二話 窮地
モノクロと呼ばれる謎の白黒仮面が現れてから、北瀬芽衣子の消息は途絶えた。
消える前日届いた、芽衣子からの不審なメッセージ。
北瀬芽衣子をまるで最初からいなかったかのように扱っているクラスメイト。
周りの不可思議な様子に悩まされつつ、光治は再び芽衣子に会うべく、当てもなく芽衣子の足取りを探す。
そこに再びモノクロが現れ、芽衣子に会いたいなら「あっちの世界」へ行けと促される。
異界の扉を開ける条件は「モノクロに名前を教える事」。
言意を決した光治は、言われるがままにモノクロに名前を教えた。
その直後、光治の意識は激しく揺さぶられながら遠のいて行き、そして再び目を覚ました時。
光治の視界には、形容しがたい異界の森の風景が広がっていた――――
サァ――――サァ――――
「……」
ざわざわと異彩を放つ草木が、足元で揺らめいている。
何度見てもそれらは、植物と判断するに一旦の躊躇を置く。
僕の併せ持つ全ての一般常識を総動員すれば、このようなカラフルな物は合成着色料満載の清涼飲料水。
もしくはおおよそ人体は受け付けないであろう産業廃棄物の類であるからだ。
(――――)
「……うわっ!」
周りを覆う太い木々も同様だ。
枝の部分が騙し絵のように不自然に歪みくねり、幹の部分にはまるで人面のようなくぼみが見える。
人の顔に見える木のくぼみ。その表情はどこか、僕をあざ笑うかのような不敵な笑みに見えた。
(ケケケ――――)
「え、ええ~……」
もう、これしか言えなかった。ここは明らかに僕の知る現実ではない。
見知らぬ土地で右往左往する観光客とはわけが違う。ガイドもいなけりゃ人すらいない。
異国どころか、世界そのものが違うのだ。
そんな考えを立証するように。カラフルな色彩とは裏腹に、生い茂る木々に遮られて。
まばらな光だけがかろうじて差し込む、薄暗い森――――
っぽいこの場所が、より一層非現実感を掻き立てるのである。
「いや、うん、うん……」
「うん…………ぅん………………」
とりあえず僕は立ち上がった。
以下にここが異様な光景だったとして、だからと言っていつまでも同じ場所にいる理由はない。
何をするにもまずは「はじめの一歩」から。ありふれたフレーズだがまさにその通りだと思う。
思う。思うのだが、だけどそれは……
(こういう意味でじゃないだろ……)
等と思いつつ、記念すべき第一歩へと踏み出した。
――――
「………………はぁ」
あてもなく、ただただ流されるままに歩き続けた。
一歩歩む毎に、シャリシャリと草を踏む音が足元から聞こえてくる。
見た目こそ異様だが、ありがたい事に音だけは概ねこちらと同じらしい。
と、言う事は、この地面に生い茂る「何か」は、音からしてやはり植物に近い存在なのだ。
(なんだ……やっぱり草なんじゃん)
それならば怖くない。奇怪な見た目の植物なんて、いくつかネットで見た事がある。
よくよく考えれば異様だなんだ言った所で、その実僕はまだ海外旅行すらしたことがない。
よほどの事がない限り、自室の半径数十メートルから外へにはまぁめったに出ない。
まぁ、その「よほど」もほぼ九割がコンビニであるのだが。
「つか……どこ行きゃいいのかな……」
海外どころか近所の地理すらも怪しい僕にとっては、どこへ行っても大体は珍しく感じるだろう。
そう考えると、この非現実な光景が急に現実の延長線に思えて来た。
おかげで、気持ちだけは随分軽くなった。
重力があり、二の足を踏める大地があると言うだけで。僕にとってそこは列記とした”現実”なのである。
「とりあえず、何か光ってるあっこ言って見よ……」
――――気が付けば、結構積極的に動いてしまっていた。
トラブルらしいトラブルもなく。たまに不気味な形の草木に驚き顔を引きつらせるくらいで、意外な事に存外順調な滑り出しだ。
少し冷静さを取り戻した僕は、歩きながらも思考に明け暮れていた。
とりあえず僕のすべき事は――――この場所から「脱出」。
出た後の事はわからない。が、考えてもしょうがない。
とにもかくにもまずは、人のいる所へ行くのが最優先……この世界に、人がいるのかは知らないが。
(芽衣子……)
仮にここが無人島ならぬ無人世界だったとして、だとしても最低一人はいるはずだ。
僕と同じく、ここに連れてこられた一人の”特別な”女子。
芽衣子――――彼女の無事さえ確認できれば、僕はそれでよかった。
――――ギュルルルル!
「いいッ!?」
そんな事を考えていたからだろうか……
「異界をなめるなよ」そう言いたげな程の熱烈な歓迎が始まった。
歓迎と言うよりは「洗礼」。
芽衣子の安否どころか、”自分の安否すらもわからなくなる”。
そんな状況が、すぐ目の前に現れたのである。
ボト……ボト…………
「シャァァァ…………」
「ななななな!? な!? な!?」
……さっきの発言は全面的に撤回しよう。やはりここは、現実とは程遠い”非現実”の世界であった。
色取り取りの草木が生い茂る色取り取りの森。
なれば当然雑草以外にも生えているだろう。色取り取りの”花”が。
ボト………… ジ ュ ゥ ッ !
「は!? ははは、は!?」
少しだけ、舐めた気持ちになった事を全面的に謝罪したい。
いいやむしろさせてくれ。おお神よ、マジでそーりー許したまへ。お望みとあらば土下座でもなんでもしよう。
僕はただ知らなかっただけなんだ。
僕の知る限り、持ち前の甘い匂いと鮮やかな見た目で、生きとし生ける物全てに癒しを与える「花」と言う植物が――――
「――――シャァァァァァァァ!」
(はなァ――――ッ!?)
人を丸飲み出来る程巨大な、”肉食性”植物だったなんて――――。
つづく