百一話 射手座
「てんめぇコノヤロォーーーーッ! 黙ってりゃ付けあがりやがってこんカスがァーーーーッ!」
「毎度毎度会うたびに耳障りなんだよ! ボケ! カス! 何しようがどのみちおんどれはキレかかってくるだろがぃ!」
痛恨のダウンを取られた第二ラウンド。この醜い言い争いは王の優勢で進む――――かと思いきや。
転んだ分だけ取り戻さんと、大魔女サイドの猛追撃が始まった。
その様子は言うなれば「ご乱心」その物であり、怒りに身を委ねるオーマの形相は、魔女どころか女性の嗜みのイロハすらも感じられない。
オーマの反撃と、それをただ茫然と見つめるしかできないセコンドの二名。
二人は内心「とっとと終わらせてほしい」と願っている事を、頭に血が上ったオーマが気づくはずもなかった。
『そ、それはお前が帰る度に何かしでかすからだろうが!』
「はい出た! いっつもそう! 悪い所ばかり見て、良い所を伸ばそうとしないクソ指導!」
「じゃあ聞くけど、何もしでかさない奴がこの国にいんの!? 生まれてこの方悪事を働いたことのない、聖人みたいな奴がこの世にいるの!?」
『そんなのいるはずが……』
「いたら連れてこいよ! 今すぐここに! だったらこの舟爆破してでも止めて差し上げてやるわ!」
『て、程度の問題だこのバカ者が! お前は数が多すぎる!』
「え!? じゃ何!? アタシ今まで何の役にも立ってないの!? あんなに色んな事手伝わせておいて!?」
「今まで何万回も”お手伝い”してきたんですけどォーーーー!? 全部無かった事にするつもりですかぁーーーーッ!?」
『い……ま……今はそんな話してないだろうがァーーーーッ! 話をすり替えるなァーーーーッ!』
『何しとんねん……』
「うーん、この」
国王(現)と魔王(仮)の熾烈を極める言い争いは激化の一途を辿り、溢れる罵詈雑言は「よくもまぁそこまで覚えたもんだ」と言いたくなる程多種多様に飛んだ物であった。
医者は異界の高学歴とは思えない言葉運びにやや軽蔑の眼差しを向ける。
が、一方アルエは打って変わって別の眼差しを向けていた。
喚くオーマのその奥で、空駆ける帝国兵達が刻一刻と”接近”している様子が視界に映ったのである。
「ペ、ペアヌットが来ます! 上陸されますよ!」
「オーマ、いい加減――――」
「――――すり替えてねーよボケ! お叱りの時だけ元気になりやがってこのオヤジ! いくら良い事しても、全ッ然褒めようとしないじゃない!」
「そういう態度が生徒のやる気を削ぐんだって……何度言ったらわかんだてめぇわよォーーーーッ!」
「もう……いつまでやってんだよ!」
「それ貸せよ! もういい、僕が撃つよ!」
アルエは、喚き散らすオーマの手からリボルバーを奪い取った。
その奪い方は「なにすんのよ」と叱り飛ばされそうな奪い方であったものの、怒りの矛先は現在「王一辺倒」である為。
オーマは気に留めない所かリボルバーを取られた事にすら気づかなかった。
「――――ちょッ!?」
「オーマが頼りにならないから、自分でやる」――――そう決意を固め引き金に指を掛けたアルエ。
しかしアルエに、引き金を引く事は許されなかった。
元の持ち主、医者からオーマへ。
そしてそのオーマからさらに持ち主を変える等と言う事は、「未来の魔王的に」考えて禁忌その物であったのだ。
「なんだこれ……撃鉄が起きねえぞ!?」
「え!? ちょ、貸してください!」
ガチガチガチ
「こ、これは……」
オーマからアルエに渡ったリボルバーが、一周して再び医者の元へと帰って来た。
凱旋した武器に一瞬ホッとしたのも束の間。今度はその変わり果てた姿に強い落胆を覚える事となる。
突然の不具合の正体。それは本来、キレイな円が六つ開いた弾倉が――――
原型を留めぬ程に、ドロリと溶けてしまっていたのである。
『壊しよったな……』
「あ、あのボケェッ!」
「わ、私の装備品が悉く……」
液化させた金属の溶湯を、冷めぬ内から直接弾倉に注ぎ込めば……そうなる事は、至極当然の事であった。
ある種見事なまでの「嫌がらせ」行為に怒りの拍手を送らざるを得ない一行。
しかしそもそも銃と言う物を知らないオーマに、そんな故障が発生している等と気づくはずもなく。
モデルガンと化したリボルバーを余所に、ただただ王との煽り合いに尽力していた。
「やる事やってんだからちょっとくらいのお茶目くらい多めにみろつってんだこのボケがァーーーーーッ!」
『ちょっとのレベルを超えているだろがァーーーッ! お前の場合はァーーーーッ!』
「「上陸だァーーーーーッ! ペアヌット、全力疾走ォーーーーッ!」」
オーマの喚きがこだまする中、間近に迫った「ペアヌット騎乗兵」達の勇猛果敢な「突撃号令」が声高らかに混ざり合った。
状況は、まさに混沌を極めた。
どこもかしこも怒号騒音罵詈雑言塗れ。もはや当初の目的を一端忘れざるを得ない程の混沌が、ここにはあった。
「ああ……もう……」
『こりゃ……お前がなんとかするしかあらへんで』
「くそ……ただでさえボロボロなのに……水玉!」
「コポ!」
スマホに促され渋々迎撃を試みるアルエ。
度重なる戦いの中ですでに満身創痍ではあるものの。
自身が戦闘不能にまで追いこんだ医者を差し引けば、今動けるのは自分しかいなかったのである。
「あのペアヌットとか言う奴、どこまでできるかわかんねえけど……やるだけやってみるぞ!」
迫るペアヌット騎乗隊の上陸を許せば、折角の苦労が水泡に帰す。
アルエは、残った余力を振り絞り最後の精霊魔法を展開させた。
感覚共有――――アルエの体調により、半分しか現れなかった大蛇を用いて。
「くそっ、やっぱりフルメンツにはならねーな……」
『お、おい! きよるで!』
「こうなりゃ……当たって砕けろだ! 水玉! 全軍突撃だァーーーーッ!」
大蛇が主の命により、破れかぶれの迎撃を敢行した。
策も勝機もなにもない。ただただひたすらにがむしゃらな迎撃である。
上手く行く事を天に祈りつつ、上陸目前のペアヌットを強く見つめるアルエ。
しかしその直後――――アルエの行動を食い止める、強い「待った」が入った。
「お待ちなさい! なんというか……とにかくお待ちなさい!」
「何!? まだ麻酔効いてんの!?」
待ったを掛けたのは、このグダグダの逃亡劇に全力で乗っかってしまった哀れな医者であった。
「一体全体何事だ」――――アルエは突如割り込んだ邪魔に一瞬の嫌悪を見せるが、その思いはすぐさま静まって行く事となる。
自分の感じた嫌悪感よりも、強い”焦り”を見せる医者の表情が、そこにはあったが為。
「そうじゃありません! とりあえず、水を使うのをおやめなさい!」
「”巻き添え”を食いますよ!」
バチッ――――医者の呼び止めの直後、アルエの身体に過ぎ去るような一瞬の痺れが走った。
医者の麻酔によるものではない。
薬ととはまた違う、突き刺すような鋭い痛みである。
『大体貴様、そのマドーワだって兵の物であろうが! 盗人紛いの事をしでかしといてよくそんな口が――――』
「いい加減うぜぇぞォ……クソヤジィ…………!」
その正体は――――オーマによるものであった。
オーマが怒りに身を任せ発散させた魔力が、いつの間にやら変異を起こし別の存在へと変貌していたのである。
「 げ ッ ! 」
バチッ、バチッ、バチッ――――オーマを中心に発生し、オーマを取り囲むように巡る”青白い亀裂”が、今また水に触れようとしていた。
その様子を見たアルエは慌てて共有を解除。厳めしい水の竜は、すぐさま元の丸っこい水玉へと戻る。
そしてその後――――巻き添えを食わぬように、オーマから全力で離れようとした。
――――バヂヂヂヂヂヂッ!
「うあああッ!?」
が、舟と言う限定された空間で逃げる事なぞできるはずは無く。
オーマが生み出した魔力は、逃げるアルエを即座に捉えた。
そしてアルエが身に着けている黒焦げのマントをさらに焦がすように、また一瞬強い”熱”が走った。
「あっ……ぢぃぃぃぃい!」
「コ、コポコポォ!?」
『ちょおごめん、一端シャットダウンしていいかな』
スマホが自ら眠りに付かざるを得ないくらい。水玉が気を使いなるべくアルエから離れようと試みるくらい。
オーマの怒り度合いを再現するかのように――――。
バヂヂヂと激しい音を立てながら荒ぶる”電流”が発生していた。
「ぐぉッ……! この電撃量は……!」
『いやほんまに。ショートの可能性があるから……変な不具合、起きるから!』
「コポポポポポ!」
周囲を縦横無尽に駆け巡る青白い電流がはあからさまに勢いを強め、膨れ上がった発光がまるでライトのようにオーマの顔を照らす。
電気がもたらす光と、その差分から発生する影が深い陰影をつけ、怒れる大魔女の顔がまさに「魔女」と呼ぶべき顔貌へと変化する。
そんな大変な形相になっているとも露知らず。
当の本人は此度の「痴話喧嘩」に決着をつけるべく、ちょうど最後の一言を言い放った所であった。
「そんなに言うなら……返してやるわよ……!」
オーマは、一言そうボソリと呟くと、マドーワから耳を離した。
そして「マドーワを持った左手」を王宮の方角へと伸ばし、手持無沙汰な右手はマドーワの”アンテナ”を摘まむ。
摘ままれたアンテナはゆっくりと引かれ、直に最後まで伸びきった。
「あれは……」
前に伸ばした左手と後方へと折り曲げられた右手。
その両手の間には、アンテナにより長く伸びたマドーワによって結ばれている。
この一連の動作から生まれた姿勢を、アルエは一度見た事があった。
このまるで、射手のような姿勢を。
「いつぞやの……」
(――――どーお? 水玉ちゃんの雷バージョン)
電気が巡る事をやめた時。アルエの連想そのままに、電気のアーチが”縦に”伸びた。
空に浮かぶ星座を思い出す程の、綺麗に歪曲した【電流の弓】。
その長さに比例するかのように、この場の全員が満場一致で”最悪の事態”を予期していた。
「こ、この人! まさか!」
『あかんあかんあかーーーーん! 誰か電源長押ししてェーーーーッ!』
「ボボボボボボ……」
医者にとって帝国は列記とした「敵」ではある。
が、今回の作戦に置いては何もそこまでする必要はなく、むしろ逃亡の段階に入った時点で「なるべく刺激はしたくない」と言うのが本音である。
それはアルエも同様。
一応まだ、分類上”大魔女の預かり”であるが故、主様には是が非でも大人しくしてほしい今日この頃であった。
しかしそんな思いも虚しく、願いは薪割りの如くキレイに割られる事となる。
――――怒れる大魔女の、咆哮と共に。
「 く た ば れ ボ ケ ェ ー ー ー ー ッ ! 」
(ウソだろォォーーーーッ!?)
いつぞやと同じ――――。
信心深い者が見れば「天災」と見間違う程の雷の矢が、王宮へと一直線に走った。
「そ、総員避けろォーーーーーッ!」
「 「 ど っ わ ァ ー ー ー ー ー ッ ! 」 」
チャンスかと思われた物は、その実これ以上に無い悪手であった。
上陸寸前だったペアヌット騎乗隊が、阿鼻叫喚を挙げながら蜘蛛の子を散らすように回避行動を取る。
そんな様子を見て、アルエは思い出した。
この天災に近い雷の矢が、威力に反してえらく”ファンシーな”命名を付けられた事を。
きっとあの命名加減同様、この行動も単なる思い付きなのだろう。
アルエはそう思わずにはいられなかった。
だが、ただの思い付きでこれほどの被害を出すとなれば――――やはりそれは、「天災」なのである。
――――
【大魔女式雷長弓】
つづく