鬼門――後編――
――――
……
(…………ん)
一体、どのくらいそうしていたのだろう。
何時間か、もしくは数分程度だったのか。
過ぎた時間の数はわからないが、とりあえず僕の主観だけで言えば、それは「一瞬」程度の間であったように認識される。
「…………お?」
そんな思考を呼び起こさせてくれたのが、五体に蔓延る感覚器官。
頬に伝う冷たい感触。瞼に重くのしかかる燦々(さんさん)とした光。
加えて、薄れた意識が再び色濃く染まって行く感覚――――。
そうして徐々に戻る僕の自我が、とりあえずの現状を把握する事を許してくれたんだ。
そして、気づく。
どうやら……気を失っている間、すでに夜は明けていたらしい。
まだ瞼こそ開いていないものの、皮膚を透き通るように透過する光の加減が、日の出の始まりを知らせてくれるのだ。
「う…………ん…………」
同時に、風が髪を伝う感覚がした。フワリと流れる僕の後頭部。
しかし心地よさはなく、代わりに何やらとげとげしい異物感が顔面にチクチクと突き刺さるのは何故なのか。
僕はこの不快な異物感を払いのけようと、無意識に顔を横へと反らせた後、そっと瞼を開いた。
――――そこには
「ん…………え!?」
サァァと流れる風に負けない僕の寝起きの気だるさを、瞬時に消し飛ばしてくれる程の……
奇形に歪んだ木々と、鮮やか過ぎる七色の雑草が僕を取り囲んでいたんだ。
「…………ちょ」
そして思い知らされる。
僕が朝だと勘違いした、瞼を透き通る光。
それは太陽の光なんかではなく……この場所そのものが発する、朧げながら確かに存在する、青白い光であった事を。
「なに……あれ……」
現状を認識した後、数秒程考える時間を設けた。
が、やはりこの言葉しか出てこない――――「なにこれ」の、一言である。
奇形に歪んだ木々の数々。に加え、先程まで僕の頬を刺していた、無駄に鋭利な草。
これらの事から察するに……「森」のようにも見えなくもない。
しかしちょっと待ってほしい。ここを「森」と断定するには、まだ不安材料が大量に残っている。
「お……え……?」
その代表格が、この場所を染める「色」だ。
通常森と言えば、木々の茶色と葉っぱの緑。
季節によっては橙にも桃色にも染まるのだろうが、基本はこの二色で構成されるはずだ。
だが……それらの一般常識的な模範と比べれば、ここの色合いのなんと”適当”な事か。
「ん……んん!?」
まるで幼児が適当に塗った塗り絵の様だ。
草も木も、風景そのものが僕の知るそれとは大きく異なり、どういうわけかやたらめったらぐっちゃぐちゃな色彩をしているのである。
そしてその統一性のない色味を、無理やり一つにするかのように漂う”青い霧”。
朧げ……なのにハッキリ輝いていると言う、矛盾に満ちた青の光。
ここまでくればもはや、ひょっとすると僕の方がおかしくなったのかと勘違いするほどに……。
その場の質感は、全て矛盾に満ちていたんだ。
「……ぬえっ!?」
色とりどりの木々を無理やり青くするような霧。
そしてチラチラと煌めきを見せる微細な光。
青く染まったこの森は、どれだけ記憶の引き出しを開けようが該当する箇所は存在しない。
この一般常識からかけ離れた色彩が、僕の認識を余計に遅らせていくのは、当然の成り行きであった。
「え~っとぉ…………」
そして気づく。眠りの間際に聞いたモノクロの一言。
「ウケイレロ――――」その言葉の通り、嫌が応にも受け入れざるを得なかった。
それは、ここが自分の知る”世”ではない事。
どこかに存在する、本当にもう一つの”アッチ”の世界である事。
「…………ええ~」
――――僕はその中に一人、たった一人で迷い込んでしまったんだ、と。
次章へつづく