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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
歪む絶望・歪む本質
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九十二話 反動

 

「知らないとは言わせない……帝都ここのどこかにいるはずだ……」


「吐け! 英騎の居所!」


「……」



 肋骨を割られ、銃口を突きつけられてもなお医者(ドクター)は口を開かない。

 医者の小刻みに震える唇が、この場の恐怖と戦っているわけではなく、ただ痛みを耐え忍んでいるだけのように見えた。

 いくら訪ねようと返ってくるのは無言の静寂。

 時々「ツゥ……」と痛みを漏らす声以外、医者(ドクター)は依然として口を動かす事はなかった。



(くそ……ここへ来てだんまりかよ……)


(は、はやく脱出しないと……そろそろマジで……)



 医者(ドクター)の無言の抵抗にアルエの心中がざわめき立つ。

 この逃れられない状況を生むべく、あえて「停止信号の解除」をしなかった。

 その判断が――――裏目に出た。

 医者(ドクター)が口を割らない以上、墜落の危機は自分アルエにも降りかかるのである。



「……反動」


「あ……?」


「ゲームでは味わえない銃の感覚です……火薬の爆発の反作用により、弾薬の方向と真逆にも力が働く……」


『あー、ブローバックって奴?』


「だ、だからなんだよ!」



 刹那。やっとの事で医者(ドクター)が口を開いた……かと思えば、出る言葉は明らかに質問とは関係ない話題。

 医者(ドクター)はこの期に及んで何故か銃について語り始めた。

 だが、医者(ドクター)が銃について詳しいはずもなく、その口から出るのは明らかに”にわか知識”と呼ばざるを得ない内容である。



「なんかこう……火薬のガス圧……排莢って言うんですか? そんな感じのアレで……」


『えらいざっくばらんな説明やな……』


「いえね、結局何が言いたいかと言うと……結構”キツイ”んですよ」


「初めて撃った時は、手が痺れましたよ……あれは未だに、慣れる気がしません」


「……いやお前さっきバンバン撃ってたろ!?」


『どーでもええわ……』



 そう、医者(ドクター)の話は至極どうでもいい。

 銃の”知識だけ”は豊富なアルエに銃の知識をひけらかすなど、にわかを見破ってくれと言っているような物である。

 一見なんら意味のない会話。しかし医者(ドクター)からすればこの会話にも意味があった。

 墜落までの――――”時間稼ぎ”である。



「私がリボルバーを選んだのは、それしか余ってなかったんです」


「ホントはオートマティック式のがよかったんですがね……別の人に、取られてしまいました」


「だ、だからなんだよ……」


「さっき私は確かに何発か撃ちましたが……結構、しんどいんですよ? それ」


「オートマチック式ならもっと連射できた……銃の種類が違えば、今頃地に伏せていたのは君の方かもしれません……」


「はぁ……? 負け惜しみかよ」


『まぁ、確かにリボルバー式やしなぁ』


「とりあえず、忠告しておきましょう……片手で持つ物じゃありませんよ、それ」


(えっそなの?)


『かっこつけんな』


「……知ってたよ! そんな事!」


『嘘つけ』



 ゲームの影響でやや銃オタクな側面のあるアルエは、その趣味のせいもあって不覚にも医者(ドクター)の話の耳を傾けてしまった。

 揚々と口車に乗せられ、結果的に結構な時間が過ぎてしまったことをアルエは気づき、そして後悔する。

 医者(ドクター)の明らかな話題逸らしにアルエの憤りが増していく。

 この圧倒的不利な状況で。ヘラヘラと余裕をアピールをするかのような態度が、アルエの癇に障るのである。



「銃、好きなんですか……?」


「そんな事はどうでもいいんだよ……吐けよ! 英騎の居場所!」


「来てるんだろ!? お前らの首領ドンだろ……!」


「わかりませんね……何故そんなに英騎にこだわるんです?」


(また……)



 銃の話題が終わったかと思いきや、今度は質問を質問で返された。

 もうこの時点で明らかである。医者(ドクター)は、”情報を漏らす気がない”。

 アルエには、理解できなかった。

 吐きさえすれば「命を助ける」と言っているにも拘らず、自ら死を選ぶかのような医者(ドクター)の態度が。



「だって、そうじゃないですか。帝国の連中ならともかく、君は関係のない人間でしょ」


「積もる話なんてあるはずもない……もしかして、帝国に情が移りましたか?」


「そういうわけじゃ……」


「だったらやめておきなさい……その程度の決意で、英騎に会うなどおこがましいにも程がある」


「~~~~ッ! ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ! ほんとに撃つぞ!」


「どうぞお好きに。どうせどっちにしろ、墜落して死にますし」


「ああでも、そしたら君まで危ないですね。速く逃げた方がいいんじゃないですか?」


「だぁ~~からお前がゲロしないと動けねえだろって!」



 医者(ドクター)が頻繁に口にする「大人と子供の違い」が、こんな所にも表れた。

 口喧嘩に近い問答合戦である。

 職業柄、場面によっては話術のスキルも求められる医者の土壇場に見せる口回し。

 に、対し、ネット掲示板で誰かの陰口を叩くスキルしか持ち合わせていないアルエに、対抗できる術などなかった。



「こういった墜落事故等で遺体が見つからないとね、葬儀とか手続きとか……結構大変なんですよ?」


「ま、君にはわからないでしょうけど」


「こいつ~~~~ッ!」


『お前が追い詰められてどうするねん……』


「コポ……」



 ゴゴゴゴゴ――――そうこうしている間にも、確実に舟は墜落の一途を辿る。

 そろそろ脱出を考えねばならない頃合い。

 しかし医者(ドクター)が口を割らない以上、同時にアルエも身動きが取れなかった。



「いいから吐けって!」


「ほんと、今どこで何してるのやら……」


「とぼけんな!」



 アルエは、この医者(ドクター)を追い詰めれば答えが来ると思い込んでいた。

 しかしそれは甘い考えであった事を痛感する。 

 尋問・黙秘はむしろテロリスト側の十八番。

 言う、言わないの水掛け論の中以下にして情報を吐かせるか――――

 本番は、むしろこれからだったのである。



「ハァ……ハァ……こ、このヤブ医者め……」


「む、失礼な。ちゃんと実績は残してますよ」


『でも、ほんまに口割りよらんな……』


「当然です。何年この稼業やってると思ってるんですか」


「英騎に仇なすくらいなら自ら死を選ぶ……私だけではなく、他の皆さんもそうですよ」



 情報は漏らさない――――テロリストとしては当然の行為とも言える。

 が、アルエにとって、それは最も”理解し難い事”であった。



(なんで……そこまで……)



 アルエに取って、命よりも大事な他人なぞいなかった。

 自ら距離を置いているクラスメイトに、うっとうしい担任教師。大した会話もない家族。

 そんな他者を拒絶し続けた中で人生を送って来たアルエに、自然とある一つの”悟り”が開いた。

 根本的に「他人とは利用する物であり、庇うなんてアニメの影響か単なる自己陶酔だ」と言う考えが定着していたのである。



「かっこつけてんなよ……!」


「ハハ、誰に対してですか」



 アルエは今までの人生の中で「自分を犠牲にしてまで助ける価値のある他人」と言う物がいなかった。

 故に医者(ドクター)が意固地になって守り続ける”命と引き換えに他人を守る”と言う制約が、どうしても理解できなかったのである。



「むしろこうなった以上、さっさと撃ち抜いていただきたいくらいです。さっきからチラつかせている”ソレ”で」


「だ、だったら……!」



 そんなアルエが思いつく、口を割らせる方法は一つしかなかった。

 痛みを与えて無理やり口を開かせる――――所謂”拷問”である。



「一発食らっとくかぁ!? あぁ!?」


「言っときますけどそれ、残り三発しか残ってないですからね?」


「……!」


『ほら、こいつすでに何発か撃ってるし……』


「内一発は本当の殺害用に残しておかないと脅しの意味がない。つまり、”二発以内”に口を割らせないといけないわけですが……」


「それ、結構威力ありますからね。半端な所に当てると本当に殺してしまいますよ」



 拷問は、この場に限り最も勝ち目の薄い博打と化した。

 二発以内に吐かせないとアルエの負け。しかもその二発の間にはハンデに近い条件が山積みになっている。

 リボルバーの威力はアルエも熟知していた。

 例え頭を外そうと。その威力から気絶、もしくは最悪失血死なんてされた日には、ついに英騎への道が途絶えてしまうのである。



「私今ただでさえボロボロですし」


『結構口径あるもんな……』


「コポ……」



 さらにはこの墜落間際の猶予がない中で、運よくそれらの条件を掻い潜ったとしても。たった二発だけでは、明らかに弾数が足りない。

 二発だけとわかっているなら、気力で耐えられるかもしれない。

 それはこの期に及んで口を割らない医者ドクターを見れば、その可能性は大きな割合を占めていた



「銃の威力を考慮した上で、相手の意識を保たせつつ、効率よく痛みのみを与える箇所を”二発以内”に」


「く……!」


「我慢比べ、します? むしろ望むところですけど」



 勝ち目の薄い博打に乗るでもなく背くわけでもなく、アルエはただ優柔不断に口を噛み締めていた。

 アルエの「苦虫を噛み潰す」を地で行く表情。

 その表情が、相手に情報を与えてしまっているとも知らず――――。



(……なんとなく、わかってきましたよ)



 医者(ドクター)は心理学者ではないものの、今のアルエの心情が手に取るようにわかった。

 墜落までもう時間がない以上、さっさと逃げればいいものをそれをせずやたらと自分に固執してくる。

 この事から、おそらくアルエには英騎を追う「それ相応の理由」があり、その理由が上にここから逃げられないのであると推察した。



『なぁ……そろそろ逃げんと、ほんまにやばいで?』


「でもッ! じゃあ、じゃあ何のためにここまで……!」


(やっぱりね……)



 医者(ドクター)はさらに推察を続ける。

 アルエの英騎に対する執着の度合い。これはもしや「”自分達と同じ”ではないのか」。

 帝国とは別視点での英騎への固執。

 アルエもまた、求めているのではないか――――”英騎による救済”を。





 ゴッ――――ゴゴ――――…………





 ギギ――――ギギギ――――…………





「コポ……」


「く……」


『地面が……』



 カラカラカラ――――甲板上に散らばった宝石が、船首へ向けて転がり始めた。

 舟の船体が、地面の角度に対し垂直方向へと近づき始めた為である。



「ま……なんでそうまで英騎にこだわるのか、知りませんけどね」


「もう一度だけ言いますよ……”英騎の居場所は教えない”」



 この事が意味する事は――――舟の完全停止。

 時間差で現れた停止信号が、高度維持どころか、ついに”重力に逆らう事”すらもやめてしまったのである。

 


「何をされても、絶対に」


「くそぉ……」



 銃撃をやめ、直接殴って吐かせそうかと一瞬考えた。

 しかし自分アルエの非力な腕力で拷問になりうるのか。

 ではスマホの持っている雷撃魔法陣は? 

 いや、この状態でさらに電撃を浴びせればそのまま気絶してしまう可能性がある。

 精霊魔法をもう一度ぶつけてはどうだろう……論外だ。

 今までの苦難のおかげもあって、水玉はすでにリボルバー以上の高威力が身について”しまって”いる。

 



(何も……思いつかない……)




 何の打開策も見いだせず。

 何もできないままで。

 開いた扉が閉じていくように。

 舟はただ重力に身を任せ。




 沈んでいく――――流されるままに。




(……)




 いつものように――――







(とりあえず頭上げなさいよ)







――――は、ならなかった。






 ゴ ゥ ン !





「ッ!?」


「うわッ!?」



 直後、今までとは比べ物にならない規模の振動が二人を襲った。

 発生した強い振動は傾く船体に沿うように、満身創痍の二人を船首の方へと”雑に”流していく。



「たぁーーーーッ!」



 ゴ ッ



「お……ゥ……ッ!」



 その結果として、アルエは自分の”意図しない”体術をお見舞いする事になる。

 医者ドクターへのひび割れた胴部へ向けて、それはそれは見事な”頭突き”が炸裂した。

 その威力は医者を悶絶させる事はもちろん、自分の頭部へもダメージが加わるほどに。



「ててててめッ! そのコートの中どんだけ物入れてんだよ! 硬いんだよ!」


「君から突っ込んできた癖に……ツゥ!」



 重力の穏やかな流れが、突如として真逆への激流へと変わる。

 あまりに急で――――それでいて”雑”な変わり目は、すでに朽ちかけの二人の身体をより一層劣化させていく。

 二人の容態等「知ったこっちゃないわ」。そう、言いたげな程に。




 ズズズズズズ………………!




『あわわわ、なんじゃなんじゃ!?』


「ゴボボッ!?」


「こ、今度はなんですか……?」


「ぼぼ、僕じゃねーよ! 僕は何にもしちゃいない!」


「コポ! コポポポポポ~~~~!」


「え、何……うわ!?」



 その異変に、最初に気が付いたのは水玉であった。

 水玉は目の当たりにした異変を伝えるべく、その身を目一杯泡立たせる事で、主に異変を気づかせた。




 ズゥ……ン……




「腕……?」



 水玉の指示する方へ目をやるアルエ。

 傾いた船体の角度が、甲板上にいながら船首の先を見る事を可能にする。

 船首は、しっかりと支えられていた。

 大地から伸びる巨大な”腕”の、今にも握りつぶしてきそうな握力によって。



「なんですか……あれ……」


「あれがもしや……君の言っていた”亡者の手招き”とか言う奴ですか……?」



 アルエは、自分で言った言葉にも拘らずすっかり忘れていた。

 無我夢中で放っただけの、思い付きの脅し文句。

 「あの貧民区で亡くなった亡者の、無数の手探り」――――。

 嘘から出た真とはまさにこの事か。アルエは、受け入れざるをえなかった。

 空想が、現実化したと”錯覚”せざるを得ない程に。



「いや……いやいやいや!」



 当然、そんなわけはなかった。

 伸びた腕は列記とした現実その物であり、この異界における現実とは、すなわち”魔法”である。

 その「魔法の腕」は、よく見るとどこか”土っぽい”感じがした。

 パラパラパラと小さなカケラが落ちつつも、多少剥がれようと問題ない程に大質量の”土の腕”が、今しっかりと舟を支えている。


  

(ま……さか……)



 大量の命が失われた貧民区から伸びる、巨大な「土の腕」。

 仮に、あれが本当に手招きする「亡者の腕」だったとして。

 それを使役できると言う事は、亡者よりも”タチの悪い”者と言う事になる。





 それらの条件に該当する人物が、アルエの知る限りの中で――――





 一人だけ、いた。

 






「ほんと、何でアンタはいつもそうなるのかな~」


「いっつも途中まではいい感じなのに……最後の最後で、ツメが甘いんだから」



(う……お……)



 その該当者は、土の腕を優雅に渡りながら。

 悪態交じりのダメ出しをグチグチと言い続け。

 そして空を飛ぶ事無く、その足のみで――――

 ついに、空飛ぶ舟の船首へと辿り着いた。




「コポ!」


『ぬおッ!?』


「あれは……」




(まじか……)





「もしかして、わざとやってる?」




 眼前に現れた”女”は、甲板の惨状を一切気に掛ける事無く――――

 ポツリと一言だけ、こう呟いた。






「ま、及第点ってとこね」






「オーマ……!」




                       つづく


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