百二話 背水
ブ オ ォ ォ ォ ォ ッ ―――― !
「「 う っ だ ぁ ー ー ー ー ッ ! 」」
オーマの放った雷の矢。
通用「エレクトリカル・アロー」が豪の速度と鋭角な光を持って、ペアヌットの群れを走り去った。
隊列を大きく乱され随分な混乱がその場に蔓延したものの、しかし騎乗隊側の被害は”皆無”であったのは不幸中の幸いである。
――――キランッ
「お、おお……皆の者! 無事か!?」
「「やっぱこの作戦無理だろ――――マジやべぇ――――大魔女様が相手とか――――」」
「し、しっかりしろ皆の者ォ!」
騎乗隊の隊長が激を飛ばすものの、一度蔓延った怯えはそう易々とぬぐえるものではなかった。
しかしその怯えこそが、全員が全員無事「大魔女の一撃」からの回避を成功させたのである。
それは単純に、追撃を躊躇し、前に出る勇気が出なかった為。
何故なら騎乗隊の追う舟の守護を務めるは「よりにもよってな」人物。
すなわち――――「大魔女が怖い」。そんなたじろぎが、あった為。
ォォ…………
ざわめくペアヌット騎乗隊員達は寸での所の無事に安堵しつつ、此度の追撃に対する不安感をさらに倍増させた。
オーマの放った雷の矢は、視界から消え去ってなお、こうして彼らに莫大な印象を残すのである。
「ペアヌットに乗っていなかったら到底避けきれる物ではなかった」。
辛くも一命を取り留めた隊員達は、口を揃えてそう発した。
――――
しかし、”動く事が出来ない”物は、そういうワケにもいかなかった。
…………ォォオ
「高熱源体補足! 雷属性の射撃魔法、王宮に向かって一直線に飛んできます!」
「あんのバカ魔女ォ! こ、ここまでやるか!?」
オーマは、最初からペアヌットの群れに当てるつもりはなかった。
騎乗隊が避けれるよう配慮をしたわけではないものの、ペアヌットを眼中に入れぬ「狙い」もまた、彼らが全員回避できた要因であった。
オーマの狙いは最初からこちらの方。安全な王宮から指示を出す、王その人である。
「熱源なおもせっき…………ひぃぃぃ! ”狙いはこの部屋”だ!」
「あんの……極大大バカモンがァッ!」
王宮の作戦司令室。そこは帝都を一望できるようにガラスに似た透明素材に仕切られており、同じく帝都を一望できるように高層に位置していた。
帝都の街並みを見下ろせるように建てた軍用の一室。
それは奇しくも、現在「舟が飛んでいる高度と同じ高さ」であったのは、あくまでただの偶然である。
ォォォオオオ――――
「「ああああああくるぅーーーーーッ!」」
「く……全員、安全な所に下がってろ! ここは儂が…………!」
もはや探知するまでもなく、王は自身の肉眼でしっかりと「眩い青白の雷光」を視認できた。
この怒れる大魔女の一撃を沈める事が可能なのは、今の王宮に置いて王が唯一である。
怯える側近兵達を余所に。王は雷光から一瞬も目を離さず、ただ「何とかする」べく正面に立ち尽くした。
「クソ魔女が……儂を一体誰だと思っている!」
真正面から、叩き潰す為に。
ォ ォ ォ オ オ ―――― !
「へ、陛下ぁ~~~~!」
悪意を十割程に増した悪意の塊と言うべき雷の矢が、栄光ある帝国の象徴「王宮」へ向けて一直線に飛んでくるのは一体何の因果なのか。
しかもその発生源が、自ら育んだ「元教え子」とくれば――――。
王は少し溜息をついた後、吐いた溜息を取り戻すかのように大きく息を吸い込んだ。
そして再び吐いた。
「 喝 ッ ! 」
ドォォ――――王の放った「喝」で持って。
大魔女の雷の矢は何とか”王宮に大穴を開ける程度”で済んだ。
――――
……
『あわ、あわわわ』
(やべぇ……)
「えっと……あなたもテロリストですか?」
医者は、思わずそう尋ねざるを得なかった。
今回の奪還劇。そのMVPとも呼ぶべき、最も優秀な仕事をした人物は。
「王宮から湧く激しい煙」が舟上から見える程にダメージを与えた、この帝都側の人物だったからである。
「――――指令だ! 陛下が増援の規模をさらに増やしてくださるそうだ……我ら先発部隊は、それまで何としても持ちこたえるのだァ!」
「「え、ええ~~……」」
テロリストですら成しえなかった王宮へのダメージを、少しイラついた程度であっさりと敢行した大魔女。
その甲斐あって、状況はますます”危機”に陥った。
居城に大きな穴を開けられた王が、怒り狂いながら指示を出したのだろう。
言われなくても大体想像できる程に――――明らかに追っ手の数が増えた。
『ね~さ~ん、本格的に怒らせたみたいやでぇ……』
「だから何!? キレたいのはこっちなんだけど!」
追っ手が増えると言うさらに輪を掛けた危機の中で、アルエはひっそりと「安心感」を感じていた。
使用法こそいかがな物の連続ではある。
が、大魔女は怒りによって本来の姿を現す事を、アルエは事前に身をもって知っていたのである。
「あのオヤジがねちねちと文句ばっか垂れっからじゃん! あんなの、誰だってムカツクじゃん!」
『いやいや、中坊やあらへんねんから』
(わざとポカしてもっかいキレさせようかな……)
せっかく芽生えたこの大魔女の怒りを、「何とかして維持できぬ物か」。
アルエは誰に言うでもなく、一人思案に明け暮れた。
「オーマがちゃんと魔法を使っている――――」ただのこれだけで、アルエに取っては十分な価値であったのだ。
「追っ手……増えちゃいましたね」
「違うわよバカ。あれはペアヌットの段階が一段上がっただけ。アタシは関係ないっての」
『関係は、大いにあると思うで……』
「ペアヌットはすでに発現済みだから、今の雷の矢は関係がないでしょ」。
と述べるオーマの主張は言い訳がましくもあるが、ある意味ではその通りであった。
時間をかけ緩やかに成長するペアヌットは、数も、質も、寸法、魔力でさえも。
全てが次第に、誰の手も借りず――――最終的に”オーマの手にすら負えない程”に成長するのである。
「まぁ、なんだかんだで一区切りついたわけですか……」
「帝都が……離れていく……」
そうなる前に逃げ切るのが絶対条件。
未だ油断のならぬ状況の中。舟上は一端の騒がしさから外れ、自然と空白の空気が生まれた。
段々と霞んでいく、王宮を見据えながら。
コォォォォ――――……
「グッバイオヤジィ! ちったぁ反省しろよ!」
「王様……」
オーマが悪態を尽くのと対象的に、アルエはどこか物寂しそうな目つきで王宮を見送った。
王宮を経つ際。王と誓った「必ず戻ってくる」の約束を結果的に反故にしてしまった事に、少しばかりの罪悪感を覚えたのである。
「さて……とりあえずこれで魔導車部隊は消えたわね。あれ、帝都内限定だから」
「本来ならこのタイミングで一服する予定だったんですがね……あなた方のせいでペアヌットを起こしてしまいました」
『大丈夫やて。こっちにはねーさんがおるねんから』
「コポ!」
ペアヌットの段階が上がると同時に、舟の逃亡劇も一つの区切りを迎えた。
倍増した追っ手の数に危機感を覚えつつも――――
一行は無事、帝都から脱する事ができた。
――――
……
「グシュルルルル……!」
「お前も……救いを求めているのか……?」
大魔女一行が帝都を無事脱した頃。
舟の軌道からやや”下方”にズレた箇所で、一人の女騎士が言葉を発した。
「お前もなのか」「救いが必要か」と同じ言葉を執拗に投げかける女騎士。
しかしその問いかけに返事が来る事はなかった。
「さあ……安らかに眠れ……」
――――相手が、人語を介せぬ「魔物」であったが故に。
ギィィィィ………………!
「……」
一匹の魔物を”救済”した女騎士は、魔物の身体に突き刺した剣をゆっくりと抜いた。
ぬちょり――――露わになった剣先には、魔物の体液が剣にこびりついていた。
しかし滴る体液を拭くでもなく振り払うでもなく、女騎士はただそのままの姿で再び歩き出した。
道中の合間に複数回、鼻をヒクつかせながら。
「……匂う」
そんな女騎士の身体からは、すざましい”異臭”が放たれていた。
その臭いは人間ならもちろん、女騎士を陰ながら見つめる山の動物すらも嫌悪を見せる程である。
しかし、当の本人は自身が発する異臭に気が付く事はなかった。
代わりに――――別の匂いを察知していたが為。
「六門の……匂いがする……」
女騎士はそう一言呟くと、一人木々の織りなす闇に消えて行った――――。
――――
おびただしい数の、魔物の亡骸を背に。
つづく