)





――――だが、返事をしたのは芽衣子じゃなかった。






( カ  チ )






 ズ ド ォ ン ッ !――――静寂は、瞬く間に”爆音”に掻き消された。






                     つづく  



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