百六話 対立――後編――
「そこまで言うなら、今から英騎捕まえてこいつと面会させなさいよ! さっさとしないとアタシら首が太陽まで吹っ飛んじゃうんだけど!?」
「それができたら……それができたら、誰もここまで苦労しねえだろうがッ!」
話合いは依然として続き、両者の加熱する勢いのままに一向に終わる気配を見せない。
勝手知ったる同期の桜とはよく言うものの、これでは同期言うよりも怒気である。
人が人である以上時に感情的になるのは仕方がない事。
しかし思春期真っ盛りの少年にとって、その光景はあまりに衝撃的過ぎた。
『あー、まぁ、人にはこんな時もあるから……大人になったらわかるわ、多分』
「いや……無理……」
あまりに加熱する言い争いに、ついにはスマホが「光治が今後人間関係に支障が出る程のトラウマになるのではないか」と言う謎の親心まで持ち始める始末。
健全を建前に、スマホは機械にも拘らずネット規制賛成派に少し傾きつつあった。
『やっぱああいうのはなんか対策せなアカンわ……』
(いやいや、いい機会ですよ。どうせならもっとやって欲しいですね……修復不可能なまでに)
しかしその一方で、二人の対立がもっと過激になるよう密かに願う人物がいた。
いつの間にかメガネと名付けられたテロリスト、医者その人である。
医者は内心、このまま「二人が袂を分かつ決定的な事案が起こってくれないか」と願っていた。
それはかの大魔女が、こちら側へと下るよい口実となるのだから。
――――そんな医者の考えは、わずか数秒後ものの見事なまでに改められる事となる。
「じゃあ結局できないんだろうが! だったら引っ込んでろ!」
「お国がそんな体たらくだからアタシが自分でやるっつってんだよ! バカ!」
(ふふ……いいですね。もっと、もっと煽り合いなさい)
「あんだとてめぇ!? 今のは帝国への侮辱に当たる……取り消せ!」
「事実を言ってるだけなんですけど何か!? そんなんだから長年好き放題に荒らされんのよ!」
(もっと……もっと……)
「かつての栄光なんとやら、帝国も随分堕ちたもんね! だって、アンタみたいなのが王子になれるくらいだもんね!」
(もっと……もっと?)
「国を……バカにすんじゃねえ……!」
「国じゃねえよ! バカにしてるのはオ・マ・エ! わかる!?」
(いやいや、いつまでやるつもりですか!?)
医者の誤算は、二人の言い争いに駆け引きや裏の取り合いの要素は一切なく、酔っ払いか子供の喧嘩程度の至極”程度の低い”戦いであった事。
どこかでどちらかが互いの琴線に触れる発言をしないか目を見張るものの。
いくら待とうが一向にそんな機会は来ず、引き続き激しく飛び交うのただ幼稚なだけの悪態は、いくらなんでも聞くに堪えなさ過ぎた。
「ちょ、大魔女サン、そろそろ言い過ぎ……」
「いいやこの際だから言わせてもらうわ! ハッキリ言われないとこいつはわかんないのよ! バカだから! 同時にアフォだから!」
「いえですから、ここでそんな事を言っても仕方が…………」
「――――そもそもアンタみたなアホ丸出しの奴が王に選ばれたのが間違いなのよ! ちょっと容量がいいだけのクソボンの分際で!」
「は!? 最後の最後で落とされた奴に言われたかねーよ! 何が頭脳戦だ! 結局落ちてんじゃねーか、このイカサマ女!」
「……ちょっと少年----! 彼女を止めるのを手伝ってくれませんか!?」
(ええ……)
医者が匙を投げ、一回り以上年下のアルエにすがるほど、オーマの怒りはまだまだ止まる気配を見せなかった。
両者を知るが故急遽仲介を振られたアルエだが、もちろん間に入る事など出来るはずもなく。
今はただ、事が終わるまで見て見ぬふりしかできなかった。
『せめて、収める努力せえや』
「無理」
そして場が混乱を極める中。
事が終わるまでの間を――――本当に、ただただ、待ち続ける事しかできなかった。
――――
「公金横領・職権乱用・無断欠席・遅刻常習その他もろもろ! 何これ!? どう考えても王の器じゃないでしょ!」
「どうせ試練の時もなんかしたんだろ! 長年使われてて六門剣がさび付いたんじゃないの!? おいそれと触れるもんじゃないし、ロクな手入れもしてなさそうだもんね!」
「そんなぞんざいに扱うわけねーだろ! 六門剣をなんだと思ってんだ!」
「じゃー王宮に置いてけよテメェー! 何国の宝剣私物化してんの!? バカ!? 横領!? 汚職!?」
「翼も豪快にたたっきってくれちゃってさぁ! どーしてくれんのこれ!? てかこれ公共事業でしょ!? アンタのやってる事もろに違法案件なんですけど!」
「そ、そりゃお前が舟を奪って逃げるから仕方がなくだな!」
「その魔導二輪だって何!? モロに外出ちゃってるけど、違法改造隠す気もないの!?」
「【帝都魔導機関法第六条三十一ノ項!】・【全テノ魔導機関式車両ハ政府機関ノ許可ナク帝都外ヘノ出門ヲ禁ズ】って法律ありませんでしたっけ!?」
「え、もちろん知ってますよね!? だって、王子ですもんね!?」
「これは……趣味で……」
「え? え? なんて? 趣味? 趣味で法律破っていいんすか!? まじっすか!? 自分初耳っす!」
「だから……これも後々の……」
「王子が自らさァーーーーー! ”法”をお破りになられるんですかァーーーーー!?」
「王子様すら破る決まり事を誰が守るっつぅんだよォーーーーッ! なぁーーーーーッ!」
「だか――――」
「その辺どうお考えなんだよォーーーーッ!? 黙ってねぇで何とか言えよてめェよォーーーーッ!
(とんでもねえクレーマーだな……)
オーマの怒涛の口責めに王子の口調がみるみる怯む。
元々粗雑な性格のオーマと知りつつも、にしても今日のオーマの「そっちの体調」は二十丸に花をつけてもいい程である。
そこまでやる気にさせる原動力は一体どこから湧いてくるのか。
アルエはそこだけが、未だ”気づけず”にいた。
「権力に胡坐かいて好き放題やってるてめえによォーーーーッ! ガタガタ言われる筋合いねェんだよォーーーッ!」
「ちょっと大魔女サン! もういいですから! ホントもう十分ですから!」
『えらいご立腹やなぁ……』
「ほんと、何をこんなに――――ハッ!」
アルエが唯一気づく事ができたのは、万物全てが平等に迎える終わりの予兆。
激しく燃え広がった言い争いの果ての、言わば怒りの終着駅。
アルエは、それを目ではなく気配で察する事が出来た。
此度のすざましい中傷合戦が、一体どのような終わり方をするのか――――
それは、”オーマの取った方法と同じ”であった為。
「 う ぅ る せ ぇ ぇ ん だ よ こ の ヤ ロ ォ ー ー ー ー ッ ! 」
「「いぃ!?!」」
ドズン――――その瞬間、舟に備わったプロペラの羽根がアルエの目の前に落ちた。
確かな重量感を感じさせる落下音。
そんな重みのある羽根が、雨のように”無数に”振って来たのである。
「うるせえうるせえうるせえ! お前なんかに俺の苦労がわかっかよォ!」
「バカはお前だ! アホ! ドジ! マヌケ! 遊び人! 自由人! お前の母ちゃんでべそ~~~ッ!」
「まずいッ! 少年、頭を下げて!」
「たぁぁぁぁ~~~ッ!」
落下する無数の羽根が、まるでギロチンのように甲板へと突き刺さって行く。
仮に万が一頭から直撃すれば、握りつぶされた果物のようになる事は容易に想像できる程に。
降り注ぐ羽根はそれでもなお止む気配を見せない。
王子が”剣を振り回す事”を止めない限り。
「ややややめろバカ! 本当にぶっ壊す気!?」
『ほら、発狂したやん』
「子供かよ……」
「――――行かさねえつったら行かさねえ! 舟なんてもう知るもんか!」
「こうなりゃ……叩き斬ってでも連れ戻すからな!」
王子は舟の一部を場当たり的に斬った後、少し迷いつつもついに舟を破棄する旨を告げた。
立案から完成までの全てに携わってきた、言わば王子が生み出したと言っても過言ではない程思い入れのある舟。
それを自らの手で”捨てる”となれば、その心中は計り知れない。
しかしそれよりも何よりも、国家の次期指導者として優先すべき事があったのである。
「お、落ち着きなさい王子サン! 舟を落とせば私参考人になる前に死人になるんですが!」
「無駄よ。あいつは元から人の話を聞くような奴じゃないわ」
(お前もな)
王子は、内面的にやや感情の起伏が激しい所があった。
それは一時動向していたアルエも、もちろん旧知のオーマも。王子を知る者にとってそれは周知の事実である。
アップとダウンの振れ幅が大きい、身の回りに一人はいるであろう所謂「めんどくさい奴」。
問題はそんなめんどくさい奴が、さらに”めんどくさい物”を持っている事である。
「し、しかし大魔女サン! 王子の性格はともかくとして、あの方は――――」
六門剣――――帝国の次期王を決める神聖な剣。
特性として強い魔力吸引作用を持ち、並の魔力では触れただけで危険なシロモノ。
そんな国宝級の大層な剣ではあるのだが、その実はテロリスト側に取っても馴染みの深い剣でもあった。
それも当然の事。六門剣は帝国の宝剣であると同時に――――
”英騎の愛刀”でもあったが為。
「六門剣の正統後継者……私もあの剣についてはよく存じております」
『あ、そっか。おたくん所の首領も持っとるんやったな』
(大丈夫……なのか?)
六門剣の武器としての有効さは医者もアルエもよく知っている。
事実王子はその剣で何人もの命を救い、英騎は逆にその剣で何人もの命を屠って来た。
「救」と「殺」。持つ物によってどちらにでも転びうる、帝国最強の剣。
それが今この場に限り。「怒」となって一行の前に立ち塞がる事は、もはや避けられなかった。
「てめぇらまとめて成敗じゃァーーーーーーーーッ!」
「はぁ……ホントバカの相手は疲れるわ。マジで」
「お前が煽るからだろ!? どーすんだよもう、完全に頭に血が上ってるじゃん!」
「あーいうキレた奴を鎮める方法、知ってる?」
「……土下座?」
「ノンノン・こういう時はこうするの」
「何年来の付き合いだと思ってんの」――――オーマはそう告げると、呆れつつもどこか余裕の表情を見せた。
よく知る相手であるが故に用意にキレさせる事もでき、また落ち着かせる事も「簡単な事」だとオーマは続け様に豪語する。
スゥ――――直後、オーマの胸が少し膨れた。
オーマの述べる「方法」とは、捻りもなく本当に簡単な事であった。
「大魔女だから」「知り合いだから」そんな事は一切関係がない。
老若男女誰にでもできる、本当に至極”単純”な事。
「あっ」
ただ手の指を折り、”中指だけを突き立て”相手に見せつける。
本当にただの、それだけの事――――。
「かかってこいやゴラァーーーーッ! そんなナマクラチラつかせただけでビビると思うなァーーーーッ!」
「 バ カ だ ろ お 前 ! 」
「ほんとこの人は……」
――――かくして、大魔女と王子の対立は決定的となった。
それは結果として医者の望み通りの展開ではあったものの、その分おまけと言わんばかりに余計な物まで付いてきた。
大魔女が英騎側に回る――――の、前に。
何としてもこの場を生き残らねばならぬと言う、まさに”サバイバル”な状況が生まれた事である。
医者は知らなかった。
二人が旧知の仲である前に、英騎と帝国のような所謂”犬猿の仲”であると言う事を。
幾たびの時を経た所で未だ衰えを見せない、それはそれは深い確執があった事を。
「 パ ム ゥ ー ー ー ー ! 」
「 コ ー ミ ン ー ー ー ー ! 」
誤算だらけの計算に医者は少し自信を無くし、アルエはただ無事で済む事を祈るしかできなかった。
荒ぶる王子によって死の可能性が間近に迫る中、乱れに乱れる一行の心中。
この場の全員が、冷静さを欠いていた――――故に気づくことが出来なかった。
(…………コーミン?)
怒れる魔女が勢い余り、”王子の名”を漏らした事を。
つづく