八十四話 紅白
「来ない……英騎はここには来ない!」
『はぁ!? お前ほんま何言い出すねん!?』
「コポ! コポポポポッ!」
その言い分はすごくわかる。何せ言った本人ですらそう思っているのだから。
本当に僕は一体何を言っているのか。
これから僕の口から発せられる言葉は、半場自分の意思。だがもう半分は別の所にある。
突如脳裏に振って降りた、正体不明の”閃き”が……僕の口を勝手に開くのだ。
「だってそうじゃないか! 奴らの目的は国崩しだろ!?」
「だったら王様を討ち取るのは絶対条件だ! その為に、この中枢区の攻略だって!」
「しかし王は、そう易々とやられるお方ではございません……」
「だったらなおさらだ! こんなドデカイ防御壁、爆弾もなしにどうやって突破するんだよ!?」
閃きが僕の口を使いスラスラと根拠を打ち立てていく。
その論理は一切の迷いなく、溢れるように口から外へ流れ出る。
自分の言葉に自分で関心する等、早々ある経験じゃないだろう。
ひょっとして何かが乗り移ったのかもしれない。
そう思う程に、聞けば聞く程……段々本当に”納得”させられて来るのだ。
「どうせ中には防御壁みたいな防犯装置がいっぱいあるんだろ!? 大蛇で見たよ! なんかメカメカしぃのがいっぱい置いてある所をさぁ!」
『待て、興奮すな。落ち着け。何が言いたいのかさっぱりわからん』
「コポ……」
「つまり、王を狙っているはずのテロリストが、中枢区に爆弾を仕掛けていないのが不自然だ……と?」
「ああ!」
僕の口を勝手に使う閃きに異を唱える者が現れる。目の前にいるこの、帝国兵である。
僕なんかよりずっと帝国の事を知っている兵士は、現地人の視点からこの論理の隙を付いてきた。
そしてやはりそちらの言い分もごもっともである。なんせ帝国に住んでいる年数が違うのだから。
「精霊使い様……お言葉を返すようですが、こうは考えられませんか?」
「ここに住まうのは主に政府要人、および代々続く貴族の皆さまでございます」
「中枢区は文字通り帝都の中枢。故に入退の確認は他区の比ではございません」
「故に、こうは考えられませんでしょうか。テロリストは、”中枢区に爆弾を仕掛ける事ができなかった”と」
そんな兵士の言い分は「仕掛けなかった」のではなく「仕掛けられなかった」のだと言う事。
穿った見方で言えば、「中枢区をバカにするな」と言った所か。
『ていうか、それしかないやろ』
「コポー……」
僕もそう言いたいのは山々だ。
が、僕の頭にどこからともなく次々とダウンロードしてくるこの謎の論文ファイルがそうはさせてくれないのだ。
自分の意見を真っ向から否定されるこの横やり。
普段ならちょっとムっと来ている所だが、今回ばかりは逆に助かった。
何故なら意を唱えられば唱えられるほど。反対意見が根拠ある物であればあるほど……
逆に、”信ぴょう性が増していく”のだから。
「……内通者」
「コポ?」
「”内通者”だ……じゃあ、”内通者”は何をやってるんだよ!」
「な、内通者……?」
「いるんだよここには! 向う側に情報を流す内通者がさ!」
帝都の真ん中も真ん中。
文字通りの中枢区に、今まで通り簡単に爆弾を仕掛けられるなぞ、テロリスト側も思っちゃいなかったろう。
しかし帝都攻略に置いては中枢区は避けて通れない”最終攻防ライン”。
いくら難易度が高かろうと、”崩す”と決めたのは他でもない向こう側。
もはや向こうも引き返せない所まで来ている。
だったらあらゆる手段を用いてでも、死にもの狂いで策を仕掛けるはず――――
本当に、帝都を崩したいのならば。
「何のために? この中枢区に潜り込めるように”手引き”する為じゃないのか!?」
「なのにここに爆弾はない。このままじゃ中枢区は責められない。じゃあ……なんの為の内通者だ!?」
『そう言えば……そうやな……』
「コポ……」
段々と、雲行きが怪しくなってきた。
最初は否定的だったスマホと水玉が、段々と僕の話に耳を傾けるようになってきたのだ。
是非はともかくとして納得に足る根拠だったのだろう。
そしてそれは兵士も同様。兵士の僕を見る目が、「ひょっとしたらこっちの方が正しいのでは?」と疑念を含んだ視線になるのが、少しばかり震えた口調から感じ取れた。
「そのような者が……いたのでございますか……」
『兵士はん、これはマジや。あんたは知らんかったやろうけどな……』
「だから、連中は最初からここに来るつもりはなかったんだよ!」
「奴らの目的地は……中枢区じゃなかったんだッ!」
兵士が内通者の存在を知らないのも当然か。
何せ自分が陰ながら疑われる立場にいた事など、今の今まで知るはずもなかったろうから。
そして兵士の知らなかった事実を突きつけた事により、この小さな世論は一気に僕へと傾いた。
――――やはり、爆弾は”わざと仕掛けなかった”んだ。
その他の区域にあれだけの爆弾を仕掛けられたテロリストが、中枢区だけ一つも仕掛けられなかったとは、いくらなんでも考えにくい。
「内通者……そんな……一体誰が……」
『まぁやましい事がないなら堂々としとけばええやろ。あんたの言う通り、帝国はそこまでアホやないってわかってるはずや』
「最初から目標に含まれてないなら……”別の情報”を漏らしていた事になる……」
『いや、でも。じゃあそれ”どこ”やねん?』
僕の意見に異を唱える物はもういない。二人と二匹による小さな論争は今終着を迎えた。
そして――――ここからが”本番”である。
「スマホ……地図を出せ……」
『え、ああ……』
「記録、残ってるよな?」
『え、何の?』
「奴らの侵攻開始の記録だよ!」
『やいやい言うなや……そら、お前があっちゃこっちゃ言ってる間のはあるけどよ』
『一番最初のはわからんぞ。だってお前、その頃寝てたし』
「そうか……ええと……確か僕が起きたのが四時半で……だから……」
「四時……明朝四時で御座います。精霊使い様!」
「四時……?」
「軍部の連絡網で見ました! 一番最初の侵攻、開発区の爆破が行われたのは……確かに、朝の四時で御座います!」
――――最初の起爆が【午前四時】。
『で、大体三十分後にお前が起きて……』
「次の商業区の爆破が……」
『大体朝五時くらいやの』
――――二回目の起爆は【午前五時】。
『一時間刻みのタイムスケジュールなんか?』
「でも、伝統区は結局爆破されず仕舞いでしたよ」
「六時頃……そうだ、僕らが爆弾魔を妨害してた頃だ!」
『あー……貧民区で撤去してた頃や』
――――そして爆弾魔の起爆を妨害していたのが【午前六時】。
この六時台には、他に大蛇の発現により「爆弾の撤去」並びに「避難者の救助」も並行して行われていた頃である。
『んで今が……お、ちょうど七時や』
「んん……一時間刻みなら、本来はここに到達してた事になりますが……」
「……」
『で、結局どこやねん? 奴らの目的地って』
「それは……」
偉そうな口を叩いた割に、そこだけがどうしてもわからなかった。
帝国を崩しに来たテロリストが、中枢区。強いては王宮をスルーして一体どこに行こうとしているのか。
中枢区に爆弾を”仕掛けなかった”。それは、帝都侵攻の可能性を自らの手で潰したのと同意義であると言うのに。
(それは……)
直に、思考が同じ道筋を堂々巡りし始めた。
何度考えてもわからないままこの場に突っ立っているだけなら、最初から呼び止めなきゃよかったのに。
さっきの閃きは一体どこへ行ったのか。
人の口を勝手に使っておいて、なんて無責任な奴だ……そう思った矢先。
「――――!」
閃きが、言葉を連れて帰って来た。
(ねね、アタシらで自作自演しない? アンタが英騎に頼んで、アタシらが捕まえた事にしてさ)
「自作自演……?」
帰って来た閃きが、勝手に口を使った分と言わんばかりに言葉を脳に落として来た。
しかし持ってきた言葉は、何故か僕のではなく「オーマの発言」である。
(いや、終着駅はそのちょっと手前の区域だけど……)
(まがーれっ! チェストッ!)
(完全に税金の無駄遣い)
「オーマ……?」
この場で思い起こされるのが、何故オーマの言葉なのか。
しかも内容がただの雑談以外の何物でもない、どうでもいい事この上ない光景だ。
「なんだこれ」。そんな思いとは裏腹に、次々と”つい最近の光景”が頭の隅々を駆け巡って来た。
(帝都側も思わぬ難民の急増にえらく頭を抱えたんだわ。確かに、都を拡大して人材を集めるのが当初の目的だったが)
(その時を狙って”記憶混乱魔法”を散布したんだ。ルートをわからなくさせて、遭難者続出させてさぁ)
(……六門剣の強奪。それが英騎最初の事件だった)
(まさかこっちも……あんな”真正面”から来られるとは思わなかったよ)
オーマとの光景が終わったと思ったら次は王子とのだ。
これまた先ほど同様どうでもいい時のどうでもいい雑談の光景である。
(そんな報告は受けていなかったからな……まさに君の狙い通り、水しか使えないと”思い込まされていた”)
そしてさらに思い起こされるのは、最近も最近。つい数時間前の出来事である。
王との一戦で肩を掴まれた時のあの絶望感が、巡る走馬灯のせいでまたフラッシュバックしてきた。
あの時の絶望感は本当に半端じゃなかった。全身から力がスルリと抜けていく、あの感覚……
そんな物を思い越させてくるなんて、一体何の嫌がらせなんだ。
(毎日顔色伺って……怒りが覚めたタイミングを見計らって、呼んで頂戴!)
(この時間はテストを兼ねた定時飛行の時間でな)
(巣立ち……)
オーマ。王子。王様――――
何故かこの三人と交わした会話が次々と呼び起こされ、しまいにはこれらが一挙に混ざりこみ、段々と脳内の収拾がつかなくなってきた。
僕の意思とは無関係に次々呼び起こされるこれらの記憶は、ひょっとすると「僕に何か伝えようとしているのでは?」とすら思えて来た。
自分が自分に何を伝えようとしているのか。もしかして僕って、二重人格の持ち主?
なんて、下らない結論に達しようとした、その時。
最後の言葉が、やってきた。
(えと……わかんない時はまず問題文をよく見る事で、自分の聞かれている事。求められている解答を判断する事)
(それがわかれば、そこに至るまでの過程を辿って行く……で、道筋がわからなくなったら)
(一旦”戻ってみる”んだ。今まで歩いた道をさ。するとどっかで何かを落としている……だったかな?)
最後に降りたのは”芽衣子”の言葉だった――――
「戻って……見る……?」
――――
(ねね、アタシらで【自作自演】しない?)
(終着駅はそのちょっと【手前】の区域だけど……)
(【まがーれ】っ!)
(完全に【税金】の無駄遣い)
(確かに、都を拡大して【人材】を集めるのが当初の目的だったが)
(【ルート】をわからなくさせて)
(六門剣の【強奪】)
(あんな【真正面】から来られるとは思わなかったよ)
(水しか使えないと【思い込】まされていた)
(怒りが覚めた【タイミング】を見計らって)
(この時間はテストを兼ねた【定時】飛行の時間でな)
(【巣立ち】……)
――――
『……お~い、もしもし?』
「コポ~?」
「あの、精霊使い様……?」
気が付くと、目の前が暗闇に包まれていた。無意識に目を閉じていたらしい。
ひょっとすると一瞬だけだか寝ていたのかもしれない。
記憶のフラッシュバックがまるで夢の中にいるかのように、鮮明に光景を浮かべていたんだ。
「あ……れ……?」
みんなの呼びかけで再び目を開けた。
この時最初に飛び込んできたのは、地図を表示したままのスマホの画面。
「――――こ、これ!」
『え、何?』
このスマホに表示された帝都の地図は、明確に二色に分かれていた。
通常を示す白と、戦火を示す赤である。
爆弾にやられた区域は何かの花弁のように鮮やかな赤に染まり、反対に戦火のなかった区域はサラの画用紙のように純白のままでいる。
そして白いままのここ中枢区の中に、一つだけポツンと小さな赤があった。
これは現在地を示すアイコンの色である。
「ま……さか……」
どこかおめでたい感じがしないでもないこのクッキリとした紅白模様が、最後のキッカケを作ってくれた。
戦火のあった場所、なかった場所。未然に防いだ場所、そして防げなかった場所……
この攻防入り乱れた紅白の境目に一つ。たった一つだけあった。
そう、たった一つだけ――――
”本当の意味で”の”白”が、あった事を。
――――
ド ジ ュ ン ッ
「うわっ! 精霊使い様、何処へ!?」
「~~~~ッ!」
今思うと……あの兵士に説明してから経てばよかったのかもしれない。
一緒になって必死に考えてくれたあの兵士を、まるでポイ捨てでもするかのような行為に少し罪悪感がにじみ出た。
しかしこの場面この状況、そんな猶予がないのもまた事実。
今は一分一秒すらも惜しかったんだ――――”間に合わなく”なる前に。
(そういう……そういう事かよ……!)
仮に気分を害したとて、どうか僕を攻めないで欲しい。
これは半場僕の意志。しかしもう半分は僕の意志じゃない……またもや体が乗っ取られてしまったんだ。
(急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ――――)
――――全てが繋がり紡がれた、閃きのあやつり糸に。
――――
……
「おい! そこのお前! 一体こんな所で何やってんだ!」
「ん……私ですか?」
――――雑踏。警報。そして避難勧告の入り乱れる世話しない場所で、新たな騒音がそこで発せられた。
作業服に身を包んだ平技師と、それを叱責する上司技師の声である。
「お前以外いないだろ! ったく……こんな所で何やってんだ!?」
「え……だって、そろそろ”定時航海”の時間でしょ?」
「バっ、バッキャロー! おまっ、んな事言ってる場合か!?」
「さっきから警報が出てるだろうが! 「非常事態により全市民は速やかに避難区域に入れ」って!」
「緊急防御壁が発動したんだ……速く中枢区へ行かねえと、締め出されちまうぞ!?」
「ああ、なるほど、そういう理由で……わざわざお心遣い、ありがとうございます」
上司技師が叱責する理由。
それは目の前の部下が、事もあろうにこの非常時に”普通に出勤しようとしている”事に対してである。
普段なら真面目な奴とお褒めの言葉の一つでも投げかけてもいい勤勉な態度。
しかし今この時に関してだけで言えば、部下の勤勉さはあまりにも”のん気”過ぎた。
「あの英騎がすぐそこまで来てるんだよ……死にたくねえなら、さっさと走りな!」
「わかりました、すぐ向かいます……あ、私の事はお構いなく」
「すぐ、追いつきますから」
「急げよ!」
上司技師はそれ以上は追及せず、言いたいことだけを言うと中枢区へ向けて走り去っていった。
「あの英騎」がここに来ている以上、最悪の場合自分の命も危ういかもしれない。
そう思うと長々と説教をしている暇などなかったのである。
「……」
ただこの時、去っていく上司技師の中で一つ。
緊迫した心中と騒がしすぎる喧噪に流され、一つだけ聞けず仕舞いだった事があった。
(あいつ……誰だったっけ)
上司と言えども全ての部下を把握しているわけではない。
それほどまでにこの上司技師は、多くの部下を抱えていた。
通常なら上の立場としてあるまじき事ではある物の、技師達の職場”だけ”では、それが許されていた。
それは、”国家主導”で人員を大量に補充し、区域丸ごとが一つの職場になった場所であるが故。
帝国の産業を一手に引き受ける、もっとも進んだ区域――――通称【工業区】である
「……いけませんねぇ~」
「人も、機械も……定期的に”メンテナンス”をしてやらないと、簡単に壊れてしまうシロモノだと言うのに……」
「この国の人達はどうもその辺をおざなりに……だから、意図もたやすく奪われるんですよ。”何もかも”」
「さて……」
ボソボソと呟きながら呑気に職場を練り歩く平技師は、そのまま扉を開き、また開き。
そうして何枚かの扉を開いた後に、技師が毎日足しげく通う”作業場”へと辿り着いた。
平技師は作業場へ着くや否や、歩を止めた。
目の前にある”巨大な”工業品に、つい目を奪われてしまったのである。
「ほぉ……これが……」
それは至極当然の事であった。
平技師は――――その場に来ることが”初めて”の事であったから。
「……安寧を目指し空を泳ぐ【渡り舟】、ですか」
「皮肉な物です……行き先は”滅び”だと言うのに」
船の雄大さを噛み締め、加えほんの少しの哀れみを口に出した、平技師”の恰好をした男”。
直に、男は再び歩を進めた。眠る船をいつもの時間に、いつものように起こすために。
「……行きますか。”英騎が待ってる”」
その時の、事であった。
「――――」
”英騎”。まるでこの言葉に反応するかのように――――
バ ァ ン !
――――と、男の背中から扉を乱雑に開く音が聞こえた。
「ハァッ……! ハァッ……! ハァッ…………!」
「……どちら様で」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ。申し訳ありませんが、お引き取りを……」
「出ていくのは……お前だ……!」
ぶしつけに扉を開き激しく息を切らせる客人は、身分を証明するために”許可証”を見せつけた。
そこにはハッキリと名が記されてあった――――「精霊使い・アルエ」の名が。
「おや、それはここの許可証……これは失礼。関係者の方でしたか」
『だ、誰?』
「コポ?」
目の前にいる男は、スマホはもちろん。比較的長くいる水玉すらも知らない男であった。
それも当然の事。男は水玉と出会うよりも前に、「たった一度だけ」アルエと会った男であった為。
「まさか、こんな所で”再会”するとは、ね。奇妙な縁もあった物です」
男は制服の一部である帽子に手を取り、そっと頭から降ろした。
露わになった男の顔貌。
現れたのは白いオールバックのヘアスタイルにやや頬のこけた、丸いメガネが良く似合う顔。
「あ、あんた……あんた、やっぱり!」
たった一度だけ会っただけの男。しかし男はアルエにとって顔見知り以上の存在であった。
男は――――命の恩人でもあった。
(お湯に少々の薬味を混ぜただけの簡素な物ですが、凍えた体には十分効くでしょう)
(どうぞ、お飲みなさい)
しかし恩を感じるそれ以上に、アルエは男に強い不信感を抱いていた。
この異界に着いて間もない頃。男は何故か、アルエ側の世界で見知った製品を所持していた。
しかし命を助けられたが為、そこを執拗に追及する事もできず。
ただただ何とも言えない”不気味な既視感”を残していった、あの男が。
こうしてまた、目の前にいる。
「……37時間56分4秒振りですね、少年」
「その後、体調はどうですか? 水に濡れると”また”体が冷えますよ……」
あの時も、男はこうして気遣う素振りを見せていた。
「あの時の……!」
その言葉に。
(お気をつけて)
――――またしても、男の気遣いに答える事はなかった。
つづく