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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
精霊使いの逆襲
111/169

七十九話 顔

 

「――――見つけた! 伝統区南東ブロックに三つ!」


『ここやな? おっしゃ、送信するで!』



――――



「商業区にも少し残ってる……北の……大通りの所だ!」


「そんなに遠くねえな。おし、それは俺らが取ってくらぁ!」


「オウ野郎共、出発デッパツすっぞ!」



――――



「あ……また一つ……スマホ、これも送信してくれ!」


『はいよ――――っと、あーあーもう大忙しやな』



 爆弾撤去へ本格的に乗り出した僕らは、今考えらるる全ての手段を使って全力でこれに当たる。

 当初の予定通り、八つの大蛇(オロチ)から生えた”眼”が次から次へと仕掛けられた爆弾を発見する。

 発見した爆弾の位置をスマホで全マドーワに送信し、現地にいる帝国兵に撤去させる。

 この時、比較的近くにある物はこちら側から送り込む。

 それがさっき出発デッパツしていった改造二輪の集団である。



「アルエの、手伝わねえ野郎がいたら言ってくれ。おぃらが”ネタ”使ってゆすりかけっからよ」


「え、あ、はいそれは大丈夫です……」


「YO! 今の分の冷凍作業は終わったぞ! 速く次よこしな!」


「待って……次……次の分は”200個”くらいある! いけるか!?」



「「ゲェ!? まだそんなにあんのかYO!」」



 この作戦が始まってからすでにしばらく経っている。

 爆弾は見つけ次第大蛇(オロチ)の口に放り込まれ、大蛇(オロチ)の体内を伝ってここ貧民区へと運び込まれる。

 運び込まれた爆弾をこのギャングを名乗るラッパー集団が”凍結”するのだが、速くも根を上げそうな予感がしてならない。

 この時点ですでに、家一軒は立てれるくらいの爆弾が、この場に山積みにされているからだ。



「来た! 次の便降ろすぞ! 爆弾200個だ!」


「辛いなら休みなせえ。こんな所でへばる根性なしいらねえさね」


「ファックオフじじい! この程度、お前らとカチ合った時の事を考えれば……」


「カマメーン! 全部COOLにキメてやるYO!」



「「HOOOOOOOO----!」」



 まぁこんな時にもまだ喧嘩を売れる余裕があるのなら大丈夫か。

 爆弾の運送量は、この大蛇(オロチ)運送便が増える毎に増加している。

 最初は精々一つの大蛇(オロチ)につき8~10個程度物だったのだが、仕掛けられた爆弾の量はこの数を遥かに凌駕していたのだ。

 本当に、これだけの量をよくも仕掛けられたもんだ。今サジを投げかけた彼らの気持ちがよくわかる。

 ”忙し”すぎる――――額に汗水流して働くには、まだ早い年齢だと言うのに。

 これほどの手間を掛けさせてくれるテロリストはまさに敵ながらアッパレ。

 その周到さに、感嘆の息すら漏れるほどに。



『お、光治。キャッチや』


「誰だ!?」


『山賊や。今繋ぐわ――――』


『――――もしもしあにさん? 俺だ』


「どうした!?」


『ガレキに埋もれた負傷者を発見した。あのデカいので回収しに来てよ。場所は――――』


「……わかった、すぐ行く!」



 この山賊からの電話も今が初めてではなく、さっきから同じ内容の着信が流れっぱなしである。

 この帝都全体を巻き込んだ一大作業にはもちろん山賊も参加していた。

 山賊は当初の予定通り「負傷者の救護」が主である。が、以下に山賊が集団と言えど、やはり全員漏らさずと言うわけにもいかない。

 全ての負傷者を発見するにはまだ目が足らない。

 つまり――――僕は爆弾と負傷者、両方を探している形になる。



「たぁーーーーー! いいい、忙しすぎるゥーーーーッ!!」


『お前、高校上がったら飲食店のバイトはやめとけよ。土日の飲食店はこんなんの比じゃないぞ』


「もういい! 僕ニートになる!」


『それはなるなや……』



「――――アルエの、忙しい所悪いが聞いてくれ。今、”政府筋”の奴から連絡が繋がった」



「またか! このクッソ忙しい時に……今度は誰だ!!」


「そう力みなさんな。今度のは特別の”V・I・P”だぁ……ほれ」



 猫の手も借りたいならぬマドーワとスマホ複数台持ちたいと言った所か。

 親分が渡したマドーワを受け取り、間髪入れず首と肩に差し込む。

 正直、今電話は迷惑なんだ。口にこそ出さないものの実は会話に集中すると少し共有が揺らいでしまう。

 さっきの山賊のように、最小限の発見報告のみに留めておきたい所なのだが――――

 今度の相手は、そう言う扱いをするわけにもいかない本物の”V・I・P”だった。



「もしもし!? 誰!?」


『――――少年』


「い!? 王様オッサン!?」


『あの巨大な龍は……君が生み出した物か?』


「まぁね……てか悪いけど、世間話は後にしてくんない!? 今すんげー忙しいんだわ!」


『よもや君が……ここまでの者だったとは……』


「……うぜえ! 切るぞ!」


『あ、待て! すまん、本題に入る……』


「んだよもう……」



 こういう時の上の立場の者の融通の利かなさは、やはりこの異界でも共通か。

 世間話くらい……とでも思ってるのだろうが、現場は本当に猫の手も借りたい時ってのがあるんだよ。

 そんな超自転車操業状態を遮ってまで電話をしてくると言う事は、それなりの要件があると言う事。ていうか、じゃないと困る。

 本当に世間話がしたかっただけならキレてやろうと思っていた所だが――――そこはさすが、VIPだった。



『いいか少年。現刻を持って、”我が帝国軍は一時君の指揮下に入る”』


(え――――!?)



 王の要件はVIPらしく内容もそれはそれは権力的な物であった。

 「爆弾撤去の為に僕に全軍を貸す」と、今確かにそう言った。

 確かに、彼らはプラスチック爆弾の存在なんて知らないだろう。

 銃も爆弾も、それを唯一知る僕が指揮した方が確実だと判断するのは、当然と言えば当然か。



『マドーワで爆弾の居所を送信しているようだが、それをこちらの参謀本部に回してくれぬか。指揮系統の関係でそちらの方が速いのだ』


「……アドレスは!?」


『【CryIsLo】だ。【CryIsLo】で送ってくれ』


「クライイズロウ……わかった!」


『……少年よ、この帝国の危機に救いの手を差し伸べてくれた事を、本当に心から――――』


「――――じゃあな!」



 今この時を持って僕は、なんの因果か帝国軍司令官に任命された。

 一時的とは言えその立場は本物だ。軍部は、国によっては政府よりも強い権限を持つ。

 それが故に”大義名分”の名の元に。最高権力者からの電話を途中で切り上げる事も、何ら問題ではないのだ。



『王様の電話ブチりおった』


「たりめーだ! 忙しいっつってだろゴルァ!」


『王様やのに……』


「王様はなんて言ってた?」


『こいつに軍の指揮を任せるってよ』


「おお……そいつはアルエの、帝国異例の大出世じゃねえか」


「今だけだよ! それよか……ドンドン爆弾持ってこい!」 


「――――あ、また一個見つけた! 帝国軍、全員総出で探し出せ!」


「爆弾はまっだまだ残ってるぞォーーーッ!」



 王が何故親分の番号をしているのか。そんな疑問は今はどうでもいい。

 どうせ有力者の誰かが弱みでも握られて、その解決の際に知ったとかそんな所だろう。

 そっちの問題はそっちで解決していただきたい。

 今僕は自分の問題で精いっぱい。まだまだ残っているこの爆弾を、トイレ休憩する間もなく働かせっぱなしなのだから。

 


「人が……」


『うーん、なんか変なスイッチ入ったっぽいな』


「スマホォ! サボってねーでさっさと送信しろ!」


『はいはい、次はどこですかいなっと』


「B系集団! 次はまとめて400個だ! 一つも零すんじゃねーぞ!?」


「「YO、400個……」」


「くぉら珍走! 飛ばしすぎなんだよ! 大蛇(オロチ)より前に出るんじゃねェ!」


「言う事聞かないならお前らも飲み込むぞ! わかったかコノヤロー!」



 司令官。そう言うと聞こえはいい。

 が、この土日のファミレス並みの忙しさに加え、何故かバイト中突然店長に任命されたとあっては、頭が沸騰寸前になるのも当然だ。

 アウトロー集団への恐怖心もいつの間にか消え失せ、忙しさにかまけて結構な暴言を吐いてしまっている。

 正直に言おう。ちょっと、”いい気”になっていた。



「聞けお前ら! 僕はさっき帝国軍総司令官になった! サボってたら全員逮捕するぞ!」


「それがいやなら、馬車馬のように働きやがれゴルァーーーーッ!」



「「Booooooooooo!」」



「意外とスパルタで……」


『こういう奴がブラック企業を生み出すねん』



 総司令と自分で言っといてなんだが、今の僕は司令官と言うよりオリエンテーションの班長に近い。

 が、何にせよ何らかの肩書がつくと意識が変わると言う物だ。

 忙しいのは嫌いだ。つらいししんどいし、何よりめんどくさいし……

 だが何故だろう、この忙しさが妙に心地いいのは。

 精神的に一種のトランス状態に陥っているのかもしれない。所謂ハイってやつだ。

 それは僕が、人の上に立つ立場になった事が――――初めての経験だったから。かもしれない。

 


「まだまだ人手が足らない……兵でも民でもなんでもいい、協力できる奴は全員協力してくれ!」


「爆弾も……火の手も……全部、取り切ってやる!」



 爆弾魔(ボマー)との攻防。先ほどは寸前の所で逃したが、奇しくも再びリベンジの時がやってきた。

 今度はチマチマ特定に勤しむとかそんなレベルじゃない。

 爆弾。爆弾魔(ボマー)の得物そのものを無効化する。

 この侵攻における爆弾魔(ボマー)の役割は大きい。爆弾を無力化されてば、テロリストは侵攻のキッカケを失うのだ。

 今王子と戦っている大男も、オーマがぶっとばしに行った狙撃手(スナイパー)も。爆弾を失って無力化された爆弾魔(ボマー)も、軒並み全員捕まえる事ができる。

 そして捕まえたテロリストから、どんな手を使っても聞きだしてやる――――



(そして……)




 芽衣子と同じ顔をした、英騎の居場所を。





――――





……




「うぅ……うぇぇぇぇ~ん」


「おう、よしよし……」



――――アルエが決意を固めた頃、商業区の一画で薄らと響く鳴き声が響いた。

 爆弾魔(ボマー)・ドナのすすり泣く声である。



「何回押しても……うんともすんとも言わないですぅ~」


「撤去……されたようじゃな。大方あの、水の精霊使いの差し金じゃろうて」


「ドナちゃんの……ドナちゃんの爆弾さんがぁ~!」


「よしよし……泣く出ない。ドナちゃんはよくやった……」



 ドナは涙ながらに手に持ったケータイ電話のボタンを連打した。が、何度押しても爆弾は起爆しない。

 それもそのはず。爆弾はまさにちょうど今、アルエの手によって撤去されている真っ最中なのである。

 取り外された爆弾は起爆する間もなく大蛇(オロチ)の口に放り込まれ、再び外界へ出た時はまた即座に氷の中。

 これでは電波が届くはずもなく、まさに羽をもがれた鳥と同じ。

 爆弾を取られた一人の少女と化していた。



「時にドナちゃんや。我らの侵攻開始から、一体どれくらい経ったかの」


「ぐす……ひぐぅ……そろそろ二時間半は経つくらいです……」


「と言う事は……現在”六時三○分”。本来なら伝統区を起爆してた時間じゃの」


「でも……もうできないです……」


「……ドクターちゃんは、”七時までに済ませる”と言っていたの」


「はい……でも……」


「ドクターちゃんは誰よりも時間にうるさい男じゃ。だから、アレがやると言ったら意地でもやり遂げる男なのじゃ」


「じゃから、今の時間から逆算して……そろそろもう、”入っておる”頃合いかの」


「でも……それは……ドナちゃんの爆弾さんありきの……」



 ドナの心中はいつになく弱気である。

 先ほどのアルエの追い込みがドナの心に強い不安を落とし込み、そして今。またも同一人物の手によって爆弾までも無効化されている。

 相次ぐ妨害。失敗。追い撃ち。そしていくらボタンを押しても起爆しない爆弾。

 トドメに眼を生やした巨大な水の大蛇(オロチ)――――これが決定打となった。

 蛇に睨まれた蛙のように。ドナの口から出る言葉は「でも」「だって」と、弱音の代名詞のような接続詞ばかりとなってしまった。




――――そんなドナの肩を両手で強く掴むのが、火の精霊使い・ママである。




「……ドナちゃん。よく聞きなんし。この現状、確かに我らにとって最大の”危機”であるが、同時に”チャンス”でもあるのじゃ」


「チャンス……?」


「奴らは爆弾を消滅させたわけではない。”別の場所に移動させただけ”じゃ。そこに付け入るスキがある」


「でも……起爆できないですよ……」


「ドナちゃん、専門家の立場で答えよ。爆弾の起爆を阻止する方法はなんじゃ?」


「え……えと……完全に解体するか………それか冷やして凍結させるか……」


「ドナちゃんは連中、どっちをしてると思う?」


「え、それはやっぱり凍結の方…………そうです! 魔法で凍らせてるだけなんです!」


「帝国屋さんに爆弾さんの解体なんてできるわけないんです! だって、爆弾そのものを知らないんだから!」


「にも関わらず凍結処理を施しているのは、あの水の奴が入れ知恵でもしたか……」


「さすがの精霊屋さんも、爆弾解体はできないんです!」


「凍結の方が手軽かつ確かな即効性がある」


「当然です! 爆弾処理って、ほんとはすんッごい大変なんですから!」


「つまり、爆弾は」


「まだ……生きてる!」



 希望の言葉を投げかけ、言葉巧みにドナの心中を癒すママの語り。

 ある意味では詭弁ではあるが、またある意味では紛れもない事実である。

 ママがドナの補佐となったのは、とある理由があった。

 火と爆弾の、相性問題である。




 ズズズズズ……




「ふん、あの水の大蛇(オロチ)、爆弾の片手間にやはりわっちらを探しに来たか」


「わわわ、隠れるです!」


「いや、もう隠れる必要はない」


「え――――」




 その瞬間、ドナの全身が”火”が覆った――――




「キャーーーーーッ! ママさん!?」


「ドナちゃん……ここでしばし、お別れじゃ」


「え……」


「ドナちゃんはヒーちゃんに乗って、一足先に”脱出”するなんし」


「ま、道中ちと熱いがそこは我慢じゃ。後は”英騎”が……なんとかしてくれるよってに」


「ママさん……でも、ママさんは……?」


爆弾魔(ボマー)に黒星はつけさせない。爆弾魔(ボマー)にふさわしいのは、眩い閃光のような白だけじゃ」



 爆弾により起こされた炎が火の精霊の領域を広げる。

 その相性の良さ故、ドナはママと組む運びとなった。

 だが、その実真意はもう一つあった――――

 


「待ってください! じゃあ、ママさんのしようとしている事って……!」


「もう薄々感づいておるじゃろう? わっちがドナちゃんと組まされた理由」


「要は爆弾。この日の為に仕込みに仕込んだ反乱の狼煙。じゃが万が一、何らかの形で無効化されたなら……」




――――ママなら、その万が一の事態に対処できると言う事である。




「でもダメ……! それを使ったら、ママさん……絶対ダメ!」


「それをやったら……ママさん……ママさん、”消えちゃう”!」


「大丈夫、わっちももう歳じゃ。”すぐに戻ってこれる”」


「イヤです! ママさん一人残していけません!」


「ワガママ言いなさんな……どっちにしろこの時間に撤退する予定じゃったろうて」


「それはトントンと進んだ場合です! 今こんな時に、誰かを残して自分だけ逃げるなんてできません!」


「ドナちゃん……」


「い~や~だ~! は~な~し~て~!」



 ドナがここまで反抗を見せるのは、それ相応の理由があった。

 「消える」その言葉が、文字通りの意味で現れるからである。

 ドナはそれを承知で組む事を了承したものの、内心ではそんな事態が起こるわけがないとタカを括っていた。

 それは綿密に練られた作戦。長きにわたり少しずつ仕掛けていった爆弾。屈強な山男、精密な狙撃手スナイパー等々……。

 そして何より、万が一なんて不運は訪れないに決まっている。

 自分達の行いは――――”正義”だと、確信していたから。



「ドナちゃん……我らが何故一つになったか、今一度思い出せ」


「世界に……”救い”を……」


「左様。世界に救いをもたらすべく、我らは英騎――――いや、”エヴァ”の元に集った」


「”エヴァ”こそがこの世界に福音をもたらす聖女なのじゃ。故に我らは」


「ただ、英騎エヴァ様の道を切り開くのみ……」



 ”英騎”と言う名を最初に誰が言い出したかは誰も知らない。

 が、ママは「騎士の姿に身を包んだはなふさの如き乙女」とその意味を独自に解釈し、それがまさにその通りの偶像シルエットであった事から、好んで”英騎”の名を使用した。

 ママが英騎と呼ぶことでドナもいつしかその名で呼び始め、他の者も「呼びやすい」「なんとなく」と言った理由で身内にもその名が浸透し始めた。

 しかし英騎に集う集団テロリストは、英騎本来の名を片時も忘れる事はなかった。

 救いの聖女――――”エヴァ”である。

 


「それに、わっちは何も犠牲になろうとしておるわけではない。ドクターちゃんが残っている以上、ここには誰かが残らねばならぬ」


「それができるのが、今はわっちだけ。と言う事じゃ」


「……」


「”約束”しよう……わっちがここで消えたとて、必ずドナちゃんの前に舞い戻ろうと」


「本当……ですね」


「ああ本当だとも。じゃから、次に会うのは”ホーム”じゃの」


「本当に、ほんッとう! ですよ!」



 ドナとママは深い指切りを交わした。

 離れる事を拒むように掛けた小指を離さず、いつまでもいつまでも上下に振り続けた。

 直に、小指が離れた。

 それは、しばしの”別れ”が訪れた事を、意味していた――――



「さて……」


「……ママさん。一つ、いいですか」


「ん? なんじゃ?」


「戻って来た時は……その……治ってるですか?――――その”口調”」


「口調……? おおぅ、そうじゃったそうじゃった」


「いやはやすまぬ、そうじゃったの。何せ結構な間を貴族として過ごしてたからの」


「その口調、やっぱり慣れないです。いつものママさんじゃないとやっぱりイヤです」


「わかったわかった……貴族の身分も、もう必要ないの」



 ゴォウ――――

 ママは貴族の帽子を脱ぎ去り、そして火の中へ放り込んだ。

 顔を隠す程の長いツバがメラメラと音を立て燃え朽ちていく。

 それは、もう貴族を”偽る”必要がないと言う事を意味していた。

 代わりに、ママ本来の顔が現れた。

 その顔から発せられるのは、貴族の口調ではなく、ママ本来の口調である――――



「じゃあ……行ってくる”わね”」


「ママさん……行ってらっしゃい」




 そしてドナは火に紛れ、消えて行った――――





 

 ズズズズズ……





「ふう……おっきな蛇さんだ事」



 大蛇オロチに見つからぬよう、火に紛れ隠れるようにその場を逃れたドナに対し。

 ママは大蛇オロチの眼下を”堂々と”練り歩いた。

 しかしすぐ眼下にいるテロリストの一人を、大蛇オロチは気づくことなくそのまま見送ってしまう。

 



「とおりゃんせ……とおりゃんせ~……」



 

 大蛇オロチの眼はアルエの眼でもある。

 つまりアルエには、ママが認識できなかったのである。

 眼下を堂々と練り歩く女が、アルエから見ると――――

 辛うじて”人の形に見えなくもない”物にしか、映らなかったから。




「蛇さん蛇さん てるなるほーれ どうか私も 運んでおくれ」





 何故なら





「知恵の実 食べた アダムの 元へ」





――――ママには、”顔がなかった”から。




                           つづく


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