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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
異界と呼ぶべき場所
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五話 来客――後編――

 

「とりあえず、座れば?」



(やべえ……)



 屋内。その中にある女の部屋らしき一室に案内された僕の心情は――――”絶句”の一言であった。

 「座れば?」と一応客人を気にかけているらしきセリフを吐かれたのだが、まずどこに座ればいいのか皆目見当がつかないのだ。

 その空間は、言うなれば木造のワンルーム。大体目測で十畳程度であろうか。

 独り暮らしとしてはまぁ、ごく普通の広さではある。だが問題は、その”散らかりよう”にあった。

 あのツギハギだらけだった外壁の内部に当たるこの場所。

 しかしここも、外のツギハギ具合に負けず劣らず、ぎっしりと本棚が”縦に”積み重ねられているのだ。



(地震が来たら一発だなこりゃ……)


「えーっとぉ……あった」


「はい、椅子」



 ドンッ! と鈍い音と共に、椅子らしき物体が目前に置かれた。

 が、絶対に座りたくないと思った。

 明らかに、一目見て何年も使っていなかった事がわかるくらい――――埃塗れだったから。



「座らないの?」


「……おかまいなく」



 この座れば尻が白くなるという謎の追加機能付きの椅子。

 今突然湧いたように現れたが、実は最初からこの部屋にあった物なのだ。

 答えは簡単だ。ヒントは椅子の埃の付き方と、椅子の下にばら撒かれた大量の本。

 おそらく……棚に戻すのがめんどくさかったのだろう。

 椅子は、家主の腰を支える日々を送る内に、どこかのタイミングで――――本置き場として、生まれ変わったようだ。



「変な奴」


(お前がな) 



 このそこかしこに散らかり倒している本だってそうだ。

 本来はこの本棚にあるべき本が、椅子に、床に、至る所に足の踏み場もないくらい散らばっている。

 そしてこの散らばり具合に比例して、本棚側の空白の多い事。

 「しまうのがめんどくさい」――――その気持ちは痛いくらいにわかるのだが、だが普通は年末を筆頭に、片づけざるを得ない機会が必ず訪れるはずなのだが。

 必ず訪れるはずの機会がない。つまりそれは、普通じゃないと言う事。

 それは先ほど軽々しく「やっちまう」と発言した通り、この女が”色んな意味で”普通じゃないと言う事を意味していた。

 


「ちょ~っと狭いけど、ま、元々一人暮らし用だし文句ないわよね」



 「よっこらせ」――――女はオヤジ臭い掛け声で椅子に腰かけた。

 埃まみれの方じゃない。現状まだ椅子として機能している、もう一つの方の綺麗な椅子。

 出すならそっちを出せと言いたい事山の如しなのだが、だがそれは叶わない。

 椅子がキレイだろうが汚かろうが、結局は関係はなかったのだ。

 椅子に腰かけ云々以前に――――”床そのものが傾いている”のだから。



「まあ別に立ってたいなら構わないけど。本踏まないでよね」


「…………」



 そうそうお目にかかる事はない欠陥住宅だ。まず間違いなく素人の突貫工事である事は間違いない。

 どこの業者に頼んだのか知らないが、このあまりにもな惨状。

 出るとこ出ると言えば、ほぼ100%無償でリフォームしてくれる事だろう。



 ていうか、僕の知る限りワンルームでももうちょっと広いがな。

 そもそも物を置きすぎなんだよ。部屋の中の九割が本。残りの一割が本棚ってどういう事だ。

 こいつらを一旦全部出せばそれなりに広く――――と言う僕の考えは、所詮素人考えであった事を痛感させられる。

 僕に言われるまでもなく、この女はそれらの問題をすでにわかっていたようだ。

 どう見ても後付けにしか見えない、「短い木の階段」を見つけてしまったが為に。



(なにあれ……)



 階段の立て付けは、所々サイズの合っていない釘と、カッサカサの今にも千切れそうなロープでぐるぐる巻きにされていた。

 なんてこった……このボロ小屋。すでにリフォーム済みだったのか。

 その継げ足し勘満載の”二階”には、ベッドのようなふかふかの布が敷き詰められていた。

 これでようやっと生活感を感じる事ができる物が……と思いきや。

 その上にまたもや本の山。ついでにそれらは、全て開いたままハの字になっている。

 寝る前に一読してそのまま寝入ってしまったのだろうか。

 一つわかるのは、あのベッドらしき家具が本棚に変わる日も、そう遠い未来ではないだろうと言う事だ。



 ギシ……ギシ……



 せめてもたれかかる場所をと比較的キレイな場所に移動しようとするが、歩くたびに木が軋む音がするので中々そこまでたどり着けない。

 単純に、底が抜けそうで怖いのだ。

 そんな僕を見かねたのか――――女はいつ抜けるかわからないような欠陥住宅の床の上を、ズカズカと手慣れた様子で歩き始めた。

 歩いても大丈夫な床を本能的に選んでいるのだろうか。その辺はさすが家主と言った所である。



「はい、飲めば?」


「あ……ども」



 以外にもそこら辺はわきまえているのか、女はコップらしき物を手渡して来た。

 飲食用の物だからか、さっきの椅子のような埃や汚れの類などは一切なく、安堵せざるを得ない実に衛生的な品である。

 中身は――――多分茶に近い飲み物だろう。

 やや原色すぎるのが気になるが、抹茶のような緑色の液体がそこには入っていた。



 この図書館と汚部屋が混ざり合った奇妙な空間に、ひと時の安堵が訪れた。

 この女に「作法」と言う概念が存在してよかったと思う今日この頃。

 この飲み物に口を付ける事は最後までなかったが、とにもかくにも女は現状、僕に敵意を抱いていない事がわかっただけで十分だった。



「で、あんたさぁ、なんでこんな場所にいんの?」


「と、いいますと?」


「あんたホントバカ? ここは昔から【第一級魔霊災害危険区域】でしょうが」


「まれ……え? 何? なんすかそれ」


「えーっと……世界の果ての田舎者カナ?」



 とりあえずバカにされているのはわかった。だがそんな皮肉を言われてもわからん物はわからん。

 そんな僕の態度に女は何かを察知したのか、実にあきれ混じりと見下したような口調で教えてくれた。

 解説の一言一言に挟まれる小言が実に腹正しいが、だがそこはグっと我慢。

 客人が家主に暴言を吐いてはいけない。その程度の作法は、僕にも備わっているつもりだから。



――――【魔霊災害区域】

 所々わからない箇所が数点出て来るものの、速い話が「危険地帯」と言う事だ。

 そしてその危険度はとある基準でもってランク付けされる。

 地理、地形、群生植物、そして危険生物――――さっきのあの花の化け物のような奴の事だ。

 ランクは大まかに数えて六つまであり、数字が若くなる程高くなる。

 六級、五級、四級、三級――――そしてここは【一級】。

 つまりここは、言い換えれば「地獄の一丁目」とも言える場所なのだ。



「まじかよ……」


「だから、そんな危険な場所になんでアンタみたいなちんちくりんがいるのかって聞いてるの」



 はてさて、一体どう説明した物か。

 ある日突然学校が爆発して、そこで知り合った変態仮面に連れてこられました――――そう言った所で、一体誰が信じるのだろうか。

 この女の事だから「は?」と一言言われた後、軽く頭を疑われる事は目に見えている。

 そもそも自分自身ですらよくわかってないのに、理由を聞かれた所で詳細等答えられるはずもないのだ。



「なんで黙ってんのよ。言いようによってはアンタ――――」


(やべ……)



 となると、疑われるのは必然。

 今の僕は女から見て、「何かよからぬ事を考えている不審者」に見える事請け合いだろう。

 もちろんそんなわけはないのだが、それを言った所で信じてもらえるはずもない。

 むしろ「あからさまな嘘」と見なされさらに疑われる可能性、大いにある。



 質問は、完全に事情聴取へと変わっていた。

 女の睨むような視線が、どうみても疑いの目を向けらている事を示している。

 こういう時、自分の話術の無さが恨めしい。

 僕にテレビタレント並みのべしゃくりスキルがあれば、この場は何とかなったかもしれないのに。



「吐け! 一体ここに、何の用だ!」


(うぐぅ…………)



 真相を語ろうにも、軽くキレ気味のこいつに届く事はないだろうと言う事が、表情からして見て取れる。

 「頭に血の登った奴にはどんな正論も通じない」。それは僕が、過去の経験からして身を持って証明している。

 窮地は、依然として終わっていなかったのだ。

 肉体的な危機から精神的な危機に変わった。ただのそれだけにすぎない。



 だからこそ、今僕が出来る事。

 それはただの一つ。たった一つだけの、”技”だった――――



「あ、あの! 危ない所を助けて頂きありがとうございましたァーーーーッ!」


「ま、またそれ……」


「本当にありがとうございましたァーーーーッ!」 


「はいはい……もう、わかったわよ」


「このご恩一生忘れませぬーーーーッ!」


「……わかったっつってんだろが!」



 この狭い空間。さすがに頭を床に付けるまではできなかったが、その分目一杯腰を曲げた。

 腰が三角関数になるイメージで、それはもう目一杯に――――

 コツと言うわけではないが、大抵の場合は少しやりすぎなくらいがちょうどいいと言えるだろう。

 相手に「めんどくささ」を与える事が出来ればもはや勝ったも同然。

 所詮人間はか弱き生き物。

 押し寄せる感情に抗う事も出来ず、いつしか本題は、遥か彼方に流されてしまうのだ。



「ま……アンタが誰であろうとどーでもいい事ね……」


(じゃあ聞くな)


「とりあえず、ちゃんと感謝してるってわかっただけでよしとするわ」


「当然よね。命を助けたんだもの。一瞬でも忘れたら”即”土に還されても文句は言えないわ」


「えーと、はい! 本当に感謝してます! えっと! その……」


「――――それに、どっちにしろ一生忘れないようにするつもりだし」


「えっ」



 僕の目論見はピタリと成功したのに、全然安心できないのは何故だろう。

 女は口角をニヤリと引き上げながら、何やら不吉めいた事を言い出したのだ。

 確かに一生かどうかこそ保証できない物の、今日の出来事はそうそう忘れられる物でもないだろう。

 だが、なんだろう……怒っているとはまた違う、何とも言えぬ不気味な気配が女から出ている。

 女のニヤついた表情が余計に不気味さを加速させ――――そして、何を考えていたか忘れてしまった。



「あ、それまだ飲んでないんだ」


「え、あ、これっすか」



 女は不意に指を指した。

 さっき渡された、緑色の液体が入ったコップである。

 家主からお出しされた粗茶「風」の液体……口を付けぬは無礼千万とでも言いたいのだろうか。



「飲まないなら、捨てるけど」


「……いただきます!」



 何となく、飲まないといけない空気を感じた。

 確かに、折角出された物をスルーするのはマナー的にいかがなものかとは僕も思う。

 ここが親戚の家なら駆けつけ一気でもう一杯と行きたい所なのだが、けど、これは……。

 のどの渇きを更に加速させそうな程に「無駄に明るい」緑の粗茶は、本当におかまいなくと本心で言わせてくれる。



 この時は、適当にちょっと口に含んで、まずかったら「体調が優れない」とか言って吐き出してしまおう。

 そのくらいにしか考えてなかったんだ。

 そして、その判断は――――”大正解だった”と、すぐに思い知らされる事となる。




 ピチャ……




(ん?)



 コップを唇に付け、クイと頭を反らせた、まさにその時の事だった。

 ピチャリ……僕の額に何かが垂れた。

 感触からして、それは何らかの雫。

 雨漏りなのかなんなのか、少なくとも液体であると言う事だけはわかる。



 僕はこの、不意に滴った雫の落ちた先をふと見上げた。

 そして――――思い知らされた。

 やはりこの女は、”人ならざる存在”なのだと言う事を。



「――――ブッ!」


「ち……惜しい。あとちょっとだったのに」



 人んちのド真ん中で盛大に液を吐く僕を、女は叱るどころか悔しそうに舌打ちをしやがった。

 つまりこの目に映る光景は、このアマによってもたらされた「確信犯的所業」であると言う事だ。



 見上げた頭上には、本来そこにあるはずの天井が見当たらなかった。

 正確に言うと、”隠れて見えなかった”。

 本来天井があるはずの頭上。そこには――――

 十、二十……いやもっと。ワイヤーのような物で吊り下げられた小さな”人形”が、天井が見えないくらいびっしりと敷き詰められていたから。



「ちょ……アレ、何!?」


「見てわかんないの? 人形に決まってるじゃない」


「そうじゃなくて! なんであんな所にびっちり……!」


「なんでって、それはさぁ……」


「そこはさぁ……その辺はさぁ……」



 そして僕の額に落ちた一滴の雫。

 手で拭って見てみると、それは見るからに体に悪そうな、原色の強い「緑色」の雫だった。

 その、今僕が飲もうとしていた緑の液体と”ひっじょ~に酷似”したこの雫が、上からポタリと垂れて来た理由。

 それはこの人ならざる者が、実に遠回しな表現で教えてくれた――――。



「ここってさぁ……魔霊”災害”区域だからさぁ……」



 女は言いたいのはおそらくこう。

 「ここでは何があっても不思議じゃない――――だから、何が起こっても不思議じゃない」とでも言いたいのだろう。

 なるほど、危険地帯なわけだ。

 こんな危なっかしい奴がいるのだから、ランクが一気に飛んで”一級”とつけられるのも至極当然だ。

 今落ちて来た雫。これは僕が飲もうとしていた物と「同じ液体」と捉えて間違いない。

 そしてこれを飲んでしまっていたら、一体どうなっていたのか――――それは、あの人形が教えてくれる。



「君、勘がイイとか言われるタイプ?」


(このアマ……)




――――緑に変色した、人形の唇によって。


 


「この森を知らないとか……ほんとどっからやってきたんだかね~」


(野郎……)


「まぁいいわ、ここで”拾った”のも何かの縁。とりあえずしばらくの間”使って”あげる」



 それを言うなら”ここで会ったのも何かの縁”じゃないのか。

 しかも面倒見るじゃなくて”使って”あげるって……一体、僕に何をするつもりなのか。

 そもそもこの女自体が、一体何がしたいのか。

 こんな薄気味悪い森で、危険地帯だとわかりつつ、何ゆえ優雅に一人暮らしを謳歌しているのか。



 「ヤバイ」の三文字が、脳内で繰り返し発せられ始めた。

 「なんとかして、ここから逃げなきゃ……」そう本能が、告げる程に。



「ま、精々耐えてよね」



「……上に釣られないように」



 不敵な笑みと邪悪なオーラを交えながら言葉を放つ女に、僕の不信感はより一層競り上がっていく。

 「絶対に、こいつの思い通りにはならない」――――僕は心でそう誓った。



(ていうか……)



 「釣られる」と言う女の言葉に釣られふと上を見上げると、人形の群れの一つと目があった。

 元々そういう形なのかは知らないが、釣られた人形って奴は一見首つり死体にも見えて実におぞましい。

 これがインテリアならまず「悪趣味」の部類に入る飾りつけだろう。

 口角が強く歪曲し、それに伴い頬が競り上がり、しかし目だけは全くの生気を持たない、不気味でおどろおどろしい笑顔”風”の形。

 そんな物が大量に頭上にある空間で、どうしてこのアマはくつろげるのだろうか。



(上に吊るって一体なんだ……)



 何となく想像はつくが、答えを知ろうとは露も思わない。

 ていうか、知りたくない。

 それは多分、非常に高い確率で、あのびっちりと敷き詰められた人形と、”同じ目に合え”って事だろうから――――。

 


(うわ……なんか……)



「……お~い、聞いてる?」



 女が何か言っているが、完全にスルー。再び女に目線を戻す事はなかった。

 目を合わさずとも、女がニヤついているのは空気でわかる。

 丁度あの人形みたいな……何度見ても全く元気になれないあの笑顔を、何が悲しくて至近距離で見せられねばならぬのか。



 女の笑顔は、一言で言ってズバリ”悪”そのものと言えよう。

 蔑み、嘲り、愚弄――――人が持つありとあらゆる負の感情が入り混じった、暗黒の微笑みだ。

 それはまさに、ホントこうまで違うかと言いたくなる程に……

 見事なまでに”芽衣子と真逆”であった。

 



(芽衣子……)




 いつか僕に向けられた、芽衣子の温かい微笑みを思い浮かべつつ――――

 同時に、”ある直感”が働いた。






(生きて……帰れないかもしれないよ……)






 そう感じるには、十分すぎる邪悪さだった。






                         つづく



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