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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
歪む絶望・歪む本質
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九十四話 役目

 

(あそこに……英騎が……)


「ぐッ……!」



 アルエと医者(ドクター)は、両者揃ってオーマの指さす方向を見つめていた。

 「英騎の居場所」と称して指し示すその指は、アルエに取っては希望の指標。

 しかし医者(ドクター)にとってはこれ以上ないほどの「絶望への導」なのである。



「さてオ医者サン、ここまでで何か言いたいことは?」


「そんなの……所詮、所詮は机上の空論です……!」


「あら、まだ抵抗するんだ」



 医者(ドクター)は見苦しさを自覚しつつ、それでもなおオーマに食ってかかった。

 自分の頭脳だけを頼りに「何とか話を逸らせないか」と、医者(ドクター)の脳が今がかつてない程回り出す。

 


 今回の”飛空艇奪取作戦”における、各々の役目。

 爆弾魔(ボマー)狙撃手(スナイパー)突撃兵アタッカー潜入者スイーパー

 そして彼らの働きを左右するもっとも重要な役目。

 ”英騎の役目”だけは、絶対に知られてはならなかったのである。



「舟の向きから推測したようですが……まだまだ、空想の域を出てませんよ!」


「必死ねぇ。そんなになってまで英騎の居場所を逸らしたいのかしらね」


『このアホみたいな焦り方が裏付けてる気がするけど』


「なんとでも言えばいい……論理にわずかでも穴があるのなら、それは100%じゃないんですよ……!」


「99・999999999%は合ってると思うけどね」




――――




「……少年!」


「えっ」


「君は……君は、彼女の言い分をどう思いますか!?」


『うわ、そっち持っていきよった』



 思考を巡りに巡らせ医者(ドクター)が辿り着いた苦肉の策。

 それは、アルエの”猜疑心”を呼び起こす事であった。

 ただでさえ満身創痍の中、かの有名な大魔女を実力で排除する手段などない。

 本来なら、オーマが現れた時点で”詰み”であったのだ。



「よく考えなさい! 彼女の口車に乗せられて、もし違っていれば……君は英騎に会うチャンスを棒に振る事になる!」


「よく言うわホント。必死な態度がモロバレだってのに」


(……)



 しかし医者(ドクター)に取って不幸中の幸いであったのは、オーマに戦闘行為の兆しが見られない事である。

 「戦いは他人に任せ、最後にだけおいしい所だけを持っていく女」。いつしか雑談交じりに聞いた、山男からの情報がこの土壇場で生きた。

 大魔女が任せるに足る存在。そしてこの場で唯一、異議申し立てが許される存在。

 皮肉にも医者(ドクター)は、全てを託すしかなかった。

 先刻まで自分に激しい敵意を向け、近頃の子供と蔑んでいた「精霊使いアルエ」に。

 


「そうだ……オーマ……」


「ってオイっ! 何乗せられてんのよ!」


「いや……だって……」


「少年……!」



 そんな医者(ドクター)の思いは、無事アルエに届いた――――わけではないが、奇しくも二人の思わくは「ある意味で」一致していた。

 医者(ドクター)に言われるまでもなく、アルエの心中にはほんの少しばかりの「不安」が揺らめいていた。

 見えた英騎への道筋が、もしも触れる事すら叶わぬ”幻”だったなら。

 またも、偶像を追いかけていただけだったなら――――。



『どうやら、疑われてるようやで。ねーさん』


医者(こいつならまだしも、味方にそんな目を向けられるとは思わなかったわ~……」


「そういうつもりじゃないけど……」


「コポ!」



 それは、アルエにとっても外しに外した末にやっと見えた英騎への道筋。

 故に恐れた。もし万が一、”また違ったら”――――。



「今度また……違ったら……」


(僕は……もう……)



 怯えにも似た猜疑を根付かせるのは、自身が踏んだ幻惑の道。

 辿らされた幻惑は本物と変わらぬ再現度を持った蜃気楼。

 幻は、アルエの「こうであってほしい」願いを反射するように投影し、常に見せ続け、欺き続けた。

 アルエにはもはや判断が付かなかった。目の前事象が、幻か現実か



(……)


 

 アルエもまた欲しがったのである。空論を、100%足らしめる根拠を。




――――




『ほらねーさん。言うてもこいつ、今まであっちゃこっちゃタライ回しにされまくってたから』


「もう……しょうがないわね~……ほら!」


「……んあ!?」



 迷うアルエを見かねたオーマが出したのは、一枚の地図であった。

 古紙に記されたなんの変哲もない地図ではあるが、オーマが魔力を注ぐ事で――――

 それは、何よりも現実に近い”幻”と化す。




 ブゥ――――ゥン――――




『おぉぉぉ! これアレやん! ストリートビューやん!』


「コポォ!」



 オーマは、描かれた地図をそっくりそのまま空へと投影した。

 その様子は事情を知らぬ者が見れば、空に突如新大陸が現れたかのようにも見えるだろう。

 天変地異と見間違う。それほどまでに再現が高く、かつ立体感の見て取れる「大魔女特性三次元地図」である。



「こ、これが……」


「アホ、何ビビってんの。こんなもんただのスクリーンよ」


「さて、じゃあ……わかりやすいようにちょっと縮小するわねっと……」



 空に投影された地図は帝都周辺のみならず、オーマの指先一つでグングン空へと昇って行く。

 その視点は上空何万m換算であろうか。

 地図の映し出す視界は、帝都周辺のみならず遥か遠方の地形すらも高い鮮明度で模していく。



『……でかすぎひん?』


「しょうがないじゃないこいつのアホな頭にもわかるよう説明しないといけないんだから」



 オーマの「縮小」により地図が丸く歪んでいく。緯度と経度のもたらす丸みの再現である。

 地図は、いつしか空に浮かぶ球体となった。

 それはまるで、空にもう一つの惑星が生まれたかのように。



『やばいな……こんなんされたらワイの地位が』


「コポォ~」


「さて……じゃ聞くけどアンタ、ここをどうやって嗅ぎつけたの?」


「え……えと……」


狙撃手(スナイパー)の位置と……商業区ルートの爆弾……」


「後時間帯と……何もない中枢区……」


「概ねアタシと一緒ね。アタシもまぁ、似たようなもん」


『ねーさんも気づいてたんやな』



 オーマもまた気づいていた。今回の作戦が「襲撃」ではなく「奪取」と言う事を。

 しかし気づきの要因こそアルエと同じであるものの、その後取った行動はまるで別物である。



「そうね。でも、アタシの場合は……その後ずっと、帝都の外にいたの」


『えっなんで』


「この舟のすったもんだはどうでもいいの。奪われようが壊れようが、どうせ帝国は何度でも作り直すでしょ」


「でも……同じように、この国には何度でも奪いに来る連中がいる。何度でも壊そうとしてくる連中がいる」



 オーマは、気づいたと同時に人知れず帝都を脱していた。

 これ程の大規模な破壊活動。にも拘らず、その先陣を切るべき人物がいない。

 「近くにいないわけがない」――――アルエが帝都中を駆け巡っていた頃。

 オーマもまた、帝都の外を縦横無尽に駆け巡っていたのである。



「肝心なのは……大元を断つ事」


「つまり……英騎の場所を見つけ出す事」


「違う?」



 オーマとアルエ。

 奇しくも二人は、同じ時間同じ行動。そして誰が仕向けたわけでもなく同じ苦悩に苛まれていた。

 アルエと同じく、オーマもまた決め手に欠けていた。

 大凡の予想は浮かべど、早くから気づいたのにも関わらず、今の今までわからなかった”英騎の行方”である。



「――――で、アンタは?」


「え?」



 そんな二人が再び会いまみえる事で、紡ぎ出された答えは――――「逆」。

 オーマからすれば、それは至極自然な発想であった。

 六門剣を反転させる英騎の謎。アルエから聞く話とは全く違う英騎の人となり。

 これらと同様に――――英騎が切るべき「先陣」もまた、通常とは”逆”であったと言う事が。



「えじゃなくて。こいつらの目的を看破してどうするつもりだったのかって言ってるの」


『そっからは何も考えてないからこのザマなわけよ』


「コポ!」


「ハ、ハハ……」


「う~ん、この……目先の事しか見てないって言うかなんて言うか……」


『まぁこいつは普段からそんな感じ』


「コポ……」


「う、うるさいな! じゃあなんなんだよ!」



 悪態を突きつつも、オーマはそれ以上の言及をしなかった。

 アルエがこうして目先の事だけを追い続けたからこそ、この場に馳せ参じる事が出来たが故である。

 オーマは口にこそ出さずとも、内心では薄々感じ取っていた。

 「アルエは、自分に無い物を持っている」と。



「もっとこう、先の事を考えなさいよ」


「色々あるでしょーが。例えば舟を奪った後……こんなバカでかいもん、どうやって隠すの? とか」


(そう言えば……)


「それに舟を奪う係はこいつ一人だけなのよ? 隠密のつもりか知らないけど。じゃあ、残りのメンツはどうすんのって話じゃない」


「テロリスト、ただでさえ人員に欠けるのに……帝都に置き去りにしたまま、みすみす見殺しにするかしら」



 オーマに欠け、アルエにのみある物。

 それは英騎に似た仲間を追い、はるばる異界からやって来る程に。

 後先考えず目先だけを追い続ける事ができる程に、強い。あまりにも強すぎる――――

 理解し難いほどに異常な、英騎に対する”執着心”にある。



「少年、聞く耳を持ってはいけません。彼女の言う事は所詮ただの推察にすぎません!」


「はん? まだ、そんな口聞く?」


『もう、図星丸出しやん』


「あなたにはわかるまい……彼は英騎を探しにここまで来たのですよ」


「とっくに知っとるわ、んなもん」


「だったら! あなたのでまかせを信じ、今度こそ外れよう物ならば……そんな彼の心中が、あなたにわかりますか!」


「でまか……さっきから何アンタ!? 難癖にも程があるんですけど!」


『ったくこれやから高学歴はよー』


「じゃあじゃあじゃあ、こいつを納得させれば文句ないのね? こいつが納得さえすれば、アンタはそのうざったい「いちゃもん」をやめるのね?」


「そうなのね!? いくよ!? いくわよ!? ぐぅの音も出ない程、完ッ全に論破すればいいのね!?」


(落ち着けよ……)



 オーマが、不意にアルエを睨みつけた。

 医者(ドクター)の揚げ足取りに業を煮やし、論争に勝つべく「わかっているな?」と意味を込めた、一方的なアイコンタクトである。



「根拠を示せってんなら見せてあげるわ。オ医者サンだけあって、理屈が好きみたいだから……理屈が好きみたいだから!」


「何を……!」


(何故二回言う)



 しかし医者(ドクター)もまた、目先の事に必死で”気づかなかった”。

 オーマの苛立ちは、半分は本当。

 しかしもう半分は、そうにしか見えない程無駄にリアリティのある「幻」である。



「ほら、地図よーく見てみ」


「地図……」



 スッ――――オーマが指を少し動かすと、空に浮かぶ立体地図にいくつかの印がついた。

 つけられた印は「帝都」・「現在位置」・「英騎の予想地点」の三つである。



「あえて口は出さないわ。アンタが自分で気づけば、嫌が応にも疑いは晴れるでしょ」


「ん……?」



 口は出さないが指は出す――――

 オーマはアルエに見えぬよう、コッソリとまた指を動かした。

 オーマが人知れず操作した事で、付けられた三つの印がアニメーションのような動きをし始めた。

 帝都の印を基点に、点同士を繋ぐ線が現れたのである。



「アンタの悪い癖。その場その場は機転が効くけど、事の大局が頭にないから……だから、いつも肝心な所でつまずく」


「先を見るのよ。目先の事だけじゃなくて、広い視野を持って考えなさい」


「そしたら、自ずと答えは見えて来る」


「これは……」



 線は、「帝都」から始まり、「現在位置」を経由し「英騎の居場所」へと伸びた。

 そうして出来上がったのは、三つの点に短い線が一つと長い線が一つと言う、至極単純な折れ線グラフ。




――――が、線は終着点を越えさらに長く伸びる。




「【死の谷】――――通称”デス・バレー”とも言われているわ」


「人間が容易に立ち入れない【第二級魔霊災害危険区域】。アタシらが登った山脈の”谷バージョン”って考えればいいわ」



 英騎の居場所を越えさらに伸びる線が示した先。

 そこには俯瞰からでもハッキリとわかる、刃物を突き立てたかのような濃い”縦筋”があった。



「谷……?」


「こうして地図上で見ると、連なる山々のほんの小さな切れ目……に、見えるけど」


「実際に行くと――――こんな感じ」



 不意に、地図の視点が低くなる。

 俯瞰から主観へ。立体構造が故になせる視点の移動を、死の谷の上で刊行すればどうなるか――――

 答えは、空一杯に「舟を丸々飲み込める”深い亀裂が走る”」である。



「じゃあ舟は……ここに……!」


「そゆ事。見つかりにくくて舟もすっぽり、まさに理想的な”隠れ場”ね」


「誰が決めたのか、知らないけど」


「くっ……」



 オーマの唱える説は、仮に違っていたとしても「そっちの方がイイんじゃないか」と言いたくなる程理想的な逃げ道であった。

 宣言通りぐぅの音も出ない根拠を示したオーマに、医者(ドクター)のみならずアルエまでもが関心を示す。

 アルエにあってオーマに無い物――――逆に、オーマにあってアルエにない物。

 それは、異界の現地人としての「地理の明るさ」である。



「つまり……今回の作戦。こいつらの防衛線は、帝都じゃなくてここだった」


(先……)



 地図上の印が消え、代わりに英騎の居場所をなぞる線がスゥと走った。

 まるで「死の谷」と「英騎のいる山」を隔てる、”関所”のように。



「”山越え”――――追っ手を振り払いつつ、残った仲間も助け出す」


「反乱軍の長が先陣を切らず、全てを部下に丸投げして自分は山奥で一人待っている」


「考えられる理由は?」


(そうか……そういう事か……)



 「英騎がいない」――――この事実は、見方を変えればたった一人だけ”最前線”にいたと同義であると言う事をアルエは気づく。

 この瞬間、オーマとアルエは思考すら一つになった。

 前は後ろ。左は右。北は南。東は西――――全ては見方次第で「逆」となる。

 ちょうどこの視点を自在に動かせる、立体地図のように。



「舟を逃がし、仲間の退路も同時に紡ぐ。かつ追っ手に山は越えさせない」


「一人で何役も同時にこなさないといけない、一番キツイ役目。でも、集団行動パーティコマンドにおいて絶対に必要な役目……」


「こういう役目の事、なんていうか知ってる?」




 その一文字は、アルエにとって”ある意味で”最も馴染みの深い一文字であった。





(――――殿しんがり!)






――――





……





「陛下! 【召喚魔導士部隊】召喚準備、全てが整いました!」


「よし……少年とパムが舟を抑えている、今こそが絶好の好機……!」


「今こそ解き放て! 躍進続ける帝国を体現せし、空駆ける天空の覇者!」





 バサァッ…………!





「よくやった、大魔女パム……そこからの役目は儂が引き継ごう……」




 空に悠々と記された帝都周辺地図。

 必要以上に巨大に投影したのは、理由があった。

 ”アルエ以外”にも見せる為である。




「賊共に……死の谷は潜らせん!」




 そして王は――――口火を切った。




「――――放て!」



「ハッ! 【怪鳥】放てェーーーーッ!」






――――この瞬間。王宮から”追撃の羽”が放たれた事を、まだ三人は知らない。





                       つづく


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