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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
大魔女の企て
145/169

百十三話 残り香

 

「アルエ……お前……!」


「~~~~ッ!」



 王子の緩んだ目つきはまたしても一片。あの敵意をむき出しにした、冷たい眼光に舞い戻った。

 そうなるのも当然の事である。王子の肌に走る痛覚は、言うなれば完全に「不意打ち」。

 オーマがいなくなった矢先に、今度はアルエが自分に反旗を翻したのだから。



「ギャギャギャギャギャーーーーッ!」



「くそ……六門剣!」



(ちょ、ちが――――!)



 しかしこのアルエの口から飛び出た巨大花は、当然ながらアルエの意志を一寸も内在していない。

 王子が再び六門剣を構え直した事で、”あらぬ誤解”を向けられている事を察知したアルエ。

 「違う」と弁明しようにも、口がふさがれ言葉を発せられない。

 自分に向けられた六門剣を前に、アルエは必死に身振り手振りで潔白を訴えた。



「く……うォォォォォ!」



「ん”ん”ん”~~~ッ!」



 そしてアルエの訴えも虚しく、六門剣の刃が今度はアルエに向かって振るわれた。




――――!




 そして斜めに傾いた甲板に、さっきまで生き物だった物がボトリと落ちた。




「ギッ、ギギギギィ……」



「は……はひっ……」




 胴を切り離された、巨大花の花弁部分である。




「だ、大丈夫ですか!?」



「だ、大丈夫大丈夫…………なわけ、ねえだろォッ!」



 首を斬られた罪人のように、大きな花弁が目の前に転がる。

 そして同時にアルエの口も解放された。

 頭を切り離されたせいか、アルエの口に内在していた茎も自然とずり落ちたのである。



 だが、アルエに「解放された」と言う感覚はなかった。

 むしろ脱落した巨大花の代わりと言わんばかりに、今度は滝のような冷や汗があふれ出る始末。

 アルエはその一時、確かに死を覚悟した。

 斬られるのは自分だと、一瞬本気でそう思ったのである。



『びっくり箱かお前は……』


「びっくりは……こっちだよ……」



 あまりに急な出来事、および急な対処法にアルエは思わず膝をついた。

 口が開放された事でようやっと満足な呼吸ができたのだが――――

 しかし反面、吸い込む空気と裏腹に力だけが抜けていく。

 一言で言えば、腰が抜けたのである。



『ていうか、これ何?』


「これは……間違いねえ……」



 しかしながら、アルエが身振り手振りで訴えるまでもなく王子は理解していた。

 アルエはあくまで媒介。

 これはアルエを利用した、”第三者の手”の仕業だと言う事を。



巨大花(ラフレシア……人食植物ラフレシア!」


「ラフレシア……?」



 王子は斬った巨大花ラフレシアの花弁を打ち首のように一行に見せつけた。

 ラフレシアは一刀両断されたにも拘らず、断末魔代わりの小さな奇声を発している。

 そしてその花弁も茎も、まるでまだ生きてるかのように。

 断面から先端にかけて、未だビクビクと体液を漏らしながら、小刻みな痙攣を見せていた。



『気持ちわる……ほんま何なんそのグロ満載な生き物』


「植物なんですか……それ」


「あーそうだ……くそっ、こいつ! 思い切り噛み付きやがって!」



 大凡一般的な植物の定義から逸脱した、巨大花事ラフレシア。

 その見た目は花の分際で美麗さのカケラもない。

 むしろ、「花っぽい見た目の魔物」と言った方がしっくりくる。

 そう思える程、植物であるにも関わらず肉食動物のような鋭い牙を持ち、何層にも折り重なった花弁はどこか鬼のような厳めしい表情を醸し出していた。

 


「こいつは本来”魔霊の森”に住まう獰猛な肉食植物だ……普通に考えてこんな空の上にいるはずがねえ」


「それがアルエの口から出て来た……しかも見計らったように、器用に俺だけを狙うようにだ!」



 そんな「魔霊の森」産の見るからに植物を、この空の上に持ち込める人物。

 そしてあろう事か、そんな危険すぎる植物を手足のように使役できる人物。

 それらを可能にする人物等、世界中を探してもただの一人しかいないだろう。



『てー事は!?』


「まさか!」




 全員が全員、満場一致で同じ姿を思い浮かべた。





大魔女パムはまだ……ここにいる……!」




…………



 思わぬ大魔女の痕跡に、舟の空気が不気味な緊張感に包まれた。

 大魔女がどこかに潜んでいる――――王子はそれを知るや否や三本の六門剣を構え直し、静かなる剣士として再び警戒心を露わにした。



 大魔女がまだこの場にいると判明した以上、王子の警戒心はより輪をかけて高まる事となった。

 「ここはまだ戦場」。安全地帯とは程遠い敵地の真っ只中と、そう判断を下したのである。



「お、おええ……」



 その一方、アルエはアルエで別種の緊張に蝕まれていた。

 それはラフレシアの野太い茎に、胃袋から口腔に掛けてぐるぐるとかき回されたせいもある。

 それに加え、「自分の体内から異形が出て来た」と言う精神的嫌悪感が、アルエの心身にしばらく立てない程のショックを与えたのである。



「マジ気持ちわりぃ……」


『おい聞いたか!? ねーさんまだどっかにおるらしいぞ!』


「……」



 アルエも王子同様、静かなる精霊使いと化した。

 とは言いつつも王子のそれと違い、正確に言えば”話ができる体調ではない”だけである。

 目の前の嫌悪でしかない物体が、別の意味でアルエの口を塞ぐ。

 両断されたにも関わらず未だビチビチ動くラフレシアの断面を見れば、嫌悪が勝り言葉がでないのは当然の事である。



「お待ちなさい! 少年……しゃべる事は、できますか?」


「…………」


『黙ったって事は……』



 しかし今は、そのアルエの沈黙こそが最大の警戒対象であった。

 先ほどの不意打ちの件を考えれば、今のアルエは危険だと連想する事は当然の成り行きである。



「……うぷっ!」


「アルエ!? まさかまた――――」



 そして王子はまた、アルエに剣を向けた。

 不幸にも大魔女の媒介に選ばれてしまったアルエ。

 本人がどう言う気持ちであろうが、仕掛け人は「そんな事を一切考慮しない人物」である事は重々承知している。

 故に、これから何が飛び出ようとと――――なんら不思議ではなかった。 




「アルエ……!」



「……」




 結果、アルエは盛大に吐いた。




「――――オロロロロロ!」


『そっちかい!』



 アルエは元々酔いに強い方ではない。

 そんなアルエが何度も激しい揺れを直に浴び、加えて胃袋を直接かき回されたとあれば。

 こんな場面で吐くアルエを、誰も責める事はできない。



「ゲホッ! ゲホッ――――オボボボボ――――」


『もう……きったないのう……』


「しかし大魔女サン、一体どこに……地上に落ちたはずでは」



 しかしアルエが巻き起こす成り行きの吐しゃ物ですら、「これもなんらかの罠なのでは」と疑念を向けざるをえなかった。

 過剰なまでに神経質な様子を見せる王子。王子の心は今激しい猜疑に包まれている。

 それほどまでに強い「疑いの心」が生まれたのは、やはり案の定と言うべきか――――

 過去の大魔女が仕向けた、ありとあらゆる「騙し討ち」のせいであった。



「パム……!」



 王子は全神経を集中させ、元凶の捜索に尽力した。

 魔霊の森の人食植物を何らかの形でアルエに仕込み、なおかつ自分に向けて放つ操作技術。

 これらの事から、少なく見積もっても「大魔女はこちらが視認できる位置にいる」と言う事は判断できた。



「ハー……ハー……あー……きっつ……」



『とりあえず、遠くの方見とけ』



 王子の疑惑対象にはアルエも入っていた。

 先ほどの不意打ちを顧みれば、本人の意志に関わらず「何らかの仕込み」が施されている可能性は未だ否定できない。

 他人の吐しゃ物をまるで爆弾のように警戒する王子。

 奇しくもその様子は、「エンガチョ」とからかう子供の用に――――王子は少し、アルエから離れた。



「ウッ! 第二波到来の気配!」


『あーもう、背中さすったる……ハッ! わい手なかった!』



「…………」





 そんな、過剰過ぎると言える警戒を見せた王子の判断は――――






 ド ク ン





「が……ッ!」






――――正しかった。





「う……あ”…………ッ!」



『こ、今度はなんや!?』



「か、体が痺れて……急に……!」



 王子は突如、地に伏せた。

 上半身は勇ましい姿を見せながら、対照的に下半身はこれでもかと言う程貧弱な有様を見せている。

 唐突に、地を踏みしめる両の脚に力が入らなくなった。

 その要因は言わずもがな――――大魔女の奇襲。

 その”第二波”の到来である。



「お、オェェェェェ!」


「が……ぐ……!」


『なんやこの状況……』


「これは……」



 アルエは引き続き吐き気に苛まれ、王子は痺れに苛まれた。

 一人でに弱まり一人でに苦しむ人間が、同じ場所に二人もいる。

 これは第三者から見て明らかに異常事態。

 まるで伝染病が蔓延したかのように、体調不良を訴える二人がそこにはいた。



「あの……野郎……! 一体俺に何しやがった……!」


『おいヤブ! 診断や診断! お前医者(ドクター)やろ!』



 王子の痺れは足だけではなく手にまで達した。

 痺れを見せる手の異常な震えが、主の意に反し一行に止まる気配を見せない。

 しかしその中で、六門剣だけが依然として悠然と剃り立っていた事がより剣を際立たせた。

 それは王子の体とは別の手。背中越しに繋がれた機械の腕にまでは、痺れは行かなかったのである。



「こんな狡い攻撃で……やられると思うなよ……」



 全身を襲う痺れの中、未だしっかりと剣を持つことができるのは王子に取って不幸中の幸いであった。

 突然の事態に冷静さを失いそうになるも、しかし「魔装具は問題ない」と言う事実が何とか動揺を防いだのである。



 攻撃は最大の防御なりとはよく言った物。

 帝都最大級の攻撃である六門剣を振るえれば、まだ十分に無事は確保されていた。



「パム……どこだ……姿を表しやがれェ!」



 王子は力の入らぬ足をよろめかせながら、六門剣の一本を杖代わりになんとか立ち上がった。

 この瞬間、王子に新たな目標が追加された。

 帝都へと帰還よりも最優先すべき状況更新。

 それは、このありとあらゆる物を巻き込んだ流行病パンデミックの元凶である、大魔女の成敗である。



「ああー……誰かマジ……背中さすって……」



『うーん、この巻き添えっぷり』



「吐き気に……痺れ……?」



 この現状を冷静に分析できるのは、専門家である医者(ドクター)ただ一人である。

 アルエの嘔吐に関しては単純に異物による物であろう。

 口腔から胃袋にかけてかのような巨大な異物が蠢けば、嗚咽を催す事のは医師でなくとも想像は容易い。



「見る限り……急性の不全麻痺のようですが……」



 しかし王子の症状はそういうわけにはいかない。

 王子の場合はあまりにも突然。それもその度合いからしてかなり強い麻痺である様子がうかがい知れる。

 如何に悪性の強い病原菌であろうと、ここまで急激な発病はまぁまず存在しない。

 故に一つ、結論付ける事ができる――――

 これは明らかに、”人為的に仕込まれた物”であると。

 


「植物……」



 そして王子が麻痺に至った要因もまた唯一。

 あの人食植物ラフレシアとやらが噛み付いたあの時。それ以外には考えられなかった。



 植物にあるまじき、肉食獣のような立派な牙。

 大凡一般的な植物の定義からすれば考えられない機能ではあるが、それは異界特有の生き物なのだと言う事で一応は片が付く。

 しかしそれが「捕食」の用途以外に、何がどうなって王子の体を痺れさせる事ができるのか。

 



(その症状は激しい痙攣作用。しかしその激しい体の震えがまた、体内を発熱させ……ふふ)




――――この時。医者(ドクター)は何故か、今脳裏に浮かぶ思案に強い既視感を感じた。

 今現在考えるこの原因の特定。

 その考察は、近しい過去に同じ体験をしたことがあると言う感覚が過ったのである。

 


(通りすがりの方が持ってた物です。どうです? 呼吸も楽になってませんか?)


(この薬のおもしろい所はそこではありません。私も先ほど少し舐めてみましたのですが)




「まさか……!」



 すぐ隣にはアルエが吐き出した吐しゃ物。

 そのさらに横には、両断されたラフレシアの断面から漏れ出る体液。

 これほどの量の「生体液」が辺り一帯に散らばっているにも関わらず、今の今まで何故わからなかったのか――――



 医者(ドクター)は現状の危険度を見誤り、そして悔いた。

 この舟は今何よりも伝染病蔓延地帯。その中心に自分もいる。

 異変は密やかに蔓延していた。

 医者(ドクター)も、気づかぬ内に”感染”させられていたのである。



「まずいッ!――――少年! 今すぐ口を塞ぎなさい!」


『えっ? なになに?』



 ラフレシアの体液は、よくよく注視すれば微弱ながら煙立つ様子が見て取れた。

 しかし燃え盛る炎のような激しい物ではない。

 まるで忍ぶように。人知れず誰かを蝕むように。

 まさに目に見えぬ生物兵器の如く、罠はすでに撒き散らされいたのである。



「あ、ちょ、まっ、今口に触っ……」


「我慢なさい! もっとひどくなりたいですか!?」



 医者(ドクター)はアルエの口を無理に塞いだ後。

 撒き散らされた吐しゃ物を少量指で触れ、そしてゆっくりと鼻に近づけた。



「感染している……私も……」


『お前何してるねん!?』



 『ばっちい』――――その行動を見たスマホの心無い一言が、医者(ドクター)の予想を確信に変えた。

 他人の吐しゃ物。それはスマホの言う通り、普通ならば”ばっちい”と忌み嫌う者物。

 人の吐しゃ物を不快であると判断せしめる要素。それは本来あるべき人体機能の一つ。

 それが、今の医者(ドクター)には消え去っていたのである。




「やはり……これは……」



「いや、この舟に蔓延しているのは……!」





 フワリ――――どこからか漂った”甘い匂い”が、医者(ドクター)の感じた”最後の”嗅覚であった。






「――――”毒”!」





                     つづく



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