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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
精霊使いの逆襲
113/169

八十一話 団円――後編――

 

「こいつは……」


 クァァァァ――――

 相変わらず甲高い鳴き声を出しながら本物の鳥のように鼓舞する火の鳥に、一同は総じて釘づけにならされた。

 何故か作動する凍結済みの爆弾。

 その中から現れたこの火の鳥は、和平の使者なぞでは到底なく、燃える体の通り炎を届けに来た”テロリスト側の”生き物である。

 


爆弾魔ボマーは火の魔法を使うねん! その時出てきたやつや!』


「ワッツ!? 爆弾魔ボマーはお熱いのがお好きってか!?」


「ざっけんじゃねえぞてめッ……爆弾の前で火なんて焚くんじゃねえぞゴラァ!!」



 ヘッドの言い分はまさにその通りである。

 凍結したとはいえやはりそこは爆弾。火気厳禁の危険物である事は未だゆるぎない事実だ。

 だが火の鳥がそんな都合を聞くわけもなく、優雅な羽を羽ばたかせながら僕らの所へゆっくりと舞い降りて来た。

 羽ばたく度に火の粉をバサバサと飛ばし、一帯の熱気を再び高温に上げていく。

 それは心模様ではなく文字通りの意味で――――そして





「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーッッッ!!」」」




「あうッ――――!?」




 急降下――――火の鳥はじき羽ばたくのをやめ、獲物を狙う鷹のようにこちらへと振って降りた。

 爆弾の氷山に群がる僕らを一掃するかのように。炎の羽を横一杯に広げ――――

 そしてその場を”人を巻き込みながら”旋回し始めた。



「あんの……野郎……!」




「「「あああ、熱いィィィ!――――燃える!燃える…………だ、誰か消してくれェーーーーーッ!!」」」




「み、みんな! 待ってろ、すぐ消してやる!」


「コポ!」



 火の鳥が一回りを終えた頃、辺りには”生きたまま燃やされる”人々の断末魔がこだました。

 ゴウゴウと揺れる炎に苦しみもがく人々の声。

 さっきまでの静けさは終わりの静ではなく、ただの中継ぎ休憩だった。

 火の鳥が織りなす優雅で壮大で残酷な演目。炎の舞台・第二幕の始まりである。




 シュゥゥゥゥゥ…………




「おいみんな! 大丈夫か!?」



「「いてえ……いてえよ……熱い……痛い……」」



「しっかりしろよてめえら! 根性見せろ!」


「YOYOYO、ホットに炙られた? ファック! 随分ハタ迷惑なフェニックスだぜ!」


「アルエの……やっちまって、いいよな?」



 火の鳥はたった今、この貧民区でもっともやってはいけないタブー。”身内に手を出す”と言う行為をやらかしてしまう。

 それぞれが異なる文化体系の集団ではあるが、アウトローと言う大枠で同種の存在だからなのか。

 たった一つの点に置いてだけ、未だ三組は共通していた。

 



 クァァァァァ…………!




「「「あん……!?」」」

 


 貧民区を代表するアウトロー三人衆のそれぞれの頭が、揃って火の鳥を睨みつけた。

 彼らに取って身内とは、家族であり兄弟であり弟分でもある。

 これから始まるのは、その身内を無差別に燃やしたあの火の鳥に対する報復――――

 通称「オトシマエ」である。


 

「潰す! てめーは五体満足じゃ返さねえ」


「お痛が過ぎるぜフェニックス! 今すぐファックしてやるよ!」


「アルエの、おぃらも手を貸そう。いやむしろ、おめえさんが手を貸せ」



 生まれて早々裏社会を敵に回す火の鳥の無能さにため息が出る。

 何しに来たのか知らないが、今更僕に何の用なのか。

 鳥だけに三歩歩けば忘れてしまうのだろうか。

 火を、悉く掻き消された事を。



「今更のこのこ……何の用だ……!」


『リベンジしに来たってか!? アホか! 火が水相手にどうにかなるかい!』



 クァァァァァ…………!



「だったらお望み通りまた消してやる……水玉!」


「コポ――――!」


 

 どの面下げて戻って来たのか知らないが、ここまでやられて黙っていられる程無心でもない。

 仲間を傷つけた。それは僕にももちろんある。

 が、それよりもなによりも。

 僕のすり減った全身を癒す貴重な時間を、炎によって邪魔するアイツが何よりも憎らしかった。

 



「「「「 ッ っ だ ら  ァ ー ー ー ー ッ ! ! 」」」




 そして早速、親分ら三人分の”冷気魔法”が火の鳥に突き刺さった。

 さすが各集団のリーダーと言うべきか、怒り心頭な分その威力はまさにトップ。

 火の鳥に当たった冷気は勢い余って、奴の体が発する”熱”により、当たると同時に煙のように気化していった。

 溶けた冷気が垂れ流すのは気化しきれず半端に残った水の雫。

 その雫を目一杯吸い込み急速に膨れ上がった【水風船】が、間髪入れずに放たれる。

 三人分の冷気と一匹の精霊の合わせ技に一つの火が防ぎきれるわけもなく、そして奴の体に”これ以上ない”大打撃を与えた。




 クアァッ――――クァァァァァ…………ッ!




「ざまーみさらせ炎の化け物! 飛べるからって調子こいてんじゃねーぞ!」


「HAHAHA,部下ブラザーをファックした罰だZE、ファイアーバード!」



 この冷気と水の連撃により火の鳥はみるみる内に体の一部をそぎ落とし、猟銃に撃たれた撃たれた鷹のようにその身を地面に落としていった。

 その際に「クアァァァ」とか細い叫びを発していたが、そんな苦しそうな声を挙げたって情けを駆ける気にはなれない。

 お前もついさっき同じ事をしたんだ。その分の「オトシマエ」は受けてもらう。

 今度こそ蘇れないよう、完全に消滅するまで。



「どうだ! 水相手に火じゃどうにもならねーぞ!」


『さっき消されまくったのを、もう忘れたか!?』




 ァァ…………ァァァ…………




「何度復活してこようが、何度でも”鎮火”してやるよ!」


「不死の鳥、どうやらアルエのと対峙するには相手が悪かったようで……」




 ァァァ…………



 出てきて間もなく四人がかりでボコボコにされる火の鳥は多少の哀れみを感じなくもないが、その辺のクレームは、お前を消し掛けたご主人様に言ってもらおうか。

 何度こようが結果は同じ。僕が水を操る以上”火では絶対に敵う事はない”。

 あれが召喚獣か生き物を模した魔法なのか、どっちなのかは知らないが、無駄な粘りは時間の無駄だ。

 しつこい奴は嫌いなんだ。頼むから、そのまま大人しくしてろ。もう金輪際僕の前に出て来るな。




 クァ………… ア ッ ッ !




――――




『あ~~~~ッ! アイツ!』




 うざいから粘るなと言った途端にこの無駄な粘り。

 本当に、トコトン不快感を感じさせてくれる――――

 火の鳥は羽をもがれ落下していく最中。最後の力を振り絞ったのか、落下の方向を少しばかり変えた。

 その変えた角度の延長線上。火の鳥の落下予測地点にあるのは。

 よりにもよって”爆弾の氷山”である。



「YO! 野郎、やっぱりあれが狙いか!」


「火だけに熱い根性みせやがる……てめーの体ごと爆散しようって腹か!?」


「アルエの! もう一度だ! 今度は完全に、やっこさんを消滅させてくれる……」


「ああ! もちろんだ!」



 火の鳥が最後の力を振り絞って、あの根こそぎ集めた爆弾の山を誘爆しようとしてくるならば。

 こちらも最後の力を振り絞って、今度こそ完全に消滅させてやる。

 その方法はさっきと同じ、三人が冷気の魔法をしこたまぶつけ最後に僕が【水風船で】吹き飛ばすと言う至極単純なゴリ押し。

 相違点があるとすれば一つ。

 奴が二度と復活できないよう、”さっきよりも大きい水”を無理やり力づくで練り上げた事。




「「「 っ て ぇ ー ー ー ー ッ ! 」 」」




 三人組も似たような事を考えていたのか、飛ばす冷気の数がさっきよりか格段に多い。

 オラオラオラとアウトローらしく力づくで連射を掛ける姿はお三家様本来の姿に思えなくもない。

 この時点で火の鳥はマシンガンでも撃たれたように、鳥の原型を留めぬ程に穴だらけとなった。

 文字通りハチの巣となった火の鳥。あれならばおそらく。いや、きっと足りる。

 そして奴に対する「オトシマエ」の最後の”トリ”を飾るのはもちろん。

 この膨れ上がった大きな水塊――――

 



「 く っ ら ぇ ー ー ー ー  ッ ! 」




 火の鳥を完全に消滅させるべく放った水のファイナルアタック。

 この際飛び出たのが、一匹分の水の大蛇オロチである。

 【水風船】より威力のデカい技を模索していた所、先ほど覚えたばかりの【感覚共有】が頭に過った。

 これならば威力は申し分ないはず。そして、最後にふさわしい見世物だ。

 世にも珍しい、蛇に食われる天空の鳥が見れる――――






 と、思った。







 ピ シ ュ ゥ ゥ ゥ ゥ ―――――――― ッ !





(ッ!?)




「「「おおッ――――!?」」」




――――この時。その場の全員が目撃した物は、火の鳥を食わんと口を開け襲い掛かる大蛇オロチであった。

 すでに風前の灯火の火の鳥に抵抗の余地などあるはずがなく、「なすすべもなく大蛇オロチに食われるだろう」と誰しもが思った。

 そしてその予想はやはり的中する。その場の全員が確かに見た。

 大蛇オロチに丸飲みにされる、不死鳥の姿を。



「ゲホ……なんだこの煙……」


『いや、煙やない……これは、”蒸気”や……』


「蒸気……? 水玉が、沸騰したのか……?」



 大蛇オロチが不死鳥を食らったその瞬間、激しい蒸気が辺りを覆った。

 吹き出す蒸気がまるで温泉でも掘り当てたように高圧に、そして分厚い雲を一帯に撒き散らす。

 突然の沸騰。火を食らった熱で蒸発でもしたか。

 または不死鳥が大蛇オロチの体内で何らかの抵抗をしているのか。

 答えは――――その、どちらでもなかった。




「ゴボボボボボボボ――――!」



「水玉!? 一体どうしたんだ!? 水玉!?」



 火を食らった大蛇オロチもとい水玉が、明らかにうめき声のような泡を立て、そして元の形「水の玉」へと崩れて行く。

 水玉が崩れた事によりこの時点で共有は解除。水玉側の方が同調シンクロを維持不可能となったのである。

 毒を食ったように苦しみもがく水玉の呻きになすすべなく問いかける事しかできないアルエ。

 しかし答えられない水玉に代わり、この一連の現象を説明してくれる”解説者”が、アルエにそっと問いかけた――――



(――――簡単な話です。精霊使い様)


大蛇オロチは今、体内を食い破られておるのです。水と相反する存在。火の侵食によって)



「ッ!? 誰だ!?」



(誰だとはぶしつけな……さっきからあなたの目の前に、姿を現しているではありませんか)



「………… え っ ! ? 」



 謎の解説者は答える。「自分は今目の前にいる」と。

 そんなアルエの目の前には、沸騰したお湯のようにコポコポと泡を立てる水の塊の姿がある。

 泡立つ水が、次第に目に見えて目減りし始めた。蒸発によって水量が飛散していったのである。

 そしてその中から――――

 



 クァァァァァ…………!




「ま……た……」



 水に飲まれてなお復活を遂げる不死鳥が、三度その姿を現した。

 アルエの目の前には今、水を破ってまたも蘇る不死鳥。

 そして声の主は目の前にいると言った。

 つまり、先ほどから転生を繰り返すこの不死鳥こそが、声の主なのである。



「お前……お前が……」



(先ほどは突然の来襲、失礼しました。爆弾魔ボマーを貴殿の御前に晒すわけにはいかなかったもので)



爆弾魔ボマー!? お前、爆弾魔ボマーじゃないのか!?」



(そうです。あの時あなた様が追っていた者は……実は、二人いたのでございます)



(片方はあなたの言う爆弾魔ボマー。そしてもう一人は……)





 声の主は物怖じ柔らかな口調で、こう答えた。






(火の”精霊”で、御座います。水の精霊使い様)





 ゴォォォォォ――――





「火の……精霊……?」


『しょ、召喚獣じゃなかったんか!?』



 ついに、火の精霊がその正体をアルエに明かした。

 アルエはこの火を召喚獣の類と認識していた。魔法で精製された、生き物を模した存在であると。

 それも当然。今までさんざん「精霊使いはレアだ」と言い聞かされていたのだから、よもやこの場に”もう一匹精霊がいようなどと”は、思いつく事すらなかった。



「ちょっと待って! じゃあお前……お前も、精霊使いなのか!? 僕と同じ!」



(貴殿の活躍。この火の眼を通して見届けさせていただきました……それはそれは見事な、”感覚共有”でございました)



『感覚共有を知っとる……本物や、本物の精霊使いや!』



(私と致しましても、よもやそこまでの領域まで達するとは思っていなかったもので。僭越ながら、あなた様を少々侮っておりました)



爆弾魔ボマーは……二人いたのか……!」



(それは少し異なりますね。私は爆弾魔ボマーではありません。爆弾の広げる火の手が精霊と相性が良かったもので、行動を共にした次第で)


(だがそんな爆弾魔ボマーも、あなたを随分と怖がっていいました。そしてそれは、水の天敵である火を使役する私も同様です)


(故に、認めましょう。あなたは――――”全力で排除すべき存在である”と言う事を。)




「ゴボォーーーーーッ!!」




 水玉のうめき声が、さらに寄りを掛けて激しくなった。




「な……」




 今の水玉がどれほどの苦しみを受けているのか、アルエには想像すらつかない。

 その光景を目の当たりに、アルエは”目の前の出来事”が信じられなくなった。



「んで……」



 ただ一つ思うのは、共有が解除されてしまった事はある意味で幸いであったと言う事。

 体内を食い散らかされる感覚なぞ、共有してはならない地獄の苦しみなのだから。




『あっあっあっ、ありえん! ありえんありえんありえん! おかしい……こんなん、おかしいって!!』




 蜜に群がる蟲のように。大地に生い茂る雑草のように。

 腐食していく金属のように。染色を施された布のように。

 そして、世の理を覆す神の些細な気まぐれのように――――






 「ゴボゴボゴボゴボ………… ガ ボ ッ ! 」






 水が、燃えていた。






――――ピピピピピピピピ




「ばッ、爆弾が! アルエの! 爆弾が!」


「ふふふ、ふざけんじゃねえよバカヤローコノヤロー! こんな量のが一気に爆発したら……!」


「貧民区そのものがロストYO! ファック!」


「…………」



 ”水が燃える”。この万物の法則を完全に無視し切った光景を目の当たりにしたアルエに、彼らの悲痛な叫びは届かなかった。

 水を燃やし食い破った不死鳥が、その熱を持って爆弾が埋まった氷山を溶かし始める。

 そして不死鳥は、体内に作動した爆弾を抱えながら。

 ついに、爆弾の眠る氷山へと、降り立ってしまう――――



「う…………」


 


「「「うぁぁぁぁぁーーーーッ!」」」



 その光景をみた貧民区の住人達は、蜘蛛の子を散らしたかのように我先にと逃げ始めた。

 彼らには基本”逃げ”の文字はない。「逃げる事は恥ずべき行為」と言う風潮が彼らの中で蔓延しているのである。

 そんな彼らも、さすがに悟らざるを得なかった。「無理だ」と言う事を。

 

 

「なんだよこれ……なんだよこれぇ!」



(”共有”にございます、精霊使い様。先ほどあなたがしでかした事と同じ事をしたまでな次第で)



「共有……? ふ……っざけんなよ! 水を燃やす火なんて聞いた事ねえよ!」


「何をどう共有したらこうなるんだよ!? こんなのッ……こんなの、ありえないだろッ!」





――――




「「うわァァァァ!――――ひぃぃいい!――――爆弾が爆発するゾォ――――!」」



 人々に「逃げ」の文字しか浮かばない事は、炎を纏った不死鳥によって爆弾が再び外へ現れる様子を、間近でまじまじと見せつけられてしまったから当然である。

 ピピピピピピ――――この音は爆弾の”凍結の完全解除”を知らせる音。

 外の世界に無事帰還した無数の爆弾群は、やはり発せられていた起爆信号を我先にと貪り食らった。

 そして腹の満ちた爆弾達は、冬眠から目覚めた獣のように一斉に鳴き始める。


 鳴り響く爆弾群。そして悲鳴を発しながら逃げ惑う住人。

 貧民区は、未だかつてない過去最高の大喧噪を見せた。

 それは今まで暴力と犯罪行為で押し通して来た彼らに、どう足掻いてもどうもできない”非情な現実”を突きつけてしまったから。



(作用。あなた様のおっしゃる通り、火と水は相反する物。いかなる業火を用いようと、水の前には寸でも敵いませぬ)



「だったら何で……お前、一体”何をした”!?」



(精霊と人間を繋ぐ五つの共有段階。その最後を飾る究極の同調シンクロ、感覚共有)


(しかしながら……その実は、それが全てではないのでございます)



 歴代の精霊使い達が達した同調シンクロ領域。それは全部で五つあった。

 「出会い・好かれ・親密を深め・思考を同調させた上で・ついには精霊と一体とならん」

 これは過去名のある精霊使いが残した言葉である。

 元音の精霊使いであるバイカーとギャングの二人も無論それを知っており、アルエに伝えたのもやや独自の語録が入りつつ、基本はそれらと同様の言葉であった。

 感覚共有こそが最後であり究極――――彼らはそう、思い込んでいた。



(精霊の同調シンクロは……一体化を越えたその先。”第六の段階”があるのです)



「”第六の段階”……? そんな事、一言も聞いちゃいない!」



(あなた様が知らないのも当然の事。いえ、この世界におわす全ての人々を持ってしても知る者はいないでしょう……)



(何故なら――――この第六の段階は、”私しかできない事”なのですから)




 ピピピピピピピピピピピピピピピピピ――――

 爆弾の作動音がさらに間隔を狭めていく。




「お前……だけ……?」



(精霊同調術第六段階。これを私は【個性共有】と名付けました)


(その名の通り、数多ある人の数だけ存在する”個性”を共有する物で御座いまして。故にその効果は術者によって千差万別)


(そして私の場合……)




 狭まる作動音と時を同じくして、たった今。

 水が、完全に燃やされ尽くした。




(水をも燃やすことができる。と言うわけで御座います)





 ピピピピピピピピピピピピピピピピピ


 ピピピピピピピピピピピピピピピピピ


 ピピピピピピピピピピピピピピピピピ…………




「意味わかんねえ……全然、意味わかんねえよ!」


(意味を知る必要はありません。あなたはここで消えるのですから)


(埋葬はこちらで致しますのでどうかご安心を。方法は火葬しか選べませぬが、そこはご容赦くださいませ)



 それは、事実上死の宣告と同義であった。

 「死」――――この現実が吐息を感じるくらいにまで近く、すぐ隣に重なるようにして立っている。

 アルエにとってはこの気配が、ゲーム等で頻繁に出てくる上位の存在。

 すなわち”死神”の気配に感じられた。



「う……う……う……うぁぁぁぁ!!」



(せめて祈りを捧げましょう。散りゆく命の儚さに)



 死神の気配がアルエの「生存本能」をこれまでになく刺激する。

 その結果、”燃える水”を何度も爆弾に振りかけると言う無意味極まりない行動を招いてしまう。

 今まで怠惰に溺れ当然の生を甘受していたアルエに取って、数分後には”自分が消える”と言う感覚が理解できたかった。

 理解できない未知の感覚。

 それは見えぬ代わりに”恐怖”と言う悪臭を放って、確かにその存在を示す。



「消えろ、消えろよ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ!」




(その身を焦がして倒れつつ  絶え入ることは数知れず……)




「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ――――……」




(大慈大悲の深きとて 地蔵菩薩にしくはなく)





 これを思えば皆人よ 子を先立てし人々は 


 悲しく思えば西へ行き 残る我が身も今しばし  


 命の終るその時は 同じはちすのうてなにて 


 導き給え地蔵尊


 


(両手を合して、願うなり……)




(唱えてんじゃねえぞ……クソがぁ…………!)





 ピ――――――――…………





『爆発する……』



「ジーザス……ジーザス! ファッキンンクライシス!!」



「こんな所で……こんな所で……!」





 ィィ――――……………………





「「 う ァ ァ ァ ァ ー ー ー ー ー ー ッ ! ! 」」




「……いやだ」




「あ、アルエのォォォォーーーーーーッ!」







 ”少年”は高らかに叫んだ。






(それではみなさん)



(ごきげんよう)






「 い や だ ァ ー ー ー ー ー ー ッ ! 」






――――――――







…………






 その日、貧民区が”正式に”なくなった。





                           つづく



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