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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
歪む絶望・歪む本質
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八十六話 思念

 

「さて、ではそろそろおしゃべりはここまでにしましょうか。我々も暇じゃないのでね」


「は……?」


 命の恩人が、現時刻を持って昭和の侵略者インベーダーにジョブチェンジを果たした。

 自分から話しを振りかけておいてまるで「わざわざ構ってあげた」と言いたげな口調が、僕を無条件にイラつかせてくれる。

 両手を後ろに組んだ偉そうな体制と感情の起伏に乏しい能面の能な面構えが、そんな印象をさらに際立たせる。

 ほぼ間違いないだろう。僕は今、”なめられている”。

 


『アホか!? ここまで来て逃がすと思うか!?』


「コポ!」


「だからなんです? ここにいるのは子供が一人だけじゃないですか」


「帝国軍に発見されたのならともかく……たった一人の子供に見つかったくらいで、なんら支障はありませんよ」


(こいつ……)



 男にとって僕はその辺のガキンチョでしかないらしい。

 僕が作戦を看破した功績なぞまるで評価に入れず、むしろ見つけたのが僕でよかったなどとのたまいやがった。

 なんて、嫌な大人なんだろう。この一言が男の印象を決定的な物にした。

 こいつはおそらく減点方式で人を評価する奴だ。

 人を伸ばす事をせず悪い所ばかりを見る、とてもとても、イヤ~な奴。



「なんで逃げ切れる事前提なんだよ!」


「……自分で、わかりませんかね」


「は!? 何をだよ!」


「やっぱり……所詮ゲームなんですよ。君が得た知識は、所詮は画面ヴァーチャル上だけの知識……」


「ではお聞きしますがね。実際に銃を撃ったことがありますか? 逆に、撃たれた事がありますか?」


「殴ったり殴られたり、天高く飛んだり、休みなく走ったり……そんな中で、今みたいに平然としていられますか?」


「君がプレイ中にカチカチと押してるあのボタン。あれが五感と繋がっているのですか? そんなわけないですね。ボタンを押すだけで強く慣れたら誰も苦労はしない」


「いくら映像が現実に近づいたとて、所詮は架空の世界。現実には……ほど遠い」



 生まれが昭和なら考えも昭和か?

 男の言い草はまるでそのまま「ゲーム脳」支持者の思考そっくりそのままである。

 ついさっき科学的根拠はないと指摘を受けたのをもう忘れたか。どこまでもなめ腐った奴だ。

 確かに人を殺めるゲームはたくさんあるし実際僕もやってる。

 だが、だからと言って実際に人を殺害したいとは思わない。

 実際に行動を起こすのは、元々頭のおかしかった奴だと相場が決まっている。

 そして何より、本当にゲームの悪役のような所業をしているお前らにだけは……

 絶対にそれを、言われたくはなかった。



「黙れ! ゲーム感覚で人を殺している癖に……ゲーム感覚で、奪い尽くして来た癖に!」


「心外です。撤回してください――――遊びじゃないんですよ」


「それは僕だって……!」



 カチリ――――その時、どこからともなく小さな音が鳴った。

 何らかのスイッチを押したか、部品と部品が合わさり合うかのような機械的な小さな音だ。

 普段なら聞き逃してしまうような些細な雑音だが、男と二人。

 外の阿鼻叫喚と隔離されたこの空間おいては、それはハッキリと聞こえた。



「いいや、君の場合は遊びです。我らとは根本から違う」


「それを今……”証明”してあげますよ」



 音の発せられた方向は男いるの方角であった。

 正確に言うと男の「後ろに組んだ手のひらの中」からである。

 何故そんな死角の出来事がわかったのか。その答えは実に簡単な話である。

 それは、音の発生からキッカリ3秒後の事。




――――男が、手のひらの中身を投げつけて来たから。





「しまッ……!」





 パ  ン ―――― 





――――





「……そのゲーム知識とやらで看破できたと言うのならば、こっちの可能性も十分看破できそうですどね」


「やっぱり、ゲーム感覚なんですよ君は。心の奥底で自分だけは大丈夫と思っている」


「ゲームってほら、シナリオがあるでしょう。エンディングを迎えるまでに強制的に辿らされるシナリオが」


「だから、ああいうのはあらかじめ決まっている道筋を辿るだけなんですよ。諦めさえしなければ成功は確約されているのですから」





 キィ――――ン…………





「くぁ……ああッ!」




「ですが――――現実はそうじゃない。現実に確証なんてどこにもない」


「なのにです。決められた道筋シナリオに、君は慣れ過ぎた」


「だから気づかないんですよ。私が何のために、君に”話題を振った”のかも気づかずに」


「……っと言った所で、どうせ聞こえてませんね」



 一瞬にして、世界から隔離された気分になった。それはまるでゲームのローディング画面。

 さっきまでの色鮮やかな世界が一変。

 無機質な待機指示のみに変わる様の、あの独特のぶつ切り感覚だ。

 


「あ、あぐぅ……かッ!」


『おぁぁぁーーーーッ! わわわ、わいの1000万画素の高画質カメラがァーーーーッ!』


「コポ!? コポコポ~~~ッ!?」



「どうです? 実際に食らうとゲームとは違うでしょ――――”閃光弾スタングレネード”の光は」



 男の言う通り、真っ向から浴びた強烈な閃光フラッシュが僕の視界のみならず音の世界までも奪い去る。

 浴びた光が網膜にこびりつき、視界が白に染まりあがる。

 これはまるで僕一人だけが、別世界にワープしてしまったかのような錯覚さえ受けた。




――――そして。




 ゴゴゴゴゴゴゴ…………




(ッ!?)



 この、強すぎる光が目と耳を遮断した頃。

 残された五感の一つ”触覚”が、大地の異変を感じ取った。

 小刻みに揺れる振動が倍々ゲームで振れ幅を増やし、まるで地震のような大きな震度を生む。

 これが本物の地震であったならまさに絶体絶命のピンチではあるが、そんな早々狙ったようなタイミングで起こる物ではない。

 この揺れは意図的に起こされた揺れ。この場所、ならびにこの空間にある物。

 そしてさっきまで「目の前にいた奴」がそれらを使い引き起こした揺れである事は、もはや考えるまでもなかった。



「さて……マニュアルではこれで大丈夫なはずですが」

 


「ま……まて……」



「無駄無駄。真正面から浴びたんです。しばらくは何も見えませんよ」


「精々足を滑らせて頭から転ばないように注意してください。今から、激しく揺れますから」




 ゴゴゴゴゴゴゴ――――間もなくして、揺れが立っていられない程強くなった。

 まだ耳鳴りの残る聴覚ではあるものの、耳鳴りに負けじと激しく響く轟音が僕の鼓膜を力技で震わせる。

 


 フォン、フォン、フォン――――加えて髪がオールバックになるほどに吹く突風が、目は見えずとも一体何が起こっているかを鮮明に知らせてくれる。

 


「では……」




(ま…………て…………)




 隔離された視界が僕へと凱旋をし始めた頃。

 オールバックヘアのシルエットが宙に浮いていく様が、薄らと見えた――――





――――




……





「「おい――――なんだありゃ――――舟――――渡り舟じゃねえか――――」」




――――帝都の住人は、こぞって空を見上げた。

 この非常事態にも関わらず優雅に空に浮かぶ希望の舟が、人々の関心を軒並み奪い尽くしたのである。

 そして人々は思い出す。通常時に置いて「朝」「昼」「夕」の三回に渡り姿を現す舟は、いつしか民の中である種の時報代わりになっていた事を。

 そんな舟がテロルの圧力に屈せず、いつものように時間を告げた為。民は心の中で小さく呟いた。

 「ああ、もうそんな時間か」――――すなわち、目覚めの時である。



「陛下! 渡し舟が、渡し舟が……!」


「言われなくとも見えておる! 何故……何故アレが!?」


「ハ、報告申し上げます! どうやら……渡し舟は、賊軍の手に落ちたようで……!」


「では……奴ら……奴らの狙いは、最初から……!」



 空を飛ぶ魔導車よりも、高所を伝う魔導レールよりも。

 それらの空域を優に超え遥か高みを目指す渡り舟。

 そして直に舟が朝日と被り、地表に大きな影を降ろした。

 これにより偶然ではあるが、帝都は一生に一度見れるか否かの世にも珍しい光景に見舞われる事になる。

 日の出と日の入りの、”同時介入”である。

 


「……絶景、ですね」




 コォォォォォ…………




「まぁ……今更気が付いてももう遅いですよ。帝国の皆さん」


「以下に英騎がいるからとて、この地に強く蔓延ったあなた方をそう易々と崩せる等とは思ってません」


「長期戦はハナから覚悟の上です。剥き出しになるまで……剥ぎ続けましょう」


「一枚一枚丁寧に。かつ確実に。患部が露見するまでまで、ね……」





 ォォォォォォォ…………





「予期せぬ来客のおかげで525秒程遅れてしまいましたが……」


「後は頼みましたよ……英騎」






 ……………………






「いるんだな? 英騎が」



「――――」




 その時、男は大きく目を見開いた。

 感情の起伏に乏しい男が、初めて見せた”驚き”の表情である。




「てて……まだ目がチカチカする……」


「どうやって……?」


『残念やったの。目はもう一つ移植済みなんや』



 ジュルゥ――――ごく一部のみに限り、異様な湿気を燻らせる空間が男の目に飛び込んだ。

 視線の先はアルエの背後。そこには八本の龍頭があった。

 その八本のそれぞれが舟の縁に噛み付き、強く固定されている。

 さながら、舟を繋ぎとめるイカリのように。



「精霊の……力……」


「おいスマホ、回したか?」


『おう、バッチリや。こいつがベラベラしゃべってた事、全部録音して拡散したったわ』


「録音……!?」


「あんたも気づかなかったようだね……僕が”何のために話題を振った”のか」



 アルエが男にスマホの画面を見せつける。

 スマホの画面には、画面の中にも関わらずスピーカーが備えられていた。

 そして男は疑問に思う。「ケータイのスピーカーは外に付いているのではないのか」と。



「録音アプリ……内容はそのまんまの意味さ。あんたにはICレコーダーって言った方がわかりやすいか?」


『いや、昭和のオッサンやからカセットテープの方がしっくりくるかもしれんぞ』


「そ、そんな物まで……」



 男は、知らなかった。

 スマートフォンはもはや電話の枠を超え、情報端末として一つでほとんどの機能を有する事を。

 


「ベールに包まれたテロリストの謎一つゲット」


『あ、ついでに顔写真も撮らせてもろたで』


「か、カメラまで付いてるんですか!?」



 それは奇しくも、男が小さい頃憧れた未来の道具。

 「これ一つでなんでもできる」と言う触れ込みの、かつて喉から手が出る程欲した物。

 しかし幼心に架空の世界から出る事のない物と”決めつけていた”、夢のような機器と同等の物であった。



「これであんたは今日から指名手配犯の仲間入りだ……いやはや、うらやましい限りだね。ウォンデッドのビラが全国にばら撒かれる事になるなんて」


『ウォン”テ”ッドな』


「いつの間に……」


「何も伝えずに大急ぎで向かったからね。ちょっと悪い気がしてたんだ」


『あの兵士さんも答えが気になってるやろ思うてな』


「兵士……?」



 あの兵士とはアルエが先ほど置き去りにした、中枢区で肩を貸してくれた兵士である。

 親切にされたにも関わらず、クイズを出すだけ出して一番気になる所で飛び去った。

 それ故「きっとあの兵士は今さぞモヤっとしている事だろう」。アルエはそこを内心ずっと気にかけていた。



「中枢区は問題ないと判明した以上、防御壁はすぐに解除されるだろう。そしてあんたは指名手配犯らしく追われる側の人間になるのさ」


『あ、噂をすれば連絡来たわ……追手飛ばすってよ。全開で』


「……」



 しかし同時にアルエは知っていた。答えは、口頭で伝えるだけしかないわけじゃない。

 ”伝える事”――――これは、物言わずとも伝わる事がある。

 それは「思いで繋がってさえいれば」。

 そんな少しクサい事を、アルエはその身をもって帝都ここで学んでいた。 



「船に乗ってそのままどこかへ飛び去る予定だったんだろ? させねーよ」


「お前はここから逃がさない」


「……」



 そして願わくば、この思いが繋がってて欲しい。アルエは心でそっと祈った。

 それはアルエが喉から手が出るほど欲した思い。

 繋がりたい人。手を差し伸べてほしい人。

 この地で行方不明となった、英騎と同じ顔貌の”思い人”。

 

 

「今度こそ……今度こそ追いついた」


「追手を待つまでもない。ここでとっ捕まえて……全部、吐き出させてやる!」



 直視するにはあまりにも眩しすぎる、窓の反射越しでしか見る事の人。




――――北瀬芽衣子、その人である。




「……やはり、近頃の子供は恐ろしい」


「ケータイの時も一時期通話マナーが問題になりましたね……が、君の場合はそれ以上だ」


「本当に、子供に文明機器を持たせるとロクな事にならない」


「一緒にすんな。炎上の経験はない」


『これからなる可能性大やけど』



 男の心中に、静かなわだかまりが生まれた。

 小さい頃に憧れた夢の機器。それを所持できる時代に生まれた少年の、その”悪用”振りに――――

 男は、少しばかりの哀愁を感じた。

 


「大人を怒らせると……怖いですよ?」


「子供なめてっと痛い目に合うぞ」



 なればこそ、男は思った。

 何でもできるが故に、善悪の次第は使用者の手に委ねられると。



「……きなさい。目上に対する態度と言う物を教えてあげます」


「子供のあやし方を教えてやるよ」



 培った技術は言わば天秤。

 重い方へと容易く傾き、一度傾いた秤は自力で動くことはない。

 救いの手立ては破滅の手引き。

 男は、身に染みて理解していた。




(願いとは……まるで二又に分かれた鉗子の用……)





――――かつて医者”だった”経歴から。



                       つづく


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