七十七話 産声
「で、僕は一体何をすればいいの?」
「魔法陣の真ん中へお立ちなせえ。補助は、わしらがやるけぇの」
この特大魔法陣の中心がこの陣の核となる箇所らしい。
魔法の事はよくわからないので何とも言えないが、パソコンに例えると電源ユニットのような物だろうか。
だとすれば周りの紋様はCPUで、親分達の補助とやらは空冷ファンとして。じゃあこの円の広さはメモリに相当するのか?
……あってるかどうかすらわからん例えはやめにしよう。
ただ一つわかるのは、この陣のスイッチを押せるのは”僕だけ”だと言う事だ。
「トチったらマジ引きずり回すからな」
「お前マジ責任重大・祈れGIVEME成功COOLGAY」
(プレッシャーかけんなよ……)
普通こういう時って励ましの言葉を掛ける物だと思うのだが。
この手の連中はミス・即・撃だから嫌いだ。殴ろうが何しようが、ミスした事実は取り消せないのに。
やっぱり、体育会系の部活には入らなくて正解だった。
恐怖で押さえつけるより、やる気が出るような温かい言葉をかけてくれてもいいじゃないのかと思う今日この頃なのだが、こいつらにそれを訴えてもまぁ無駄、か
「とは言う物の……さ」
『感覚共有ってどないしてすんねん?』
「コポ……」
「まぁ、そうだわな」
水玉は一言「知らない」と泡で済ました。
まぁ、当然と言えば当然だ。何せこの感覚共有とやらは、当の精霊本人水玉も知らなかった事なのだから。
ここでどうでもいい疑問がふと脳裏に思い浮かんだ。水玉は過去、僕以外の人間に使役された事がないのだろうかと言う事である。
感覚共有の段階に達したかつての精霊使いがいれば、まぁ水玉の勘で何とかなりそうなのだが、そこの所はどうなのか。
「コポ!」
『知らんってよ』
まぁ、所詮こんなものか。
よく考えればこいつの元と出会った時、泉から湧き出るシャボン玉は無数にあったっけ。
もしかしたら経験があるのは別のシャボンの方だったのかも知れない。
まぁ、今となってはどうでもいい事ではあるが。
「感覚の共有、それは自身が精霊と一体になる事YO」
「風を感じろ。フルスロットルで飛ばす魔導二輪の感覚だコラ」
(免許持ってないんだけど)
二人のアドバイスは全くを持って参考にならないが、そこは彼らの持っていた精霊の属性が違うと言う事にしておこう。
水の精霊使いなぞ、この場に僕を覗いて存在しない。
故にどっちにしろぶっつけ本番。残るは僕次第なのだ。
「……オラ!」
ザクリ。言われた通り陣の中心に立ち、ついでにメイスを真ん中に突き刺した。
この行為に意味はなく、ただアニメで見たワンシーンの見様見真似である。
が、どうして中々やってみるものだ。
魔法陣の真ん中に突きたてられた精霊の杖は、今からとてつもない事を引き起こす”溜め”として、何となくそれっぽい感じがしないでもないのだ。
『なにはともあれ、やな』
「ふぅ…………ん?」
本番を目前に控え、胸の高鳴りが秒刻みで増して来た頃。陣の周りにザワザワと無数の人だかりが集まり出した。
陣の縁には、魔法陣を発動させる役割のアウトロー集団が沿うように僕を囲んでいる。
その後ろから、野次馬のようにこちらを見つめているのが――――ここまで逃げ延びて来た、帝都民である。
「「精霊使い様――――あれが――――子供じゃないか――――本当に大丈夫か――――?」」
『あいつら……助かったんやな』
「ああそうか……バイクの人達が……」
この連中、口は悪いがやる事はちゃんとやっていたようだ。
族の集団が魔導二輪の機動力を生かし、集団で逃げ遅れた人々を”拉致”。
ギャングが無駄に布面積の広いダボダボの服を包帯に変え彼らを介”HO”。
そしてヤクザの構成員は余計な混乱が起こらぬよう、避難者達に的確な指示とほんの少しの”恐怖”でもって彼らを統率している。
胸のつっかえが、取れた気がした。
今まで口には出さなかったが……置き去りにした彼らの事が、内心ずっと心に残っていたから。
「「精霊使い様――――」」
「おうせーれー野郎、俺らがケツ持っててやるからさっさとやれ」
「皆声上げろSay・HO-」
「たのんますぜ……アルエの」
強烈なプレッシャーが僕の心身を襲う。
だが何故だろう。この押しつぶされそうな重圧がどこか心地いい。
彼らが僕を見る眼差し。それは元の世界ではまず向けられることのなかった視線――――
『かっこつける場面やぞ。中二病』
「コポッ!」
「…………」
二、三回程呼吸を整え、周りを見渡した。
すると、視線が跳ね返るように僕に帰って来た。
周りの視線が一点、僕に集中する。
――――この何とも言えない心地よさの正体が、今わかった気がした。
「――――いきます!」
シュゥゥゥゥ…………
決心が固まると同時に、突き刺したメイスを両手で握る。そして僕の脳内から湧いて溢れるは精霊の水。
水が、地面を瞬く間に湿らせていく。
もはや後先は考えていない。出せるだけ捻り出す。ただのこれのみである。
「始まった! てめえら、魔法陣を発動させろぃ!」
「言われなくてもやんだよゴルァ!」
「YOYOYO、テロリスト共をファックしてやろうぜ!」
この水の発動に合わせ、周りのアウトロー達が魔法陣に魔力を伝わらせる。
これほどの巨大魔法陣。さすがに一人だけじゃキツイのか、神輿を担ぐ荒くれのように掛け声を掛けながら陣に手を付けている。
「オーエス」「カッセ」「ヨーヨーヨー」統一性のない三種類の掛け声が僕の耳にも十分届く。
こんな時ぐらい統一したらどうだと思わなくもないが、それは終わった後も口に出さず黙っておこうと思う。
――――直に、聞こえなくなるから。
「水玉、限界まで……ひねり出せ!」
「コポ!」
水が、瞬く間に僕の周りを包んでいく。
地面を湿らせた水はすでに泥のようにズプズプと液状化し始めており、それでもなお余った水を吸い出すかのように僕の頭上に溜まっていく。
この原理は爆弾魔の時の【水風船】と同じだ。
が、今回はあの時よりさらにでかく、高く、広く――――この地面に描かれた魔法陣が、それを十二分に可能にする。
「もっと……もっとだ……」
感覚共有。ぶっつけ本番ではあるものの、結果はともあれ「やらずに終わる」より「やって終わった」方がまだいい。
この普段心の戸棚にしまってある”やる気”と言う物を、実に数年ぶりに引き出した。
キッカケは、周りのみんなが送る”羨望”の視線。
視線を水に変えるかのように、膨れ上がる水はさらにさらにさらに大きく大きく大きく。
この時点でもはや生成水量自己ベストは大きく更新した。
でもまだだ。これじゃない。これじゃあただ水を膨らましただけ。
この巨大水球が圧迫する空間の先に、次の段階が待っているのだから――――
「まだ……まだ……!」
ジュンッ
――――その時、事件は起こった。
「「オオッ!?」」
――――
「うあ……! バッカ! 水玉、”出し過ぎ”だ!」
「コポポポポポ!」
特大魔法陣の補助と未だかつてない集中により、加速度的に増える水量に――――あろうことか、肝心の水玉が”付いていけなくなった”。
水玉からすれば、自分の意思とは無関係に膨らんでいく我が身はかなりの恐怖感があるのかもしれない。
特大魔法陣。みんなで必死になって描いた甲斐あって、その効果は本当に絶大であったようだ。
それはいい意味でも、”悪い”意味でも。
「ゴブ……ゴボッ! ゴボッ!」
「おい!? 水玉!? しっかりしろよ!」
「ゴボ……………………」
―――― ボ ッ !
「おァァァァーーーーーーッ!」
――――
「うおっ!? 魔法陣の効果が出やがったか!?」
「ジーザス……これほどのFLOW、未だかつてお目にかかった事・DID・NOT」
特大魔法陣の効果は描いた張本人、貧民区アウトロー勢力らにとっても想定外の効果であった。
陣を描いたのは彼らではあるが、よくよく考えればその陣を生み出したのは、何を隠そうあの王子である。
王子が紙に設計図となる下書きを渡し、彼らはただその通りに描いたに過ぎない。
故に魔法陣は、王子の魔力を軸にしていると言える。
「さすが王子さんの作り出した魔法陣……と、言いてえ所だが」
「……何か様子が変でねえか?」
親分の不安はまさに的中である。王子の魔力を基準にしたこの魔法陣。
彼らは、揃いも揃ってすっかり失念していた。
魔法陣の効果を直に浴びる精霊使いは、果たしてこのあり余りすぎる魔力増幅に”耐えられる”のか。と言う事である。
「ゴブッ……! や、やばい! 制御……制御、できない!」
『ちょちょちょ、事故事故事故! 止めて! 一旦魔法陣止めてぇーーー!』
ゴゴゴゴゴゴ……!
溢れる水が、急速に天高く昇り出した。
水が空を掛ける速度はまさに激流と呼ぶに相応しく、その中心にいる僕は当然被害甚大である。
一瞬にして全身を、呼吸器事水が埋め尽くした。無論この時点で呼吸は不可能となる。
そしてそんな無酸素状態に鞭打つように、急速に高まって行く激流が全身を空に持っていこうとしてくるのだ。
それをなんとか辛うじて留まらせている物は、さっき恰好つけて地面に突き刺したメイスである。
(やばっ……い、息が……!)
(水玉! ちょっと、ちょっと落として! マジ死んじゃう! 溺死しちゃうって!)
「ゴボボボボボ――――!」
(お前も制御不能かよ――――!)
――――
「あん……? でも、水は予定通り……ていうか、めっちゃくちゃ出てるな……」
「アルエの……?」
「――――もがっ! ゴボボボ……!」
「……YO、これはあくまで、仮定の話なんだがよ」
「あいつ……溺れてね?」
「「あ ん だ と ぉ ! ? 」」
――――この天を駆ける激流は、親分達外の視点で見ると縦に伸びる川に見える。
海面に発生した竜巻の如き潮流。
当然アルエの姿が視認できるはずもなく、辛うじてチラつく人影は完全に激流に流される人間のそれである。
周りの人間の思考が、奇しくも一つの疑念に達した。
考えたくはなかった事態――――「失敗」である。
「アルエのォーーーー! 共有! 精霊との共有を!」
「「おい……アイツ大丈夫か……やばくね?……どう見ても……」」
――――
(か、感覚共有!……それってどうやるんだよ!?)
「ゴボボボボボ……」
(共有どころか……バラバラじゃねえか!)
自分だけでなく水玉すらも自分の水を制御できない中で、一体何を共有しろと言うのか。
激しい激流も相まって、この未だかつてないバラバラな心身の中で。もはや共有どころか通常操作すらできずにいるのに。
こんな場面でこんな目に合うなんて……自分の不運さがつくづくイヤになる。
考えたくはなかったが、やはり認めざるを得ない――――どう考えても”失敗”である。
「バカヤローせーれー野郎ゴルァ!! 気合い入れろオラァァァァ!」
「YOYOYO! どれほど苦労し描いたこの場外!? 誰が見たがる溺死体!? 」
――――
(んな事言ったって……)
「ゴボボボボボボ――――!」
こちらから向こうに声かける事はできないが、向こうからの呼び声は薄らとだが耳に届く。
単に声がでかいからなだけかもしれないが、あのアウトロー三人組がしきりに「共有」と叫んでいる。
言われずとも、それはわかっている。だがこの状況で、一体何をどうしろと言うのか。
そうこうしている内にそろそろ限界が近い……突き刺したメイスまでも激流に引き抜かれようとしているのだ。
それと同時に――――僕の息すらも。
「――――ガバッ!……んぐぅッ……ごバッ!」
「ゴボボボボボ――――!」
(ほ、本気で、やば……!)
感覚の共有。やり方から完成系まで、何から何まで全てがイメージできない。
が、仮の話をよしとするならば、唯一たった一つだけわかる事がある。
それは、「苦しみ」である。
溺死寸前の、呼吸を強制的に止められるこの尋常じゃない苦しみを、もし万が一水玉と共有できたなら……
二人仲良く、どざえもんになるのであろうか。
(水と一体……なんだよそれ……できるわけないだろ……)
ズゴゴゴゴゴゴ……
(だって……水と人間は……)
ズゴゴゴゴゴゴ――――!
(ちが……う…………あ……)
ズ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ !
(………………苦し――――)
そしてアルエの意識は、文字通り川に流されていった。
――――
……
「じじい……どうすんだよこれ……」
「YOYOYO、王子の失策・俺ら失格!?」
「いや……だが……あの王子さんがそんな、魔力の計算を疎かにするだろうか……」
――――彼らの眼前にはアルエの残した微かな人影も消え、目の前にはただ激しくうねる”水の柱”が伸びるだけである。
この結果を招いた要因は王子の作戦ミスか。はたまた、自分達の描いた陣に不備があったのか。
それとも、アルエにはまだ”早過ぎた”のか。
「だったらやっぱりアイツじゃ役不足だったって事じゃねえのか!? ア”ア”!?」
「感覚共有・一握りの領域。アイツ見るからにBOY・TO・BE」
「ごちゃごちゃいいんめぇ! 若者だろうがご老体だろうが、今はアイツに託すしかなかっただろうが!」
親分を覗く二人は元精霊使いが故に知っている。
精霊との感覚共有は、かつての名を残した精霊使いの中でも、その領域に達する事ができたのは一握りだけであったと言う事。
水玉と知り合ってたったの数日間。その短期間に第四の段階「思考共有」を習得できた事は驚愕に値する。
しかしその同調を持ってしても、第五の段階にまでは届かなかった。
おそらくこれから精霊使いとして鍛錬を積めば、ゆくゆくは達する事ができたかもしれない。
アルエには、精霊使いとして確かな才能があった。
しかし王子の目論見とは裏腹に、やはり”早過ぎた”と言わざるを得ない。
ズゴゴゴゴゴゴ…………
「「おい――――どうなってんだ――――水の竜巻――――これだけ?」」
「YO、帝都民様達がざわめき始めたぜメーン」
「魔法陣……このままにしとくわけにもいかねえだろコラ」
「…………アルエの」
親分はため息を付きながら、昇る水流を見上げた。
暴走した激流に吸い込まれた精霊使い。この縦に昇る川の内部の、どこかにアルエはいる。
親分は飲まれたアルエを視認する事が出来ない事に、深い懺悔を感じた。
それは帝都をテロから救う大舞台。その幕引きを”失敗”のまま自らが下さねばならぬ事に対して。
そして何より、親分は個人的にアルエを”気に入っていた”。
「今すぐ解除すれば、何とかまだ間に合うかもしれねえYO」
「王子のダチ公死なすわけにもいかねーだろ――――オウてめえら! もういいぞ!」
「YO。GET・AWAY。魔力を注ぐのをやめな!」
三大勢力の内の二大勢力が、魔法陣の発動を止めるよう手下の指示を出す。
この内ヤクザだけがその指示に従わないのは、ヤクザの長である親分だけが未だストップをかけないのである。
親分は撤収する族、ギャングを見る事もなく。ただただ空を見上げている。
「何やってんだよじじいコラ! お前ん所の舎弟が魔力を止めねえと解除できねえだろが!」
「HURRY・UPヤー公。アルエの命・惜しくないのか? この過ち」
「……お待ちなせえ」
「「――――あ?」」
「どうやらまだ……幕引きにするには速いようで……」
「何言って……じじい! いい加減にしろゴルァ!」
「YO! メンツか? メンツに泥を塗られるのがそんなに嫌か!?」
「ちげえよお二人さん……疑うなら、おてんとさんを見上げてみなせえ」
「”見れる”ものならば」
意味深な親分の一言に、二人はこぞって上空を見上げる。
――――そこには、”影”があった。青空を覆い尽くす”灰色の影”が。
「なんだ……ありゃ……」
「YO、クラウディ……」
時刻はそろそろ六時を過ぎたあたり。なればこそ、そこに本来あるはずの物が見当たらない。
この上空を覆う灰色の影が、昇る朝日の光すらも遮って。帝都に巨大な影を落としていた。
陽の光を遮り地表に影を落とすソレは、一文字で表す事が出来た――――”雲”である。
「アルエのの仕業と見て間違いなさそうじゃねぇかぁ……雲はいわば水じゃろう?」
「いや、そうだけどよ……それがなんだよ」
「ワッチュアップメン! 待て!」
フ ッ
「「おい――――なんだぁ?――――急になんか――――暗く――――」」
周りが、再びざわめき立つ。
それも当然。ただでさえ薄暗い貧民区が、まるで夜のように暗くなったのである。
その原因は、やはりあの雲。
この突如現れ帝都を広く覆う雲が、陽の光を完全に遮るほどに、急速に厚みを増していったのである。
水の柱。飲まれたアルエ。突如現れた雲。そして闇夜。
立て続けに起こる不測の事態に貧民区の混乱は限度一杯まで極まっていく。
だが、幸か不幸か――――
混乱は、まだまだ終わらない。
「―――― う わ ぁ ッ ! 」
「ッ!? おいどうした!?」
「頭! や、やべえ! 魔法陣が、魔法陣が……!」
「YOYOYO、落ち着け。COOLにSAY MEだブロゥ達」
「ファック! 今魔力を止めるとまずいぜメン! こいつはまさかのGET・a・Happeningだぜ……」
「一体どうなすった……?」
「オヤジィ! 魔法陣が、魔法陣がさぁ!」
各々が各々の仲間に呼びかける。
族・ギャング・ヤクザの手下達。三者三様思考も文化もまるで違うはずの彼らが、今この瞬間だけ口を揃えてこう発する。
”今魔力を止めてはいけない”――――この一点張りである。
「はぁ!? せーれー野郎が中で溺れてるんだぞ!?」
「だめだぁ……、今、魔力を陣から取っ払ったら……」
「一体なんだってんだメーン……」
アルエは水柱の中で溺れている。助けるには魔法陣の解除をせねばならない。
にも拘らず彼らがそれを拒むのは、”解除より危険な事”が今、この場で巻き起ころうとしているからである。
三人のトップは会話に夢中で気づかなかった。
地面に描かれた特大魔法陣が――――少しずつ亀裂を、走らせている事に。
「「「魔法陣が――――割れる……!」」」
「「「な――――ッ!?」」」
気づいた頃にはもう遅い。
三人が揃って魔法陣に視線を移せば、そこにはもう修復不可能な程に。
せっかく描いた魔法陣が”地面毎”ひび割れてしまっていた。
「今解除したら、完全に割れちまうよ!」
「これほどの魔法陣だ……急に落とせば、何が起こるかマジわかんねえ!」
ピキ…………パキ…………バキィ…………
「What!? 感覚共有って、こんなんだったかYO!?」
「いやいやいや……いやいやいやいやいや! なわけねーだろッコラァ!」
上には巨大な積乱雲。下は細かく走る無数の亀裂。
混乱が混乱を呼び、もはや何をすればいいのかもわからなくなる。
ピキパキと着実に割れていく地面から伸びる、天にも届く程の水柱。その先には分厚い積乱雲。
「アルエの……一体”何を”したんで!?」
親分は、この様子をまるで卵のようだと感じた。
孵化寸前の卵。卵の内部から、雛鳥が殻を破る様とこの走る亀裂がどうにも被る。
そしておそらく光に眩しさを感じるであろう程の、雲がおりなすこの闇。
外に出ようと必死にもがく殻の中の雛――――これではまるで、”新たな生命の誕生”である。
ポタ…………ポタ…………ポタ…………
ポタタ……ザァァァァァ………………!
(雨……?)
貧民区の混乱をよそに、突如として雨が降り注いだ。
ポツ、ポツ、ポツと振り落ちる水滴が回数を増す毎に増加し、直に全身を服事濡らす大雨と化す。
夏の夕立のような突然すぎるこの雨の出先は、誰しもが違わずあの”雲”であるとわかる。
ではこの雨は、水の精霊がもたらす恵みの雨――――ではなく。
ザァ――――ァァァ――――!
生まれた生命の”産声”である。
ァァァ――――
ァァ―――――――― ア ア ア ア ア
「「わぁ……すごい……綺麗……あれが精霊の……」」
――――
「なん……だ……ありゃ……」
「これが……感覚共有……かYO……」
「王子さん……やっぱり、アンタの計画は失敗だったようだ……」
「そうだろ……? だって、あんた言ってなかったぁ……」
「あんな”化け物”生み出すなんざ……」
皆が皆。一人残らず首を上に曲げた。
それは貧民区のみならず、各地にいる兵士。今開発区で戦っている王子。商業区にいる山賊。
さらには帝都の真ん中、王宮からも――――
「――――申し上げます! 開発区非合法地帯貧民区より、突如として”巨大生物”出現!」
「原因、正体、その他もろもろ詳細不明! 近辺に待機する兵に伝え至急詳細を!」
「いや、あれは……きっと……」
「あの少年……なのか……?」
――――
「だだだ、団長~~~ッ! なんか、俺らの知らねえ”竜”が現れましたぜ!?」
「いや……あれは竜じゃねえ……竜じゃなくて……」
「――――グォォォォ!」
――――
「……あん? なんだありゃ」
「アルエだ……アルエがやってくれたんだ……!」
「あのボンが? おいおいおい、おりゃあんなの知らねえぞ」
「言ったろぅが……ゲフッ。知った風な口を聞くなってな……」
「王子様がそう言うって事は、新技か? あれはまるで水の”蛇”……つうか、”川”っつうかなんつーか」
「――――よそ見してんじゃねえ!」
「ぬおッ!? てめっ、卑怯だぞ――――!」
雨を産声とし、暗雲より生まれし新たな生命。
それも目撃した物はすべからく、「巨大生物」「竜」「蛇」「川」と様々な物で形容した。
見る者の視点によって異なる姿に映るそれは、だがしかしその実は”同じ存在”でもある。
異と同の矛盾する二つが混ざり合う生命体。
その根拠は、幹から伸びる枝のように――――同じ物が”八手”に分かれているからである。
(……いけ。全てを見通せ)
その八つに分かれた水の幹を、一つにまとめる根となる存在。
それこそが、水に飲まれて消えたと”思われていた”精霊使いである。
(全ての災厄を……食らい尽くせ!)
根は枝を、こう名付けた――――
――――【水大蛇】
つづく