百八話 意図
「うあッ! これ……これ全部、魔力なのか!?」
『あだだだだ! なんか、めっちゃピリピリするわ!』
オーマの魔力が、目に見えて変わった。
その代わり様は異様に濃い”紅”の発色を示し、発せられる魔力は魔力を持たぬアルエにすら明瞭にわかる程。
さらにはスマホをして「痛い」と言わしめる、電子機器にすら影響を及ぼす程の魔力。
それは例えるなら、まるで噴火した火山に近い噴出ぶりであった。
「ハァァァァァ……!」
オーマが力みを見せると、活火山の如き魔力はさらに勢いを増した。
粘度も色調も何もかもが増し、うねり猛る魔力は落ち着きを取り戻すまで幾ばくかの時間を要するだろうと容易に想像がつく。
その様は火山から溢れた”溶岩”という表現が当てはまる。
溶岩の二文字そのままに、溶けた岩のようなドロリとした感触が今、オーマの身体から引き続き強く発せられていた。
「まだ……上がるのか……!」
『わい、このまま爆発とかしてしまうんやろか……』
解放――――その名の通りオーマは本来の魔力を解放させただけに過ぎない。
オーマの本気具合を表すかのように、力強くかつ螺旋の如きうねりを見せる魔力。
魔力以前に魔法の存在そのものに疎いアルエも、今ハッキリと”魔”の存在を感じられる。
(これが……大魔女の……)
大魔女と呼ばれる所以。その二つ名の通り。
アルエも、思わず畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
――――
「本気かよ……パム、本気でそいつらを……!」
「……」
アルエがオーマへの見方を改めると対照的に、王子もまたアルエと”逆方向”に見方を改めた。
それもそのはず。王子からすれば、オーマの行動はまるで「意味不明」そのものなのである。
――――オーマの魔力に対する徹底した”節約”振りは王子もよく存じていた。そしてその動機ももちろん知っている。
それは将来の夢の為。
帝国をも凌駕する「魔王」を目指す為と、本人が在りし日の頃から発していた言葉である。
「なんでそこまでやんだよ……一体何が、お前をそうさせるんだよ!」
しかし、いくら断罪の鎖で繋がれていたとて。
それほどまでに固執し続けて来た魔力を、「英騎に会ってみたい」とただのそれだけの事で、何故にこんな所で反故してしまうのか。
王子はそこだけがどうしても理解できず、ただただ疑念を積み重ねて行った。
「……」
そしてそんな王子の疑問に対し――――オーマは”沈黙”で持って返事を出した。
代わりに、両の指先からまた、”糸”を垂れさせながら。
「そうか! さっきから出してらっしゃるあの糸……あれは、魔操糸!」
「魔操糸?」
「傀儡を扱う操作系魔導士が好んで使用する物です。対象に魔力で紡いだ糸を伝わらせ、意のままに操る為の物……」
『ん……ようわからんけど、操り人形動かす時のあれか?』
医者の指摘は半分正解。しかし半分は不正解である。
確かに、医者の指摘通りオーマの糸は魔操糸を基調にしている部分はある。
しかしオーマの場合はその”使用法”が異なる。
「そうです。操り人形です。通常の傀儡使いは魔操糸を対象に張り巡らせた後に操作します」
「これは術者が傀儡を自在に操るべく、操作用の魔力を依代の隅々にまで供給する為です」
(そう言えば……アイツんちに……)
それは、オーマの場合に限る悩みであった。
オーマの悩みの種とはすなわち自分自身の事。
自身の魔力があまりに強すぎるが為に、弊害として”魔法自体が魔力に耐えきれない”事態が過去多々起こった事に起因する。
(大量の人形が吊られてた……)
仮にオーマが今までに見せた魔法を”本来の力”で持って使ったとしたら――――
召喚獣ゴーレムは呼ばれた途端に体が崩壊し、雷の矢は矢の形すら取らずただの力として独りでに飛び立つ。
これらのような不可解な現象に見舞われながら、在りし日のオーマは一人努力を重ね、後に自力で解明までたどり着いた。
あれは所謂、”過剰供給”状態であったのだと。
『オイオイオイオイ、ねーさんが今からお人形遊びでもおっぱじめるってんか?』
「まさか。あれほどの魔力がありながら今更何を操ると言うのですか」
そして過剰供給を避け、自身の魔力を100%魔法に反映させるには。
それにはただ魔力をありのままに流し込むのではなく、魔法組成に”独自の回路”を組み込む必要があるとの結論に達した。
魔法その物の仕様を自分に合わせ改ざん。その為に目を付けた物。
それこそが、魔操糸の「対象に魔力を巡らせる」特性であった。
「一見魔操糸と酷似していますが……あの人の事だから、きっと別の目的で使うんでしょうね」
そしてさらに試行に試行を重ねた結果生まれた、もはや別種と呼べるまでに変化した大魔女専用の魔操糸。
傀儡を操る為ではなく「魔」そのものを傀儡と化すオーマ”本来の”得物。
魔の中に張り巡らせる魔。
オーマはこれを、人体の内部に張り巡らされた”毛細血管”と似ている事から、自身の専用魔法としてこう名付けた――――
「【魔巡糸】……」
垂れ下がった糸は、いつしか髪より長い束となって。
威嚇する動物のように、その身を剃り立たたせながら空を漂っていた――――。
「まじかよ……」
「……」
王子の霹靂がただ虚しく空を切る。
何を言っても、返ってくるのは沈黙の二文字。
そこにあるのはただ、漂う糸と、オーマの強い眼差しのみである。
ゴォォ――――……
オーマの沈黙が舟の駆動音と風のなびきを強調させる。
そしていつしか王子には、アルエや医者らの話声すら聞こえなくなった。
二人と一機がオーマに付いてあれこれ語る様子が伺える。しかしその話題はまるで聞くに値しない。
耳を傾けるまでもなく全貌を知っているのである。”旧友”として。
「だったらもう……もう、何も言わねえよ!」
オーマが決意を固めた以上、王子も覚悟を極めざるを得なかった。
二人がまだ同窓だった頃の、文字通り体でぶつかり合ったあの出来事。
あの懐かし輝かしい思い出の日々を、記憶の中の当事者がまた起こそうとしているのならば――――。
『でもよ、王子はんには例の背中の腕が……』
「背中に腕……義手か何かですか?」
対峙する王子の背中には、魔装具なる物が備わっている。
王子の持つ六門剣を三本同時に構えるべく製作された、文字通りの「腕」である。
奇しくもオーマと似通った動機で生まれた、「糸」に対する「腕」。
「秘策があるのはオーマだけではない」。両者の得物を我が目で見たアルエに、冷ややかな不安が過った。
「……」
(オーマ……)
そんなアルエの心配をよそに。
オーマの沈黙は依然として保たれたまま、ただ時だけが、流れて行った――――。
ギギ……
直後、やはり王子の背中に備わった三本の腕が動き出した。
ウゾウゾと不気味な動きを見せながら作動を始めた腕が、王子の羽織るマントから徐々に外へと這い出る。
目的は無論、残りの六門剣二本を抜く為。
そしてその必要がある相手が、目の前にいる為。
「覚悟……できてんだよな?」
姿を現した腕は油の切れたチェーンのように。
ギチギチと軋めく音を立てながら、存在を知らしめるようにゆっくりと伸びて行った。
――――その行動こそが
(――――!)
オーマが、沈黙を貫く理由だったとも知らずに。
「 隙 あ り ィ ー ー ー ー ー ッ ! 」
「「いぃ!?」」
沈黙を貫いていたオーマの突然の咆哮に、一同敵味方関係なく驚きの表情を見せる。
キッカケは王子の魔装具の作動。
その動きを「待ってました」と言わんばかりに、オーマが糸の絡みついた手を床へと置いた時。
ボ――――
ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ
ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ
ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ
ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ ボ
(やばッ――――!)
舟の側面から、無数の”紅い拳”が飛び出た。
つづく
本年度最後の更新です
今年中に終わらすとか言いつつ終わらなくてマジさーせん
大晦日と元旦はさすがに休むっす。大掃除と初詣はやっぱり欠かせない要素でありますので
ただ更新は今後も普通にやってくつもりです。更新頻度特に変化なしです
来年度もよろしくお願いしますm(__)m