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百三十一話 語り手


「勇者って、6人いたのか!?」


「これはこれは、意外な所で……」



 舟で聞きそびれた物語の一幕。

 一連の混乱により後回しにされつつ、内心少しだけ気になっていた物語の全貌を知る機会が、意外にも速い段階で訪れた事に一同は期待を膨らませた。

 その根本は、やはり語り部の存在が大きい。

 墜落先が偶然物語の一端に合致していた事と、それを知る語り手の完全覚醒。

 この二つの要因は、少なくとも一行の道中を退屈に浸らせない事を、すでに確約していた。



「ちょうど舟でもその話が出てたんですよ」


『聞こうとしたらねーさん爆睡してはったし』


「は……あんたら、そんなに歴史好きだったっけ?」


「暇つぶしの為にな」


「コポッ!」



 荒んだ荒野を歩く事数十分。舟はすでに、気配すら感じさせない程の彼方に消えた。

 しかしその舟以上に気配を感じさせない目的地が、まだまだ一行の時間を消費させることは明らかである。

 言い換えれば、「語る時間が十二分にできた」とも言える。

 些細な好奇心。目的地の予習――――など簡単に隅へ追いやる「退屈凌ぎ」。

 その目的の為だけに、アルエは率先してオーマに語りを促した。



「いーからはよ言え……どっからだっけ」


『ここで勇者一行が10日11泊したって話。てか、覚えとけよ』


「君、実はあんまり興味ないでしょう」



 知的好奇心にあふれる医者(ドクター)や元々情報端末であるスマホと違い、アルエの聞き耳はあくまで暇つぶし。ないしささやかな娯楽程度の認識でしかない。

 しかし、聞き手がこの話に一体何を思うのか――――そんな事は、語り手にはどうでもよかった。

 語り手はただ語るだけでイイ。

 「頼まれたから話すだけ」。そう言いたげなほどに、あくまで淡々した口調で、オーマは語りの再開を始めた。



「勇者が6人ってのもね、ちゃんと理由があるのよ」


「当時魔王が居を構えていたとされる場所。そこは実は、その時点では完全に特定されたわけじゃなかったの」


『どゆ事? 闇雲に探してただけって事?』


「ううん、大凡の場所はわかってた。ただ、候補が”複数箇所”あったの」


「ダコーハで11泊もしたのはそのせいよ。隣接箇所に居を設け、逃さぬよう一つに絞る為……」


「なるほど、敵情視察ですか」



――――当時、邪なる王が潜むとされる場所は【七つの穢れし湖】とされていた。

 その湖は湖でありながら、澱み、濁り、そして周囲を血のように赤く染め上げると言う特異な土地であったと言う。

 そのような、まるで邪なる王の「邪」に呼応するかのような異様な有様は、邪悪なる根源がその土地に潜む証拠であると、誰しもが信じて疑わなかった。

 


 6人の求道者もその例に漏れず、確信を持ってその地を訪れた。

 霊地ダコーハにて英霊の加護を受けながら、英霊の導きと、朽ちる事なき精神でもって幾度も大地の往復を繰り返した。



 そして太陽が、実に11度目の輪廻を終えた時。

 求道者の一人が、ついには邪なる王の居所を見つけ出したのだ――――【魔王と勇者の物語・永遠とわの章】



「七つの湖……」


「いいですねえ。市販の書物では描かれなかった詳細が次々と」


「勇者側が6人一行パーティを組んだのもそれが理由よ。七つの湖を一人で見て回るなんて、とてもじゃないけど不可能じゃん?」


「……ん、でも待て」


「コポ?」


「一人、足らなくね? 候補が七つあるのに実際に出向いたのは六人……」


『そーいやそーやの』


「それはね……」



 6人の求道者もその例に漏れず、確信を持ってその地を訪れた。

 霊地ダコーハにて英霊の加護を受けながら、英霊の導きと、朽ちる事なき精神でもって幾度も大地の往復を繰り返した。



 しかしながら、幾度出向けど”七つ目”の湖は一向に見つかる事はなかった。

 当然である。元来、その地にある湖は”六つしかない”のだから。



「――――はぁ!? 何それ!?」


『一個足らんやん!』


「七つの内六つはすぐ見つかった。そりゃそーよ。だって、実際にあるんだもの」


「でもそこに魔王はいなかった。となると、残る候補は必然的に最後の一つになるんだけど……」


「ちょ、待ってください。その話、そもそもがおかしいです」


「何がよ」


「候補の地に湖は六つしかないのに、勇者は最初から七つある事を前提で行動してます」


「誰にも認知されないはずの七つ目の湖。では、それを七つの穢れし湖と断定したのは……?」


「だ・か・ら」



 6人の求道者もその例に漏れず、確信を持ってその地を訪れた。

 霊地ダコーハにて英霊の加護を受けながら、英霊の導きと、朽ちる事なき精神でもって幾度も大地の往復を繰り返した。

 しかしながら、幾度出向けど七つ目の湖は一向に見つかる事はなかった。

 当然である。元来、その地にある湖は六つしかないのだから。



――――「やはりこの女の言う事は正しかったのだ」。求道者達は、そう認めざるを得なかった。

 「貴殿らが王なる者の御前に辿り着く事は叶わず。我がの理想のみを追い求め、甘美なる夢から覚めようとせぬ限り」。

 戯言と一蹴された女の言葉は現実となり、しかし穢れし湖の存在を告げたのも、また事実であった。



「お、おお……展開が……」


「コポッ!?」


「勇者一行には一人だけ部外者がいた。魔王の居場所を教え、誰も知らないはずの七つ目の湖の存在を告げた女がね」


『誰やねんそいつ』


助言者アドバイザーみたいな人ですか……?」



――――しかしながら、いくら追及せども女は何も語らない。

 女がやる事と言えば、求道者達の露営を番する事。それのみである。

 女は求道者らが捜索をしてる間も、決して外へ出る事無く、日々を露営で過ごすのみであった。

 日が経つ毎に、求道者達は女を一蹴した事を悔い始めた。

 そして思考の果てに確信を得る。「やはりこの女は、邪なる王の居所を知っている」と。



情報元ソースがどこの誰ともわからん女とか』


「うーん、勇者はデマの可能性を考えなかったのでしょうか……」



 その晩、求道者達が10度目の晩餐を開こうとした時であった。

 不意に、グゥと腹の鳴る音が響き渡った。

 その音に釣られふと見れば、音の発生源は女であった。

 そして改めて女をよく見れば、その身は当初より幾分痩せ細り、今にも倒れそうなほどやつれた姿に変貌していた。



 思い起こせば、女の同行は断り無き同行であった。

 不作の続く散策に憔悴していた求道者達に、女を世話をする余裕などあるはずがなく。

 その為、女に満足な食事を与えていなかった事に、求道者達は今更ながら気が付いたのだ。

 


「女は思わせぶりな事だけ言って、肝心な事は言わなかった」


「本当にただいるだけ。まるで”ヒントは出してやっただろう”。そう言いたげな態度でね」


「お前みたいな奴だな」


『シッ! 黙ってろ!』


「コポッ!」


「失礼……続けて」



 そこで求道者の一人が、その日の夕食にする予定だった食べ物を女に分け与えた。

 柔く四角い、イモ原料の食物である。

 お世辞にも上等な物とは呼べない、味の薄い保存優先の食べ物である。



 だが女は、それを実にうまそうに食べた。

 よほど腹が空いていたのだろう。

 決して美味とは言えぬその食べ物を、飽きる事無く食らい続け、ついには全ての分を平らげた。



「人のメシ全部食ったのか……」


『いやまぁ、ずっとほったらかしにしてたわけやし、そこは?』


「イモ原料の保存食……干し芋でしょうか」



 そうして求道者達は、食料の備蓄をすべて失った。

 だがもう、食の心配をする必要はなかった。

 明朝ダコーバ経ち、その時を最後に、二度と戻らぬ決意を固めた為。

 つまりは、女が”七つ目の湖の場所を教えた”が故の事である。



「女はやはり知っていた。魔王のいる、あるはずのない七つ目の湖の場所を」


「対価と報酬……女の目的は飢えの解消だった?」


「乞食かよ」


「七つ目の湖が見つけられなかった理由――――それは、その箇所だけ遠く離れた場所にあったから」


「その湖は七つの枠組みに入れるには微妙な、ほぼ孤立状態の場所。その事を知らない勇者達は、当然全く見当違いの場所を探し続けていた」


「つまり、湖を探す行為そのものが湖を遠ざけていたの。まさに女の言葉、”夢から覚めようとせぬ限り”を体現するように」



 先の女の発言は、求道者達に対する皮肉を込めていたのかもしれない。

 我が目に映る物だけを妄信し、観念と言う鎖に自ら縛られる様の揶揄なのだろう。

 求道者達は、女から七つ目の湖の場所を教わる事で、自分達が以下に狭き存在であるかを思い知らされた。



 そして気づく。

 邪なる王の魅せる幻惑は、この湖の比ではないだろうと言う事に。

 「培わねば。真実を見通す眼力を」「広げねば。我が眼に映る世界の雄大さを」

 求道者の一人が発した発言に、誰しもが無言の同意を見せた。



「七つ目の湖は、明らかにそれまでとは違った」


「遠くからでも感じる暗黒のオーラ。あらゆる災いを具現化したかのような禍々しい気配」


「近づけば近づく程、その地の全てが澱み腐って行く」


「そして…………それらの全てが魔王の存在を示している」


『ええぞ、クライマックス感バリバリや』


「やぁっとラスボス戦かよ」



――――邪なる王と求道者達の争いは、まるで無限に続くかの如く続いた。

 空の明暗とは無関係に、いくら昼夜を繰り返せど、一行に勝負の明暗はつかない。

 唯一空模様に比例するのは、争いが刻みし傷痕のみである。

 傷痕は武器に、防具に、道具に、身体にと刻一刻と増え、ついには大地までもを傷つけた。



「こう……ブワっ! ドーン! ズババババーン! って感じで」

 

「なんでそこだけ擬音表現なんだよ」


『ラノベか』


「しょーがないじゃない。激しい戦いだったとしか言いようがないんだから」


「で、その戦いで大地に着いた傷痕ってのがこれから向かう死の谷……って、それは知ってるわね」


「……ちょっと待ってください」


「はい出た物言い」


「また……今度は何?」



 幾度の昼夜が繰り返されただろう。

 もはや数える事すらなくなった求道者は、激しい戦いの果てに、精も根も尽き果てていた。

 肉体が魂から剥離していく。

 そんな感覚を覚える程、いつしか我が身すらも言う事を聞かなくなった。



 だが、それは邪なる王も同じである。

 邪なる王は悲痛な叫びを惜しげもなく吐き散らし、求道者の目前でありながら、衰弱を隠す事すらしなかった。

 限界と言う物があるならば、とおの昔に過ぎている。

 その時両者を動かしたのは、それでも揺らがぬ確固たる意志。

 ただのそれだけでしか、なかったのだ。



「魔王と勇者の決戦の地は【魔霊の森】のはずです。いくら市販の書物と言えど、そこは全て共通しています」


「そういえば……」


「なのにその話は、どう考えても最終決戦。小手調べと言うにはいささか度が過ぎています」


「……で?」


「私が読んだのはあくまで市販の書物。脚色と編集と、各出版社の意図で改変された物でしかありません」


「私の読んだ書物には、そんな詳細はなかった……是非聞かせてください」


「その時ここで、一体何があったのです?」



 終わりは、密やかに忍び寄っていた。

 「見聞を広げる」と誓った求道者の意志を意図も容易く掻い潜る程に、静かなる歩みで持って。

 そして忍び寄る終わりが実感できた頃。時はすでに遅すぎた。



 「もう次はない」。

 それは求道者達にも、そして邪なる王にも。

 抗えぬ現実を前に、両者は従うしかなかったのだ。



「限界を目前にした魔王と勇者達は、最後の一瞬に賭けるしかなかった」


「どうせ両方とも満足に動く事すらできない。だから次の一撃に、全ての力を託した」


「その時、戦いは一瞬だけ止まった。と同時に、未だかつてない程巨大な力場が発生した」



 相反する力は瞬く間に膨れ上がり、ついには大地のみならず空までも影響を及ぼした。

 月と太陽がもたらす明暗。決して同じ時にないはずの二つの事象が、その場では同時に起こったと言う。

 きっと世界は、その時はまだ決めかねていたのだろう。

 明と暗。同時に起こる二つの矛盾の前に、果たしてどちらの道に進もうか、と。



「最後に振り絞るファイナルアタック……よくある話じゃん」


『そこちゃうって。話聞けよ』


「コポ! コポポポポ!」


「最後の一撃が終わりに結びつかなかった。むしろ話の結末を顧みれば、それは始まりにしかすぎなかった……」


『延長戦に突入したつーこっちゃ』



 突きつけられた明暗。選択を迫られた世界。

 決断は、おいそれと下せる物ではなかった。

 故に世界は、この期に及んでまだ決めあぐねていた。

 そうこうしている間にも、力だけがただ膨れ上がるとわかりつつ。




「最後の一撃…………の、はずだった」




 そして、その果てに――――世界は、最後まで決断を下す事はなかった。




「両者の死闘に、水を差した奴がいたの」


「は? 何そのKY」



 求道者が、力を膨らませるべく留めた肉体の静止。

 その静止は、いつしか制止へと移り変わっていたのである。



 求道者は、我が身の自由すらも奪われた。

 それは深く刻まれた傷痕のせいではない。

 これは束縛。自分達ではない誰かの意図による物。

 その正体は、「対価でもってでしか動かぬ者の手による物だ」。

 そう知った頃には、やはり全てが遅すぎた。



「勇者の身体はいつの間にか縛られていた…………まるで手綱のような、長く太く、固い紐で」


「驚いた勇者は、もちろん真っ先にその紐の先に眼をやった」



 「だから教えてやったのに」。

 束縛の主は、求道者と目が合うや否や、そう言い放った。




「手綱を握っていたのは――――”勇者を魔王の元へと導いた女”だった」



(え…………)




 「夢から覚めようとしないから――――」。

 その断言は、邪なる王の耳にも届いた。




                    つづく


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