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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
大魔女の企て
137/169

百五話 対立――前編――

 

「お前は本当にマジでさぁ! な・ん・でお前がそっちに付いてんだよッ!」


「うっとうしいのに見つかったわ……」



 バンボンバンボンとけたたましい排気音を立てながら颯爽と現れたのは、王に次ぐ帝国のナンバー2の地位を持つ男。

 しかしその男は地位に似合わずあまりにも気さくで、庶民的で、人懐っこく気前よく。

 そして子供心を忘れぬままに、未だにおもちゃを大量に買い込む癖がある事から、王子を知るごく一部の者は親しみを込めて彼をこう呼ぶ――――「バカ王子」と。

 


「魔導二輪!? バカな、ここはもう帝都の外ですよ!」


「違うわ、アイツの乗ってるのは――――」



 魔導車および魔導二輪は、帝都の魔力を原動力として扱っている為帝都の外では動かせないのが通例である。

 にも拘らず王子の跨る二輪は、帝都の外どころか楽々と舟に追いつき、しまいには舟にピタリと並走出来る程の豪速を見せた。

 魔導二輪にしては異様なスペックを発揮しているのは、オーマ曰く「王子自身の魔力を使っているから」との事。

 オーマは知っていた。王子は魔力を「自分の方に反映させる装置」を組み込んでいた事を。

 速い話が――――”違法改造車”である。



『おい、あれさ……』


「ああ……」



 そんな違法車両を奇しくもアルエは一度目撃した事があった。

 それは昨晩の王宮での出来事。

 王子が自慢げに見せ、その直後にアルエによって叩き割られた、推定十二分の一程の魔導二輪のおもちゃである。



(まぁ同じのはすでに持ってるんだけどな)



「ほ、本物の方だったのかよ……」



 帝国側にとってはオーマの行動は自分勝手と言う他ならないが、オーマからすれば「こいつにだけは言われたくない」と言いたくなる人物。

 オーマと同等の自由奔放さを持ち、オーマと同等の予想外な行動を繰り返し、オーマと同等の期間を共に過ごした、オーマと同等の魔力を持つと言われる人物。

 性別以外は何から何まで被り倒す人物は、当人同士からすれば「うっとうしい」以外の何物でもない。

 それはもちろん、今現在も――――。 



「そこのメガネがテロリストの黒幕だな!? パム! 一回しか言わねえぞ!」


「そいつの身柄をこっちに渡せ! 今すぐにだ!」


「お、大魔女サン……」


『捕らわれのお姫様みたいな扱いになっとるな』


「……アホかボケェ! だぁ~れが、渡すもんですか!」


「このメガネはうちらの大事な水先案内人! 己に渡したら誰が英騎を紹介してくれるんじゃい!」


「ちげえって! メガネは今回の重要参考人だ! 逃げようとしてるお前に預けたら誰から情報引っ張ればいいんだよ!」



 「渡せ」「嫌だ」と先ほどの王との応酬がまたも繰り返された。

 終わりのない言い争いを実力行使で無理やり断ったオーマであったが、まさか日に全く同様の試合が控えているとは本人も思うはずがない。

 デジャブのような水掛け論。しかし先ほどの唯一との違いは、合間に合間にやたら「メガネ」と言う単語が飛び交っている事である。



「いいからメガネ出せよ! そのメガネこの前まで!」


「ヤダつってんだろ! メガネは渡さねっからね!」


「メガネメガネと……」


『まーそこは、言いやすいし』


(はやく何とかしてくれよ……)



 人の言い争いを面白がるかうんざりするかは各々の趣向で異なるが、少なくともアルエの場合は後者である。

 ただでさえ満身創痍の中、加えて逃亡中と言う状況にさっき見たばかりの光景をまた見せつけられれば、アルエの精神が無駄に摩耗して行くのは当然の事。



 色濃く染まる倦怠感の中、アルエはこの時点で結末のおおまかな予想がついた。

 光景が同じであるなら、きっと終わりもまた、前と同じような事になるのだろうと。

 そしてその予想は、待つまでもなくすぐにわかる事となる――――。



「そもそも! マジ意味わかんねえんだよ! なんでお前が英騎に会いたがる!?」


「いけないの!? だって、アタシだけまだ一度も会った事ないんですけど!?」


「ですけどじゃねーよ!? 芸能人じゃねーんだよ! お前も知ってるだろ! アレが一体どういう奴なのかをよぉ!」


「そんなの……知るか! 実際会わんと人となりなんてわからんだろうが!」


「いや……いやわかんだろ!? 今まで帝国に何をやってきたのか、ちょっとは考えろよ!」



 アルエの予想通り、案の定互いの火力が強まっていく。

 臨界まで強まった火力は何に姿を変えるのか。と言うより、どんな燃え方をするのか。

 事が口火を切るまで。今はまだ、互いに火をつける前に重なった焚き木のような物である。



「ハァ……ハァ……も……いいから……ホントしつけえから……」


「ゼエ……ゼエ……それは……お前だろバカ王子……」



 オーマが譲らないのはいつもの事。

 王子はそれを知りつつダメ元で訴えかけて見た物の、結果はやはり案の定な事態に陥った。

 オーマがダメならもう一人の当事者に委ねるしかない。

 そう判断した王子は、どこか物寂し気な目つきでアルエに目を配った。



「アルエ……」


「バカ王子……」


「アルエ? 誰それ」


『こいつの源氏名』


「はぁ……? くっだらないあだ名付けてんじゃないわよ」



 話は少し逸れるが、オーマはここで初めて「アルエ」の名を知る事となる。

 現実世界の中学生「江浦光治」はこの異界に置いては「精霊使いアルエ」となった事を、オーマは今この場で初めて知ったのである。

 


「何がアルエよ。アルエって何? 一体、何がどうなってそうなっちゃったわけなのよ」


「それが王子の仕事? 他にやる事、いっぱいあるんじゃないのっての」


「黙ってろパム! 今はアルエとしゃべってんだ!」


「ハイハイお好きにどーぞ……」



 厳密に言えば王子が付けた名ではない。

 は、「どうせ王子このバカといる時に付けられたんだろう」と当たらずも遠からずな予想を立てたオーマは、二人の会話の合間に当てつけるように悪態を付き付続けた。



「ったく……人がいない間に……」



 それは、願わくば光治の名は自分が命名したいと内心思っていた為。

 「オーマ」の名付け親は何を隠そうアルエ本人。では逆に、アルエの名は自分が――――

 そんな思いは旧友により無残にも打ち砕かれる事となり、「先を越された」事実がより一層王子との溝を深めた。



「そいつを懐柔しようとしても無駄よ。何を隠そう言い出しっぺはそい……アルエさんだもん」


「舟を巻き込んだのはあなたじゃないですか」


「なぁアルエ……そうなのか? お前も、お前もそっちに回るってのか?」


「えと……なんてーか……」


「……王子、悪いんだけど」


「……」


「なんだかんだで……よくしてもらったし……そこに関しては感謝してるよ?」


「でもやっぱ、その……ずっと探してた人がすぐ近くにいるってのに、みすみす黙って放置なんてできないよ……」


「ほらね」



 アルエの返答は、王子にとっては至極残念な言葉であった。

 オーマの言葉通り、元々英騎に会いに行こうとしてたのは他でもないアルエの方なのである。

 アルエは英騎の襲撃が始まった当初から、誰に言われるでもなく自身の独断で行動に移した。

 オーマは、あくまでそこに少しだけ手を添えただけに過ぎない。



「アンタ例の写真見た? マジビビるわよ。本当にクリッソツだったもん」


「見たよ。例の盗撮写真だろ?」


「ちょ、盗撮は関係ねーだろ!」


『そこは言ったらんといて』


「盗撮かどうかなんてどうでもいいよ……ただな、アルエ」


「お前が王宮から出るようにオッサンを説得したのは、お前の力が必要だと思ったからだ」


「そして結果、お前は感謝してもしきれないくらいの奉公ぶりを示してくれた。やはり俺の目に狂いはなかったんだ」


「だからこそだ。だからこそ、そんな恩人をみすみす……そこん所、わかるよな?」



 王子はあえて言葉を濁したが、アルエにはその真意がしかと伝わった。

 それは同じく昨晩の出来事。昨晩王子が自身の権限で持って見せた実際の英騎の映像についてである。

 そこに映る北瀬芽衣子と同じ姿の女騎士はお世辞にも正常とは言い難く、そして王子が示唆する通り。

 話すら出来ぬまま――――出会ったその場で命を奪われる可能性は、十分考えられた。



「ヘイヘイちょっと、さっきから話が見えないわね。恩人だからうんぬんって、それはあくままで”希望”でしょ?」


「アンタのやってる事は個人の感情を大きく逸脱した”強制”よ。言ってる事わかる?」


「でもそうでもしねーと、お前ら止まらねーだろが!」


「違うっつの。こいつは元々帝国とは無関係なのよ? アンタらがとやかく言う資格はないじゃないって言ってるの!」


「それはお前にも言える事だろ! お前こそ、なんでそこまでアルエに固執するんだ!」


「帝都の外にいたんだろ!? 英騎を捕まえる為に! それをなんで、何を急に心変わりしてんだよ!」



 それは結託する数分前、医者(ドクター)が聞いた質問と同じ内容であった。

 英騎と繋がりを持つアルエと違い、オーマは本当の意味で関係がない。

 医者(ドクター)は、オーマが味方すると申し出た為そこまで深くは追及しなかったものの、やはりその真意は内心気になっていた。



 オーマが問いに答えるそぶりを見せた。

 医者(ドクター)は黙ったまま、オーマが何を思い何の考えで自分達に味方をするのか。

 その全貌を聞き逃すまいと、人知れず両の耳を澄ませた――――。



「あのさぁ……こっちにも”恥”ってもんがあんのよ」


(あれは……確か……)




 ジャラ……




「あんま言わさないでよ。戒律食らったって、アンタも知ってるんでしょうが」


(アニマの……)



 オーマの首元から、ジャラリと下がる鎖の首飾りが現れた。

 それは帝国の法律のさらに上位に位置する、罪の証。

 この異界における絶対の法則。「戒律王アニマ」より打ち込まれた”断罪の鎖”と呼ばれる物である。



「アタシらは言われたんだ。互いに協力し合い、互いに助け合わないと鎖を解かないって」


「で、肝心の相方アルエがやたら英騎に会いたがってる。じゃあこいつの目的を手助けしたら、アタシも解放されるんじゃって考えるのは当然じゃない?」



 断罪の鎖は打ち込まれると同時に鎖の解放条件が言い渡される。

 その内容はアニマの裁量次第ではあるが、大凡罪に見合った条件が付与されるのが通例である。

 オーマとアルエが受けた鎖は「共有型」と呼ばれる物。

 これは、罪人が複数人いる場合ケースに多く見られる、所謂連帯責任を負わすタイプである。



「でも……それは何も今じゃなくったってよ……!」


「いいや待てないね。こっちもこのうっとうしい呪いの装備にうんざりしてんだ」


「切っても切れない関係なわけ。文字通りの意味で――――互いの命がね」



 猶予は鎖が打ち込まれた時点からすでに始まり、その後首に向かい徐々に短くなる。

 そして鎖が首に届く前までに解放条件を満たさぬ場合、そのまま鎖が首を絞めあわや絞首刑――――つまり、死が待っている。

 鎖の長さ。イコール猶予期間はこれまたアニマの裁量次第ではあるが、現状二人の猶予は決して長い方とは言えなかった。



「ち……あんまり見ないようにしてたけど、案の定ガッツリ進んでやがったわ」


「王宮に魔法ぶっぱなしたせいだろ。絶対」


「アンタこそ、オッサンに向かって攻撃魔法連発したらしいじゃないのよ。それを人はクーデターと呼ぶわ」


(二人して何をしているんですか……)



 鎖が撃ち込まれてからも引き続き戒律に触れる事をし続た場合、その罪の重みに比例して鎖の短縮が速まる。

 二人の場合ケースはまさにその典型であり、連帯責任にも関わらず二人は今まで大概な無茶をし続けてきた。

 細かな事から大きな悪事まで。積み重ねた罪の重みは着々と進み、そして現在――――

 二人仲良く”自爆寸前”なのである。



(アニマの鎖……なるほどね。アニマが下した裁決は互いに助け合わないと解放されないって事ですか)


(で、その少年アルエの最大の目的が英騎に会う事なのだから、彼を英騎まで導くのが彼女オーマの贖罪……なるほど、なるほど)



 医者(ドクター)はオーマに打ち込まれた鎖を見て、内心少しほくそ笑んだ。

 「ざまぁみさらせ」と言いたいわけではない。

 ただ、得体のしれない企みを持って近づかれるより、むしろそちらの方が”都合が良かった”のである



(事情を知って一安心です。それならば、あなたの言いつけ通りちゃんと英騎の所まで案内しますよ)


(大魔女、精霊使いのみならず、アニマまでこちらに”引き込める”となれば……そりゃもう、大歓迎です)


(ね、大母。)




――――




「でもそれは今じゃない。何の罪で鎖食らったのかは知らねえけどよ……今すぐ時間切れってわけじゃねえだろ!?」


「んなのわかんねーだろが! あのデカ目玉、めッッッちゃくちゃ細かいの知ってるだろが!」



 大魔女と王子の言い争いが再度加熱ヒートアップしていく中で、医者(ドクター)の心は反比例して穏やかに落ち着いて行った。

 社会人から見てあまりに醜すぎる罵詈雑言が飛び交うが、むしろ暴言の数々は医者(ドクター)に心地よささえ与えた。

 このまま戒律を盾に、大魔女と帝国との対立が決定的になれば――――

 そんなあわよくばな事を、妄想していた為。



「歯に詰まった食べカスその辺吐くだけでアウトなのよ!? 贖罪どころか、日常生活すら困難だわ!」


「いや……知らねえよ! そもそも捕まるような事しなけりゃいいだけだろが!」



 王との口喧嘩は、怒りを持て余しつつもその地位にふさわしい威厳を保った口調であった。

 が、今回はどうだろう。幼稚な暴言に下らない揚げ足取りが、無駄に種類バリエーションだけは出そろっている。

 医者(ドクター)は、密かにアルエに目を配った。

 二人の口喧嘩を見てると、不意にアルエに暴言を吐かれた事を思い出した為である。

 


(にしても……)



「いいからどけェッ! 去ねッ! 今すぐ不時着しろ!」


「不時着すんのはてめーだ! ていうか、そのままだと本当にあり得るぞ!? 出来たばかりの浮上機関をそんな雑に扱いやがって、バカ!」



 しかしもはやその事に対する怒りはない。ただ、一つ思っただけである。

 願わくば少年アルエに、この二人を”反面教師”にして成長して行って欲しいと。



 この二人はある種、教育にふさわしいかもしれない。

 医者(ドクター)はそう思わずにいられなかった。

 それもそのはず。

 年相応の生意気さを見せるアルエよりも、年齢も位も遥かに高いはずの二人が――――。




「それは……てめェが翼を叩き斬るからだろォーーーーッ!」



「うるせェーーーーッ! いいからとっとと止まれェーーーーーッ!」





(醜い……ですね)






 あまりに、子供過ぎた為。




                    後編へつづく


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