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百二十五話 不調


「沈んでる……この舟、沈んでるよ!」


「そんなバカな! もう追手はいないはずです!」



 アルエの言葉を出しもが疑いの面持ちでしか聞こうとしなかった。

 当のアルエ本人ですら未だその事実を疑っているのだから当然である。

 


 だが、それは紛れもなく真実である。

 疑うも信じるも関係なく。

 今は「舟が沈む」と言う真実のみが――――ただこの場に蔓延している。



「――――コポポッ、コポッコポッ!」


「ゆっくりと”前のめり”に倒れてってる……らしい」


『らしいってなんやねん!? お前も見たんちゃうんか!』



 アルエがその真実を認識したのは、感覚共有により水玉の翼部分と五感を共有した事が所以である。

 この後に及ぶまで気づかなかったのは、決してアルエのせいでも、ましてや水玉のせいでもない。

 笑い、怒り、教え、呆れ、そして眠り――――。

 各々が各々に過ごした”余暇そのもの”が沈没の原因であるならば、この場の誰であろう、と気づくはずがなかった。



「スマホくん! ちょっと――――」


『おあ! なんやねん!?』



 医者ドクターはアルエのスマホを奪うように手に掴み、操作方法がわからぬ代わりに声で持って指示を出した。

 医者(ドクター)の指示は平行線グリッドの表示。

 そしてカメラを起動させた後、舟の沈みゆく方向へとレンズを向けた。



 向けた視界カメラに重なる平行線グリッド

 そこに眼前一杯へと広がる指標を照らし合わせれば――――。

 医者ドクターも真実を認識するのに、さほど時間を要しなかった。



「これは……!」



 そして確信する――――。

 それはまるでアルエの「沈む」と言う言葉を証明するように。

 時の経過に合わせて、”地平線が競り上がっている”事によって。



「――――おい医者(ドクター)ぁ! 機関部の扉はここか!?」


「ハッ――――そうだ! 機関部です!」



 アルエは、沈む舟の原因が舟そのものにあると推察を立てた。

 誰にも気づかれぬよう密やかに沈みゆく様。

 これは王子の襲撃の時のように、何らかの「外的要因の仕業ならこういう風にはならない」と直感で理解した為である。



「あけっぞ! お前もこい!」


「コポポポポ~~~~ッ!」



 原因が舟にあるのならば、舟の浮遊を阻害する物はただ一つしかない。

 それは”魔力を必要としない事”がウリで、しかし実際はほんの少し魔力を用いて舟を支える、帝国の文明が生み出した産業製品の心臓部。

 「機関部への扉」――――。

 医者(ドクター)内通者スパイを通して知り得た、舟の内部構造の、その最深部である。



「「――――ウッ!」」



 その扉を開けた時――――真実は、まるで蒸気のように外へと噴き出だした。

 「すでに手遅れ」と言う真実を、闇夜に劣らぬ「漆黒の煙」に紛れさせながら。



『火事や~~~~ッ! 火事やでぇ~~~~ッ!』


「コポポポポ~~~~ッ!」


「な…………んだよこれぇ!?」



 吹き出す黒煙が、扉から解放されたにもかかわらず何人の立ち入りを拒む。

 滾る黒煙が明らかな「危険」を醸し出し、その勢いからして誰しもが立ち入りを躊躇する程である。

 「先へと進ませぬ黒」。この突然発生した門番により、現状舟の内部を知る者は医者(ドクター)一人のみとなった。



「そんな……バカな……」



 医者(ドクター)は鮮明に覚えている。

 たったつい数時間前の出来事。舟から翼を生やすべく一度だけこの扉の奥へと進んだ記憶である。

 扉の向こうは狭い下り階段になっており、その一本道を下るともう一つ扉がある。

 もう一つの扉は入り口とは比較にならぬほど、見るからに頑強そうで、そしてでかい。

 


 その扉の奥が、所謂「機関室」である。

 メカメカしい設備に変形機構用のスイッチ類。

 そして空間のほとんどを占める、帝国ご自慢の「不要魔力機関」――――の、はずであった。



『おいコラこーじ! はよこの火事なんとかせんかい!』


「火事……なのか!? だって、何の焦げ臭さもしねーぞ!?」


「コポッ!」



 無論医者(ドクター)が立ち入った際に、このような黒煙は存在していなかった。

 医者(ドクター)が立ち入ったのは王子の襲撃の少し前。

 つまりこの機関部の異常の発生は、「立ち入りから気づきまで」の間のどこかと言う事になる。



(焦げ臭さ……?)



 そして黒煙から連想する物――――それは「火の手」。

 自分達が帝都で起こした惨状と、ほぼ同一の現象が巻き起こっているにも関わらず、今の今まで誰もが気づかなかったのは何故なのか。



 この黒煙が火による物ならば、当然火の痕跡が出る。

 代表されるは身が爛れる程の熱。そしてそこに付随する音――――または”臭い”。

 音と熱は、分厚い扉に閉ざされ遮られたと解釈できなくもない。

 だがそれでも、黒煙立ち上る程の業火がすぐ近くで巻き起こっているにも拘らず、全くの無臭であるのはどういうワケなのか。



「――――まさか!」



 以上の事を踏まえて、医者(ドクター)の下した結論はこう。

 「これは火の手による物ではない」――――火を介さず黒煙だけを燻らせる現象。

 そんな矛盾に等しい現象を起こせる人物が「この場に一人だけいた事」を、医者(ドクター)は自身の”症状”と引き換えに悟った。



「まだ……残っていたのか……」


「なにが!?」


「さっきの毒ですよ……大魔女サンが垂れ流した、魔霊の森産とか言う自家製の精製毒」


「――――コポ!」



 その毒は浴びた物からあらゆる五感を奪う。

 医者(ドクター)は鼻を。アルエは口を。

 そして本命の対象であった王子には、感覚から四肢に至る全てを奪った事は記憶に新しい。



『ってか、まだ残ってたん!?』


「おそらくあれは……潜伏性も兼ね揃えた二重毒だったのでしょう」



 オーマの撒き散らした毒には、二重の効果があったと医者(ドクター)は推察する。

 その内訳は「急性」と「遅効性」。

 先んじて出た症状が色濃く表れる合間。その弱った間に相手を仕留めればなおよし。

 だがもし万が一、それでも上手くいかなかった場合――――。

 その時の事を想定した「保険」だっただろうと、医者(ドクター)はオーマの”先での戦い方”からして確定づけた。



「おかげで……やっぱりね」


「たばこの味がしません。どうやら鼻から味覚へと移ったようです」


「マジかよ! じゃあ僕も!?」


「症状の移転は近しい部位から順にセオリーです。君の場合は嘔吐感による口腔不調でした」


「その上の、鼻……私と逆ですね」



 この場の一同が総じて陥った失策――――。

 それは、その毒の効能を甘く見すぎた事である。



 毒はその強力さもさることながら、まるで生みの親の性格を反映したようにしぶとく残り続ける胆力があった事。

 そして何よりの失策は――――。

 依然として感染者の一部を奪い続けるその毒の効果を、”当の本人が知らなかった”事。



「もぉぉぉぉ! なんでそんな余計なもんを足すんだよォォォォォ!」


『配分ミスったんか……?』


「いえ……彼女の精製は完璧です。万が一のズレもありませんよ」


『じゃあなんで消えへんねん!? もう敵はおらんのやで!?』


「彼女の事です。おそらくはこういう事でしょう」


「彼女が間違えたのは――――ズバリ”力加減”です」


「――――あんのアマァァァァッ!」



 一見、完璧なようで些細な欠点がある女性。

 この欠点は見る人によっては「かわいらしい」と捉える者もいるだろう。

 だがオーマの場合、残念ながらその限りではない。

 何故ならそれは単純な話である。

 オーマの欠点は、全然些細な事ではないから――――。



「少年! この窮地、脱するにはもう猶予がありませんよ!」


「それってどっちの意味で!?」


「――――両方です!」


「しねッ!」



 医者(ドクター)の言う通り、もはや猶予は残されていなかった。

 沈みゆく舟は直に大地へと突き刺さり、遅れて現れた遅効毒が二人の身体を蝕み続ける。

 舟と運命を共にするか、はたまた毒にその身を捧げるか――――。

 この二重の危機にまさに板挟みの状態となった二人には、「この危機を何がなんでも切り抜ける事」。

 それ以外に、無事を確約する術はなかった。



「――――うぉらァァァァ! この脱色失敗女!」


「ん…………」


「起きろ! 起きて今すぐこれ何とかしろ!」


「もしくは今すぐ解毒剤を作れ! できなきゃお前がエンジンの代わりになれ!」


「いつもいつも……洒落にならんポカやらかしてんじゃねえぞォーーーーッ!」



 そしてそんな二重の危機を、一度に解消できる唯一の存在。

 「それはこの危機を生み出した元凶以外にいない」。

 ただでさえ猶予無き現状。アルエの脳裏には、その発想以外に思い浮かばなかった。



「ん…………あ…………」



「おい! おいって! はやく起きろってばッ!」



「あ…………う…………」



「………………zzz」



「 寝 る な !」




 その思いに元凶は――――寝息で答えた。




『ダメだこりゃ』


「コポォ……」



 アルエの解決策は、直ちに無下へと返された。

 耳元で怒鳴ろうが体を揺さぶろうが、オーマは依然として目を開く素振りすら見せようとしない。

 外では”自分のせいで”混乱が巻き起こっているなどとは露知らず。

 オーマは一人、夢の中で佇むのみである。



「くっそ…………何発かひっぱたくか!?」


『やめとけ。後が怖い』



 荒ぶる口調を吐き捨てる最中、アルエは不意に思った。

 いくら就寝中とはいえ、人はこれ程の喧噪の中で静かに眠れるものだろうか、と。

 仮にオーマが、万が一、自分の意志で出る事ができないとするならば――――。

 今のオーマは、夢の牢獄に捕らわれていると言えなくもない状態である、とも。



「くっ……大魔女サンは、起きそうにありませんね……!」

 

 

 オーマへと駆け寄ったアルエを尻目に、医者(ドクター)は依然として扉の前に佇んでいた。

 一時の袂を分かった医者(ドクター)もまた、アルエと同じく決死の思いである。



「ここは私が…………どうにか…………」



 「アルエもオーマも舟の内部までは知らないはず」。

 ただでさえ視界が黒に染まるこの最中、「この場で機関部へと辿り付けるのは自分以外にない」。

 解決をオーマへと委ねたアルエに対し、医者(ドクター)は機関部へと解決を見出した。

 そして黒煙吹き出す下り階段の前で、単身元凶へと乗り込むべく――――。

 一人覚悟を固めている最中であった。



「直接機関部へと出向ければ……まだやりようが…………!」



 「火の気のない黒煙」。

 それは”機関部そのものに何らかの異常が現れている”はずと、医者(ドクター)にはそれ以外に考えられなかった。

 魔力を用いないからか、それとも元々が欠陥物だったのか。

 そのどちらが原因かは知る由もないが、しかし医者(ドクター)は内心で思う。



 「つたない文明レベルで身の丈を越えた技術産業を模倣するから」。

 医者(ドクター)は内心でそう愚痴を吐き、しかし決して口には出さず――――。

 そしてついに、その一歩を踏み出した。



「――――くっ! こんな所で、我らが使命を無下にしてなるものですか!」



 医者(ドクター)とアルエの異常トラブルに対処する様

 その根源の由来は似て非なる物である。

 アルエが願うのは、あくまで我が身の安全のみである。

 だが、医者(ドクター)の場合は少しだけ異なる。

 医者(ドクター)の場合。否、英騎に忠誠を誓った身としては――――”全てに対する安息”である。



「こんな所で…………しくじるわけにはいくものですか!」



 安息とはすなわち救済。

 この世に渦巻くあらゆる苦痛から解放する、救いの差し手。

 「故に我が身の全てを導に変えよう。救いを示す導へと」――――かつて英騎が発した言葉である



「なんとしても……この舟を…………」



 その救いの手を差し伸べる物が与えた、救いの手立てのその一つ。

 それが此度の舟の奪還劇である。

 救済者”そのもの”である英騎が与えしこの使命を、医者(ドクター)はこの間際で終わらせるわけにはいかなかった。



「ウッ――――ゴホッ! ゲホッ!」



 すぐ裏では、アルエがオーマにがなり立てる声が聞こえる。

 反面舟の内部通路は至って静かである。

 だが内部通路は、音がない代わりに黒煙がむせ返るほどに充満している。




(この…………奥のはず…………)



 あからさまな異常――――。

 怒声と黒煙と嗚咽が混じりあう中、医者(ドクター)は単身舟の内部へと突き進み続け――――。




(すぐ奥のはず…………なのに…………)




 黒の深淵へと近づく事に、”ソレ”は確かに現れた。




(…………”あれは一体なんだ”?)




 通路内に充満する黒の中、医者(ドクター)の目に映った物は――――

 暗黒の密室に差し込む、一筋の”白”であった。





                    つづく



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