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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
大魔女の企て
151/169

百十九話 煙

 

「間違いない……あれは……アイツは……!」



 オーマの動揺が、目に見えて現れた。

 オーマに取って初対面となる英騎の姿は、話に聞いたイメージ通りの女騎士。

 想像とほぼほぼ合致する英騎の姿もさることながら、しかし冷や汗すら流れるうろたえの最大の理由は、「英騎が何故ここにいるのか」である。



「……ッ!」


「あうッ! またですか……」



 オーマは、再び医者(ドクター)の胸倉を掴んだ。

 引き寄せた医者(ドクター)の体は相変わらずヤニの臭いが漂っていたが、もはやたばこに関する文句はこの場の誰も思ってなどいない。



 だが、またも乱暴な目に合わされる医者(ドクター)は、先ほどとの違いを一つだけ見出した。

 ”裾を握る力が先ほどより明らかに強い”。

 この力みが、大魔女の心中が以下に荒ぶっているかを表していたように思えた。


 

「なんで……なんでアイツがここにいる!」


「煙……かかりますよ?」



 オーマは恫喝するかのように語尾を荒げた。

 「自分の思い描いていた展開と違う」。「これじゃ何のためにここまで逃げて来たのか」――――。



 オーマは、致命的な思い違いをしていた。

 それは殿しんがりの役割を与えられた英騎が、如何にしてその役目を果たすのか。

 オーマはこれを「なんらかの巨大兵器」を用いて追手を撃退するのだろうと予想を立てていた。



「アイツが持ってたんじゃないの!? 追っ手を一掃できるでっかい武器をさぁ!」


「大型武器? ありやしませんよ、そんな物」



 オーマの仮説。

 それは殿しんがりの待機場所に山が選ばれた事から判断するに、きっとテロリストは追っ手をまとめて退ける事が可能な「武器きりふだを持っているはず」と言う物であった。

 そして追手を確実に一層できる確実性を考慮して、その武器は威力に比例して、それ相応に「巨大なサイズの物なのだろう」と。

 


「そんな物があればそもそもこんな舟など奪っちゃいない……でしょ?」


「だったら……どうやって……!」



 その姿は銃をそのまま巨大にした物か。

 はたまた銃ですらない、想像の枠を超えたさらに未知なる物なのか。

 とにもかくにも、殿しんがりの待機場所に山が選ばれたのも、その巨大兵器を「人目から隠す為」だったと考えれば道理は繋がる――――はずであった。



「どうやら、互いに何か食い違いがあったようですね」


「食い違い……ですって!?」



――――しかしその仮説を、肝心の当事者に真っ向から否定されたとあっては話は変わる。

 オーマが此度の逃亡劇に乗ったのも、自身の仮説を元に確かな勝算を見出したからこそであった。

 オーマは、目的地ゴールに達する事さえできれば逃げ切れると、そう”思い込んでいた”。

 


 迫る追手を英騎が未知の兵器で持って撃退する手筈。

 それが故の逃亡計画。だからこその根拠。

 しかし、そんな切り札ものはどこにも存在しなかった。

 根本から否定されたオーマの説は白紙に返り、そして全ての打算は振出しに戻った。



「じゃあ、どうやって……!」



 オーマの打ち立てた筋道が、ガラガラと音を立てて崩れ始めた。

 それは大元から異なる仮説を一人妄信し、勇み足で逃亡に参加した事に対して。

 自分の体から何かが抜けていくかのような、剥脱に近い感情を感じていた。



「そう、全てはあなたのおかげですよ。あなたのおかげでここまでやってこれた」


「あなたがこちら側に来てくれて、あなたが思う存分暴れてくれたから……だから彼女を呼ぶ事が出来た」



 自身の仮説が全面的に打ち砕かれた。

 にも拘らず医者(ドクター)が礼を言う事が、なおさらオーマに混乱を招く。

 そんなオーマに医者(ドクター)は何度も続けて言う。

 オーマのおかげで英騎を呼び寄せる事ができ、そのおかげで安全は保障されたのだと。

 


「一同を代表して感謝します。ここまで連れてきてくれて、”本当にありがとう”」



 かねてより噂されていた「英騎の謎」と呼ばれる不可思議な現象の数々。

 その一端をオーマは、関係者と関わる事で一人わかっていた”気になっていた”。



 しかしその実、オーマは何もわかって等いなかった。

 オーマが密かに重要視していた、「銃」に代表される異界にあるらしい未知の品々。

 そんな物は、英騎の中では謎として入ってすらいなかったのである。  



「わからない……じゃあアンタは、一体どうやって逃げ切る気だったの……?」



 自分を見失ったオーマは、ただ舟の下にいる英騎を見つめる事しか出来なくなった。

 通常ありえないはずの、王子以外の六門剣の所持者。

 そして帝国の次世代を選ぶはずの六門剣が、事もあろうに帝国に真っ向から反旗を翻し、主を変え帝国に牙を向くこの事実。



 目的も手段も、何もかもが謎に包まれた英騎と言う名の存在。

 知れば知るほど深みに嵌る英騎の謎は、帝国関係者がすでに通過した苦悩である。

 オーマも例外なくその深みに嵌り、謎の一つも解けぬまま一人の傍観者へと身を変えるしかなかった。

 英騎に芽衣子の影を重ねる事しかできない、隣で呆けているアルエと同様に――――。

 


「……」



 アルエはすぐ脇でそんな口論があった事も知らず、一人黙々と英騎を見つめていた。

 英騎の姿こそ誰よりも先に視認できた。

 だが彼女が何を思い、一体この場をどう収めるつもりなのかはさすがのアルエも皆目見当がつかない。

 今の英騎は、アルエから見て、馬に跨ったまま何やらブツブツと独り言を言っている”ように見える”。

 現状は、ただのそれだけである。

 



(悠久に浸ったまやかしが……ようやく終わる時が来たのだ)




 殿しんがりを務める以上、これから英騎が何らかの手段を用いるのだろうと言う事は確かである。

 だが見るからに”軽い”英騎の兵装は、無数の守護獣ペアヌットとの対峙どころか、一対一の決闘すら怪しい物である。

 オーマの思い描いていた「巨大兵器」など影も形も見えない。

 たった一本の剣と、たった一丁の銃と、たった一匹の馬。

 ただのそれだけであの大部隊に、一体何ができると言うのか。




(仮初の希望を晴らし――――真なる道を、指し示せ!)




――――アルエもオーマも、いつしか英騎から目線を離せなくなっていた。

 まるで映画でも見るように、二人して固唾を飲む視線は、一瞬の瞬きすらも躊躇する程に。



 そんな熱い視線を送られているとも知らぬ英騎は、全ては予定通りと言わんばかりに、ケアンの手綱を改めて握り直した。

 その後すぐの事である。

 その手に強く握った手綱を、力いっぱいに奮い――――

 




「――――ハァッ!」





 そして、動いた。




――――




「な…………ッ!」


『嘘やろ!? あのテロリスト、真っすぐに突っ込んで行きよるで!』



 英騎は、文字通りの意味で動いた。

 馬を駆り、片手で六門剣を構え、もう一方の手は手綱をしっかりと握り締める。

 そしてそのままの姿勢を維持したまま、ケアンの筋力が許す限りの最高速度で持って、単身ペアヌットの群れへと突っ込んで行った。



「――――!」



 駆ける馬の臀部が英騎の甲冑を激しく響かせ、馬の速度が織りなす向かい風が英騎のポニーテールを縦に横にと大きく揺らす。

 言うなれば決死の特攻。

 これは奇しくも、つい先程「自分が行おうとしていた事」だと、オーマはすぐに気がついた。



 しかしオーマと英騎では、一つだけ決定的な違いがあった。

 オーマは、自身の魔力を用いて無理やりに何とか突破するつもりであった。

 だが英騎の場合、「英騎が魔法を使う」と言う話は未だかつて聞いたことがない。

 仮に英騎がオーマ並の魔力を持っていたとして、それでも策もなくただ単独で特攻を敢行するには、いくらなんでも相手が悪すぎる。



――――以下に六門剣を所持していると言えども、それはあくまでたったの一本。

 同じくサブマシンガンと呼ばれる銃もたったの一丁しかない。

 これらの装備は、一つ一つは強力で在れど、ペアヌットを相手にするには明らかに”準備不足”である。



「――――英騎、移動開始! 我らの下を一直線に……!」


「ふ、ふざけているのか!? この軍勢相手に、たった一人で何ができる!」



 ペアヌット騎乗部隊は英騎の予期せぬ行動に、ここへ来て始めて指揮系統に混乱が生じた。 

 今自分達に向かっている相手が一体誰なのかは、彼らも重々承知している。

 しかしいくらなんでも、おおよそ常識的に考えても。

 圧倒的な兵力差と、一人ひとりに守護獣ペアヌットまでいて。

 なおかつ空を浮かぶ相手に、地を駆けるしかできない馬で、一体何ができると言うのか。



「隊長ォ! ど、どうします!?」


「ぐぅ……おのれ……」



 騎乗隊の隊長は一時の混乱に頭を悩ませた後、一周回って逆転の発想に至った。

 これはもしや、「千載一遇のチャンスなのでは」と。



――――思い起こせば、事「戦闘行為」と言う点に置いてこれほど万全の状況もない。

 ペアヌットの成長も良好。加えて「地対空」と言う絶対的な地形の差もある。

 対大魔女に備え万全を期したこの場面に、都合良く現れてしまった英騎は、きっと何らかの思し召し。

 全ては「英騎を討て」と告げる神の意志。

 そんな信心的な発想が湧き出る程に、状況は圧倒的に有利すぎた。



「英騎だ……作戦変更! これより我らは、英騎を食い止める防波堤となる!」


「隊長……!」



 隊長は、決意を固めた。

 目標を舟から英騎に変更し、この場に集った全兵力で持って「英騎を討つ」判断をこの場で下した。

 その判断が英断となるか失策となるかは、これからの自分達次第。

 しかしその決心を固めるに至った要因は、「自分達のすぐ後ろには帝都がある」事が最大の理由である。



「優先すべきは英騎だ! あれを帝都に送ってはならぬ……!」



 英騎が進む方向。すなわち騎乗部隊の後ろには未だ火の手が消えぬ帝都の姿があった。

 今の帝都は、ある種過去の帝都と同様の姿をしている。

 故にかっての惨劇を思い起こせば、この場の誰が隊長であろうと関係はなかった。

 「二度と奪わせてなるものか」――――。

 その決意を固めるに至るのは、一帝国人にとっては当然の思いであった。




「行けェーーーーーッ!」




 そうした決意を秘めた隊長の号令と共に。

 召喚獣ペアヌットの群れが、一斉に英騎へと襲い掛かった。




――――




『始まりおった! 総攻撃や!』


「いわんこっちゃない! あんなの、ただの自殺行為だわ!」



 人一人に対し守護獣ペアヌットの群れが織りなす強襲は、本来ならばあからさまな過剰防衛に当たる。

 しかし仕掛けたのは英騎の方。

 見ればわかる明らかな臨戦態勢の中に割って入って行ったのは、何を隠そう英騎本人の判断である。



(どうする……援護する!?)



 オーマは悩んだ。

 殿の役目を果たすべく、一人守護獣ペアヌットの群れに突っ込んで行く英騎に「手を貸すか否か」。

 別段英騎の行動に恩義を感じたわけではない。

 このままでは”本当に危険”だと、そう判断せざるを得ない状況であった為である。

 



「――――止まるなケアン! 走れ!」



 ケアンが、「ヒィィーン」と少し怯えたような声を出した。

 馬ですら理解できるあからさまな敵意。

 その敵意の中心である英騎の目に、襲い掛かる守護獣ペアヌットが見えていないはずはない。



 もう間もなく、空から飛来する守護獣ペアヌット達と英騎の駆る馬が一つに重なるはず。

 だが英騎は馬を止める気配も見せず、どころかさらに手綱を振るい加速を掛ける始末である。

 


『ね~さ~ん……』


「く…………アル!」


「……え?」


「あんたが決めんのよ! アル! このまま英騎がやられたらアンタ何の為にここまで来たかわかんないのよ!?」



 英騎の不可解な行動に業を煮やしたオーマは、その判断の全てをアルエに委ねた。

 このまま英騎に手を貸す事自体は容易い。

 しかし自分には判断がつかなかった。

 その行動は、折角与えられた「逃げ切る機会を棒に振る事」と同義であったが為。



「思い出すのよ! アレはアンタの大事な”友達”なんでしょ!?」


「…………」



 アルエが何のためにはるばる異界までやってきたかを、オーマは知っているつもりであった。

 このまま英騎がやられれば、アルエの思いは水泡に帰す。

 そしてそれが、”自分にどういう結果をもたらすのか”も。



――――守護獣ペアヌットの群れはもう英騎の目前まで迫っている。

 現状を危惧したオーマがアルエに向けて必死で説くものの、アルエは右から左へ受け流すように相変わらず呆けたままで、ただただ一連の様子を見つめるのみであった。



 間もなく両者は重なり合う。

 オーマが訴えたかったのは、その果てに何が起こるのか。

 仮に英騎が命に関わる程の傷を負う物ならば、アルエはこの場の逃亡と引き換えに「多大な代償を支払う事」となる事を、オーマは懸命に伝えたがった。



「まさか手ぶらだとは思わなかった……あのままじゃ英騎、本当に死ぬわよ!」


「…………」


「聞いてんの!?……しっかりしろ!」



 友人が命の分水嶺を漂っているにも関わらず、何の決断も取らないアルエにオーマは苛立ちを隠せない。

 だが、それでもオーマはそれ以上責める事はしなかった。



――――オーマは、知っていたのである。 

 守護獣ペアヌットはいかなる手段を用いようと、そう簡単に止まる相手ではない。

 成長の進んだペアヌットは、オーマですら衝突を躊躇う程である。

 守護獣の名にふさわしき首都防衛の力。

 これはオーマだけでなく、帝国に所属する全ての魔導士に共通する一般常識である。



 故に、アルエと英騎の間に如何なる絆があろうとも。

 この遥か上空から一望できる光景は、どう考えてもアルエ一人がどうにかできる状況ではなかった。




「行けェーーーーーッ!」



「だ、だめッ! もう間に合わない!」




 オーマとアルエのやり取りの最中も、英騎は依然として地を駆け続け、気が付けば助太刀すらも間に合わない程両者距離は縮まっていた。

 



 ガッ――――ッ!




 両者が重なり合う直前の、一時ひとときの間。

 オーマは、当初の疑念を再び思い起こした。

 そしてその疑念は、ついに”最後まで解ける事はなかった”。

 それはこの場の大前提となる疑念。

 英騎は一体、「どうやって殿しんがりを務め上げるつもりだったのか」――――



『ぶ、ぶつかるでッ!』



「…………」



 その手に持った六門剣を振るい、守護獣ペアヌットを軒並み斬り払うつもりだったのか。

 それとも、あの腰にぶら下がった銃で全てを撃ち抜くつもりだったのか。

 英騎が所持する武器と呼べる物はその二つのみ。

 しかし英騎は、そのどちらも使おうとしなかった。





(ェェェ――――……)




――――この逃亡劇に参加した当初。

 医者(ドクター)は英騎を、「救いの聖女」と表現した事をオーマは記憶していた。

 その表現の通り、聖女が差し出すのは「武器ではなく手だ」とでも言いたかったのだろうか。






 フ ッ






 オーマとアルエは、その瞬間を確かに見届けた。

 両者が重なり合う瞬間、英騎が一体何をしたのか。

 そして一体”どうなった”のかも。


 




 答えは――――至極単純な事であった。







「……え?」






――――英騎は、”何もしなかった”。

 剣も振るわず、銃を撃たず、何ら迎撃らしい迎撃もせず、ただ馬を走らせただけであった。

 しかしその場に起きた光景は、言葉にする事すら不可能である。

 




「フゥ――――……」





 馬が駆けた後には、土煙が激しく舞い散るのみ。

 その土煙が示す通り、馬が力強く大地を駆けた。

 英騎がした事は、ただのそれだけのはずだった。

 


 ではこのたった今起きたを、どう説明すればいいのか――――誰もが、説明できるはずもなかった。

 それもそのはず。

 その時、全員の視界から――――






「消え……た……?」







 

 守護獣の存在が、煙と消えた。





                     つづく



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