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百三十五話 着火


「ゥラック・シズゥズ・ペィポゥ・ゥラック・シズゥズ・ペィポゥ――――」


(なんだったかな……)



 重い腰を上げ、ようやっと覚悟を決めたアルエの行動は、見る者全てを驚かす実に不可解な物であった。

 憔悴状態にもかかわらずやけに自信ありげな態度もそう。

 何よりも、さっきからアルエがブツブツと呟く「謎の呪文」。

 その呪文は「大魔女」と呼ばれ久しいオーマすらも存ぜぬ呪文であり、しかしながら医者ドクターだけが「なんとなく知ってる気がする」と言う、まさに謎が謎を呼ぶ呪文であった。



「あ!――――あれ!」


(あれは……)



 その時、さらなる変化が訪れた。

 意図不明な呪文を呟き続けるアルエの周囲に、二つの水柱があがったのである。

 アルエの左右に現れた二つの水柱は、単純な円柱状の水柱。

 だが現れると同時にまた形を変え、そして少々のうねりを見せたあげく、次第に「見慣れた物」へとまたも変貌を遂げていく。



 それが呪文の効果による物なのか、二人に知る術はない。

 だがその代わり、この目の前に現れた物が”ある程度モチーフに沿った物”であると言う事だけは、二人にはすぐに理解できた。



「アタシの……ゴーレム……?」



(【水の両腕】――――!)



 アルエが生み出したのは、水で形作った【腕】であった。

 シュウシュウと泡立ち音を立てながら出来上がる腕。そのモチーフは間違いなくオーマの土の腕ゴーレムである。

 アルエの中でのみ「オーマの代表魔法」となっている、土属性の召喚獣であろうと言う事は二人の想像に難くなかった。



「これは、もしや……!」


「ナ――――ィィィィスチョイスアル! 元ネタとして鼻が高いわ!」



 唯一の違いは、オーマの出す腕は基本的に”片腕”であるのに対し、アルエの場合は一度に”両腕”を出したと言う点であった。

 オーマが普段片腕しか使わない理由――――それは至極単純な”節約”目的である。

 だが、精霊使いの場合はそもそも節約の必要がない。

 魔力その物が別物である精霊使いにとって、優先すべきは節約よりも体調。その一点のみでしかないのである。



 仮にオーマが精霊使いであったなら、無論全く同様の手段を使うであろう。

 両腕どころか一度に大量の腕を呼び出し、目の前の障害を力づくで追い払う。

 そしてオーマの場合、精霊使いでなくとも実際にそれができる事。

 節約と言う枷さえなければ、オーマの発想もほぼほぼアルエと同様の物なのである。



「いけ! アル! ボッコボコにしてしまいなさい!」


(いや…………おそらく…………)



 土壇場で繰り出したアルエの策が「自分と同じ魔法」だった事にオーマは歓喜を覚え、より一層黄色い声援を投げかけた

 だが猛るオーマの横で、医者ドクターだけが別の確信を得た事をオーマは気づいていない。

 アルエが出した両腕が、オーマの思い描く物とは”全くの別物”であると、そう気づいてしまったが為に。



「いくぞォーーーッ! 出せェーーーーッ!」


『大丈夫やねんな? なぁ? マジで大丈夫やねんな?』



 そしてアルエは、いつしか呪文を唱える事をやめ、水の両腕を力強く握りしめた。

 グッと強く握られる水の拳は、これから一撃を送り込む為の予兆。

 「やる時はやる精霊使い様が、これから我らの道を拓いて下さる」――――。

 オーマは冗談交じりの敬語で、現状をそう表した。



「ペィポゥ・アン・ペイポゥ――――!」



 直後――――アルエは動いた。

 警戒し身構える巨人をもろともせず、自ら生んだ両の拳で持って。

 それはまさに勇猛果敢の四文字を地で行くように。



「グゥ――――!」



「いっけぇーーーーッ!」



 オーマと巨人。二人の異なる叫びが場に轟いた時――――。

 世界は、確かに変貌を遂げた。




――――





……




……




――――






「――――――――カニ!」





 それはさながら、時の流れが止まってしまったかの如く。





「………………」




「………………」




「………………………………は?」





 アルエが作り上げた”カニ”が、場の全てを凍てつかせた。

 



「――――カニ! カニ! イッツア・カニィ! オーケィ!?」


「…………グゥ?」


「あ~~ええっと! カニ……カニって英語でなんて言うの!?」


『そもそも英語である必要あるんか……』



 凍えそうな程に凍てついた空気の中、饒舌に捲し立てるのはアルエただ一人だけである。

 アルエは、生み出した水の両腕の手のひらを思い切り開いた後、それらを合わせた後巨人に見せつけた。

 一見すると掌底のように見えなくもない。

 だが、であるならばそもそも両手である必要はなく、それ以前に巨人に当てねば何の意味もないのは明白である。



「――――そう! クラブ! ディス・イズ・クラ……クラゥブ!」



「――――???」



 アルエは開いた両掌を執拗に「カニ」と読んだあげく、今度は指をワサワサと動かし始めた。

 そんなアルエの一連の行動を見届けたオーマの脳裏には、ただただ「?」の記号しか出ない。

 オーマは、ある意味で混乱とも呼べる状態に陥った。

 「意味わかんない……」小さくそう呟いた後、後はただ、茫然とアルエを見守るのみである。



「あ~わかりにくかった!? わかった! ソーリーソーリ-!」


「じゃあもっとわかりやすいのにしよっか! えっと……じゃあ今度はこう!」


「ゥラック・シズゥズ・ペィポゥ・ゥラック・シズゥズ・ペィポゥ――――」



「……まじでなに? これ?」


「おそらく……いや、間違いなくですが」



 アルエはそう言うと、再び例の呪文を唱え出した。

 「カニ」と呼んだ手の形を解き、呪文の中で手のひらの開き閉じを繰り返しながらである。

 よくよく聞けば、その呪文はとある一定の法則があった。

 その法則とは、呪文の中にリズムがある事――――つまり、歌である。



「シズゥズ・アン・ウラック――――!」


「見てください。次に少年が出す形は……こうです」


「――――え!?」



 アルエはまた形を出した。

 片方は握り、片方は指二本だけ立てる手の形。

 そしてそれらを重ねた後に、また巨人に向けて、声高らかに叫ぶ――――医者ドクターと同じ言葉を。



「「――――スネィル」」



「え…………え? え? え?」



 医者ドクターは、アルエの行動を完璧に予言して見せた。

 アルエと被せた言葉もそう。医者ドクターが作り上げた「手の形」もまた、アルエと全く同様の物であったのである。

 この医者ドクターの予知能力同然の振る舞いに、オーマはさらなる混乱を見せた。

 「理解不能」を全面に出すオーマ。その顔を見かねた医者ドクターが粛々と説明を始める。



 そして、説明を受けたオーマが、全てを理解した頃――――。

 次に湧き出るは、未だかつてない程の「大・激・怒」である。



「スネィル。要はかたつむりの事ですね」


「かた……つむり……?」


「ほら、それっぽく見えません? チョキの上にグーを被せて……」


「チョキ……グー……?」


「さっきから唱えていたゥラック・シズゥズ・ペィポゥとか言う呪文……これはROCKグーSCISSORSチョキPAPERパーの英発音です」


「……それって」


「まぁ何故英語なのかはわかりませんが……でも、懐かしいですね。私もよくやりましたよ」



「――――幼稚園の頃に」



(幼稚ッ――――!?)



 オーマの熱い期待は、現時刻を持って脆くも崩れ去った。

 自分のゴーレムと酷似した魔法を出した挙句、その類似魔法でもって行うは――――。

 自分の思い描いた戦闘バトルとは全く無縁の、単なる「お遊戯」であったのである。

 「グー」「チョキ」「パー」の3種類の組み合わせで何らかの形を紡ぎ出す「お遊戯」。



 これは全国の幼稚園で広く採用される、所謂「グーチョキパーでなにつくろ」。

 アルエが行っているのは、その英語バージョンである。

 


「スネィル……わかるかな!? かたつむりの事だよ!」


「グゥ……グゥ! グゥ!」


「オケ~~~イ! いい子だ! じゃあ、今度はお兄さんと一緒にやってみよっ!」


「グゥッ!」


『だから、英語である必要はあるのかって』



「じゃあ! あいつッ!」


「多分、地名からヒントを得たのでしょうね」



 医者ドクターの指摘はまさにその通りで、元々力の残っていないアルエにとって、とてもじゃないが巨人を撃退でき得る術などなかった。

 そこでアルエが思いついたのが、このグーチョキパーを用いたお遊戯。

 その発想の根源は、この地が「保育園」と呼ばれている事。

 加えて医者ドクター同様、自身もこのお遊戯をやった事あると言う点である。



「グッグッ――――グゥ!」


「グゥ~~~~ッド! オケイ! バッチリ! 百点満点!」


「大変よくできました! お兄さんは鼻が高いな!」


「じゃあ、今度のこれはできるかな~~~~?」


「グゥ~~~~♪」


『アホや……完全にアホや』


「コポ……」



 前後の記憶こそ曖昧ではある。

 が、その中でハッキリと覚えているのは、楽し気なリズムに乗せられ、気が付けば夢中になってのめり込んでいた記憶。

 そんな在りし日の思い出は、未だアルエの脳裏にハッキリと残っていた。

 それは年齢にして5歳と数か月の出来事。アルエがまだ、”保育園”に通っていた頃の話である。



「”撃退”ではなく”懐柔”――――自分を味方と思わせる事で、道を相手から譲ってもらう」


「そうすればわざわざ戦闘など起こさなくても、向こうが勝手に拓いてくれる」


「向こうが勝手に拓いてくれるのだから、戦う必要もないし、ならば魔力も消耗も関係がない」


「と、言った所でしょうね。きっと」


「あの…………ボケェ…………」



 戦闘行為こそ不可能であるが、相手の興味を引きそうな「芸事」ならば、この消耗状態でも十分可能。

 そう直感したアルエは、ならばその芸で持って、巨人と友好関係を築く事が出来れば――――。

 「少なくとも最悪の事態は免れる」。アルエが行うお遊戯の全ては、そう言った危機回避の結果である。



「くぅぅぅぅオラァァァァそこのバカァーーーーッ! 誰がお遊戯大会始めろっつったァーーーーッ!?」


「何が”何作ろ♪”だ! ボケッ! わかってんの!? アタシらは死の谷に行かなきゃいけないのよ!?」


「んなのやってたら日が暮れんだろーが! とっとと先に進ませろ!」



「――――ええいやかましい! だったらお前がやれぃ!」


「おのれが動かんからこうなってんだろがい! 任せたんだろ!? だったら文句つけてくんな!」


「……ああっごめんね! あの変なお姉さん、あの人は無視していいよ!」


「あの人は脳みそ間違えたまま生まれたかわいそうな人なんだよ! そうそう、ビョーキビョーキ! 心のシック!」



「こいッ………………!」


(ものすごい言われようだな……)



 猛るオーマの背後から、医者ドクターは肩にそっと手を置き、耳元でこうささやいた。

 「諦めましょう」――――その言葉の真意は二つある。

 一つは、アルエの主張が「ある程度正論である」と、第三者の視点から見た判断である事。

 そしてもう一つ。それは、アルエの言い返しっぷりが、明らかに”ドを越えていた”為である。



「あれは悪い見本! 反面教師! 関わっちゃダメな人種!」


「大魔女とか言われて勘違いしちゃったまま成長しちゃったんだよ! わかる!?」


「ああなると人はもうダメ! ほんとダメ! 全部ダメ!」


「だからよい子の巨人くんはあんな風になっちゃダメだよ!? あれはもう……手遅れだから!」



「ッ”~~~~~~!?!?!?」


「こ、堪えましょう! 黙っていれば何も言ってきませんから!」



 アルエの倍返し以上の悪態が、オーマの逆鱗に「触れる」所の騒ぎではない事は明白であった。

 案の定、好き放題言われたオーマの表情は、みるみるうちに阿修羅の如き形相を見せていく――――。



 オーマが「節約」と称して働こうとしないのは、実は医者ドクターにとっては好都合なのである。

 本当の不都合は、オーマに”気まぐれ”を起こされる事。

 取り決めた約束を突然反故にされ、結果英騎と合流できず仕舞い。

 どころかテロリストである以上、捕縛。または自分の命を奪われる事が、本当の意味での「最悪」である。

 そしてオーマの性格上、そんな最悪の展開は、今までの行動からも十二分にありえた。

 


「大丈夫です! あれはあれで十分有効な手段ですから!」


「むしろよく思いつきましたよ! あれなら確かに、あなたの手を煩わせる事なく巨人を退ける事が可能です!」


「何せ戦う必要そのものがないですから――――すっごく、地味ですが!」



 もし万が一、挑発に乗せられたオーマが怒り狂った挙句、後先考えずに”自分事”この場を修羅に変えてしまえば――――。

 そうなればもう合流所の騒ぎではない。

 巨人もアルエも自身すらも、等しく「肉塊」として数えられるのは想像に難くない。

 医者ドクターは、その事態だけはなんとしても避けたかった。

 守られる立場である以上、自分に矛先が向かう事態だけは、何に変えても避けねばならなかった。



「じゃあ、あんなのはほっといて次行こっか! 今度のこれはわかるかな~~~~?」


「グゥ♪」



「ほら……見てください。あの巨人、少年にべったりなついています」


「ああなれば後はもう簡単ですよ。ひょっとしたら、あの巨人が道案内を買ってくれるかもしれませんし」


「……………………はぁ~」



 オーマの掃いたため息が、深い失望の現れである事は明白であった。

 アルエのこの懐柔作戦に一つ欠点があるとすれば、ひどく”つまらない”事である。

 幼児レベルのお遊戯をまじまじと見せつけられた挙句、しかもそれが「予想の展開」と大きく剥離していたとあれば、見る者の心が落胆に染まるのは致し方ない事と言えよう。



――――だが、医者ドクターにとってはそれでよかった。

 大魔女が毒にも薬にもなり得る以上、どんな形であれ「大人しく」していてくれるのであれば、これ以上の要求はない。

 あくまで冷静に、沈着に。

 このまま大魔女の平静を維持できるのであれば、他はすべて二の次なのである。

 


「…………寝るわ。終わったら起こして」


「え? ここでですか?」


「だってそうでしょ……あんなもん、どう考えても長丁場決定じゃない」


「まぁ、そうですね……」



 アルエのお遊戯大会はまだまだ続く。

 楽し気なリズムと喜びに溢れた巨人側の雰囲気は、落胆一直線のオーマ側とは見事なまでに真逆である。

 スマホが教え、アルエが歌い、水玉が形を作り、巨人が笑う。

 この地にまつわる殺伐とした伝承とは裏腹に、平和ピースフルに溢れたその光景は、当事者に「いつまでもこの時間が続けばいい」と思わせる事請け合いである。



「とりあえず、あの歌が耳障りだから耳栓付けとくわ。起こす時はゆすって起こしてね」


「……はい」


「じゃ……おやすみ」



 だが、そんな楽しい時間もいつか終わりが来る。

 享楽も落胆も、全ての事象は等しく終幕を孕んでいる。

 速い話が、「どうせ終わるのであれば後は速いか遅いかだけの違いでしかない」と言う事である。

 ともすれば、「ではその終幕をどこで入れればいいのか」――――。

 それが、”主催者アルエ最大の仕事”であった。




(………………あれ)




 アルエは、最初からわかっていた。

 今の自分には戦闘力がない事。どう足掻いても芸の真似事しかできぬ事。

 にも拘らずオーマが協力しない事。

 そして、巨人がすぐには退こうとしない事――――。




(火が消えている…………?)




 アルエが本当にしたかった事。それは興味を引く事である。

 それは今、アルエを嬉々とした目で見つめる巨人――――ではない。

 今現在ふてるように横たわる姿を見せている、”オーマの興味”である。




「すいません大魔女サン、一服したいので火を――――」



「火を――――……」




 医者ドクターは、いつの間にか「たばこの火」が消えている事に気づき、オーマに再び着火してもらうべく軽く振り返った。

 しかしにも拘らず――――結局再点火は出来ず仕舞いに終わる事となる。

 


 医者ドクターが振り返り際に見た最後の光景。

 それは、やけに”泥汚れ”の目立つオーマの寝姿であった。




(――――)




 そしてその姿を最後に、”目の前の景色がすべからく一片する事となる”。





「オッ………………シ ャ ァ ァ ァ ッ ッ ッ ! 」




「グガッ――――ッ!」




(――――!?)





 気づいた頃には――――。

 全ての視界が”水の中から”の光景に、変貌を遂げていた為に。





                    つづく



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