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百二十六話 回帰


――――オオオオオオ…………



(この舟は……一体……)



 暗雲ただよう舟の内部。その中から漏れる一筋の白に、医者(ドクター)は困惑を隠しきれなかった。

 向かう先にある機関部は帝国が生み出した技術の粋。

 史上初の「魔力を用いない機関」であると、そう聞かされていた”はずなのに”。



 では、この目の前の現象は一体何であるのか。

 この暗雲漂う闇の中の光は、一体何なのか。

 伝聞と現実のあまりの相違振りに、医者(ドクター)は未だ馴染めずにいた。



「へびぅーーーーッ!」


『こーーーーじーーーーッ!』



 時を同じくして、今度は背後からアルエの叫び声が轟いた。

 声は突発的に響き渡ると同時に、強い衝撃音をも生む。

 ドォン――――と何かがぶつかるような音が響く。

 その正体は、つい今しがた”寝相の悪さ”に巻き込まれたアルエの姿であった。



「お、おぎぃ…………」


『だから言ったやん、絶対やられるって』


「コポ……」



 医者(ドクター)が単身舟の内部へと突き進む一方で、アルエは医者(ドクター)の歩に比例して「起こし方」を激しくしていった。

 掴み、叫び、揺さぶり、それでも起きないオーマに業を煮やしたアルエは、ついに「気付けの一発」を決意する。

 「頬を二・三発ひっぱたけばさすがに起きるだろう」と軽い気持ちで実行しようとしたアルエであったが、程なくしてその決意は後悔へと変わる。



 結論から言うと、ひっぱたかれたのはアルエの方であった。

 眠っているにも関わらず、それはまるで西部劇の決闘かのように。

 腕を振るおうとするアルエの顔面に向けて、弾丸のように素早いオーマの「拳」が突き刺さったのが今しがたの流れである。

 


「クッソーあのアマ! 絶対起きてるだろあれぇ!」


『いや、あれはお前が悪い』


「何をやっているんですか君は……」


「コポ!」



 そして両者は短い別れを終え、再び再開するに至る。

 各々が取り組んだ問題は――――両者共に、なんの解決も見いだせずに終わった。

 アルエは見事な反撃を食らい、そして医者(ドクター)は歩を中断する決断を下す。



 しかし医者(ドクター)の場合は少し事情が異なる。

 医者(ドクター)は、吹き飛ばされたわけでも拒まれたわけでもない。

 本人が自らの意志で、処置の試みを諦めざるを得なかったのである。



「そっちは!? エンジンの修理できたのかよ!」


「いえ……残念ながら不可能でした」


「――――は!?」



 アルエが盛大な返り討ちに合っている頃、医者(ドクター)は一人闇の中の光と対峙していた。

 白はただその場で佇むだけであり、周囲の黒がその白を一層引き立てる。

 それは、オーマと違い別段危害を加えてくるわけではない――――。

 しかしそれは”オーマの寝相よりも危険な物であった”と、医者ドクターはそう直感で感じ取らざるを得なかったのである。



『オィィィィ! お前どこまでヤブやねん!?』


「今すぐ医師免許返納しろボケェ!」


「言っときますけど、私、整備士じゃないですからね?」



 アルエらの容赦ない罵声を軽く受け流す医者(ドクター)であったが――――。

 その実、医者(ドクター)の背中は今、未だかつてない程の”湿り気”を帯びていた事に誰も気づけずにいた。



 背中を満たす湿り気の正体は、所謂「冷や汗」。

 その時その場面、アルエがオーマを起こそうとする傍らで――――。

 相応の覚悟を持って進んだ医者(ドクター)の強い決意を”一瞬にして無に帰す程の予感”が医者(ドクター)の全身に駆け巡っていた事を、アルエらは知る由もなかった。



「少年、スマホくん……それと水の精霊サン」


「コポ?」


「一つ……提案があるのですが」


「あんだよ」



 機関部へと続く通路の中で、漂う黒とその奥を照らす白。

 未知に対する恐怖こそあるものの、医者(ドクター)にとっては所詮その程度。

 かつて誓った「決意と覚悟」を持ってすれば、恐るるに足らぬ物である。



「残念ながら……この舟の沈没は止められそうにありません」


『オイオイまじかいや、ほなどうすんねん』


「けっ、あのバカが起きてりゃ……」


「コポポ~~~ッ!」


「……そこでです」



 黒にも白にも臆することなく着実に歩を進めた医者(ドクター)

 しかし”結果として引き返した”。

 それは、歩幅の感覚から扉の目前だろうと推察できる地点に達した時。

 手を伸ばせば「扉の取手」らしき感触がする場所。

 そして扉を開いた瞬間の出来事――――。




(――――オオオオオオッ!?)




 医者(ドクター)の身に降りかかったのは――――。

 幻覚ながら確かにあった、「消滅の実感」であった。




「――――この舟は…………不時着させましょう」



「…………えッ!?」



 そしてその感覚がもたらした決断――――それは、医者(ドクター)に取っても苦渋の選択であった。

 自分で言い出した役目を反故にするふがいなさは、他でもない医者(ドクター)自身が重々承知している。

 それでも医者(ドクター)は、そうするしかなかった。

 舟の深部に進めば進むほど湧いて出る、”自身が消滅する感覚”に襲われては、その判断も致し方がない事であった。



「このままいつ消えるかもわからない浮力に怯えるよりも、制御できる内に沈めてしまう……」


「もはや、それしか手はありません」



 一行にとって不幸中の幸いであるのは、この沈没が突発的ではなく「ゆるやかに」進行していたと言う事である。

 誰かの作為で意図的に落とされているわけではない。

 度重なる激戦と過酷な運用の果てに、ついには”舟体そのものが耐えきれなくなった”と仮定すれば、この進行速度の低下は誰しも納得ができる事である。



「大魔女サンが目覚めぬ以上、それができるのは精霊使いの君だけです」


「し、沈めちまうのか……?」



 誰にも気づかれる事無く、ゆるやかに沈んでいる「その内に」。

 それが現状における最善であると、この場の全員が自分に言い聞かせるしかなかった。



――――そして、どうせ沈むのであれば”被害はできうる限り最小限に”。

 それらを実現可能なのは、現状アルエただ一人である。



「ぐ、具体的にはどうやるんだよ?」 


「消える浮力の代わりに、水の浮力を使うのです」


 

 医者ドクターの提案する案はこう。

 まずはアルエが精霊を駆使し、突発的な墜落が起きぬよう現状の維持に努める事。

 そして近い将来達するであろう「地表との激突」の瞬間を狙って、地表と舟体の間に緩衝材クッションを生み出す事。

 そしてその際、地表に刺さるのではなく、擦れる形になる角度を生み出す事――――。



「大破させては元も子もありません。比較的原型を留めつつに――――」


「…………どゆ事?」



 物理と計算の入り混じった、アルエに取ってはやや複雑であるこの計画。

 それを出来る限りわかりやすく伝えるべく、医者ドクターは努めて言葉を選んだ。

 言葉を砕き、スマホや水玉の協力の元、時には絵や造形物を駆使しつつ――――。

 肝心のアルエが理解しきるまで、説明は幾度となく繰り返し続けられる。



「肝心なのはこの激突時の入射角です……わかりますか? 入射角」


「えっと……」


『頭から飛び込むんじゃなくて腹から落ちるねん。ゲームで何回もやっとるやろ』


「な、何ゲーだよ……」


「ん…………精霊サン、ちょっと再現を」


「コポッ!」



 そのアルエが理解に至るまでの間も――――刻一刻と時は迫っていた。

 それは舟の墜落は勿論、その状況をさらに悪化へと辿らせるは、オーマの放った毒である。

 医者ドクターは説明の最中、あからさまに咳払いが増え始め、同時にアルエも軽度の目のかゆみを訴え始めた。



 下へ上へと人体を縦横無尽に駆け巡る毒。

 この毒がただでさえ限られた時の中を無駄に急かさせる結果を招き、そして一同の不安を悪戯に煽り立てるに至る――――。



「ゴホッ……! どうやら、そろそろタイムリミットが来たようですよ!」


「くっそー……マジであのバカアマ余計な事を……」


『おい! んな事よりこんなけやったったんやから、もうわかったよな!?』


「コポポッ!」



 そんな追い詰められた状況故なのか、はたまた周りの説明が良かったからなのか。

 周囲の心配をよそに、アルエ理解はすでに十分な領域に達し終えていたのは、不幸中の幸いである。



「いけますか……?」


「本当はちょっと覚悟を決める時間が欲しいけど……そうも言ってられないな」


「コポッ!」


「要は……さっきの”ゆりかご”を作れって事だろ!?」


『おおおおお~~~~ッ!』



 得てしてアルエの理解は無事、医者ドクターの描いた想像を寸分違わず写し切った。

 細かな理論は未だ理解し切れぬままである。

 だがアルエは、理解を言葉ではなく感覚で捉えた。

 言葉よりもわかりやすい物。

 スマホや水玉が試行の果てに見せた、3次元空間に浮かぶ投影図によってである。



『そう! それ! 垂直落下やのうて横にスライドさすねん!』


「航空機事故等で取られる手法です。映画で見た事ありませんか?」


「映画は知らないけど……ゲームって、そういう事ね……!」


「コポォ!」



 アルエは思い出した。

 無論実際に行った経験などただの一度もないが、同様の行いを仮想空間ゲーム上で何回と繰り返していた経験である。

 そのゲームは航空機を墜落させる事のみならず、車・バイク・はたまた戦闘機の類までも自在に乗りこなせ、そして自由に破壊できる。

 内容の過激さから18禁の制限が設けられているゲームである物の、アルエに取ってはまるで意味のない制限であり、また容易に入手できるシロモノでもある。



 そんなゲームに熱中していた当時の経験が、まさかこんな場面で生きようとは――――。

 アルエはそう言わんばかりにニヤリと口角を上げた後、早速実行へと取り掛かった。 

 

 

「ゆっくり落として、ギリギリで留める……だな?」


「そうです。卵を割らずに落とすと考えていただければわかりやすいでしょう」


「コポッ!」



 アルエに与えられた課題は、難しいようでその実容易である。

 舟体の姿勢を維持しつつ、ゆるやかに、そして地表間際に一度だけ水の緩衝材ゆりかごを作る。

 そして可能であれば、落ちるまでに可能な限り距離を稼げればなおよし。

 これらの所業は、精霊を駆使するアルエにとって、すでに「他愛もない事」になってしまっているのである。



『あったやろ、そういうCMが』


「しらねーよ。何となく見た事ある気はするけど」


「タイミングや場所は全て君に任せます……どこかひらけた場所があればそこでよいでしょう」



 「どこかひらけた場所」。そう聞いたアルエは、早速該当の地点を探す試みを始めた。

 落とすのに最適で、なおかつ周りの被害が少ないであろう箇所。

 そんな都合の良い場所にも関わらず――――アルエはすぐさまに見つけ出した。

 その発見に、周りの補助は必要なかった。

 かゆみの走るまなこですらもハッキリと見える「ひらけた場所」が、すでに眼前へと広がっていた為である。



「じゃあ……あそこでいいか?」


『山同士の切れ目か……例の谷の延長線やの』


「そのまま谷まで弾んで行ってくれれば楽なのですが」


「コポォ~」



 場所と手段。ならびに些細なおまけまで見出したアルエにもはや不安はなく、あるのは確固とした自信のみでった。

 アルエには自信を得るに至る経験があり、その経験が様々な応用を生む事を可能とする。

 今回がまさにその典型であり、経験を積んだ今となっては、この窮地もどこか心弾む面持ちとなるのは否めない。



「水切りかよ…………」


『河原でよくやったな』


「お前手ないだろ」



 そんなアルエの唯一の不満は――――。

 「どこかの誰かが起きていれば、こんな面倒な事をせずに済んだのに」と言う愚痴のみである。



「いけますか…………?」


「ハッ! 無理だっつってもやらせるんだろうが!」



 悪態を交えつつも、舟体の制御は容易であった。

 それはすでに水の精霊が、斬られた翼の代替わりを務めているからに他ならない。

 この事により「滑空」の感覚がアルエの中にも染みわたり、それ故に加減の調整もまた感覚で行える。



 精霊同調術・ソノ最終奥義――――【感覚共有】。

 アルエは先に得たこの感覚を、歴代の精霊使いと比べても遜色なく、自在かつ”誰よりも早く”すでに自分の物としつつあった。



「10分だ……10分キッカシに落とす!」


『おっけ! ほなストップウォッチつけといたるわ!』


「ゴポッ!」



 感覚の一部となった翼が、地表への到達時刻すらも予期する事を可能とする。

 言い換えれば、舟の一部は今アルエの一部であるとも言えよう。



――――決断を下したアルエは、言われた通り五体無事のまま落とすべく、一人目を閉じより感覚を磨いて行った。

 そして結果。意識を高めれば我が身に伝わる、舟体の感覚がより鋭利となる。



 滑空距離、風当たり、そして失速具合――――。

 どこまで制御可能で、どの程度の誤差があるのか。

 その全ては理屈でない。

 アルエの中にのみ存在する、アルエだけの感覚で理解できる事である。



「いきますよ…………よーい、ドン!」


『はじまったで!』



 【10分】。

 そのカウントダウン開始を告げる役割を務めたのは、立案者である医者ドクターである。

 眼を閉じ集中するアルエの代わりに、医者ドクターがスマホを手に取り、画面に表示された「START」の文字に指を触れる。

 


 そして触れた瞬間に消滅する0と、現れる無数の自然数。 

 自然数は画面上で0以上の数を保ちながらも、まるで崩れ落ちる土砂のように数を落として行く。

 その様はまさに「0への回帰」。

 この急速に削られて行く数字の束が、まさに今沈まんとしている舟を表しているかの如く、確実に0へと近づいて行く。




(くそが……とんだ遠回りトラブルだせ……)




 集中するアルエの邪魔をしまいと、進んで黙すその他一同。

 その中で唯一空気を読まぬ音を立てるは、寝息に鎮まるオーマ一人である。



「…………zzz」



(……のん気な奴め)



 オーマの吐息が、少しだけアルエの集中を阻害する。

 しかしそれは所詮、一人のん気を貫く女への些細な苛立ちでしかない。

 眠るオーマ同様、アルエも感覚に身を委ね切る事ができれば――――漏れる吐息など、直に届かなくなる。



(死の谷はまだ先だ……なるべくなら……出来る限り距離を稼いどいた方がいいな……)


(着地した時に、水切りみたいに撥ねさせる事ができれば少しは……)



 そしてアルエの予期通り、オーマの吐息はアルエの思案に掻き消される形となった。

 この残されたわずかな猶予の中、アルエは少しでも最善を尽くそうとあらゆる案を脳裏に浮かべるに至る。

 無論、その間にも刻一刻と時は進む。

 スマホの画面上では早くも制限時間の半分が過ぎていた事を、今のアルエは知る由もなかった。

 


(エンジンは完全に死んでいる……舟の推進はもう期待できない……)


(じゃあ、ゆりかごに角度を付けるか? それで、着地と同時に少しでも撥ねさせて……)



 【残り5分】――――その間アルエが思った事。

 アルエ最大の懸念は、やはり死の谷への距離間であった。

 本来ならば舟で直に到達するはずだった目的地。

 それを道半ばで沈めてしまうとなれば、残りの道中は必然的に「徒歩」で渡る事となる。 



(少しでも前へ……少しでも……)



 「徒歩」となれば無論速度は格段に鈍り、到達時間が予定の何倍にも膨らむ事は考えるまでもない。

 そして肝心の目的地。 

 死の谷と呼ばれる場所――――の、奥深く。



――――そこには、英騎がいる。

 アルエの追い求める北瀬芽衣子と、同じ姿をした女騎士。

 しかしその所業は芽衣子とは全くの逆であり、つい先刻アルエの目の前で大量の「死」を叩きつけた、狂人とも呼べる存在である。



(歩きになるなら……僕らの方が遅くなる……)


(だったら、先に着くはずだ……死の谷に……)



 アルエは、その存在に是が非でも会わねばならぬ理由があった。

 今のような、いかなる問題トラブルがあろうと。

 そしてこれから、いかなる危険が発生しようと。

 その全ては、「英騎との対面」の前にはすべからく無に近しい物である。



(先に着いたら……待つはずだ……)



(僕らが戻るのを……待つはずだ……)



 「全ては英騎の為に」――――。

 その思いは奇しくも、英騎を信奉する誰よりも強い物である事を、今のアルエにはわかるはずもなかった。

 


(英騎が…………僕らを…………!)



 アルエが英騎に思いを馳せ、その間にも舟は粛々と沈んでいく。

 同時にアルエの思いに反応するかの如く、時は粛々と0へ回帰していく。

 アルエは思いこそ強まれど、決してその思いを口に出す事はなかった。

 故にアルエの内心を知らぬ一同は、アルエの為を思い自らの意志で口を塞ぐ。



 その結果として、舟は再び静寂に包まれた。

 鳴り響く音は少しばかりの風切音と、機関が織りなす小さな駆動音。

 そしてそれらの些細な雑音にすら掻き消されそうなほどに、眠れる魔女の弱弱しい吐息――――。

 それのみが、この場に在る事を許された音であった。



「…………zzz」



 しかしそれらの音は、あくまで”認知出来る範囲”に過ぎない、

 誰かの耳に届きうる音。

 第三者との共通認識を得る事で、その場にある事を認知された音。



 風と、舟と、息――――しかし「その裏」で。

 誰にも認識されない”四つ目の音”が存在する事実は、結局の所、最後まで誰にも認知される事はなかった。

 



(――――カチ)




 その誰にも認知されなかった音の発生源は、眠れる魔女の中からであった。

 周りの音に容易く掻き消される魔女の吐息のそれよりも、さらに弱弱しく小さな音。

 その理由は実に単純である――――音は、大魔女の手の中にあったが為に。




(――――カチカチカチ)




 音は大魔女の手のひらに阻害され、誰にも聞こえぬ程度にしか漏れる事を許されない。

 誰にも聞こえない音。誰にも認知されない音。

 しかし同時に、確かにそこにある音でもある。



 音は――――所謂「連続音」であった。

 「カチカチカチ」と同じ音が、同じ間隔で、大魔女の手の中でまるで鼓動のように連鎖して鳴り響く。




(――――カチカチカチカチカチ)




 その正体は――――大魔女の所有物である「懐中時計」である。

 大魔女が魔力を解放する際に使用した、手のひら程の大きさの懐中時計。

 カチカチと連続して鳴る音は、その懐中時計が針を刻む音である。

 時計が時を刻む音。

 それは言いかえれば、今スマホの画面上にある時の回帰カウントダウンと同種の物である。




(カチカチカチカチカチカチカチ――――)




 しかしながら、同種でありながら”似て非なる物”であるのもまた事実であった。

 その事実は当の持ち主ですら認知されない、誰にも知られる事の無かった「隠されし真実」である。




(カチカチカチカチカチカチカチ――――)




 仮にアルエらが懐中時計の存在に気付いたとしても、結局は使わなかったであろう。

 何故ならそれは、0を目指し突き進むスマホのデジタル時計に対し――――。

 オーマの懐中時計は、0に向けて”逆行”していたが故。




 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ




 ”オーマの時計は時を刻まない”。

 それは誰にも知られる事無く、誰にも認知される事もなく――――。

 オーマの時計だけがただ一つ、時を舞い戻らせていた。





                    つづく



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