九十八話 同盟――後編――
「は、初耳です! そんな話一度たりとも聞いた事ありません!」
「当然よ。言ってなかったし」
英騎に、自分達以外の仲間がいる。
その事実は、医者にとってにわかに信じがたい事実であった。
「帝国崩壊」の四文字を掲げ一同に介した自分達に対し。
ではこの目の前にいる少年は、一体何を掲げ英騎の元に下ると言うのか。
「だってこいつ、こっちにきたのはほんの数日前の話だし」
「し、しかし! だったとしても……!」
医者のテロリストとしての経歴は数日前所の騒ぎではない。
長い時間をかけ共に戦い、共に過ごしてきた。
そんな英騎が”自分達に隠し事をしていた”事なぞ、あってはならない「背信行為」なのである。
――――
(いいか皆、我ら一同は一心同体。この場の全員を我が血肉、我が心と思え)
(それは無論私もそうだ……この場にいるのは一つの存在。救済と言う名の、一つの導)
(導は常に指し示す物……心せよ。偽りは導に非ず)
(故に、澱む事なかれ。曇らせることなかれ。そして……決して折れる事、なかれ)
(……)
英騎の軍勢には、発足当時からいくつかの”掟”が定められていた。
「偽ることなかれ」――――その内の一つである。
(素性の潔白を……と言う事ですか? まるで就職ですね)
(そんな難しい事じゃないさ、医者。欺瞞は澱みを生み、視界を霞ませる)
(要するにウソついちゃダメ~って事ですね!)
(ハハ、そう言う事だ。ドナは賢いな)
(偽りは導に非ず……ね)
その言葉を発したのは、他でもない英騎本人である。
しかし自らが取り決めた掟を、英騎自身が破っていたと言われては話は大きく変わる。
それは、忠誠を誓った団員に対する裏切りに等しい。
故に――――素性の潔白。それをこの少年にも提示させねばならない。
英騎の仲間を、名乗るのであれば。
「どころかひょっとしたら、英騎本人も知らないかもよ?」
「だってほら。”狂ってる”って評判だし」
「黙りなさい……!」
オーマの斜め上からのフォローが、より一層医者をイラ立たせた。
テロリストが何のために戦うのか。
それは、知らぬ者からすれば「狂気」と言う他ならないだろうと言う事は理解できる。
しかし、英騎が何を思い馳せながら事を起こすのか――――
配慮のないオーマの一言は、彼らの”掟”に少しだけ触れた。
『最初からこれ見せとけばバトらずに済んだかもな』
「コポッ」
「そーそー、無駄な小競り合いしてんじゃないわよ」
「え、だって……その……」
『まぁええわ。ついでや。お医者様の目から見てこれの是非を鑑定してくれや』
「何を……」
(ま、まさか!)
英騎の軍勢の掟。「偽ることなかれ」。
医者が心で浮かべただけの言葉が、まるでアルエに聞こえていたように。
アルエは言葉通りの意味で「素性の潔白」を、この場で証明する事になる。
「え? 何? まだなんかあるの?」
『あーそっか、ねーさんにはまだ見せてなかったっけ』
『王子はんらには見せたんやけどな』
「や、やめろォーーーーーッ!」
――――本人の、与り知らぬ所で。
「――――ブッ」
「お、おぉ……!? なにこれ!? すんごいお宝写真!」
緊迫した空気が、さらに映し出された一枚によってより輪をかけて緊迫していった。
英騎に対する二人の印象。それはすなわち「神聖さ」と「狂気」。
その二つの印象を更に塗り替える事となる”複数枚の画像”を、二人はこの場で目撃してしまったのである。
それはあまりに衝撃的で、目を見張る異彩を広げつつ――――
かつ、その合間に少しばかりの「気持ち悪さ」を放ちながら。
『ごらんの通り、盗撮ですわ』
「ちょっと君……何を、してるんです!?」
「……変態」
「OHチクショォ、こないだから隠しフォルダが隠しになってねー……」
『すまん、緊急事態につき許してくれ』
「コポ……」
幸か不幸か。アルエの撮影技術は被写体に撮影の気配すら気づかせる事無く、ものの見事に”素”の表情を映し出していた。
それは言うなれば青春の一ページ。
英騎と同じ顔を持った「北瀬芽衣子」と言う名の女子中学生の、ありふれた日常の一コマなのである。
「いやでも……すごいわこれ。同じ顔なのに雰囲気が全然違うって言うか……」
『やろ? 指で捲ってみ。まっだまだあるで』
「もちろん見てもいいよね? この犯罪者」
「……はい」
オーマの指摘通り、画像の中の人物は「同じ顔なのに醸し出す雰囲気がまるで異なる」物であった。
クラスメイトと語り合う英騎。勉強に励む英騎。部活に汗を流す英騎に掃除をする英騎。
この日常風景に完全に溶け込む姿は、二人の持つ印象を180度反転させる事となる。
「なんで先に見せないのよ。こんな超重要参考資料」
(見せれるわけねーだろ……)
反転した二人の認識は寸分違わず一致していた。それはただ一言「戦いをする人とは思えない」である。
オーマは、四方から届く伝聞から凶悪な魔霊生物に等しい印象を抱いていた。
対して医者はその真逆。
膝を付き、祈りを捧げるべき「聖なる乙女」。つまりは過度の神格化である。
『で、どう思う?』
「いやしかし……これは……」
「優しい……顔ね……」
英騎と同じ顔貌をしながら、ハッキリと違いがわかる雰囲気。
その正体は――――”笑顔”にあった。
アルエの撮影した写真には、そのどれもが「笑顔で写されている」と言う共通点があった。
英騎とはまた別種の、見れば思わず心が緩んでいきそうな、朗らかで、清らかな――――。
「もしかして、英騎ってそっちでは芸能人とかなの?」
「え、あ、いや~、まぁ、ある意味……」
『アイドルって意味ではそうかもしれんな』
アルエが軽犯罪と自覚しつつ無断撮影を、敢行し続けた理由――――それは、この笑顔を何よりも欲していた為。
自分には決して得る事の出来ないこの笑顔を、「何でもいいから何らかの形で手元に置いておきたい」と、ずっと願っていたのである。
(ああ……なるほど、ね……)
医者は、そんなアルエの心情を少しだけ理解できた。
さすがにここまではしない物の、もしも自分がアルエと同じ状況なら「似たような事をしたかも」しれない。
そう思うのは、自分もかつて青春を過ごした時が存在していたからである。
アルエの英騎に対する強い固執。その度合いはこの無数に溢れ返る日常の風景が示している。
これは一種のない物ねだり。数の分だけ心に埋める。
医者は自分のかつてあった経験からして、アルエの一連の行動をこう揶揄した。
まるで――――飢えるようだ、と。
――――
「そうか……そういう理由でしたか……」
「何枚同一人物の写真撮ってんのよ」
「……記念?」
『ある種の絵日記みたいなもん』
「まぁ、いいじゃないですか……彼くらいの年代だと、ついつい突っ走ってしまう物ですよ」
「何ちょっと納得した感じになってんの? 意味わかんない」
医者は一人まことしやかに納得し、それを外に出す事はなかった。
そんな医者の心情を知る術はない。ただ、その態度の変わり目から察知できる事が一つ。
どうやら、「納得していただけたらしい」と言う事である。
「ま、そんなこんなで……事情を飲み込めた所で、そろそろ返事を聞きたい所だけど?」
「どうやら……選択肢は残されていたようですね」
「道標してやってんの。感謝してよね」
医者は、口ではなく態度で返事を出した。
英騎の為ならば自らに死を――――その選択も悪くはない、ないが。
残されたもう一つの選択肢。そこにはまだ、先へと続く導が続いていたのである。
「本当に口の減らない……ま、いいでしょう」
「今は、この場から脱出する事が何より先決……!」
「珍しく意見が合ったわね。そうよ、ペアヌットが”最終段階に達する前に”逃げるのが最優先事項」
ペアヌットの発現とその時間差に合わせた、アメとムチを使分けた交渉術。
それにまんまと乗せられた感は否めない。
医者には未だ、大魔女の目的が何なのかが具体的には掴めずにいるものの。
「自分にはまだやるべき事があり、英騎の元へ帰れる機会を与えてくれた事」に、ほんの少しばかりの感謝を浮かべた。
「乗せられてあげますよ……その代わり、絶対に逃がしてくださいよ」
「とうッぜん! アタシを誰だと思ってんの!」
「やれやれ……昨日の敵は今日の味方とは言いますが……ね?」
「うるせーぶん殴られた恨みは忘れねーからな」
「コポ!」
アルエが英騎の仲間を名乗り、その掟にも従った事から、医者にはもはやアルエを疑う心など微塵も残っていなかった。
アルエに対する認識は、いつの間にか敵から味方へと。
すなわち同じ英騎の元へと下りたがる「同志」へと移り変わる。
「敵」は好ましくないが「同志」なら歓迎したい。
医者の決断は、そんな仲間が増えた事に対する「喜び」と――――
(大魔女サン、あなたが何を企んでるか知りませんが……)
(仮に英騎を討ち取るつもりでも、無駄ですよ……”魔女は聖女に敵わない”と、相場が決まっているのです)
――――英騎に対する絶対の「信頼」。
「よし……交渉成立!」
「ゴーレム、今の話聞いてたわね!?」
ズズズ……
「ペアヌット程ではないですが、この召喚獣も中々……」
「ていうか、今更だけど久しぶりだな。ゴーレム」
「――――」
ズズズズ――――舟を掴み天高く持ち上げていたゴーレムが、オーマの合図を皮切りに緩やかに高度を落としていく。
それにより、甲板からの目線が英騎の居所と平行に近づいて行った。
まるで終着駅まで「あと少しだ」と言いたげに。
『無視や。完全に』
「……ま、相変わらずでなによりだ」
舟は、先程までの激戦が一変。嵐が過ぎ去った後の用に、安堵の空気が場を包んだ。
「ペアヌットからの脱出」と言う最後の仕事が残っているものの、医者が最終段階とやらに達する前に決断してくれた事。
そして何より「オーマが自ら」送ってくれると言う事が、何よりこの上ない安心を演出していたのである。
『ねーさんが面倒見てくれるんなら一安心やろ』
「ええ、とんだ誤算ですよ。もちろんうれしい方のね」
「……ん?」
ズズズズズ――――視線が徐々に低くなって行く中、アルエはとある異変に気付く。
帝都の外を目指していたはずの舟。その船首が、”王宮の方”を向いているのである。
「……なんか、若干ナナメってる気がするのは気のせいかな」
「コポ?」
『それは元からやろが』
「いやそうじゃなくて。向きが……」
「どうしました?」
ズズズズズズ――――ゴーレムが音を立てるにつれ、その違和感は確信へと変わっていく。
違和感を察知できたのは、この場でアルエただ一人であった。
反転する風景に若干の傾き。
これらの事からこの一連の違和感は、下がる高度による物ではない。
「目標はあの山よ! 事は急を要するわ!」
「ペアヌットに追いつかれないように――――全力で”投げて”頂戴!」
(投げ――――?)
――――”捻じれている”のである。
「思いっきり振りかぶってぇ~~~~…………」
「ま、待てオーマ! そんな事し――――」
大魔女の名を高名足らしめる所以。それは無論大魔女の持つ膨大な魔力に起因する。
通常ならとても会得できそうにない、異様なまでに突出した魔力。
それが大魔女を大魔女足らしめる大部分を占めるのである。
――――が、それが全てではない。
残りの何割かは、魔力は関係なく大魔女の持つ”元々の性質”から来ているのである。
そんな事は、”この場に限り”アルエしか知らなかった。
「 飛 べ ! 」
その瞬間。
「豪」とつんざくような風切音を立て、文字通りの意味で飛んだ――――。
(――――――――ぉ)
………………キランッ。
乗員の、意識が。
【次章】へつづく